第203話 奥多摩怪異攻略戦


「おはよ」


我が屋のやってきた綾子さんが玄関先でそう言った。


今日は、綾子さんも参加する。彼女は一応、俺達のパーティメンバーということになっている。とりあえず、今日の俺は手が離せないため、身の周りの世話をやって貰う。


ケイティと小田原さんはお仕事に行って、その後にここで合流する予定になっている。


なお、俺は会社を休んだ。もう有給も残っていないから、お給料が下がってしまうが、仕方がないだろう。一応、プロテクションと契約の代金で100万は貰える約束だ。ただ、税金をどうするか問題が残っているのだが、そこは礼金ということでお目をこぼして貰えるらしい。タンス預金にしておけば問題ないだろう。報酬は、目久美くんの自費なのだから。


「どぞどぞ。入って。まだまだ移動中みたいだけど」と、綾子さんに答える。


今、我が家ではしずくがパソコンの前に座り、図面を見ながら新しい魔術回路の転写機を作成している。物作りが好きなのか、意外と楽しそうに熱中している。俺はベッドに座り、彼の目を通して周囲の状況を把握しているところだった。どうもバスか何かの中にいる様子。


「おじゃまします。とりあえず、お茶でも沸かそうか。お昼はどうする?」と、綾子さん。


「お昼もお願い。簡単なものでいいです。俺、ちょっと集中するから」


俺はベッドに戻り、そして精神を集中させる。相手は怪異、いつどこから襲われるか分からない。


今日は、奥多摩攻略戦なのだ……



◇◇◇


マル暴目久美は、朝から機動隊のバスで移動する。ポリカーボネート製のシールドを持った20人くらいの隊員達と一緒だ。


いくら人手不足といっても、機動隊とマル暴は異なる組織である。それを一緒くたにするとは雑過ぎるだろうと目久美は思ったが、これもお上が考えた作戦だから、致し方ないだろう。というか、今回のマル暴は、急遽、他の隊員とは違う装備で同行することになっている。あの、しずくと名乗る人物の作戦だと説明すると、すんなりと話が通った。


しばらくじっとしていると、バスが現場に着く。ここから更に一時間ほど歩く必要があるらしい。現代日本人の感覚からすると、とんでもない山奥だ。


機動隊員やら警察官、山岳救助隊、それから救急隊員やらお寺の住職なんかも一緒にいる。彼らと一団になって、今から山登りだ。


目久美は、持ってきた大きめのゴルフケースを背中に担ぐ。これは、とあるおっさんからのアドバイスを元に選んだ武器だ。急遽だったから、数本しか準備できなかった。ちょいと、武器以外も入れているのだが、本当に効くかどうかは目久美には分からなかった。


足には、比較的新しいブーツを履いている。これは、警察大学校時代に購入したものだ。マル暴になんていると、普段は革靴以外履かない。


目久美は、そんなことを考えながら、敵がいるであろう山道を仲間と一緒にざくざくと登って行く。しばらくすると、周りの歩くペースが落ちて来た。そりゃそうだ。この山は結構険しい。だが、目久美の肉体は殆ど疲れず、動き続けている。背中に鉄の塊を背負っているにもかかわらず。


その理由は、契約による力であろう。目久美は昨晩、自費で百万を払い、魔術を身に付けた。一つはプロテクション。そして、もう一つはとあるおっさんの力を借りる契約だ。


この契約は、普段の体力や筋肉が格段に上がり、いざとなればあのおっさんが自分の体に取り憑いて動き回るというものだ。あのおっさんが体に取り憑く際には、自分に拒否権はない。なので、自殺されることも可能になる。


だが、目久美はその契約を選んだ。怪異に殺されるのだけは嫌だったのもあるが、あのおっさんは意外と常識人の様な気がしたからだ。同じ日本人。価値観が同じだと思った。


どうも人間では無いような事を言っていたし、あの膂力は人間離れしていたが……


目久美が考え事をしながら歩いていると、ようやく本陣に到着する。例の廃神社までは、まだ1キロほど離れている。敵のテリトリーに入るぎりぎりの距離らしい。


この本陣には、自衛隊もいた。自衛隊は、実は警察官僚の配下みたいなものだ。それがこの国の人民統制というやつらしい。だが、自動小銃は見当たらない。火器は最小限でいくようだ。代わりにあるのは取っ手の付いた筒。あれは警察にもあるネットランチャーという、相手の動きを封じる投網を飛ばす道具だ。目久美は、鼻をふんと鳴らし、自分のゴルフケースを見た。敵の中には、人質の女児がいる。流れ弾が当たるのを恐れているのだろう。だから、今回の得物をおっさんらに提案された時、目久美は特に反論せずに採用した。


