第208話 黒の祈りのアクセサリー


パリン!


きゃーーー


がしゃん!


商店街で暴徒がショーウインドをたたき割る。いや、これは暴徒というより、火事場泥棒と言ったところだろうか。悪鬼騒動で大混乱が起きた後、どこからともなく現われた覆面集団が時計や宝石店を襲いだしたのだ。


その混沌の街の中、裏路地に逃げ込んでじっと騒ぎが落ち着くのを待っている女子らがいた。


千尋藻ちろもっち、どうしよう」と、近くの高校生の制服に身を包む女子が言った。


「やり過ごそう。今出ても危険だし。あいつら、貴金属とか奪ってるだけだよ」と、同じ制服に身を包む女子が言った。


「桜、カレシからラインきた。助けに来るって」と、別の女子。


今日は土曜日であったが、午前中、課外活動のため制服で登校し、そのまま友人らと遠回りして街中を通って帰宅していた最中であった。


「そう」と、千尋藻桜が言った。目の先は、じっと大通りの方を注視してる。


「警察と消防の電話はパンクしてる。電波自体も繋がり難いけど、メールなら何とか繋がる」


辺りでは、怒声やサイレンなどの音が鳴り響く。どこからともなく焦げ臭い匂いも漂ってくる。


千尋藻桜も、スマホをいじる。課外活動が終わってから、スマホをマナーモードから戻すのを忘れており、父親からの着信に気付かなかったようだ。母親からも早く家に帰ってこいというラインや、着信が届きまくっている。今から帰ると返してはいるが、どうも下手に動くと逆に危険に巻き込まれそうな気がしていた。


「これってさ、怪異ってやつが出たのかもね」と、桜のお友達が言った。


「もしくは悪鬼」と、桜。


「悪鬼? でもそれって、外国の話でしょ?」と、桜のお友達。


「いや、悪鬼って、全世界何処にでも出るらしい。お父さんがお守りが効くから絶対にお参りに行けって言ってた」と、桜。


「私もお母さんにお守り持たされた。ネットで買った効くって噂のやつ。高かったんだって」と、お友達。


「私も、自分でお参りして買ったのと、お父さんから貰ったの持ってるけど。本当に効くのか分からないのよね」と、桜が言った。


「桜、まさか、お父さんから貰ったのって、そのナマコの干物みたいなやつ?」


桜の鞄には、父から送られた可愛くないアクセサリーが紐で下げられていた。長さ10センチくらいの黒い一反木綿みたいな物体で、桜はそれが可愛くなるようにと、ピンクのリボンを結んでアレンジしていた。


「そう。単身赴任先から送って来たんだけどね。魔術回路の代りとか山ヒルくんとか最強とか、意味不明なこと言ってて。最初は気味が悪かったんだけど、だんだん可愛くなって」と、桜。黒いアクセサリーをなでなでする。可愛がっているようだ。


「ははは。ねえ、私のカレシ、この先の○公園に来るって、そこまで移動しようよ」と、桜の友達が言った。その桜の友達のカレシは、ラグビー部の元キャプテンで、体が大きく逞しい人物だった。


「アンタのカレシが合流したら安心よね。千尋藻っち、そうしよ」と、お友達。


桜は、頭の中で合流地点までのルートを想像する。途中に貴金属店が無ければ安全なはずだと考え、「じゃあ、交通局の方に行って、そこから川沿いに抜けよ」と言った。


その時、ぽろんと、桜のスマホのメール受信音が鳴る。ぱぱっとパスをタップすると、そこには、『お父ちゃん、今日、家に帰ってくるぞ』という間の抜けたショートメールが入っていた。


桜は、友達のカレシに比べると頼りなさそうなメールに、少しため息をつきそうになった。


・・・・・


「はっ、はっ、はっ、ちょっと待って。ヤバイって。苦しい」と、桜のお友達。


桜は、「頑張って。もう少しだから」と言って、手を繋いで引っ張る。


「ここは、見通しがいいから」と、別の友達。


女子高校生3人が川沿いの歩道を走る。辺りには人がほぼおらず閑散としていたが、遠くでのサイレンは鳴り止まず、空にもくもくと煙が立ち上っている様子が確認できた。明らかに異常事態であった。


「そこを左!」と、スマホを手にしたお友達が言って、走ったままビルの角を左に曲がる。


「ひ!?」


曲がった女生徒が急停止。


次に続く桜と、手を引かれたお友達が先に曲がった女生徒とぶつかりそうになり立ち止まる。


「チャアウン阿△ポア○シャア△スンニイ×罰×」


そこには、青竜刀を持ったデブがいた。明らかに日本語ではない外国の言葉でまくし立てる。その後ろには、さらに5人ほどの普通では無い人らがいて、その中心には倒れている人もいる。


青竜刀デブは黙って顎をしゃくると、4人ほどが桜達の周りを取り囲むように近寄ってくる。


その中の1人が腕を伸ばして「来い」と言った。彼のシャツの袖からの覗いている腕には、グレーの入れ墨が入っている。


よく見ると、通路の反対側の出口にはワゴン車が止まっている。何かしらの犯罪に巻き込まれていることが容易に想像できた。


女子学生3人は、恐怖のあまり絶句して身動きが取れない。


「きゃ!」


1人の女子学生が腕を引っ張られて、奥に歩かされる。


「やだ、離して」


「来い!」


桜の方に寄って来た男は、力一杯、桜の肩に手を回して抱き寄せる。桜も必死で高校の手提げ鞄を相手に押しつけ抵抗するも、それは弱々しく、相手の怒声で抵抗する意思もくじけそうになる。


