第212話 エピローグその1 緑の黒髪、東京にくる


いわゆる羽田空港。


到着ロビーで待っていると、すたすたと緑の黒髪が歩いてくる。


「もう。空港まで来なくていいのに」


「いや、でも、東京って、移動の仕方分からんだろ?」


娘はそっぽを向いて「お父さんじゃないんだから」と言った。自分と若者が同じと思ったらいけないか。これは俺が悪かった。


「すまん。じゃあ、行くか。ひとまずホテルに荷物置きに」


俺はそう言って、娘が持ってきたコロコロが付いたスーツケースを引っ張る。


今回、せっかくお父ちゃんが東京にいるんだから、遊びに来いと言ってみたら、なんと娘が来ると言った。奇跡だ。一応、受験生なんだが、今の世の中、高校卒業後直ぐに大学に行くのが本当に正しいのかは分からない。


それよりも、若いうちに色んな経験をした方がいいと思うのだ。お金も、何とかなるのだ。日々の生活費は質素倹約すべきだが、こういったイベント事にはケチらず使った方がいい。というか、お金は稼ぐ予定だし。


歩きながら、「魔術の練習は、ちゃんとやっているか?」と、聞いてみる。


「やってるよ。プロテクションと、それから。特別扱いは嫌なんだけどね」と、娘。 


娘とは、体がすっぽり隠れるサイズ1対を貸し出す契約を交している。インビジブルハンドは、攻撃にも防御にも使える万能能力なのだ。主に、防御に使って欲しいと思っている。


「英才教育だと思っていてくれ」


俺達が歩き出すと、明らかにそれと分かる人達も付いてくる。彼らは、日本の公安警察。別にうちらが危険人物だから、という理由だけでついて来ているわけではない。俺とその家族は、日本にとって超重要人物だからだ。監視と、いざという時のボディーガードを兼ねている。


怪異討伐、悪鬼対策に関し、我が国日本は世界の最先端を行っている。さらに、『気』もしくは『魔力』というものの利用技術については、今の所日本の独壇場だ。しずくのお陰で。


まずは魔術回路を人体に刻印する技術。これにより、素人でもある程度の魔術が使用できるようになる。ただ、この魔術回路は入れ墨と一緒で一生ものなので、例えば警察を退職した後どうするのか、そもそも魔術回路を刻印インストールした瞬間警察を辞職しても、今の法律ではどうすることもできないといった問題があった。普通の退職に関しては魔術回路がバグるような回路を新たにインストールしたら解決するのだが、それでもその作業前に行方不明になられると困ると言うことで、今の研究テーマのトレンドは、なんと『疑似亜神』だ。


これは例えば、水竜を奉る一目蓮神社や神風を奉る伊勢神宮の風神社などで、水や風をイメージして祈祷を行い、それで溜った気をヒトに降ろすと、狙った魔術が強力になるというもの。一目蓮神社なら水魔術、風神社なら風魔術と言った塩梅だ。今の研究では、レベル1風魔術がレベル3から4くらいにはバージョンアップすることが分かっている。これなら、仮に隊員が失踪しても、神社側で縁を切ることで、失踪隊員の魔術はたちまち弱体化してしまう。


そんなこんなで日本国内の魔道技術はちゃくちゃくと上がってきており、どんどん強力な魔術士が育ってきている。その多くは、軍事利用レベルであることが明らかになってきており、とりわけ諸外国にとっては喉から手が出るほど欲しい技術と見なされている。今の所、日本はのらりくらりと諸外国からの探りをかわしている状況だ。もちろん、悪鬼対策などで得た情報やノウハウは国際貢献のもと提供しているが。


一方、何故日本がこんな魔術先進国なのか、ということは、うすうすばれている。もちろん、魔術と日本古来の神仏感の相性がいいというのはあるが、滴教団が関わっているという情報はすでに漏れているようだ。


だが、しずくの空間魔術と山ヒルの化身、それからそもそもほぼローテクしか使っていないことなどにより、防諜や秘密保持はほぼ完璧で、しずくも自分の時間を大切にしたいとのことで、極力頼み事は引き受けないようにしているため、今の所日本以外に魔道技術は漏れていない。とはいえ、今度は国際圧力が増してくれば、どうなるかは分からないけど。


C国は、嘘かホントか旧日本軍の怪異が暴れているとか言って、悪鬼騒動を日本のせいにしようとしているし、K国は、日本が併合時代に打った測量用の杭が怪異の原因になっていると主張している。


そのくせ、自衛隊を魔道化させて派遣していいかと打診すると、それは駄目で魔道技術を教えろと返ってくる。だから、今は無視だ。というか、日本政府はC国からの飛行機とクルーズ船の入国を禁止したため、経済関係が冷え込んでいる。なお、K国とその北の国はほぼ無視している。


ひとまず、日本政府は、今度パラオのペリリュー島に人材派遣するそうだ。これには小田原さんも同行する。ちょっと色々と出ているらしい。あの島。硫黄島や沖縄にも相当数の怪異が出たらしいから、当然といえば当然か。


と、いうわけで、滴教団ルートで情報収集ができないと分かった各国のエージェント達が、非合法的に周囲の民間人を狙うことが懸念されている。なので、公安がガードしてくれているという分けだが、俺は俺で力を貸したり魔術をインストールしてあげたり山ヒルの化身の干物を貸してあげたりして家族の身を守っているというわけだ。


