第216話 魔都ウルカーン

地下迷宮を脱出すると、外は夜だった。地底よりかなり気温が低い。


途中、警備の兵士を倒したから、敵陣は結構騒がしかった。


だけど、地下迷宮の通路を全て把握している俺からすると、脱出は余裕だ。それに、今はインビジブルハンドと水魔術がある。何処でも潜むことが出来る。


ひとまず、日が昇るまでのねぐらを探す。古い城壁が崩れている場所に良い感じの空隙を見つけ、そこに潜む。インビジブルハンドを壁として、水魔術でベッドを造る。


お互い服代わりに身に巻き付けていた毛布類を外して、二人一緒に暖を取る。


「お腹は減ってない?」


「減ってない。あいつら、食事はちゃんと与えていた」と、アイリーン。顔を背け、「おそらく、私を性奴隷として長く飼うためだと思う」と言った。


「色々あったんだな」


「あったなんてもんじゃないよ」


アイリーンはそう言って、俺の首元に顔を埋め、足を絡める。俺は、それを拒まなかった。この子は、かつて戦争に負けることを予感し、俺とベッドを共にしたのだ。その時からの縁だ。


「ああ、私、男運があるのか無いのか。きっと、絶望的に無い男運を、スキルが補完してこうなってるんだと思う」


アイリーンはぶつぶつと言いながら俺に体をすり寄せてくる。きっと、これで精一杯甘えているんだと思う。甘え方をおそるおそる試している感じかな。貴族という立場で、これまで戦場にずっといたから、男との触れあい方を知らないのだろう。俺自身も、気さくに女性を甘えさせるスキルはないから……


俺はアイリーンを優しく抱き締めながら、「いきさつを教えてくれる? 俺、今まで別の世界に行ってて」と言った。


アイリーンは俺の首に顔を埋めたまま、「分かった」と言って、これまでの事を話始めた。




・・・・・


俺とアイリーンが別れたのは、ナナセ子爵領『シラサギ』だ。あの後、俺はこっそりゴンベエと一緒にエアスラン側に合流したが、そのことは彼女の知るよしではない。


クメール将軍が決戦を仕掛けたあの時、シラサギ側は援軍が間に合った。そして、クメール将軍を退けた。領内はそれでとても士気が上がったらしい。その後も追加の援軍や食料などの物資が運ばれてきて、ついでに別の街道には味方の野戦陣地構築が始まり、ようやくエアスランに反抗する準備が整ってきた。


ウルカーンのチータラ将軍が守る野戦陣地は鉄壁で、断続的に襲い掛かるエアスラン軍をその都度蹴散らしていた。


だが、それは罠だった。後ほど分かったことではあるが、それは釣り野伏せで、防御力に優れるチータラ将軍攻略用の策略だったのだ。


まんまと釣られたウルカーン軍は、多大な出血を強いられる。その時の将がステファン王子という、かつてのアイリーンの婚約者だった人らしい。そこでコテンパンにやられるのだが……


それでも、チータラ将軍は踏ん張った。彼は、アナグマという神獣の力を使える契約者で、その能力はなんと防御力の全体バフ。


援軍到着まで何とかエアスランの猛攻を凌ぎきる。その間、シラサギ側も遊撃部隊を出したり、敵の輜重隊を攻撃したりと奮戦していたらしい。


そして、運命のネオ・カーン進軍。


再びステファン将軍を総大将とし、ウルカーン軍4万、ティラネディーア軍1千、ノートゥン軍2千が、エアスランが占領するネオ・カーンに向けて進軍する。


しかし、ここで悩まされたのがその街道に多く存在するという地下迷宮の出入り口。エアスラン軍は、その地下構造を巧みに使い、ゲリラ戦を仕掛けたらしい。


徐々に疲労を強いられるウルカーン軍、狙われる輜重隊、途中でウルカーンがウルの巫女を追放したという噂が流れてティラネディーア軍が転進離脱、そしてウルカーン軍がネオ・カーン城に辿り着いて陣を敷く頃には、ウルカーン軍は3万7千ほどになっていた。対するエアスランのネオ・カーン守備隊は5万と思われた。本来は、野戦で決戦を迎えたかったウルカーン軍は、まさかの籠城という作戦に面食らってしまう。


この時、シラサギ側はダイバというジュノンソー公爵家の人物を将軍として、騎馬1千をこの作戦に投入していたらしい。


結果は敗北。数的有利なはずのエアスランのシャール元帥は、街の周囲が荒らされるのを覚悟で籠城を敢行。対するウルカーンのステファン王子は、少ない食料を心配して一点突破で城門に兵を殺到させる。城の中の全ての財産は、武功を立てた貴族に差し出すと約束して。


最初はウルカーンが押していたものの、エアスランが数日粘るとその勢いは衰え、とどめに付近の森に潜んでいたエアスランの伏兵が、ウルカーン軍の背後から突撃。この時のウルカーン軍は相当飢えていたとの情報が入っている。


なお、シラサギから出撃した騎馬兵は、籠城戦には大して役に立たず、兵士が飢え出す前に撤退している。


この時のエアスラン軍は、勝ち鬨さえ上げず、潰走するステファン軍すら無視し、そのまま電光石火でチータラ将軍が守る野戦陣地に殺到。鉄壁のチータラ将軍を撃退せしめ、そのままその陣地を占領したとのことだ。


その後、十分な時間を掛けて残党狩りが行われ、ステファン王子は捕虜になり、数多くのウルカーン兵が撃たれた。そして、孤立するシラサギが再び攻められ、援軍要請むなしく僅か二日で陥落してしまう。