それから、祈祷師らもいる。マス目の焚き火台が造られている。ここで 護摩行みたいなものを行うのだろう。


だが、祈祷では相手は倒せないと、あいつらは言っていた。


結局、今回の異変は、という言葉に集約される。祈祷では、何かの声を聞くことはできるかもしれないが、魔術で相手を攻撃するわけではない。相手を討伐するためには、魔力で体を強化し、防御力を高め、そして相手に攻撃をせねばならない。本来の祈祷の使い方は、祈祷で降ろした味方の怪異と契約し、力を得ることなのだろうと、目久美は理解していた。結局戦うのは人なのだ。


警察官の増援が到着すると、現場指揮官が作戦内容を説明する。どうやら、国民の救助を最優先する気らしい。相手に捕らわれている女児は、行方不明になってから3から4日ほど経っている。そろそろ限界だろうということだ。これが、ろくに準備もせずに、戦力の逐次投入で敵に突っ込む理由の一つ。だが、女児の救出にこだわる場合、討伐の難易度は相当上がるだろう。


一通り説明を聞いた後、現場指揮官が目久美の方を向いて、目配せをする。これは事前連絡通りのことだ。



・・・・


「上から連絡が来ている。霊能力を身に付けている警察官だと聞いているが」と言って、目久美が背中に背負っている荷物を見る。大きめのゴルフバッグだ。


目久美は、「ああそうだ。これは霊能力者しずく様の助言により持ってきた霊具なんだ」と返す。


「期待している。作戦の何処に陣取るかだが、ハンマー部隊に同行してもらえるか?」と、指揮官が言った。


ハンマー部隊とは、どうやら敵の側面から突いて、金床部隊と呼ばれる待ち伏せ部隊の方に敵を追いやる役目のようだった。だが、軍隊とは異なるこの日本の変な部隊は、拳銃すらも持たされずに敵地に赴くようだ。作戦を考えている参謀達の頭の中身を見てみたいと目久美は考えた。


その後、ドローンで撮影した写真を見せられる。今から戦う敵の姿だ。


そこには……


「おい、この子はどう見ても死んでいる。排除してもいいのか?」と、目久美。


「いや、駄目だ。動いており、待機している医者が死亡を確認しない限りは、その子は人質だ」と、指揮官。


「ちっ」


写真に写る女児達は、全員手足はすりむけて血がこびりついており、中にはどう見ても首の骨が折れてぷらんと垂れ下がっているものもいる。傷口から血が出ていないことを見ると、おそらく心臓は動いていないものと思われた。


「ちっ」


目久美は、もう一度舌打ちをした。自分が昨晩行った契約内容はどうだったか。いざとなったら、自分の体は他人に使われる。だが、その時起こった全ての責任は、体の元々の持ち主である自分にあるというものだ。現行法でも、それはそう判断されるだろうと思われたのだが、この死んでいるはずだが動き続ける女児を攻撃した場合、一体、自分にどういった罪が着せられるのか、目久美は少しだけ不安になった。


「やるしかねぇのか。だが、しずく様が言うには、本体を狙った方が早いということだ」と、目久美。しずくという名前は、すでに一定の影響力を持っているようだったため、目久美としてもそれを利用する。


指揮官は、「我らとしては、一刻も早い問題の解決を望む」と言った。


目久美はニヤリと笑い「分かった」と言った。要は、好きにやって良いということだろうと整理した。この現場指揮官も、一体どうやって怪異と戦ったら良いか分からないのだろう。今回は極秘任務。プレスはいないのだ。



◇◇◇


は、目久美氏の目を通して作戦を眺めていた。


総員配置に着き、そして護摩行が開始される。


そしてついに、『ハンマー部隊、前進せよ』の号令が掛かる。ハンマー部隊は、30人くらいの歩兵部隊だ。


今回の作戦目標は、人質の救助らしいのだが、敵の兵隊そのものがその人質の女児達だからタチが悪い。しかも、女児に混じって、黒いヒトの形をした何かもいる。攻撃部隊の人員にとっては、なかなか精神が削られることだろう。


目久美氏は、他の隊員と一緒に、じりじりと前進する。周り道をして側面から攻める作戦だ。そこは、山がそこまで急斜面ではなく、人が普通に歩ける程度だった。


目久美氏は、両手に斧を持っていた。俺が彼の体を使って動いた場合、丈夫な武器がないといけないと考えたから、そういうアドバイスを伝えたのだ。拳で殴ったら手が壊れてしまう可能性があったから。


