第205話 おっさんの大団円と聖女の憂鬱
「勝利おめでとう」
奥多摩討伐戦の夜、三匹のおっさんと、綾子さんにしずくを加え、我が家で乾杯した。一応の勝利だからな。犠牲者は出ていたと思うけど……
「今回は、日本の警察でも十分怪異と戦えることが証明されたということでいいのか?」と、小田原さん。
「使ったのプロテクションと斧だけだから。ちゃんとハイテク使って準備すれば、他のも大丈夫なんじゃ? ただ、怪異を味方に付けようとする場合は、しずくの山ヒルくんが居た方が確実だと思った」と、応じる。
「それで、怪異戦1回当たりの報酬が一千万だって? 凄いな」と、小田原さん。
「私は、山ヒルの化身を使って好き勝手していいらしい。いちいち現場に同行する必要はないようだ」と、しずく。
「一応、俺も極秘参加していいらしいけど、本業あるからなぁ。報酬はお車代程度って言われているし。しずくと比べると、あまり役に立たないと思われたみたい」
「身体能力が上がる程度と言われたらな。そう考えられてもおかしくはないが……」と、小田原さん。
「これから魔術回路や契約用の水晶やらの売却も始まるんでしょ?」と、綾子さん。
「ちゃんと予算を組んでくれるみたい。日本ってもっとこういうの遅いと思っていたけど、奇跡だ」
「幸運にも、最初に霞ヶ関がこの怪異のことを理解したことが大きいと思います。あの白い手の怪異も、力を貸してくれるんでしょ?」と、ケイティ。
「そうみたい。白蛇様としてプロデュースさせるって。ラブドールメーカーが女児タイプを開発してお供えし、白蛇様自体は、絵師がイケメン化させてネットに流すんだと。人の祈りで集まる力をメディアで制御するとか息巻いていて。これで上手くいったらいいけど。これから、他の怪異の沈静化作戦も始まるし」
「テレビニュースでもようやく怪異に対して報道し出しましたね。これから、変って行くんでしょう」
俺とケイティが駄弁っていると、小田原さんが何やらごそごそと自分の荷物を漁る。
「まあ、それはそれとして、探偵の調査結果が出たぜ」と、小田原さんが言って、持っていたバッグから封筒を取り出す。
「調査って聖女?」
小田原さんは、「そうだ」と言って、封筒から書類を取り出す。そして、「彼女、亡くなっていたよ」と言った。
「ヒカリエさんの方も、異世界転生でした」と、ケイティが続けて言った。亡くなっていたということだろう。
「そっか。転移は俺達だけか、今のところ。カミサマも、色んなパターンで干渉していたんだろうな」
「そうみたいだな」と、小田原さん。
彼女らは、死者だったか。異世界で新たな生を貰ったんだから、精一杯生きて欲しい。
『緊急ニュースです。チリ沖でマグニチュード6の地震が発生しました。念のため津波に……』
テレビニュースが地震速報を伝える。
「最近地震が多いよな。太平洋側で」
「そうだな。魔物のせいではないと願いたいところだ」と、小田原さん。魔物が地震を? それは考えたくはない。
その時、しずくのスマホが鳴る。
「はい……ふむ。うむ……分かった」
しずくが数分ほどしゃべったところで、電話を切る。そのタイミングで、「どうだった?」と聞いてみた。
「出動が決まった。○県の無人島らしい。座標はメールで来る。今度も山の中だ」と、しずくが言った。
「初受注ね」と、綾子さん。
「では、行ってきますかね」と、小田原さん。
実は、先ほど小田原さんはしずく教団のエージェントになることになった。元々自営業でフットワークが軽いということもあるが、スキンヘッドだしそれっぽいという理由でそうなった。現場に同行するのは小田原さんの役目になる。
なお、綾子さんは経理係。俺の出番は、魔術回路の販売会社が設立されたらどこかに販売員か何かで雇ってもらおうと思う。
俺は、取りあえず、PCで○県の無人島とやらの場所を地図で検索する。ひとまず、これからしばらくは、日本の怪異対策に尽力したい。いずれ悪鬼がこの日本にも上陸してくるだろう。魔物の被害も出てくるかもしれない。それまでに、何としても対策を取って貰わねば。
◇◇◇
ウルカーン南部の要塞の一角に、豪華な天幕があった。そこに一人の兵士が入ってくる。
「聖女ハナコ様、兵が、兵がこのお城に……」と、兵士が言った。
「ちっ、ネオ・カーンで大負けした敗走兵士か。こちらは防御のアナグマしか居ないってのに、無理に攻めるからだ。せめて、スイネルにいる攻撃バッファーのミケを待てなかったのか」と、聖女が言った。
「戦猫神ミケは、バッタ男爵領『ナナフシ』に入ったという情報もあります。攻守の神獣が揃えば、ウルカーンは負けなかったでしょう。先日、エリエール子爵が手勢を率いて救出に向かいましたが……」
「惨敗兵は心が折れている。そんなやつら邪魔なだけだ。それで、ローパー伯爵は何と言っている? この際、講和だろう」と、聖女。
