4章 三匹のおっさん、再び

第214話 プロローグ


A国……


「新しい島が出現しただと?」


仕立てのよいスーツを着た人物が、広めの執務室のテーブルに、衛星写真を載せる。


「イエス。ハワイ沖南東五千キロ。面積は7万平方キロ。台湾の約2倍、日本の北海道より少し小さい規模です。しかも、現地人がいる模様です」


「その近くには、フランス領もあるだろう。南米のペルーやチリの反応は?」


「まだ全て探りを入れたわけではありませんが、南米沿岸域諸国は静観の構えです」


「……日本に連絡を取れ。残念ながら、我々では対処できない。国内の悪鬼や怪異対策が先決だ」


「ですがプレジデント。これはニューフロンティアになる可能性があります


プレジデントは、偵察衛星から撮影された写真を見ながら、「フロンティア? ここは、そんな楽園ではないよ。この写真に写っているのは、巨大な城塞都市群、人が城塞を築く理由、それは敵の存在に他ならない。おそらく、この島には軍事力があるのだ」と言った。


「しかし、この新しい大地には、未発見の天然資源、それからおそらく、魔術に関する何かもあることでしょう。ここに、各国が殺到することは必須です」


「我が国は、もはや世界の警察ではない。それよりも、嫌な予感がするのだ」


「予感?」


「我が国は新しい国だ。日本やUK《ユナイティッドキングダム》のように歴史がない。このことにより、魔道に関し出遅れているのだ。それだけではない。インディアン、ハワイ王国、奴隷貿易時代の遺構から強力な怪異が発生している。悪鬼の問題も続いている。この島に一体どれだけの怪異がいるというのか想像もつかない。それに、君は硫黄島の怪異を見たかね?」


「はい。山を覆うような巨大な人骨スケルトンであったと」


「日本にいる巫女が加勢しなければ、自衛隊も我が軍も危なかったと聞いている。実は一番怖いのは、日本が我が国への恨みを思い出すことなのだ。日本の魔道士のエースは、すでに1人で高機動車並の戦力を持つという。それに、日本の巫女はこう言ったのだろう? 『強力な怪異は海に出る』と」


「イエス。日本にいるミズ・シズクの予言です。海にはクラーケン、サーペント、レイス・シップ、そしてゴズィーラ。さまざまな危険なモンスターどもの発生が考えられます」


「人々の思いが、力になるというのなら、十分に考えられるだろう。だから、日本に連絡を取るのだ」


「イエス、プレジデント」


強力な軍事力を持つA国は、様子見を決めた。



B国……


「信じられん現象だ。ジョークでなければトリックでもない。ならば、この現象は真実として堅認せねばならないだろう。世界中で使えるようになった魔術と深い関係があると考えた方がいい」


B国のとある情報機関の作戦会議室には、数枚の衛星写真が並べられ、急ぎ分析した結果が報告されていた。その内容は、南太平洋に新たな島が出現したこと、そしてその島には人類と思しき人々と城塞都市が映っていることなどであった。


「やれやれ、魔術と言えば我が国の時計塔なんですがな。それはそうとして、ここの近くには、フランス領ポリネシアがあります。フランス軍が上陸作戦を試みる可能性がありますな」


「アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドは静観の姿勢です」


「ペルーやチリも、沿岸警備隊は展開させるようですが、今の所軍の出動はありません」


「あとは、バヌアツ近海にC国海軍のフリゲートがいます。R国の極東艦隊も今太平洋上に出ている船がいるようです。注視しておりますが、今の所目立った動きはありません」


「どうしましょう長官」


皆の注意が長官に集まる。


長官の判断は……「我が国は、静観が正しかろう」と言った。


「しかし、フランスならまだしも、C国やR国が何らかの成果を上げた場合は、西側諸国が遅れをとることになります」


「ここにはすでに現地人がいるのだ。力尽くで奪った権益など、後で国際圧力を掛けて放棄させてやればよい。それよりも、日本からの助言を受けて、我が国にも魔道騎士団が誕生しつつある。だが、各地の怪異の沈静化も悪鬼対策も終わっていない。魔術的な防備が整わないうちは、手を出すべきではないのだ」


