第211話 神敵の戦友と三匹のおっさん


千尋藻桜は、呆然としながら、目の前のやりとりを眺めていた。


「お前、そいつを殺せるか?」と、少女が言った。


自分の父親は、そいつと呼ばれた自分の友達を見て、何か考え事をしていた。


それを見ていた美しい少女は、「やれやれ。お前は、私と一緒に行くにはまだまだだな」と言った。その言葉は、どこか突き放すような意味に聞こえたが、彼女の表情は優しく微笑んでいた。


そもそも、今の言葉は、これまでは一緒にいたという意味にも聞こえるし、優しく離縁を勧めているようにも聞こえた。


その一方で、自分の父親は動じずに「俺は人間だからな」と応じた。


千尋藻桜子は、その返事の意味が解らなかったが、気付いた時には、自分の隣に立っていたはずの友人が、何時の間にかいなくなっていた。


「ごほっ、かはっ」


地面に寝ているひろこが大きめの咳をした。いや、さきほどまで弱々しい呼吸だったから、この大きな咳は逆に安心感がある。


「背骨もやられていたか」


美貌の少女がそう言うと、地面から黒い何かがにゅっと出てきて、ひろこの体を地面に固定した。


「悪鬼、まだ結構いると思う」と、父親が言った。おそらく、友人の看病をしている少女に向けて。


「そうだな。手当たり次第処理していけば、明日までにはどうにかなるだろう」と、少女が振り向かずに言った。


「俺、アレが使えるようになったんだけど」と、父親。


「そうみたいだな。私も、空間魔術が復活した」と、少女。


「まじか。さっきのはそれか。じゃあ俺は、残りの悪鬼を何とかする」


父親はそう言うと、虚空を見つめだした。


「問題は、この都市の封鎖だ。県警は嫌がるだろうが、これから24時間が勝負だぞ」と、少女。


「桜」と、虚空を見つめたままの父が言った。


「な、なに、お父さん」


父は、申し分けなさそうな顔をして「済まんな」と言った。


桜はへたり込んでいた自分に気付き、土埃を払いながら立ち上がる。目眩がしたが、少し頭を下げて耐える。


そして、「どういう意味?」と言った。


父は、虚空を見つめたまま、「戦うって、辛いんだなぁ」と呟くように言った。


千尋藻桜は、まったく意味が解らなかったが、何となく、自分の父親がどこかに行ってしまうような感覚にとらわれた。



地面に倒れる友人に何やら施していた少女が、立ち上がりながらそう言った。処置が終わったのか、変な息をしていた友人は、今はすうすうと眠りについている。


「お前な、はっきり言うなよ……」


最後は呟くような声になっていたが、おそらく『娘の前で』と言ったような気がした。


「お前は、意味が伝わっているのかどうも怪しい」と、美貌の少女。綺麗なおでこを惜しげもなくさらし、長く美しい髪を靡かせている。


「いやいや。俺は、お前を尊敬するよ」と、父が言った。


美貌の少女は、少し不機嫌そうな顔をして「逃げたか」と言った。そして、「まあいい。本当の戦いとは孤独なものだ。だが、奇跡的に戦友ができることもある」と言いながら、ぷいと顔を背ける。


父は、「戦友か」と呟いて、嬉しそうな顔をした。


千尋藻桜は、二人のやりとりをぼうっと眺めながら、二人の腕にお揃いの腕輪が付いていることに気付く。そして何だか、自分も恋人が欲しくなった。



◇◇◇


場所は飛んで北海道、ここには、北海道の怪異討伐隊である五稜郭隊とユクエピラチャシのカムイラン隊が協働で事に当たっていた。


そこに同行するはスキンヘッド。


「小田原、熊の魔物だ。加勢できるか」と、スキンヘッドの隣にいた司令官が言った。


その司令官は、道警職員とは名ばかりで、実は自衛隊幹部だ。今は諸外国を刺激しないよう、警察の怪異討伐隊に混じって、ご当地魔術と言うべき疑似亜神降ろしの実験がてら、各都道府県に自衛隊が派遣されていた。すべては、将来の自衛隊魔道科創設のために。


加勢を請われたスキンヘッドは、「分かりました」と言って、森の中を駆けて行く。彼の格好は、何故か空手着だった。怪異討伐隊は、ある程度服装は自由が認められていたが、真っ白い空手着はとても珍しかった。


スキンヘッドが戦闘域に出ると、そこには体長3メートルを優に越えるヒグマがいた。振りまく気配から、それは確かに魔物と思われた。


ヒグマの突進、それを、3人の五稜郭隊員がお互いのプロテクションレベル3の同時展開で防ぎきる。


その隙に、カムイラン隊の雷術士が、強烈な電撃を魔物にお見舞いする。


スパン! と空気を切り裂く音がして、熊の魔物にぶち当たる。だが、熊の魔物は一瞬怯むだけで、そのまま電撃を使ったカムイラン隊に突撃する。だが、その左右に展開した五稜郭隊がプロテクションのバリアで魔物の動きを制御して突進をキャンセルさせる。


いくら疑似亜神を降ろしているとはいえ、魔術回路はプロテクションのみのはずだ。それでこれなら、かなりの戦闘力だと小田原亨は思った。どこの世界にも天才というものはいる。これは数を揃えるとかなり強いのではないかと彼は考えた。それこそ、軍隊に匹敵するほどに。


スキンヘッド……小田原亨は、異世界では数多くの魔物を屠ってきたが、流石に本調子でない今の状態で、目の前の魔物を倒すのは骨が折れると思った。銃機関砲あたりがあれば一瞬だろうが、この奥に控える北海道の怪異は、地域の人々を操っているという情報もあり、肉弾での攻略が求められていた。


