第204話 おっさんvs廃神社の怪異


一瞬だけ意識が反転し、そして鮮明になる。目久美くんは俺より背が高い。なので目線が高い。体も、なかなか鍛えてあると思う。


暴れている女児は残り5名ほど。黒い子供は20体。こちらの部隊は30人だが、すでに5人くらいは頭から丸呑みにされて拘束されている。アレ、大丈夫なのだろうか。魔力を吸い取られた後は窒息死か? いや、魔力回復の苗床にさせられるのかもしれない。


かつての俺だったら、女児はニルヴァーナで眠らせ、黒い子供はインビジブルハンドで拘束、その隙に廃神社まで走り王手だっただろう。


だけど、今は肉弾攻撃しかない。面倒だけど、やるしかない。


ひとまず、こちらに近づいてくる黒いヤツ一体にプロテクションを使いつつ体当たりする。障壁ではじき飛ばしたところに斧で一刀両断。その後廃神社の方に20メートルほど走ってみると、黒い子供達がついて来た。


あいつら、エサに群がるのに夢中で、本当の役目である本体の防御を忘れていやがったな? このまま金床部隊までトレインするか。そこにザコを押しつけた後、俺は単身廃神社へ行って斬首作戦だ。


走り出そうとしたところで、背中にがちゃがちゃしたものがあることに気付く。ゴルフバッグだ。まだ中に武器が入っていて騒いでいる。ちょっと邪魔だ。


俺は、手に持っている斧をハンマー部隊を襲っている敵に投げつけ、バッグの中の予備に持ち替える。バッグをもう一度背負い直す。このバッグの中には、斧の他にも奥の手が入っている。


そのままプロテクションで敵を弾き飛ばしつつ、金床部隊の方へ走っていく。


「正確なルートが分からん」と、呟いてみる。呟いたのは、ぼろアパートにいる自分の本体だ。


「まあ、山だからな」と、しずく。手元の作業をしつつ、こちらを見ようともしない。


「しずくさん? お願い聞いてもらっていい?」と言ってみる。


しずくは作業の手を止めて、「何だ?」と言った。


「山ヒルくん、いるんだろ? ナビ頼んでいい?」


しずくは、少しあきれた顔をして、何も言わず自分の作業を再開した。


冷たいやつだと一瞬だけ思ったが、現場の目久美くんの足元に子犬くらいのヤツがいた。ぬるっとした質感のアイツだ。これは山ヒルの化身くん。イルカみたいな質感の黒いボディに、足と腕が生えているという気味が悪いやつだ。


やっぱりしずくは面倒見が良いやつだった。こそっとこの現場に山ヒルくんを忍ばせていたのだろう。いや、もしかしたら、俺の千里眼とインビジブルハンドのように、何処でも出現させられるのかもしれなかった。


「じゃあ、山ヒルくん、金床部隊までよろしく」と、目久美氏の体で言ってみる。


すると、このボロアパートに居るしずくが、「廃神社に向かうフリをしなければ、敵がついてこないのではないか?」と言った。


こいつ、ずっと覗いていたな? 戦いたくてうずうずしていたんじゃ……


「あいつらがついてくるぎりぎりのルートでトレインしよう」と、目久美氏の体で言う。


すると、子犬サイズの山ヒルくんがすたすたと歩き出した。やっぱり、作戦を考えていたんだろう。なお、小さな山ヒルくんは、動きがコミカルである意味、巨大サイズより不気味だ。



・・・・・


「進め!」


透明なポリカーボネートの盾を構えた隊員達が、一斉に進んでくる。


彼らは金床部隊。どうやらトレインに成功したようだ。俺の後ろには黒い子供が10体以上いる。残り10体はハンマー部隊の方にいるのだろうが、ハンマー部隊は30人ほどいる。俺が斬首するまで頑張って欲しい。