彼は、束の長い斧を4本ほど準備したようだ。今は2本を手にし、残りはゴルフバッグに入れて背中に担いでいる。


目の前に敵は見えず、しかも今回、鉄砲はおろか弓矢や投石などの飛び道具の使用は確認されていないため、スタスタと前進していく。


しばらく前進すると、女児やら黒い何かやらが直立不動している様子が視認できる距離まで進む。


「こちらハンマー、ポイントに到着」と、現場指揮官がどこかに連絡を入れる


『こちら金床、いつでもいいぜ』と、連絡が入る。


『こちら司令部、ハンマーを撃ち下ろせ。繰り返す、ハンマーを撃ち下ろせ』


その指令を聞いたハンマー部隊の下士官は、「行くぞ。相手が気付くまで姿勢を低くして前進」と言って、前に出て行った。彼は自衛隊からの派遣らしいのだが、手にはさすまた、腰には木刀を下げている。大きめのナイフも数本装備しているようだけど……


しばらく道なき道を歩く。すると、黒い何かが襲って来た。


黒い子供だ。一杯いる。20体くらい?


「来たぞ。こいつらは攻撃していい」と、指揮官。


全員木刀や警棒で戦っている。これってどうなのだろう。あまりにも相手を舐めているような気がする。


黒い子供軍団は、瞬く間にハンマー部隊を取り囲む。さらに、奥から人質女児軍団も歩いてくる。


顔が歪み涙を流している子もいれば、無表情の子もいる。これはなかなか強烈だ。


目久美氏の前に、黒い子供が走ってくる。無表情だがこの足取り。ちょっと怖い。


「うおおおお!」


目久美氏が力任せに黒い子供を斧で叩く。


頭の半分くらいまで斧がめり込むが、相手は動きを止めていない。そして、相手にふわっと、腕を触られる。


ぞわっと、嫌な感触が流れ込む。これ、なんだろう。


俺は、ベッドの上で「戦いが始まった。黒いのに触られたらぞわっときた。これって何だろう」と言ってみる。


「ドレイン系じゃないか?」と、しずくが手元で作業しながら言った。


「なるほど。ドレインタッチかもしれない。これは魔力が吸い取られているのか」


俺は、彼に『ドレインタッチ攻撃だ。触られたら魔力が吸い取られる。要注意』と伝える。


彼ははっとして、「触られたら力を吸い取られる。間合いを取れ」と叫んだ。


近くにいた下士官は、直ぐにその情報を部隊に伝える。


なお、インカムも付いているので、同じ事が本部にも伝わっているだろう。しかし、ハンマー部隊と威勢の良い名前にしているが、訓練不足の手探り集団だ。特殊部隊くらい派遣すればいいのに。いや、怪異は全国で発生していると言っていた。人手不足なのかもしれない。


「とにかく間合いを取れ。力を奪われるな。女児の保護を最優先しろ」と、下士官が叫ぶ。


ハンマー部隊の数名が、女児にネットランチャーを放つ。身動きを封じるつもりだろう。


「おら!」


目久美くんが黒い子供に斧を振るい、急いで離れる。黒い子供は少し後退し、体がもこもこと変形しつつ元に戻る。力業で押せば引くらしい。このまま押せば、金床部隊と挟み撃ちにできる。だが、他のメンバーがちょっとまずい。


こちらのネットランチャーは、おそらくあっという間に撃ち尽くしている。女児は10人くらいいたが、半数は拘束し、残り半数はまだこちらにわらわらと突撃している。


警察官なら、女児の攻撃くらい何とか耐えて欲しい。女児を何とかすれば、こちらもごり押しできるのだ。


問題は20体の黒い子供の方だ。相手は触っただけでこちらから魔力を奪い、そしてダメージを回復してくる。対するこちらの武器は木刀とか警棒とかさすまただ。明らかに火力が足りない。銃器とは言わないから、チェーンソーくらい準備出来ないものかと思った。


目久美くんが走る。その先には、口を大きく開けた黒いヤツ。他の隊員のさすまたを意に介さずに近寄り、体を掴んで今にも食らいつこうとしているやつがいる。


目久美くんがその怪異を横凪で切り裂く。怪異は警察官の拘束を外して横に吹き飛んだかと思うと、またすぐにぞわぞわと元に戻っていく。


「ラチがあかねぇ。斬首作戦で行きたい。変ってくれないか?」と、目久美くんが言った。


主導権は俺にあるという約束なのに、でも、まあいいか。


「綾子さん、しずく、ちょっと選手交代してくる」


俺は、意識を奥多摩攻略戦の現場に飛ばした。

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