第217話 神のスキルと輜重隊
気持ち良い天気の朝、念話で『今、ウルカーンにはガイとアイサがいるはずよ。ガストンの牧場覚えてる? 貴方達がスレイプニールを買ったとこ。そこを根城にしているはず』と聞こえる。
サイフォンに今後のことを相談してみると、そう返って来た。ガイとアイサは元々ウルカーン人だ。差別されることもないため、ウルカーンとナナフシ間の交易を任せていたらしい。
俺1人ならともかく、今はアイリーンがいるため、とりあえず味方に合流することにする。
『了解サイフォン。これから移動してみる』と、返す。
さて、とりあえず、起きねば。何を隠そう、俺達はまだ崩れた石積みの隙間に隠れていた。
「アイリーン起きよう」と、俺の上から動こうとしないアイリーンに声を掛ける。
「裸で街を歩くの?」と、アイリーン。
そりゃそうだ。
俺は、千里眼を発動し、その辺の民家を物色することにした。
・・・・・
生まれて初めてパンツ泥棒をした。
若い娘さんがいる家だったのだろう。地味なパンツとワンピースと靴下と靴を盗んだ。ブラは、まあとりあえず要らないだろ。ついでに古着屋のワゴンから自分用の適当な服を盗む。さらに靴屋からサンダルをゲットし、装着する。
「便利ね」と、アイリーンが言った。
何か言いたそうだったが、緊急時なので素直に着てくれた。
「知り合いの牧場までに行く。きっと力になってくれるはずだ」
ふと見ると、アイリーンは、かぴかぴになっている自分の髪を手で整えている。だが、うまく纏まらないようだ。かつての彼女を思い出す。ボリュームのある髪をアップで束ねた気品ある姿だった。なんだかいたたまれない。
「あ、俺クリーン使えるんだった」
忘れてた。いつもギランかカシュー辺りに使って貰っていたから。
アイリーンは目付きの悪い顔のまま、少し表情を輝かせ、「ホント? 助かる」と言った。やっぱり、こんな時でも髪は気になるか。
・・・・
アイリーンと自分にクリーンを使った後、街中に戻り郊外にあるガストンの牧場を目指して歩く。怪しまれないように普通の速さで。
俺はワンピース姿のアイリーンを振り返り、「帽子があった方が良かったかな」と言った。顔が丸見えだ。
アイリーンは、「いえ、こうしていると町娘にしかみえない。多分大丈夫よ」と言った。
「問題は街を出るとき? まあ、どうとでもなるか」
「あなたなら、どうとでもなるでしょ。地下迷宮を使ってもいいし、何だか念力みたいな力で夕闇に紛れて壁越えしてもいいし」と、アイリーン。
「ひとまず、腹ごしらえしたいな」
「そうね」
久々だというのに、会話が途切れてしまう。というか、俺とアイリーンは実質二週間くらいしか一緒にいなかった。色々あったから濃い関係ではるのだけど、意外とお互いのことを知らないのだ。
歩きながら、「これから、どうするつもり?」と、聞いてみる。
「どうしようかしら。私奴隷だし」と、アイリーンが下を向いて呟いた。らしくない。
俺はアイリーンの手を握り、「一応聞いてみるけど、隷属魔術とかで魔術的に縛られていたりする?」と言った。
アイリーンは俺の手を握り返し「そんなの禁術でしょ。それは無いけど、私の所有証明書はあるかも」と返す。
「そうなのか。その書類って、外国に亡命したら無効とかにならないかな」
「ならないよ。王印が押してあるはずだし」
「マジかよ。合法ってことなんだよな」
「そう。でも、ウルカーンの力の及ばない外国に行くことが出来れば、関係はなくなるかも」
「例えば何処の国?」
「エアスラン」
「それって、速攻で捕虜にならない?」
「今の私に捕虜の価値はない。エアスランに奴隷制度はないけど、私は一応将軍だったから、軍人として処罰されそう。やっぱり女を詐取されてぼろきれになるのかしら」
「日本に連れて行けば、どうとでもなるかな」