俺は、引き付けた敵を3体ほど切り付け、金床部隊が近寄るのを見計らい、今度は廃神社の方に駆けて行った。


それでも、着いてくる黒い子供は5体ほどいる。なかなかしつこい。


一旦止り、プロテクションを展開して金床部隊の方に弾き飛ばす。終わるまで押えていて欲しい。


更に2体を切り付けて、もこもこと回復している隙に廃神社の方に走る。


距離は1キロも離れていないし、山ヒルくんのナビもいる。このまま王手と行きたい。


山の道なき道を走ること数分、異様な風景が見えてくる。


崩れ落ちた石の鳥居と、その奥の廃屋、さらに、廃屋近くから立ち昇る不思議な白い物体。


俺は、彼我の距離20メートルくらいで走るのを止め、深呼吸を繰り返しながら、ゆっくり近づいて行く。


今の俺は他人の体だけど、これははっきりと感じる。ここは、この怪異の禁忌。


鳥居の前に、白目を剥いている女児が立っている。鳥居の内側には、警察服やら機動隊の装備に身を包んだ大人が、何かに包まれてぶら下がっていた。生死のほどは判別不能だ。


そして、さらにその後ろのご神体が格納されているはずのやしろ、ではなく、その横の小さなほこらから、霧のような白い何かがゆらゆらと揺れていた。


はっきり言って、この世の物とは思えない。異世界でさえも、こんな不気味なものは見ていない気がする。


俺は、両手に持った斧を握り直す。後ろから、例の黒い子供はついてきていない。遊軍がどうにかしてくれたのだろう。


相手から攻撃はしてきていない。俺は、すたすたと歩いて行く。


ああ、異世界転移前だったら、この光景を見ただけで気絶していたかもしれない。


彼我の距離10メートルくらいまで近づくと、ようやく女児らが襲って来た。血色からして、半数は死んでいると思われる。だが、残りは、おそらく生きている。


俺は思いっきり加速し、こちらに走ってくる女児の頭上を飛び越える。そして、廃神社の石段を駆け上がる。


一体この怪異は何なのか。目的は……まあ空腹を満たしているんだろう。だが、今はそこそこお腹は膨れたはずだ。他に考えられるのは、自分の神社が廃れている恨みとか怒り……だが、それは感じない。なら、こいつの要望は何なのか……答えは一つ。


俺は、背中に背負っているゴルフバッグを……


その瞬間、背後の廃屋から生えている白い物体が、地面まで降りてきた。遠くから見たらおいでおいでをしている手のひらに思えたが、近くで見ると巨大な多頭の蛇に見える。白いヤマタノオロチと言ったところか。


巨大な手……俺は、千里眼とインビジブルハンドを使っていたから、どことなく親近感が湧く。例えば、日本の法律や倫理観が無い力ある存在がいたとして、それがある日突然空腹状態で実体化する。しかも単なる獣では無く、それなりに社会性を知っている存在であったとしたら……それなら、こういう行動になることは何となく理解できた。


こいつは、そこまで邪悪な存在では無いと思う。この化け者は、魔力を実装された影響で目覚め、単に欲望を満たしたいという原始的な感情から今回の凶行に及んだ。


考え事をしていると、巨大な白い蛇みたいな管状の何かが、こちらに体当たりしようと迫る。後ろの女児は、まだここまで登って来ていない。


「しずく、ちょっと戦うのは待ってくれ」


足元にいる山ヒルくんが、獰猛な牙を生やして襲い掛かる瞬間だった。


俺は、体当たりしてくる巨大な多頭の蛇を、斧でなぎ払う。


切断はできないが、追い払うことは出来る。ちゃんと実体がある。思えば、異世界でも斧で切れなかった存在は居ない。目の前に居るこいつは、実体の無い幽霊ではなく、魔力で何らかの物質を構築している怪異である。


その隙に俺は斧を捨て、背中のゴルフバッグを背中から下ろし、入り口を広げて中身をばらまく。


ぽとぽとと人形が地面に落ちる。寄せ集めの人形だ。色んなメーカー品やらジャンク品やらだ。どこから仕入れたのか、エロいのもある。共通点は、女児であること。それが地面に散乱する。


さて、どうだ? これで反応しなければ……


白い多頭の蛇の一部は、俺への興味を失い、そして散らばった人形を集めだした。


ふう。こいつは、別に純正の人間でなくてもいいんだ。要は人形でいい。


ならば、きっと解決策はある。我が国は、そういうの得意だからな。こいつを満足させるだけのノウハウはきっとあるだろう。


俺が安心していると、ふと、山ヒルくんが不思議なものを抱えていた。小さな石が沢山集合しているような、フンボルトペンギンくらいの大きさの石だった。


「お前、それは何だと」と言った。ボロアパートの本体で。


ボロアパートのしずくは、「コレがあの怪異のよりしろだ」と返した。


そして、山ヒルくんは、そのペンギンくらいの石に、がりっとかじりついた。


「あ、食べた。お前食べた」


「あのな、アイツは欲が強すぎる。少し囓っただけだ。ちょうど良くなるだろう」と、しずくが言った。こいつは、多分、こうしてあの世界のバランスを取って来たのだろうけど。


確かに、白い多頭の蛇は、相当弱っている様な気がする。もはやゆらゆらと揺らめいているだけだ。


「ま、いっか。終わりよければ全てよし」


俺は、気にしないことにした。気にしていたら、精神が持たない。しずくを見習おう。ちょっと、囚われの女児らのことも忘れよう。


「そうだ。その調子だ千尋藻。細かい事は気にするな」と、しずく。


その後、捕らわれの人達を助けていたり、動きを止めていた女児を寝かせたりしていると、警察官やら山岳救助隊やらが駆けつけてきた。どこかでドローンが見ていたのだろう。


さて、勝利かな。後の始末は頑張ってくれ。ここからは契約外。というか、このくらいの後始末はやってくれないと不安になる。


「これにて終了、俺も、目久美くんとのリンクを切る」


俺がそう言うと、無言で綾子さんがお茶を持ってきてくれた。ありがたい。意外と緊張したのだ。


俺が暖かいお茶を飲んでリラックスしていると、不意に電話の着信音が鳴る。聞き覚えの無い音だが?


「はい」と、しずくの声が聞こえた。アイツの耳にはスマホが当てられている。アイツのスマホだったのか。小田原さんに貸して貰っているスマホ。どこからだろう。


約数十秒後、しずくはスマホに「わかった」と返し、通話を切る。


俺が「何だったんだ?」と言うと、しずくは、「一件1000万らしい」と返した。


「どういうこと?」


しずくは、手元の作業を再開し、「今後も協力して欲しいそうだ」と言った。


さて、どうなることやら。

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