そのスキンヘッドは、森の中を走りながら、急激に違和感を感じる。


体が軽くなり、走る足だけではなく、上半身にも力がみなぎる。


「ふう~~~~」


スキンヘッドは、走りながら息吹で呼吸を整え、そしてそのまま魔物の真正面に突撃する。


熊の魔物がスキンヘッドに気付き、タイミングに合わせて腕を振り上げる。


スキンヘッドはそれをいなし、懐に入って、必殺の正拳突きを放つ。


正拳突きが、熊の体を破壊し、突き刺さる。


これでおそらくトドメだろうが、スキンヘッドは念入りにローキックで足を折り、崩れ落ちる魔物の首に手刀を入れる。


もの凄い音がして、巨大な熊の首が変な方向に曲がる。


「ふう~~」


仕上げとばかりに、息吹で呼吸を整える。


「小田原殿!」


最初にこの魔物を押えていたカムイラン隊の若手男性隊員が、スキンヘッドに駆け寄る。どこか憧憬のまなざしを向けて。


「あの魔物を一撃? 素手で? 流石です。凄いです」


カムイラン隊の若手隊員がスキンヘッドの周りを、まるで子犬のように駆け回る。


スキンヘッドは無表情でじっとしながら、森の奥を見つめる。そして、「ボスのお出ましだぜ」と言った。


そこには、体長5メートルほどの化け者がいた。巨大な腕が六本ほど、そして至る所に目玉があり、そして口があった。


カムイラン隊と五稜郭隊に緊張が走る。


スキンヘッドは、自分の拳を見つめながら、スタスタと前に出た。


「小田原、アレがここの怪異だ。こちらも白蛇を出す」と、後ろで司令官の声がした。


司令官の横に控えていた、小柄な女性が前に出る。迷彩服を着込んだ女性だ。彼女の腕のワッペンは、旭日旗をバックに鳥居のマークがあしらわれていた。


その女性は、前に出ながら、体から白くて巨大なくだを出現させる。どこかで見た怪異の力を宿した隊員であった。彼女は、その異能ですでに数々の魔物を屠り、怪異を沈静せしめてきた神社庁特務科のエースだ。


スキンヘッドは、迫り来る巨大な怪異と遊軍を見比べ、「自分思うに、流石にアレはまだ早い」と言った。


司令官は、「待て、これは訓練も兼ねている。先に白蛇使いを出す」と言った。


スキンヘッドは少し鼻をふんと鳴らし、「自分は本来、警察の指揮下じゃないんですぜ?」と応じた。


「小田原何をする!?」


「若手を守るのがおっさんの役目……」


スキンヘッドの拳が轟き光る。


「はあ!」


そのまま、光る拳を怪物に叩き付けた。



◇◇◇


さらに、場所が変りここは東京都内。


隅田川河川敷のベンチで、とある男女が寄り添っていた。


「ねえ、あの金色のぬるっとしたやつって何?」と、女性の方がビルの上のオブジェを見て言った。ストレートの黒髪が美しい少し垂れ目の妖艶な女性だ。


「あれですよね。私も知りませんが、多分、うんこだと思います」と、七三分けが言った。


「嘘でしょ。でも、私が居た頃は、あんなのなかった」と、女性が言った。


七三分けの男は、マジカルTinPOという特殊な魔術を女性に使う。


女性は、体をもじもじとさせながら、七三分けの男性にしだれかかり、彼の股間をさわさわと触る。効いているようだ。


七三分けの男は、「ところであなた……」と呟く。


「なあに……」と、女性。恍惚とした表情を浮べている。


?」


七三分けの男のスキル『鑑定』では、隣の女性はこのように表示されていた。


名前;まつ

種族;人間(偽) 正体;カッパ(妖怪) 性別 女  年齢 1556歳

スキル;無し


七三分けの彼は、いきなり使用できるようになった鑑定を使い、街行く人物の観察をしていると、ごく希に変な種族名が表示されることに気付き、とりあえず、カッパと表示される女性をナンパしてみたのだ。


その女性は、特に狼狽えること無く、「妖怪というか、カッパなんだけど。カッパは嫌い?」と返した。


七三分けの男性は、「カッパそのものを差別したりはしませんよ」と言った。


カッパのまつは、「じゃあ、私としようよ」と言って、七三分けのあそこを再び触った。


「セック○ですか? しかし、私には子作りの約束をした女性がいるのです」


「子作りは、考えなくていいし。私が言っているのは、快楽を求めましょうってこと」


「ところで、あなたは、いつからこの東京にいるのです?」と、七三分けが言った。


「あたしら、昔っからいるんだけどねぇ。こんなに普通に認識されるのは、久しぶりかな。今度夜中に皆で街中を練り歩こうよって話し合っているんだけど、アンタもどう?」と、まつ。


七三分けは、澄ました顔をして「いえ。私は人間ですから」と言った。


女カッパは顔をがばりと上げ、「は? あなたが人間? あなた、どう見たって人間じゃないよ」と言った。


「え? そんな馬鹿な」


「気付いてないの? でも、しょうがないか。そういうやつもいるし。いい? あなたは妖怪。妖怪ちん○。分かった?」


「妖怪ち○ぽ……まじですか」


七三分けは、自分に鑑定をかけてみる。それは、異世界転移間した時に掛けた以来のことであった。そこには……


名前;高橋ケイティ

種族;人間(偽) 正体;妖怪○んぽ 性別;男 年齢;40歳

スキル;鑑定、マジカルTinPO、生活魔術、雷魔術、不死身、言語理解、巨大化


「お友達も誘ってよ。楽しいよ。百鬼夜行」


女カッパは、妖艶に微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る