「ハヤクシロ、イソゲ」と、青竜刀デブが言って、地面に倒れている男の腹に蹴りを入れる。


その横にいた別の男二人が、力なく倒れている男の両手と両足を持ち、車まで運んでいく。


圧倒的な暴力行為を目撃した平和な国の女子高校生達は、完全に血の気が引いて反抗心が折れそうになっていた。


「嫌だ! 私は行かない!」


相手との体の間に鞄を入れて抵抗していた桜が叫ぶ。


「桜!」


抵抗する友人に勇気づけられ、他の二人も抵抗する。


「黙れ」


ごん! 男の一人が、女子生徒の顔を強引に殴り付ける。桜の目の前で、友人の頭部が揺れるのが見えた。


「ひろこ!」


どろり


恐怖を怒りが上回る。


千尋藻桜は、怒りでふしぎな感覚を覚えていた。


次の瞬間、千尋藻桜の視界一杯に、黒いぶつぶつが浮き出てくるのが見えた。そして、その黒いつぶつぶは、一斉に男達にぴょんぴょんと跳び掛かった。



◇◇◇


今、俺は飛行機から地上を眺めている。ぽけぇっと。


家族は心配だが、今はどうすることも出来ない。娘にはしずくからもらったアレを送っているから、ちゃんと肌身離さず持ていてくれていたら、まあ、なんとかなるだろう。アレは山ヒルくんの干物だからな。その辺の怪異より何百倍も物騒なのだ。


『ただ今、本機は富士山の上空を通過しています』


機内アナウンスが流れる。CAが飲み物を配りに来たのでコンソメスープを注文する。


俺は、スープをちびちびと味わいながら、富士山を見下ろす。


霊峰富士。あそこの怪異はとても強かったと聞いている。富士の樹海に集まる怨念達が気を集めてしまったのだとか。


大量の魔物と強力な怪異が出現し、地域の人々を瞬く間に殺害。日本政府と自治体は、その怪異を仲間にすることを断念、討伐を決意した。


一方で、静岡県には駿府城を始め、沢山のお城がある。特に、天下普請の城、駿府城は徳川家康のお城とあって、かの県警は、早くから『するが隊』を結成し、怪異討伐に当たっていた。だが、静岡県には出世城浜松城などもあり、人口の割に有名な城が多いことは、じつは気の収集装置としてはマイナスで、力が分散されてしまっている状況だった。


ただ、富士山に関係する怪異討伐とあって、山梨県、躑躅ヶ崎館の風林火山隊も出撃して事に当たった。


山梨県も甲府城やら躑躅ヶ崎館やら大量のお城があるが、迷った結果、知名度のある武田信玄の居城である躑躅ヶ崎館を採用したらしい。だからなのか知らないが、風林火山隊とするが隊は仲が悪いとかなんとか……


それはそれとして、霊峰富士の怪異討伐戦は、静岡するが隊と、山梨風林火山隊の合同作戦が行われ、その時は特別にしずく本人も同行した。


結果は……まあ、山であいつに敵うやつはいない。二つの県警が苦戦する中、ヤバイと思ったしずくが介入して事なきを得たらしい。あいつの山ヒルくんは、どんどん本来の力を取り戻していっている。今では人間サイズのものも出せるようになっている。いずれ巨人サイズも出せるようになるだろう。


ぽけぇと飛行機から地上を眺めていると、何だか眠くなる。


時計を見ると、到着まであと一時間の模様……眠るか。俺は、飛行機の中で目を閉じて、深いため息をついた。



・・・・・


深い、深い海。


ああ、懐かしい。懐かしい? いや、おかしくないか? 俺は人間だから、深海なんて不気味なだけのはず。


だけど、深海の静謐がとても懐かしい。ヤツも海底の土から超巨大な水管を出して、元気よく海水を出し入れしている。


ふむふむ。


この水深1万メートルほどの海底で、ヤツも元気に暮らしているのだろう。ヤツというか、異世界での俺の本体。いや、今の俺も貝の触手時代と同じ身体能力だから、今も貝なのかもしれないけれど……


この漆黒の闇、気が遠くなりそうな静謐の海中で、少しだけまったりする。すると、ほんのわずかな揺らぎを感じる。


上からだ。俺は、上を見上げ、睨み付ける。俺には分かる。何かがいる。岩に擬態した何かだ。しかも超巨大。ふむふむ。あれはタコだな。巨大なタコだ。まるで俺を監視するように、何かがじっと岩に張り付いている。


俺は、巨大な舌を出して、泥の中を移動することにした。俺の本体は、何を隠そう移動することが出来るのだ。


しばらく移動し、また海底の泥の中から水管を出して、一息つく。ふむ。あのタコはいなくなった。



・・・・・


『本機は、間もなく着陸の態勢に……』


機内放送で意識が覚醒する。現実世界に引き戻される。ここは飛行機の中。先ほどコンソメスープを飲んだ座席のままだ。


ふう。窓から地上を見下ろすと、普通に日本の街並みが見える。信号機があり、車が走っている。


それからしらばくすると、飛行機は滑走路に沿って飛行し、フワリと無重力になったかと思うとドガン、ガガガっと、強い振動を受ける。


着陸したか。


俺は、急いで足元に置いていたバッグからスマホを取り出し、機内モードを解除して娘にメールを入れる。『お父ちゃん、今日、家に帰ってくるぞ』と。


急がねば。

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