第209話 りぼんの黒騎士


飛行機到着。我が麗しのマイホームがある○県に着いた。機内で睡眠を取ったからか、体が軽い。調子が良い感じだ。


だが、バスが来ない。いや、先着のバスはもう出てしまったのだ。東京からの飛行機は人が多いから、一度で全員乗れないというバス会社仕事しろと言いたくなるような惨状が我が街なのだ。


我が家は、飛行機から降りて、ここからバスなどを乗り継いで1時間以上掛かる。もどかしいが、仕方がない。


スマホをバッグから取り出す。先ほど娘にメールを入れたのだが、いつもの如く返信は来ない。電話をしてみるが、電波が悪いというアナウンスが。悪鬼騒動で混乱しているのだろうか。


ネットニュースを見る。


少し繋がり難いが、今度は暴徒が出てカオスになっている様子。そもそもの悪鬼もまだ鎮圧されていないようだ。県知事の動きも悪い。この様子だと、自衛隊への要請などもまだだろう。


これまでの悪鬼や怪異討伐に関し、都道府県警レベルで対処できてしまっていたことにも問題があって、広域連携、国直轄機関の拡充、あるいは自衛隊の魔道化などの協議が後回しになっていたのだ。自衛隊の魔道化に関しては、それを発表してしまうと諸外国を刺激してしまうおそれがあるということから、当面は極秘にするようだが……


それから、地震のニュースだ。最近とても多い。日本は地震国なので、津波も心配だ。後は諸外国の戦争やら紛争やらのニュースばかり。


俺は、40分後のバスを待つため空いているベンチに座る。


ふと、俺の目の前、バス停付近に立って待っている女性二人組が視界に入る。こちらにお尻を向けて立っており、なかなか艶めかしいお尻をしている。薄い生地のスカートだからか、パンツの位置がくっきりと確認できる。ああいうスカートを履くのなら、Tバックにすべきだと思いながら、ガン見する。


インビジブルハンド……俺のかつての特技。アレがあれば、どんなお尻でも撫でることが出来る。千里眼と併用すれば、それこそ世界中のどんな人物のお尻でも撫でることが出来たのだ。


俺は、目の前にいる女性のお尻を……


「きゃあ!」


うん!?


女性が後ろを振り向き、きょろきょろとしながら後ろの俺に気付く。


女性と一瞬目が合うが、直ぐに目を逸らされる。俺とその女性の距離は、5メートル近く離れている。手を伸ばして届く距離ではない。


だが、これは……俺は、その隣にいる太めの女性も……


「ぎゃあ!」


ふむ。最初の女性のおっぱいを……


「きゃあ!」


ふむふむ。ブラでごまかしているな。


目の前にいた二人は、きゃあきゃあ叫びながら、建物の中に逃げていった。


千里眼展開……


俺の脳内に、もう一つの視界が現われる。


というか、は……


俺は、空港のベンチに座ったまま、もの凄い勢いで千里眼を移動させる。


あの街に向けて。



◇◇◇


「はあはあ、千尋藻っち限界。少し休も」


「あそこの陰まで」


二人の手を引っ張る千尋藻桜は、少しだけ速度を落として、偶然あったホテルの入り口付近の物陰に入る。


「ここまで来れば、あと少しかな」と、桜が言った。


「ハアハアハア……」


「大丈夫?」


「ハア、わ、私は大丈夫よ。それよりあんた大丈夫?」


心配そうに見つめられる女学生の顔には、青あざが出来ていた。先ほど殴られたのだ。


その女学生は、「大丈夫よ。まだちょっと痛いけど」と言った。


「カレシが心配するんじゃないかな」と、桜が言った。


「うん。怒ってくれると思う。でも、助かったんだし。いいや」と、青あざの女学生が言った。


三人とも、よく見ると膝をすりむいていたり、学生服が破れていたりと創痍が目立っていた。


「それよりも、あれ、なんだったんだろうね」


「あの黒いつぶつぶ? 分からないんだけど、なんだろうね。私達の所には来なかったんだし、味方なんじゃないかな。ほら、お守りの力かも」と、桜が言った。桜のお守りの一つは、何だか真っ黒い干物みたいな物体だった。


桜のお友達は、「やっぱりお守りって効くんだ。あいつら、黒いのに集られてめちゃくちゃ転げ回っていたもん」と言って、バッグの中から自分のお守りを出して手で握り締める。