アイリーン自身は、英雄ダイバと愛犬バターの護衛のもと、ウルカーンまで逃げ延びるが、そこで驚愕の事実を知らされる。


ジュノンソー公爵家が追放されており、公爵家の人は全て奴隷、財産も全て何の後ろ盾もない状態になっており、他の政敵らが、すでに公爵領を略奪している有様だった。


アイリーンはお縄になり、ウルカーンの実権を握った貴族達のおもちゃにされた。


「私、父の首を切り落とすギロチン台のロープを切らされたの」と、アイリーンが言った。残酷なことをする。自分の父親を殺害させたのか。


「私自身は、誰でもセック○していいっていう看板の横で、全裸で縛り上げられた。私の裸、沢山の国民に見られちゃった。でも、誰もセック○しなかったのよね」


アイリーンは、俺の首元でそう言った。俺から彼女の表情は伺い知れないけど、先ほど涙を流していたところをみると、気は狂っていない。それならば、どんなに傷ついたことか。


「ねえ、泣いていい?」と、アイリーンが言った。


「いいぞ。遠慮しなくていい。敵が来たら、俺が殺すから」


俺がそう言うと、彼女は本当に大声で泣き出した。


貴族、その立場に疲れたのかもしれないと思った。



・・・・・


翌朝、崩れた石積みの隙間から、光が差し込む。


俺の上では、アイリーンがすうすうと寝息を立てている。昨日は耳元で泣き叫ばれてしまったが、奇跡的に誰もここには来なかった。


彼女は、そのまま疲れて眠り、未だに熟睡してしまっている。


俺は、彼女のぼさぼさの髪の毛を撫でながら、千里眼を展開させる。


ここは、間違いなくウルカーンだ。マルコ達と観光した旧ウルカーン城が見える。


街中には、人々がぽつぽつと歩いている様子が窺える。


かつて、俺達がウルカーンに滞在していたときに使っていた荷馬車の駐車場を見つける。なつかしい。


この駐車場は、半分くらいが埋まっていた。なんやかやと人がいる限り、物流はある。戦争で押されているとはいえ、未だこの街は生きていると思った。


街の中も観察する。懐かしい市場に冒険者ギルド。エリエール子爵の家に行ってみようかと思っていると、俺がいたときには見なかった光景があった。


大通りの道脇に、鎖で繋がれた人が並ばされている。どうも子供が多い気がする。


若い女性含め、全員何も身に付けさせていない。これは、アレだろうな。


千里眼で近くに寄ると、案の定、その人達には値札が付いている。


これは、奴隷だろう。数人一束にしてあるようで、おおよそ10人で100万円くらいのお値段だ。街行く人々の大部分は、その様子を目を背けるようにしているが、数人は興味があるのか奴隷として売られている人々をじろじろと観察している。


これが、あの活気があったウルカーンの街なのか。悲しみと怒りが溢れてくる。


しかし、これはどうしよう。この光景をアイリーンに見せていいものか。


そんなことを考えつつ街の中を流していると、目抜き通りに奇妙なオブジェがある。


さらし首。


斬首されて、結構時間が経っている。ジュノンソー公爵縁のものなのだろうか。


首の横に色んな看板が立てられている。俺はあまりこの国の字を読めないが、手紙のやり取りなどを通じて知っている単語もいくつかある。


その中の一つに、『ララヘイム』の文字が見える。


生前殴られたのだろうか。顔が変形しているさらし首がある。


青い髪、これは、まさか……ナイル伯爵。俺に息子と母親を託したララヘイム派の筆頭貴族。


昨日、サイフォンは何も言っていなかった。他人のそら似であることを祈りたいが……

首を何時までも眺めていても仕方が無い。サイフォンに確認すればいい話だ。


『サイフォンいる?』


直ちに、サイフォンの魔力を思い出し、コールする。


しばらく経つと、『はい、城様』と、返事が返ってくる。


『今から活動を開始する。その前に、ナイル伯爵はどうなった?』


『ナイル伯爵は、爵位剥奪の上、処刑されました。伯爵は最後までウルカーンに残り、多くのララヘイム人のために動かれました。聖女の要塞に移動すれば、助かった可能性はありましたが、彼はその選択をしませんでした』


俺は、『そうか。立派な人、だったんだな。ハルキウとファンデルメーヤさんは?』と返した。怒りで今すぐ王宮に飛んで責任者を潰してやりたくなったが、それをしても何も解決しない。


『お二人ともスイネルにいます。気丈にされています』


貴族という者にも、芯が通った人がいたもんだ。それならば、貴族制も悪くはないと思った。


『宰相は? ローパー伯爵はどうしている?』


『宰相は、まだローパー伯爵が務めています。ぎりぎりまで国王の説得に当たられていますが、国王を持ってしても今のウルカーンの貴族は暴走を止めていません。地理的にエアスランから離れている者達が多く、停戦間近と見られる戦争はそっちのけで、自分達の領土を広げています。本来はウルの巫女が目を光らせなければならないのですが』


俺は、頭が痛くなりながら、『大体分かった。さて、どうするか』と返した。これ、別世界からの侵略とか以前に、どうも腐っている貴族も多いようだ。俺、エアスランとウルカーンの戦争を止めるべきなのか本気で迷ってきた。


そんなことを考えながら、サイフォンと今後のことを話し合っていると、アイリーンが目を覚ましたのか、俺の上でもぞもぞと動きだす。


「う、ううん。朝? 無事に朝が来たのね」


俺は、アイリーンを軽く抱き締めて、「そうだ」と答えた。

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