「日本?」
「そ。俺の母国。この島から出て、海をずっと行った先の国」
「へえ。奴隷の無い国? ウルカーンにも、もの申せる国?」
「そうだと思う。ああ、でも今思い付いたんだけど、それより簡単な方法がある」
「何? 聞かせて?」
「アイリーンの奴隷証明書は王が保障しているんだろ?」
「そうね」
「ならば、王を倒せばいい」
「え?」
アイリーンは、とても意外な顔をした。頭の良い彼女が、こんな簡単なことも思いつかないとは。
「王制を倒せば、王が発行した書類なんて単なる紙だ。もしくは、脅すなりして奴隷解放宣言を出させればいい」
何故だか、日本に連れて帰って色々苦労するよりも、そっちの方が簡単なような気がした。
「王を倒すって、そんなのどうやって。それに、エアスランがこの国を狙っているのに。どちらにせよ、エアスランに蹂躙されるか、この国で奴隷として過ごすしかないのが私の運命」
「アイリーンのスキルって、男運レベル10だったっけ?」
俺、そのスキルを宿す彼女に認められて嬉しかった記憶がある。まだそのスキルを宿しているのなら、諦めずにいて欲しい。
「そうね、神が創ったとされるスキルのはずなんだけど、私、なんだか運が無いのよね。特に男運。男難というか」
「え? 神が創ったの? そのスキル。マジかよ……」
これ、全部仕組まれてるんじゃないだろうなと疑ってしまう。しずくが神を嫌うのも少し解ってきた。
「まあ、俺と一緒に行こう。考えが変るかもよ」
アイリーンは俯いたまま、「一緒に、行っていいのね」と言った。
「いいよ。見捨てない」
「ありがとう。私……」
アイリーンは歩き疲れたのか、急に遅くなった。いや、泣いている。人とは、泣くと歩けなくなるものなのか。しかし、昨日かららしくない。貴族でなくなった彼女の素なのかもしれないけど。
俺は、アイリーンに向き直り、「アイリーン。とりあえず、仲間と合流しよう」と言って、肩をさする。抱き締めた方が良かっただろうかと不安になる。俺の周り、肉食系の女子ばっかりだったから……
「旦那!?」
む? 斜め前からおっさんの声。聞き覚えがある。道を曲がった先にいたのは……
「ガイ?」
「そうだぜ旦那。騎馬弓のガイだ。あはは、本当に旦那だ。一体どうしたことだ」
ガイは、俺の目を見つめ、感極まっている。こいつ、本当に俺達に恩義を感じてくれていたんだな。俺がいなくなっても、冒険者パーティを抜けず、サイフォン達と一緒に頑張っていたとは。
「ちょっと、異世界に行って戻って来た。ウルカーンに転移したんだけど、サイフォンに聞いたらここにお前とアイサがいると聞いてやってきた」
「そ、そうですか。いや、事情は分かんねぇが、真っ先に俺なんかの所に来たっていうんなら、事情があるんでしょう?」
「そそ。訳あり。とりあえず、安心出来る所まで移動したい」
俺は、ガイに連れられて、ひとまずこの先のガストンの牧場に行くことにした。
・・・・・
「ま! 旦那じゃない。何処行ってたの? って、その子どうしたんです?」
牧場の奥から出てきたのは、相変わらずのナイスバディ。種付け師のアイサだった。
「アイサか。変ってないな」
アイサは目をまん丸にして、「変ってないよ。それよりその子は? 訳ありっぽいけど」と言った。
「そ。訳あり。俺も訳あり。とりあえず御飯が食べたい」
「御飯より、女子は美容だよね。その子、どうせ旦那がクリーン掛けたんでしょ。男のクリーンはがさつでいけない。こっちおいで。洗ってあげる。馬用の洗剤使うと綺麗になるよ」
アイサはそう言って、アイリーンの背中を押すようにして屋敷に中に連れて行く。まあ、女子は女子に任せよう。俺的には、馬用の洗剤とやらが気になったが、馬のお肌はデリケートというから、まあ、人に使ってもいいのだろう。
