第215話 転送、アトラス大陸
空には、どこかで見た青い太陽があった。
いつか見た綺麗で不気味な光の球。ここは、しずくの空間魔術でトンネルみたいな使い方をされている空間だ。娘との別れの言葉もそこそこに、しずくによって転送された。急いでいたから仕方がないのだが、そういえば何処に行くというのも伝えられていない。
まあ、あの大陸に着きさえすれば、何とかなるという予感がある。千里眼もあるのだし。それに、俺の左手にはあいつの腕輪がある。これは、邪気を打ち払うだけではなく、どうも俺の居場所が分かるようなのだ。工夫すれば念話も可能だろう。
腕輪を眺めていると、あっという間にその空間を抜け、そして、再び意識が反転し……
・・・・・・
はっ! な、なにここ……
銭湯? サウナ? 周りには、全裸のおっさんらがひしめいていた。俺も素っ裸だ。
何これ。しずくのやつ、一体どこに飛ばしたんだ? というか、俺の服は……
これ、しずくの考えというか、ひょっとして、またぞろあの存在が何か手を加えたのではなかろうかという思いがよぎる。
あの存在……その言葉を発するとアイツが不機嫌になるため、あえて言わないようにしていたキーワード。
それは『神』という存在。
思えば、俺達三匹を異世界に送ったのも神、その際に、改造を施したのも神、そして、しずくが俺達を元の世界に戻す時に一緒にしずくも転移させたのも神。地球で魔術が使えるようになったのも異世界が地球に出現したのもその存在の意思だと仮定すると、しずくの空間魔術に介入して俺にこんな仕打ちをしているのも、やはり『神』だと思われる。
全裸のおっさんらは、10人くらいいるだろうか。全員小汚い。そして臭い。
全裸のお姉ちゃんの中ならまだしも、全員おっさんだ。おのれ神め、ゆるさん。
全裸のおっさんらが、狭い部屋でわらわらとひしめく中、別のおっさんが部屋の扉を開けて入ってくる。こいつは服を着ている。服装的に、おそらく地球のものじゃない。場所は間違いなくあの世界の方だろう。
部屋に入ってきたおっさんは、下卑た顔をして「お前ら、準備はいいか?」と言った。
部屋に詰まっていたおっさんらは、皆無言であったが、どことなくそわそわし出した。
「ふん。まあいい。ついてこい。仕事だ」
この空間で唯一服を着たおっさんは、そう言って部屋を出て行った。
残された全裸のおっさん達は、のろのろとその後ろをついて行く。俺も様子が分からず、ひとまず言う通りにすることにした。
俺達全員、石畳の廊下を歩く。靴も何も履いていないため、足元がひんやりとしており、少し寒い。だが、所々にある明かりの魔道具が熱を発しており、それなりに暖はある。
しばらく歩いた後、少し広めの部屋に通される。
そこには、偉そうに椅子に座ってふんぞり返っているこれまた大きなおっさんがいた。
こいつもほぼ全裸だ。バスローブみたいなラフな服を羽織っており、それ以外は何も身に付けていない。
そのおっさんは俺達を一瞥すると、「来たな。ほれ、新しいち○ぽだ。良かったな。欲しかったんだろう?」と言った。目線は下に向いている。
その目線の先には、人が床に突っ伏していた。あのお尻は女性だな。
肘や膝はひどい内出血を起しており、体中に噛まれたり叩かれたようなアザがあった。
これはおそらく、拷問部屋か何かで、俺達は彼女を犯す役目なのだろうと直感的に思った。
もちろん、そのひとを穢すために。心を折るために。そして、こいつらの自尊心を満足させるために。
ふつふつと殺意が湧いてくるが、感情にまかせたら上手くいかないことは、これまでの人生で学んできたことだ。
椅子に座っていたおっさんは、地面に転がっている女性の尻を踏みつけ、「おい。ちゃんとおねだりしろ。誰も立っていねぇじゃないか。教えただろ? お前はもう貴族じゃない。奴隷だ」と言った。
倒れている女性は、弱々しく頭を起こし、そして自分を踏みつけるおっさんを睨み返す。とても凶悪な目付きで。こりゃ、立たないだろう。
いや、待て待て。この人、見覚えがある。
「おら」
おっさんが女性の顔を蹴飛ばし、体を抱きかかえる。そして、お尻をこちらに向けさせて、「一人ずつ入れろ。ちゃんと中に出せ。どうした? 最初の方が良いんじゃないか? 後になると汚いぞ? がははっはは」と笑う。
まったく、バターのヤツは何をしていることやら。
俺は、「あの、私から先にいいっすか?」と言って、前に出る。
「おお、いいぞ。お前はなかなか見所がある。こいつを行かせたら褒美をくれてやる。行った時は、ちゃんと褒めてやれよ。それが調教の基本だからな」
俺は殺意を抑えながら、女性の元に行く。近くに寄ると、生々しい虐待の跡がはっきりと確認できる。救いなのは、体がそこまで痩せ細っていないこと。おそらく、虐待を受け始めて、そんなに日が経っていないのだろうと推測された。
俺は、顔を背けている女性を抱きかかえ、そしてこっちを向けさせる。がむしゃらに抵抗していないが、相当嫌がっている。調教といってもまだまだ序盤のようだ。
俺は、顔を向けさせるため彼女の頭を掴むが、必死に目を瞑って抵抗する。こ、こいつは話が先に進まないじゃないか。
一瞬の隙をついて、何となく口づけしてみると、今度は涙が流れてくる。こうなってくると、嗜虐心が沸いてくる。
ジタバタと暴れる体を抱き締めながら、無理矢理こちらを向かせてみる。