桜は、「私もお父さんからのやつがあるから」と言って、バッグに下げていたピンクリボン付きの黒い干物のような物体をなでなでする。


「ふう~ちょっと落ち着いた」と、顔に青あざのあるお友達が言った。


「大丈夫? 行ける?」


この三人の場所は、中心市街地から少し離れており、暴動の声は聞こえなかったが、空にもくもくと上がる煙は見えたし、サイレンの音もひっきりなしに聞こえていた。


「大丈夫だよ。○公園まであと少し」


桜はにこりと笑って、「うん。ひろこのカレシが加わったら、無敵だもんね」と言った。


ひろこと呼ばれた女性はにこりと笑って、深呼吸を数回し、「大丈夫。まだ走れる。行こう」と言った。



・・・・・


非常事態の街を、女子高校生三人が走る。といっても長距離走の様な走り方で走っている。


先ほどは暴漢からの逃走であったため猛ダッシュしたが、今度は仲間が待つ公園に移動するだけであるため、省エネモードで走ることにしたようだ。


「みんな大丈夫!」と、先頭を走る千尋藻桜が後ろを振り返って叫ぶ。


「大丈夫」「まだまだ余裕」と、返ってくる。


千尋藻桜は、友人らの無事を確認し、そのままのペースで走って行く。


しばらくすると、桜の友人のカレシが待つという公園に到着する。そこには、街中から逃げて来たと思われる他のグループもいて、不安そうに各々集まって休憩を取っていた。


「タケシ!」と、ひろこが叫び、とある人物のもとへ走って行く。


残された友人二人も、少しほっこりしながらその方向へ歩いて行く。


公園にいたのは、ガタイの良い坊主頭の少年だった。数ヶ月前までラグビー部のキャプテンを務め、今は受験のために引退した高校三年生のカレシである。


千尋藻桜は、少しだけ苦笑いをしながら、そのカレシの首に手を回す友人を見つめる。


自分にはカレシが居ないが、うらやましくはない。好きな人もいなかったし。桜としては、自分はまだオトコはいいやと考えていた。中学生の時は少し興味もあったが、高校になったら、まあ、大学卒業した辺りでいいかと考えるようになった。


というか、仲が悪い両親のことを見ていると、他人と一緒になるというのが少しだけ怖くなっていたのだ。


千尋藻桜は、目の前で抱き合う友人カップルを見ながら、少しだけ複雑な感情になる。


ふと、カレシの方が、ひろこのお尻をがっしりと掴む。感極まって性欲を押えられなかったのかと桜は思って、見て見ぬ振りをした。


だが、お尻を揉みしだく手が激しくなり、結果的にスカートが捲れ上がり、パンツが見えそうになる。


ここには他の人もいる。千尋藻桜は、流石にそれはやり過ぎだろうと思い、二人の間に入ろうとする。


「やめっ、タケシ、痛いって。どうしたの? 後で、ね、あとで」


千尋藻桜の友人は、カレシの鎖骨に顔を埋めながら、何かを呟いている。だが、カレシの方の狼藉は収まらない。というか、何かがおかしい。


「! あんた、ひろこから離れて」


千尋藻桜は、何かの異変に気付き、友人のひろこを引き離そうと引っ張る。


ひろこのカレシは、左右の目が別々に動き、「ひ、は。ぽわ。ああ」と、呟いている。


「ひろこ離れて! こいつ普通じゃない」


「千尋藻っち、こいつ何なの?」と、桜のお友達。そのお友達は、カレシの方を引っ張る。


抱き締めるカレシ、離れようとする彼女と、それを離そうと引っ張る千尋藻桜とそのお友達。


「い、いぐ」


カレシは、ぶるぶると震えながら、自分の彼女を強く抱き締める。


「ひろこ~!」


千尋藻桜は、目の前の友人の体の中で、ぼきぼきと音が鳴るのを聞いた。桜が友人の体を引きずり出した頃には、ひゅーひゅーと何かが引っかかるような呼吸音が聞こえていた。


そして、自分の恋人を手放したカレシは、自分のズボンとパンツを脱いで、桜の前に仁王立ちする。アレは、生臭い匂いを放ちながら、びんびんに反り立っている。


「こいつより、お前の方がよかったんだ。付き合うなら、お前の方がよかった。本当は、お前と付き合いたかった。無理そうだから、こいつにしたんだ。だから、やらせてくれよ。お前の方が、お尻もおっぱいも好みだ。させてくれ」


公園の周囲から、叫び声が聞こえる。この異常事態を目撃し、こいつが何なのか、いや、何になったのか思い至ったのだろう。


千尋藻桜は、少しだけ絶望感を味わいながら、自分の父親を思い出していた。決して、そそり立つブツを見たから思い出したわけではない。


悪鬼に関して、それはそれは何度も説明されたのだ。悪鬼がどれだけおそろしいのかを。罹患すると治す術がない悪鬼は、一度成ってしまうと死ぬ以外に人間に戻る術はないらしい。


何で自分の父親がそんなことを知っているのか桜には分からなかったが、その時は娘である自分が可愛いからだろうと思ってスルーしていたのだが、今、何となく思い出したことがある。


お前にお守りを送った、と父が言った。さらに、そのお守りは、何でも倒すことが出来るお守りで、それは。何故ならば、神がそう決めたから。だから、それさえ持っていれば、お前は大丈夫。


確かにそう言った。まあ、そう言われて買わされたのだろうと思っていたのだが、本当にそうだろうか。先ほどの黒いつぶつぶは、父から貰ったお守りの力だとするならば……


悪鬼の後ろに、ぬっと何かが現われる。


黒い何か。最初は普通の人間だと思ったが、何かが違う気がした。


身長は自分と同じくらい。表面はつるっとし、千尋藻桜にとっては、まるで黒い西洋鎧を身に纏った騎士に見えた。


西洋鎧の騎士の頭には、小さなリボンが付いていた。どこか見覚えのあるリボン。


黒い騎士は、元『友人のカレシ』の肩に手をポンと置いて、後ろに引き摺り倒した。

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