こういった旅行などはちょっと迷惑を掛けてしまうのだが、事前に教えておくと、こうしてちゃんと準備して見張ってくれるのだ。


「もう。私、将来どうすればいいのか全く分からなくなった」と、桜が言った。


「魔術が存在していても、科学技術が否定されたわけじゃないからな。普通の大学に進んでも教養のためにはいいと思う。ただ、魔術の研究は、完全なブルーオーシャンだ」


「そうかもだけど、私の進路ってどうしよう」


「ここだけの話、本気で魔術の道に進みたかったら、色々と紹介できる。お父ちゃんとしては、防衛大学進学が希望かな。推薦枠で神社庁に入れてもいいけど」


「まじで? 本気……で言ってるんだよね」と、桜。


「本気」


このことは、国からも遠回しに言われていることだ。重要人物の家族が変な所に就職されるよりも、手元に置いておきたいのだろう。桜は、インビジブルハンドが使える、俺以外の唯一の日本人なのだから。


「あ~あ。私、あの子を殺した見えない手の使い手って認識されてるのよね。何かショック。私のアイデンティティーって何」


桜のアイデンティティーは、俺の娘であることが大きい。それはそれとして、あの悪鬼騒動の際、俺は桜の友人を殺した。正確には、かつて友人だった悪鬼を排除した。娘の気が逸れた際に、気付かれないように公園の茂みまで一瞬で移動させて、ぎゅっとした。


だけど、どこかの監視カメラにバッチリ映っていたようだ。


ついでに、他の悪鬼を狩りまくったのも見えない手インビジブルハンドであったことが報道機関にすっぱ抜かれた。まあ、あれだけ暴れ回ったら、そりゃばれる。


最初は、日本中の怪異の力を操るとされる日本政府の神社庁特務科の仕事ではないかと噂されたのだが、政府は否定。というか日本政府も血眼になって見えない手の持ち主を探しまくった。結局、神社庁長官がしずくの所に相談に来て、『あいつ』と言われて俺の存在とその能力の一部がばれた。


もちろん、日本政府が俺の存在を認識したというだけで、報道はされていない。だけど、あの時あの場所にいた娘は当然俺かしずくを疑うわけで……


そして、娘の防衛のために授けたインビジブルハンドのせいで、さすがにピンときたようだ。あの時友人を絞ったのはお父さんでしょと。


と、いうわけで娘には白状した。最初の異世界転移のことから。


最初は少し精神が不安定になりかけたが、直ぐに復活した。流石は俺の娘。割り切るところは割り切って、自分の心に折り合いを付けたようだ。


あの悪鬼になってしまった女子高校生が持っていたお守りは偽物だった。自分でお参りに行ったわけではなく、その子の母親がネット口コミで選んだ高額なお守りを持たせていたようだが、そんなもの、何の役にも立たなかった。そういった自業自得的な部分と、彼女を殺めなければ自分が危なかったこと、それから悪鬼になった人間はもう治らないということが広く報道されていることなども、桜がこうして日常生活に戻れている理由なのだろうと思う。


「防衛大なら全寮制ってことよね。神社庁なら東京で就職か。でも、神社庁に就職すると、神社の管理や怪異討伐で全国を飛び回って、下手すると海外遠征とかもあるんだよね」


「そりゃそうだけど、この世に楽な仕事はないぞ。今をときめく魔道研究の道なら、おそらく理数系に進んで高等な数学を学んでAIやら暗号解析やらの応用分野を勉強することになると思う。それはそれで難しいと思うぞ」


魔道の当面の課題は、如何にして魔道回路の仕組みを解明するか、なのだろう。なので、そういった分野の応用になることが予測されている。今、学術界は大わらわになっていると聞いた。


「そうだよねー。神社庁は特務科に務めれば危険手当が良いんだっけ。防衛大もお給料入るし。でも、頭が付いていけるかな」


桜は、飛び抜けて頭が良いわけではないが、地元の国立大学には普通に合格するレベルで、東京のワンランク上の大学も狙える程度の偏差値だ。先日まで経済的理由で東京は止めてくれと言っていたのだが、経済的な話はどうでもよくなっている。


「まあ、地元の国立に行って、卒業後お父ちゃんのところに就職してもいいけどな」


俺、実は先日転職したのだ。独立したというか、ほとんど滴教団の別働隊だけど。


「お父さんのところって、宝石類の販売の会社でしょ? そこの職員に求められる能力って、自衛能力って言ってたじゃん。それ、大学関係ある? 進路を選択する期限ってもう少しあるんでしょ? そのためにこうやって東京旅行して見聞広めているんだし」と、桜。


子供だと思っていたけど、結構しっかりとした受け答えをするようになったもんだ。


「ま、そうだな。とりあえず、東京観光だな。お父ちゃん、せっかく会社辞めて自由に動けるようになったんだから、今のタイミングなら一緒に遊べるし。とりあえず、今日は神社仏閣巡りして夜は綾子さんとこの居酒屋行くから」


桜はにこりと笑って、「綾子さんか。久しぶり」と言った。


俺と娘は、モノレールに揺られながら、都心方面に向けて移動していった。

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