「分かりません。今はウルカーンに戻っておられまして」
「ちっ、いや、ちょっと待て、分身から連絡だ……ふむ、ふむ……」
聖女は、クラーケンの権能で、8人までの眷属を生み出すことが出来た。その己の分身ともいえる眷属を戦略的に配置し、最新情報を仕入れていた。
聖女は、苦虫をかみつぶしたような顔をして、「『シラサギ』が落ちた。ネオ・カーン攻略戦で第2王子が討ち取られ、グリフォンの君と英雄化されていたアイリーン・ナナセ子爵領も陥落か。やるなエアスラン」と言った。
「聖女殿!」と、天幕の外から呼ぶ声がする。
聖女が入れるように兵士に伝えると、フリフリのドレスを着込んだむさいおっさんが入ってきた。
バッタ男爵は「聖女殿、エリエール子爵が戻られました。途中でエアスランの追っ手と遭遇戦が合ったと。負傷者が出ている様子」と言った。
「ここには、今後も戦う意思のある怪我人だけを連れてこい。私にも余裕はない。それから、ローパーのヤツはどこへ行った」
「き、今日は、あの法案の採決の日ですので、王宮に詰めております。場合によっては、ノートゥンに亡命を……」
「ああ、今日は、差別的奴隷制改正法の可決日か。言っておくが、その法案が可決された場合、私はウルカーンを守らん。サイフォンもビフロンスを立てて挙兵すると言っている。下手をすると魔王軍も参戦するぞ。あいつらは破壊力が大きすぎる。戦後復興が大変になるぞ」と、聖女。
バッタ男爵は、少し暗い顔をして、「その場合は、我がバッタ男爵領『ナナフシ』は、ウルカーン奪取作戦の最前線になりましょう」と言った。
「ビフロンスはまだ迷っているらしいがな。アイツがまだ戻ってこないんだ」と、聖女。
「ええ、三匹のおっさんが神敵と行方不明になって、約一ヶ月、ですが、千尋藻殿がいないからこそ、ビフロンスに期待する声も大きいのです」
「戦時中、民衆は力が強い者を欲するからな。ビフロンスが挙兵すれば、それは大きなうねりとなって、瞬く間にウルカーンを席巻するだろう。下手をすると、この島全体を……いや、ビフロンスはそのタイミングを狙っている可能性もあるか」
「『ナナフシ』には、戦略物資を備蓄しておりますれば。とにかく、エリエール子爵らの治療は頼み申しますぞ」と、バッタ男爵。
スイネルとウルカーンの中間にあるナナフシは、例えば、聖女らが立てこもる要塞の加勢、要塞からの脱出路、あるいはウルカーンへの進軍など、いかようにも活用できる戦略的価値のある領土になっていた。
「待て、眷属から情報が入った……」
そう言って聖女が黙ると、上空でぴゅーひょろろろーと猛禽類の鳴き声が聞こえる。
ウルカーンは、軍事通信に鳥類の魔獣を使用している。この要塞は、戦場とウルカーン本国とのライン上にあるため、よく上空を飛ぶ魔獣が目撃されるのだ。
だが、今日は少し異なり、聖女とバッタ男爵がいる天幕の外が急に騒がしくなる。
「何事だ?」と、バッタ男爵が兵士に聞くと、兵士は天幕の外をチラリと覗く。
「風竜だ!」と、外の兵士が叫ぶ。
「何? 風竜だと?」と、バッタ男爵。
彼が急いで外に出ると、そこにはウルカーンの空飛ぶ魔獣を猛追する巨大な空飛ぶ三角形があった。
空飛ぶ三角形は、アクロバチックな動きで猛禽類の魔獣を弾き飛ばすと、悠々とウルカーン領土の上空を遊弋し、そして南の空に帰って行く。
本来、亜神クラスの神獣が人の戦場に出てくることはタブー。神敵に目を付けられる恐れがあるからだ。
しかし、巨大な力が消えたことは、古の神獣クラスには容易に感じ取れ、まだ人を襲うような行動はしていないものの、次第に行為はエスカレートし、ついにはウルカーンの航空戦力を潰しに掛かったようである。
「ぐっ」
バッタ男爵は、鬼のような形相になる。本来、亜神ウルの方が、神獣風竜より格上なのだ。
だが、ウルは神敵との盟約により人格を封印し、さらに今のウルの巫女は、ウルとちゃんと交信しているのかすら怪しいくらい無能だった。
バッタ男爵は、いらつきながら聖女に別れを告げるため天幕に戻ると、聖女も鬼のような形相をしていた。
そして、聖女は「ウルカーンで、奴隷制改正法が可決。同時にジュノンソー公爵が罷免された」と言った。
「何ですと? ありえませぬ。ジュノンソー公爵は、ナナセ子爵の父親。戦争に負けた将を排出した家とはいえ、最強の軍事力を持つ我が国最大の貴族家。それを罷免ですと!?」
「法改正と同時に、かの一族と領民の全てを奴隷に指定。これから、ジュノンソー公爵家と公爵領の全ては、他の貴族の草刈場になるぞ」と、聖女。
バッタ男爵は、これまた苦虫をかみつぶしたような顔をした。
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