「分かりました。『静観』で報告をあげましょう。今は、国内の怪異を味方に付けるのが先でしょう」


「その通りだ。我が国の城も、日本に劣らず沢山残っている。女王陛下を憂鬱にさせてはならぬ」


「そうだ。伝説においては、我が国は日本を上回ると自負している。ラウンドオブナイツの結成を急ぐぞ」


かつて七つの海を支配した帝国は、自国の準備が整うまでは静観の構えを取った。



C国……


「次は陸地の出現か。我が国解放軍のシナリオにこれはない。さすがにこれは予想できなかったな」


「いや、太平洋覇権の夢を、別の形で実現できる可能性が出てきたと見るべきだ。新型コロナと悪鬼騒動で国内世論がまずい。国策で反日を利用してきた手前、今更日本を頼ることはメンツが許さない。それならば、ここを楽園と見なし、積極関与することで、国民に夢を見せるのだ」


「人の祈りの力が 軍事力になるのなら、人口が多い我が国が有利。すぐさま新しい映画を作って気を集めさせましょう。覇権の夢は我々の手に」


「いや、このことは諸刃の剣なのだ。軍事力を持たない少数民族が力を持つ可能性があるのだから。各地の党員には、より一層監視と教育を強化するように指導せよ。我が党のみに祈りを捧げるよう国民を指導し、気の力を集めて悪鬼を駆逐するのだ」


「この島に関し、各国は様子見だ。その間に我が国がいち早く動き、先行者利益を得るのだ」


「先難後獲ですな。バヌアツ方面に我が国の艦隊がいます。そこから上陸部隊を差し向けさせましょう。急いで上陸地点を分析させます」


「この島が悪鬼羅刹の巣窟だったとしても、ヤツラは銃が当たればちゃんと死ぬ。太平洋の覇権の夢を我が手に」


この日、C国は付近にいる自国艦隊の一部を、現場海域に向かわせることとなった。



R国


「欲しい」


とある男が、一枚の衛星写真を見下ろしてそう言った。


「こ、ここで権益を得ることができれば、必ずや我が国にとって、有意義なものになるでしょう。しかし、今は宇国の反転攻勢と国内基盤が……」


「これを好機とする。オルガルヒどもに情報を開示し、金を集めさせろ。少しでも多くの権益を確保し、西側諸国に対抗する手札とするのだ」


「わ、分かりました」


「怪異も悪鬼も銃の前では人と何も変らない。教会のやつらも同行させろ。普段、サタンだなんだと騒いでいるんだからな。この島にも、サタンがいる事にすればいい」


R国は、この島にも手を出すことにしたようだ。



◇◇◇


K国……


「行こうにも船がありません」


「とりあえず、古文書の中にあの島が出てくるものを探し出しておけ。そして、日本に連絡をとれ。謝罪と賠償を要求する」


「分かりました」


K国は何やら動き出すようだ。



◇◇◇


日本国……


「あの、総理、アメリカから連絡が……」


部下からの報告を受けた総理が、ぼんやりと顔を上げる。


「なんと?」


「南太平洋に突如出現した島について協議を行いたいと。イギリスからも協議の連絡が入っています。おそらく同じ要件ではないでしょうか」


「へ? 何それ。知らないけど」


「どうも、出たようですね。島が」


「そんな馬鹿な。私は何も知らないぞ? 先日は、C国が悪鬼は旧日本軍のせいだと言いがかりを付けてきたし。パラオも日本軍の幽霊が出るって言ってきたし。K国に至っては呪いの杭に関して謝罪と賠償を要求してきてだな」


「いえ、総理、これはどうも冗談ではなく、本当のようです。北海道くらいの大きさの島が、突如現われたのです。そこの航空写真もアメリカから提供がありました。どうも人が住んでいるようなのです」