涙目が、ようやく開いてこちらを見る。
そして数秒流れる沈黙。顔が無表情になり、逆に下の方で襲われる。
「ちょ、やめ、それは、ごめ」
ほほう……
周りから漏れる感嘆の声。調教されているはずの我が儘奴隷が、逆に竿役を襲っているのだ。
「まて、まって。行くって!」
「この地獄で、あなたに出会えるとは思わなかった」
「ちょっ、待ってくれアイリーン。いきなり来たから混乱してて」
「その前に行きなさい。私で。こいつは、この、この!」
「アイリーン、バターはどうしたんだ?」
「今は私の事だけ考えて」
・・・・・
毛布の中に、事を終えた俺とアイリーン。やってしまった……
その周りには、ポケェとしているおっさん達。恥ずかしいので、俺が全員にニルヴァーナを使っておいた。
その様子を見たアイリーンは、「あ、あなた、本当にあなたなの?」と言って、俺の首に両手を回し、再び体を密着させる。
俺は、「そうだ。戻って来た」とだけ答え、しばらく彼女のなすがままになる。彼女の体の傷を治してあげたいが、俺は回復魔術が使えない。
さて、これからどうするか。サイフォンかティラマトに連絡を取るか? 彼女らの存在は今も感じられる。こちらからコールすれば直ぐにでも意思疎通が出来るだろう。
「アイリーン。ここはどこだ?」
アイリーンは俺を抱き締めながら、「おそらく、ウルカーンの地下よ」と言った。
「ウルカーンなら、なんとかなるか。ひとまず、脱出する。いいか?」
アイリーンは、鋭い目付きでこちらを見て、「分かった。どこまであなたが事情を知っているのか分からないけど、この国はもうおしまい。それは覚悟して」と言った。
俺達は、その辺に落ちている毛布などで体を包み、脱出の準備をする。
「ひとまずここから脱出する。外に出られれば、どうとでもなる。仲間達と連絡を取ろう」
俺はそう言って彼女の左手を握り、ここから走り出した。
・・・・・・
『城様!』『サイフォン、心配かけたな』
地下からアイリーンを連れて脱出しながら、サイフォンと連絡を取る。
『城様、ああ城様だ』
サイフォンの感極まった感情が流れてくる。
『サイフォン、俺はとにかくこの世界に戻ってきた。いや、実はこの世界が、俺の世界にやってきた。分かるか?』
『はい、城様、徐々に貴方様が近づいていることは感じておりました』
『今ちょっと手が離せない。脱出したらまた連絡するが、手短に、皆は無事か?』
『はい。無事ですとも。ですが、戦争が芳しくありません。このままですとエアスランがウルカーンを包囲します』
『俺は今ウルカーンにいると思う。ひとまず聖女に会いに行く』
『分かりました。聖女には連絡を入れておきましょう。ビフロンスも、それからギランも元気ですよ』
『了解。一杯やるのが楽しみだ』
『ええ、沢山ヤりましょうね』
サイフォンは、やっぱりサイフォンだった。
『サイフォン、ちょっと集中する。また連絡する』
俺はそう念じて、サイフォンとの通信を切る。
先ほどから走り続けているが、この地下空間はだだっ広い。意外と大変だ。そもそも出口が分からない。警備の兵士もそこそこいるし、何より一緒に走るアイリーンの体力が心配だった。
『ティラマトいる?』
『はいはい。こちらから呼んでも出ないくせに。やっと戻ってきたのね』
ティラマトの暢気な声に癒やされる。
『済まん、異世界に飛んでた。この度、この世界は俺達がいた世界とドッキングしたようだ』
『やっぱりね。ティラの力が一気に強まったもん。多分だけど、今の状態が本来なんだよ』
こいつは世界が一つになったことに気付いていて、なおかつ冷静だ。ティラの記憶にヒントでもあったのだろうか。
『お前、今どこ?』
『私? 地下迷宮のマイルームで寝てた。地上まで結構かかるよ』
『地下に戻ってたのか。まあ、しょうが無いか、俺、今地下迷宮で迷ってて、道案内お願い』
『いいよ別に。ふぁ~、私も地上に戻ろうかなぁ。アンタが戻ったんなら、楽しそうだし』
ティラマトがそう言うか言わないかで、頭の中に、この付近の地下迷宮の情報が入ってくる。さすが、仕事が早い。
『そうか。会えるのを楽しみにしてる』
『何度も言うけど、本当は迎えに来て欲しいんだけど?』
『だってお前、そこまで、まともに探検すると何日かかるか分からない』
『道案内したら直ぐだと思うけど。ああそうだ。今回は妹達何人か連れてぼちぼち地上に出てくるつもり。じゃね』
さすがは暇人ティラマト。ここ1ヶ月と少し会っていなかったくらいでは、まったく動じていない。
「よし。出口が分かった。一気に行きたい。その、アイリーン、インビジブルハンドに乗って貰っていい?」
アイリーンは、はあはあと息を切らしながら、「分かった。あなた、やっぱり亜神だった。手放したのは悔やまれるわね」と、言った。
「亜神かどうかは知らないけど、あの時はお互い立場ってもんがあったから。でも、奴隷にまで落ちたんなら、もう立場も何もないんじゃない?」
アイリーンは、「そうだと良いけど」と言って、握り絞めていた俺の手を離し、インビジブルハンドに身を委ねた。
「地上まで一気に。遭遇戦は速攻で。地上に出たら仲間と合流する」
俺は、アイリーンを包んだ大きめのインビジブルハンドを操作しながら、一気に地下迷宮を駆け抜けた。
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