第207話 日本の日常、悪鬼の上陸


『鎮静成功です。阿蘇地区の怪異は、熊本県警蛇ノ目銀杏隊が阿蘇神社の協力を得て無事鎮静化させることに成功しました。この怪異は、今後は○○として阿蘇神社で奉られ、国民に協力することとなります』


テレビで、一風変ったニュースが流れる。怪異が制圧可能とみるや、日本政府と自治体の反応は早かった。


情報をメディアに積極的に流し、怪異は鎮静化させることができること、ちゃんと奉れば味方をしてくれること、そして、近所の神社仏閣は大切にすること、国民全員お参りに行くことなどを発表し、一時は混乱したものの、日本人独特の落ち着きの良さで、すぐに沈静化した。というか、全国にある神社仏閣や教会モスクが大活躍した。もともと、信仰心が無いとか言っておきながら、お盆や正月にはお参りに行く国民性なのだ。今回の怪異騒動と日本には親和性があるのは明確だった。



さらに、である。


日本政府は、しずくの助言によって、お城に目を付けた。全国にあるお城には、人々の力が集まるようだった。その集まった力を人に降ろすことで、強力なヒューマンウェポンを造ることに成功している。要は、皆から少しずつ集めた魔力を、怪異討伐に赴く人に集中的に集めているのだ。


これは個人個人が魔術を使う異世界とは異なる方法の、日本版魔道兵とも言うべきもので、日本の自治体は、彼らを一定数組織するに至っている。殆どのお城は神社が併設されていることもあって、皆お祭り騒ぎでお参りに長蛇の列ができた。自分達の祈りが怪異に勝つと言われたらな。


しかも、お城は全国にまんべんなくあり、そこまで政治や宗教色が強くない。不動明王や毘沙門天ならまだしも、全国の神社仏閣はあまり知名度がなかったため、ここはあえて『お城の力』とすることで、国民全員のお祈りが集まり易くすることに成功したのだ。


例えば、熊本県は蛇ノ目銀杏隊という、県民に人気が高い加藤清正をモチーフにしたネーミングにしたし、栃木県は宇都宮城の鉄狛隊というものにした。鉄狛隊が、どこどこの怪異討伐に参加します、というニュースが流れると、隊員に力を与えようと、県民らがお城縁の二荒山神社のお参りに長蛇の列を作るといった塩梅だ。このようなケースは、全国の都道府県に広がった。


地方警察組織には、みんなこぞって何々隊という怪異討伐隊が結成された。会津若松城なら白虎隊とか。広島城なら鯉隊とか。さらに、アイドルやスポーツ選手なんかもこれに協力してくれて、隊員に気を送ろうというイベントを開催しまくった。これがバカにならないくらいの魔力が集まるらしい。日本では、魔力の事を『気』と呼称することにしたようだけど。


これはある種の集団魔術、巨大な魔力の備蓄・集積装置にして、疑似亜神の降臨装置。もの凄い密度で神社やお城がある日本ならではとも言える。


なお、この流行に焦っているのが東京都だったりする。関東地方の名城は、実は東京都には無い。有名な忍城は埼玉県だし、唐沢山城は栃木県だ。小田原城は神奈川県だし。


なので、財力にモノをいわせ、江戸城の天守閣建造プロジェクトが開始された。このお城の力は、現存天守ではなくても集まるようで、東京の中心部には実は江戸城跡があるのだが、お城としてのイメージはあまりなく、勿体ない状態だったのだ。江戸城の天守閣が再建されたら、人口や知名度的に最強のお城になる可能性が高いと言われている。


そんなこんなで、全国各地の怪異は単なるカモになり、たまに出てくる魔物も鎧袖一触で怪異討伐隊に狩られていった。実は、怪異は銃器を使用しなくても倒せるというのも大きく、現行法の範囲内で警察や消防、そして病院組織が動けたのだ。


今では、子供達の成りたい職業ナンバーワンが怪異討伐隊らしい。隊員になれば、ほぼヒーローだし、優先で魔術回路が供給されるからだ。


ただし、今度はお城に集まる気の力は誰のものか、というのが課題になっているようだ。要は、お城の力を誰に降ろすのか、どの事件にそのヒューマンウェポンを投入するのか、誰がそれを管理するのか、そういったことは、今地方と国とで激論が交されている。法整備が遅れてしまったのだ。この辺りの舵取りを間違うと、大変なことになりかねない。日本は中央集権国家だけど、今の状態が続くと、地方が武力を持つことになる。今後は、魔術回路、すなわち魔術の行使についての法整備の検討も出てくることだろう。


なお、この怪異騒動、自衛隊の出番はほぼ無い状態が続いているが、実は密かに魔道兵の育成を進めているのは別の話。


思考を戻し、「これで何殺目?」と、お米を食べながら言った。


しずくも朝食を食べながら、「10殺」と言った。


「1億円ってこと?」


「1回の出撃で1000万で、それが10回だから1億だな。契約用の水晶がそれの使用とセットで500から1000万で、全ての都道府県が購入したから、それだけでも3億以上あるな。まだまだ注文が殺到しているから、価格も高騰している。もちろん、非課税だ」