「ど、どうしよう。どうすればいい? 先日、妖怪が発生して大わらわだというのに」


「妖怪の方はそこまで危険ではないことが分かってきたじゃありませんか。百鬼夜行をデモとして許可するかどうか、住民登録をどうするか、勤労を希望した場合の課税をどうするか、罪を犯した妖怪をどうするか、などが課題ですが。とりあえず、今回もあの方に相談しております」


「そ、そうだな。不思議な現象については、あの方に相談すれば大概はなんとかなる。我が国の至宝だ」


「そうですね。以前お伺いした時は、妖怪の法人化して財産保有の権利を与え、罪を犯した場合はそれを没収するとすれば、殆どの妖怪は人の社会に溶け込めると。懲罰方法は、その妖怪の嫌がる絵姿を絵師に描かせ、それをその罪を犯した妖怪のものだとして広く報道すればよいとか。もう少し細部を詰める必要がありますが、妖怪基本法の制定に向けて調整中です。とりあえず、今日にでも手土産に私の地元の日本酒とタコの刺身セットを持って訪問してみます」


「うむ。任せたぞ。あ、熟成味噌も忘れるな。好きらしいのだ。トップシークレットの最新情報だぞ?」


日本は平和なようだ。



◇◇◇


そして、居酒屋『赤城』


「あ……お父さん、ど、どうしよう」


たった今、千尋藻桜の父親は、別れの挨拶もそこそこに、しずくの空間魔術でここを去って行った。それを唖然とした表情で見送る桜がいた。


「心配するな桜。あいつはまず死なないし、お前のことは、私が守ってやる」


「ちょっ、なにそれ……」


千尋藻桜は、それが意外な言葉だったのか、何故か顔を赤らめて黙り込んでしまう。目の前にいるのは、どう見ても自分より年下の、ぱっと見は美少年に見える人物なのだ。


同席していた小峰綾子は、「あ、あの、しずくさん、事情を説明してもらっていい?」と言って、テーブルの上を少し片付ける。


しずくは、テーブルの上に残る料理を見て、「これはまだトップシークレットだが、まあ、お前達にはいいか」と言って、まつの隣に座る。


小峰綾子は、素早く大将に日本酒と追加のつまみを注文し、しずくをこの場に居やすくさせて話を聞き出そうとする。なお、今この店のお客さんは、自分達を除いては全て公安関係者だったりする。当然、しずくはそんなことお見通しであろうが。


「端的に言うと、いわゆる異世界が、この世界にやってきた。融合したと言うべきか」と、しずく。


カッパのまつ以外は目を見開く。


「これから訪れるであろう混乱に先立ち、アイツはあの世界に旅立った。いや、今となっては、単なる島に移動しただけだな」


「そ、それは……ちょっと混乱するんだけど」


しずくは、日本酒をちびりと舐めながら、「小田原とケイティも、準備でき次第送りつけてやろう。あいつらは、将来を誓った女性がいたみたいだしな」と言った。


「要するに、先日まで三匹のおっさんが行っていた異世界が、この世界に出てきたってこと?」と、綾子。


「そうだ。大陸とその上にいる人類まるっと出てきたようだ。いや、言い得て妙だが、本来の地球の姿は、おそらくこっちが正しいんだと思う」


「そ、そんな。じゃあ、これからどうなるんだろう」と、綾子が言った。


「一般庶民にとっては、何も変らんと思うぞ。まあ、ニュースは賑わうと思うが」と、しずくが応じる。


「あ、あの!」


大人が難しい話を始めている中、お酒の入っていない18歳の桜が会話に入り込む。


「私か? どうした」と、しずくが応じる。


「しずくさんって、お父さんとどんな関係なんですか?」と、桜。その隣で綾子が渋い顔をして、まつはおちょこに口を付けた。


しずくは真面目な顔をして、「私と千尋藻城の関係は、一緒に世俗の醍醐味を楽しむ仲であり、戦友でもある」と言った。


「え?」


「伝わらないか?」


桜は圧倒されたのか、口を閉ざす。


「恋仲ということだ」


千尋藻桜が絶句している中、カッパのまつが、大将に新しい日本酒を注文した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る