俺が手持ちぶたさで牧場を眺めていると、懐かしいものがあった。これはレミィの荷馬車だ。この二人が使っているんだろう。と、いうことは、小田原さんが造った荷馬車と大八車はナナフシかスイネルにあるのだろう。
「旦那、ガストン連れて来たぜ」
俺が懐かしんでいたら、ガイが戻って来た。
ガストンとはこの牧場の主で、ガイにスレイプニールを貸し与える際に保証人になってくれたりした友人思いの人格者だ。ひとまず、事情を話すことにした。
・・・・・・
「と、いうわけで、俺は異世界から戻ってきた。事情によりウルカーンに転移した。サイフォンとは魔術で話はしているが、アイツはスイネルにいるから直ぐに合流は出来ない。とりあえず、ここから数時間の所にいる聖女に会いに行きたいと考えている。何か良い方法はないだろうか」
世界が一つになった話は、するべきが迷うが、話が発散するので言わないことにした。いずれ分かると思うけど。
俺の話を一通り聞いたガイは、少し難しい顔をしながら、「旦那、知っているかもしれねぇが、ティラネディーアは、エアスランとウルカーンの戦争には一歩引いてる。だが、武器や魔道具、食料のウルカーンへの輸出は、実は続けているんですぜ」と言った。
この世界も、単純なブロック経済ではないのだろう。というか、こんな狭い島で超大国は誕生しなかったのだろうと思う。
「ほうほう。ひょっとして、その物資が聖女の防塁に行く?」
「流石旦那、その通り。それに旦那、あそこはすでに防塁なんてもんじゃなくて、要塞ですぜ」と、ガイが言った。
「要塞……ローパー伯爵が予算突っ込むって言ってたもんな。それを言うってことは、そこに紛れて行けるってこと?」
ガイはにやりと笑い、「うちにはエルモア子爵が付いていますからね」と言った。
エルモア? ああ、ネオ・カーンの元ヴァレンタイン伯爵夫人の親の家か。確か、ケイティがその家の女性陣を片っ端から食いまくって味方にした貴族だ。
「そこって、輜重隊を統括してるってとこだよな」
「そのとおりでさ。うちもそこに荷物を出すこともあるし、このガストンは馬を降ろしているんですぜ」
ガイは嬉しそうにそう語る。役に立てているのが本気で嬉しいのだろう。こいつを仲間にしておいて良かったよ。
「その作戦で行こう。俺だけなら走って行けばいいんだけど、今回は姫がいるからな」
「姫様は今お化粧中ってか。はは。旦那が戻って来た。旦那がいなくなって、俺、パニックになりかけたんだけど、どういうわけか皆冷静なんだよ。だから俺も信じていたら、旦那が俺の所に頼って来てくれた。こんな嬉しいことは無いぜ」
ガイは涙を浮べながらそう言った。となりのガストンも優しい顔をして頷いている。
俺が少し次のタイミングを図っていると、奥から姦しいヤツが出てきた。
「旦那! この子、すっごい美人だったよ。どっから連れてきたの」と、アイサが言った。
俺は、「最初から美人だったろう。ウルカーンの地下迷宮から拉致ってきた」と言って後ろを振り向く。
そこには、別人かと見紛う人物がいた。
雑に降ろしていた髪をポニーテールで纏め、自慢のうなじが見えるようになっている。さっぱりしたのか顔の険しさも少し穏やかになり、恥ずかしいのか顔を赤らめている。少しだけ化粧もしているような。
俺は、何故かほっこりした気分になり、「綺麗になった。アイサ、済まんが俺達、輜重隊に混ざって聖女の要塞に行く。その前に腹ごしらえしたい」と言った。
「綺麗って、それだけ? まあ、良いけど私は」
アイサは少し顔を歪ませたが、直ぐに屋敷の奥に戻って行った。何か作ってくれるのだろう。
「アイリーン、聖女のところに行く。そこで匿ってもらおう」
アイリーンは、一瞬複雑な顔をして、最後は微笑んだ。
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