「サラリーマンやっているのが悲しくなるな」


「お前も滴教団に就職すればいいだろ」と、しずく。


「でもなぁ。ローンが。せめて、教団でなくて会社にしない? 魔術回路の販売もついに始まるし」


魔術回路に関しては、これまでプロテクションを県警などに殆どサービス価格で提供していた。おおよそ各都道府県の討伐隊に普及したところで、今度は一般に売りに出す計画が始まるのだ。法的規制が出来ないうちに。今度のはサービス価格ではなく、レベル1のプロテクションで1人50万円ほどの価格帯にした。レベル2で150万、レベル3で500万と、量産体制が整うまでは強気の価格設定にした。ただし、プレートそのものを売ることはしない。インストール時にお金を徴収するシステムとしている。これは、転売やコピーさせないための施策だ。ところが、これがさっそく高騰しつつある。商品値段は変らないが、先行購入させてもらおうと、滴教団に高額寄付をする人が後を絶たないのだ。


まあ、気持ちは解るけど。


「組織体制など、どうでもいいことだ。だが、魔術回路の方は、いずれはプレートメーカーを使うのならば、会社の方がいいだろうか」


「そうなったら、俺、転職するわ」


俺がそう言うと、しずくはちょっとだけ複雑な顔をした。俺のちゃんとした会社の正社員としてのステータスを、自分が奪ってしまうことに悪い気がしているのだろう。気にしなくていいのに。


御飯を食べながら、スマホでネットニュースを見る。


『アメリカの○○で史上最大規模の銃乱射事件発生。民兵出動し300人死亡』


「なあ、これって、悪鬼だよなぁ」


「そうだと思う。悪鬼が銃を乱射し、警察がそれを射殺したが、それまでに警察官の数名が悪鬼になり、彼らがさらに銃乱射。それに民兵が加わり現場はカオスになったことだろう。運良く悪鬼の全てを銃殺できたようだ」


「運良くか。銃社会のアメリカならではだよな。ある意味よく300人で済んだな」


「田舎町だし、銃は弾切れがあるからな。それに、殺傷力が高い方が、広まり難いのだろう。ウィルスと似ているな。致死率が高いウィルスは、余り広がらない」


「なら、C国はやばいな。すでに100万都市クラス3つが閉鎖だってよ。戦車出すかと思っていたのに」


「気付いた時には手遅れよ。最早あの国には悪鬼が何百体いるのか分からん。日本政府から、悪鬼対策の情報は行っていると思うがな」


「悪鬼は、伝染するのさえ気を付けたら、なんとか対処できるからな。あの国にまともな祈りを集めるシステムがあれば、そこまで怖くはないんだろうけど。それから、この『アフリカ大陸で巨大ゾウ発見。戦車隊出動』っていうニュースなんだけど、コレってひょっとして」


「魔物だろうな。まあ、ゾウなら戦車が出れば倒せるだろう。魔物で怖いのは、小さくて毒をもったやつ、気配が無いようなやつ、そして海の生き物だ。特に、海にはとんでもないのが出てくる可能性がある。それに、同じくアフリカ大陸では悪鬼騒動が内戦に発展しているようだし、島しょ部では島がまるごと封鎖されてしまっている。イス○ーム圏では、この集まる力の解釈を巡って戦争が起きそうだしな」


一瞬、しずくが指摘した怖い魔物は、貝も当てはまるような気がしたが、気にしないことにする。


「やっぱり、混乱するか。日本は運がいい。最初の頃は、結構な数の犠牲者が出てしまっていたけど」


あの時の山中にいた幼女達を思い出す。いたたまれない。


「昔はそうだったが、今は全国に怪異討伐隊が設立され、それが悪鬼討伐も兼ねるようになり、それなりに対策が出来つつあるらしいじゃないか」


「討伐隊の話はそうなんだけど、外国人の入国規制の方がザルらしいよ。悪鬼討伐隊といえば、動物愛護団体が猛反発しているらしいけど。お犬様部隊」


「そんなのは些事だろう。罪人部隊や洗脳人間よりましだと言ってやれ」と、しずく。


今日は土曜日、そのまましずくとまったりしていると、急にテレビ画面が切り替わる。


『緊急ニュースです。C国からのクルーズ船の乗客が、○県○市の港で意味不明な言動を繰り返しながら暴れ回っています。警察は悪鬼の可能性もあるとみて……』


ふむ。○県○市か。俺の家族が住んでいる所なのだが……


というか、この国の学術会議なる怪しげな団体は、悪鬼は伝染病ではないと結論付け、感染症予防法の適用を見送った。だから、飛行機やクルーズ船の対悪鬼対策は実施されなかった。さっさと魔術というものを法で定義し、悪鬼対策基本法を成立させればいいものを、この国の国会は子育て支援の所得制限やら、LGBT関連の差別の定義やら、とある大臣の『悪鬼になるやつはもともと人間ではないからだ』という問題オフレコ発言やらで、全く機能していない。


「この国の防疫はザルだな。先日は別の外国からの農業研修生が悪鬼になって大騒ぎしたし、国際線の飛行機の中で悪鬼が発生して大惨事になりかけたしな」と、しずく。


「防疫もそうだけど、これだけテレビでお参りに行け、お守りを身に付けろって報道されているのに、やっぱりお参りに行かないやつがいるのな」と、呟いてみる。


「神社へのお参りやお守りが効くのは、ある種の魔術的行為だからだ。その中には、ちゃんとした手順を経ないと発揮しないものもある。誰でも効果があるわけではないんだ」


「ま、それは何となく分かる。早速偽物も出てきているらしいしな」


この、お守りが効くという仕組みは、悪鬼騒動に限っては、実は善良な神様が守ってくれている訳ではないのだ。そう願う人々の祈りが、魔術という式により守りの力となっているだけらしいのだ。ある意味、そういった式が機能しているところが奇跡ではあるんだけど。


『こちらが○県○市の状況です』


俺としずくが駄弁っていると、テレビ画面が切り替わる。


そこには、逃げ惑う人々と、襲いかかる悪鬼と思われるおっさんとおばさんの姿が写し出されていた。通行人の髪を引っ張り首に噛みついたりしている。


「うおう! カオス。まじかよ。悪鬼討伐隊はどうしてる?」


しずくは、テレビを見つめながら、「その県の警察なら、契約用の水晶を納品したのはごく最近だ。そもそも碌なお城がないところだ。怪異討伐隊も貧弱だろう。危険だな」と言った。


「まじかよ。国があれだけヤル気だしていたから、全国本気で対策してるって思ってたのに」


『新しい情報です。港街の騒動とは別に、近くの商店街でも人が暴れているという情報が』


そして写し出されるどこかでみた風景……


「げっ、ここ、俺の家の近くだ」


ちょっと心配になってきた。なんやかやと忙しく、俺は家族を少しほったらかしにしていた。もちろん、メールや電話で神社にお参りに行くようにしつこく言って、お守りを買わせたりしたし、しずく謹製のブツを送ってはいるのだが、魔術のインストールなどの特別扱いはしていなかった。


実際問題、俺達が魔術回路を売りに出すタイミングで、家族の身の安全はどうにかしようと考えていたのだが……


お参りにはちゃんと行っているみたいなので、悪鬼に近づいただけで悪鬼になってしまうことはほぼ無いと思うのだが、このまま街中に悪鬼が増えてきたら、都市の機能が麻痺したり、最悪治安が悪化して暴動が起きる可能性だってある。怖いのは悪鬼だけではないのだ。


そうなる前に、隣の県や国の悪鬼討伐隊が介入するとは思うのだが……


今日は土曜日、子供らは学校が休みだし、家に居てくれる事を祈る。すかさず嫁に電話……出ない。娘も出ない。これはいつものことだ。二人に、家から出るなとショートメールを送る。


スマホの航空機予約サイトに繋ぎ、飛行機の空き状況をチェック。空いている。今からなら余裕で帰ることができる。俺が近くにいたら、どうとでも守ってやれるし、これを機に、あいつらに魔術を身に付けて貰いたい。


さて、どうしようと思っていると、しずくが、「行ってやれ。魔術回路届けるんだろ?」と言った。


「色々持って行っていい?」


俺はそう言って、しずくが管理している試作品の保管箱を覗く。俺も訓練して、魔術回路を転写する魔術を習得したのだ。


「かまわん」


しずくはそう言って、加工済の水晶板を取り出してくれた。


今ある魔術回路インストール用の水晶板は、なるべく法に触れないようなラインナップにしている。具体的には、プロテクションレベル1から3、魔力回復力アップ、ついでに骨密度アップに最新作の身体強化レベル1だ。


なお、骨密度アップは、冗談のようなスキルだが、実は超重要なのだ。魔力で身体強化された際に、自分の筋肉が体を破壊しないように開発されたスキルだからだ。


「ありがたいな。お代は出世払いで」


「お代はどうでもいい。それに、こいつを貸してやろう」


しずくはそう言って、自分の手首の腕輪を外し、渡してくる。


この腕輪は、かつてお隣さんに貸して怪異を打ち払ったというやつだ。


「ありがと」


俺はそれを受け取ると、自分の手首にはめる。完全な輪っかでは無くて、途中で隙間があるタイプだった。お陰でぎりぎり入った。その後、急いでスーツケースに着替えなどを詰め込んでいく。


「気を付けて行ってこい」


俺は、「分かった」と言って、家を飛び出した。

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