第200話 魔術回路制作プロジェクト


翌朝、洗濯機がぐわんぐわん回る音がする中、俺は炊きたて御飯にふりかけをかけて食べていた。しずくがお隣さんで作ってきた海鮮系の自作ふりかけだ。少ししっとりしていて美味しい。


「それで、山の怪異の調査は同行しないんだよな」と、パソコンデスクに座るしずくに言った。


しずくは、少し悲しい顔をして、「私は戦うことしか出来ないからな」と言った。


「ひょっとして、手遅れだった人、居たのか?」


しずくは、こちらを見ずに、「そうだな。確かめた訳では無いが、あれだけ貪欲なやつだ。連れ去られて無事でいるわけがない。いくら私でも、死んだ娘を戻せと言われても不可能だからな」と言った。


確かに魂の救済は宗教の領域だ。


「そっか。国民の味方になりそうな怪異なのに。問題は、人を食った怪異をこの国が許すがどうかだな。本来は、枝葉ではなく大局を見るべきなんだろうけど……今の日本の価値観では、人の味方する可能性のあるものも含めて、全ての怪異を駆逐しかねないな」


「それはこの国の国民が選択することだ。我々が嘆いても仕方が無い。さて、出来たと思う」と、しずくが言った。手には俺の時計が乗っている。


俺の腕時計の風防は、サファイアクリスタル製だったりする。そこまで高いヤツではないのだが、アウトドア仕様のやつだから、それが使われていたようだ。


「ひょっとして、魔術回路写したってこと?」


「そうだ。これでプロテクションレベル1から3までは転写可能だ。この大きさではコレが限界だな」と、しずく。


プロテクションレベル3といえば、向こうの世界でも数百万はしていたはずだ。マルコ達に買ってあげたプロテクションレベル1は、強めの突風や砂煙を防ぐ程度だったが、レベル3ともなれば相当な物理攻撃を跳ね返すことができるだろう。


しずくによると、レベル3からは自分だけではなく、より広域にバリアを張れるようになるらしい。


ただし、魔術というのは練習しないとあまり意味が無い。それは、ケイティが異世界転移した時に分かった事だ。


なお、しずくが座るデスクのパソコン画面には、フリーのCADソフトが立ち上がっており、何やら幾何学模様が描かれている。完全に記憶を頼るより、一旦図面に起した方が作り易いらしい。


「普通の水晶石版の場合、一回の転写でわざと再使用出来なくなるように作ってある。これは、なかなか上等な結晶だったから、ちゃんと作った。おそらく数十回は転写できるだろう」


まあ、あの世界の魔術士達は、この図面を秘匿して生業にしているのだろうからな。使い捨てで造っても仕方がないだろう。


「ほう。そうか。これ、うちの家族に送ってやるかな。でも、魔術回路を体に写すのも魔術なんだっけ」


「そうだな。ほんの少しだが、魔力を使用する。それから、いきなりレベル3までの転写はお勧めせん。レベル1から順に練習しながらレベルアップさせていくべきだ」


「そっか。どうにかしてあいつらに……それはそうとして、まずは綾子さんにインストールするんだった。実験的に。今日、俺午前中病院だけど、後で合流な」


「分かった。お昼前に合流だな」


しずくは、そう言ってとあるラーメン店のHPの画面を開く。そして「今日は御徒町だろ? これが食べたい」と言った。


「はいはい。宝石店に行くついでに行くか」


こいつは、この世俗を思いっきり楽しむ気だ。



・・・・・


「おう」


俺が病院を出たところで、しずくが待っていた。


「お疲れ。行くか」


しずくは俺の顔を覗き込みながら、「何か異常は?」と言った。


「異常無し。病院に通う意味あるのか分からなくなってきた。まあ、会社サボる理由にはなるけど」


駄弁りながら、目的の天然石のジュエリーショップまで歩く。あの街には、そういったお店が沢山あるのだ。サファイアクリスタル搭載の安物の時計を買ってもいいかもしれない。というか、折をみてクリスタルメーカーとタイアップしたらどうかとも思った。ただ、今はまだ、俺達はうさんくさい連中だから、地道に天然石の水晶を購入しに行く。


しずくと一緒に歩いていると、道路の脇をじっと見つめている。俺もそこに目をやると、そこには花や缶コーヒーやらが備えてあった。これって……


「お前、まさかここで何か感じるのか?」


「ん? いや、これは何だろうと思ってな」


「これ、多分、ここで人が亡くなったんだよ。交通事故か病気か自殺か知らないけど」


「ほう。死者への手向たむけか」


「……一応聞いてみるけど、お前、こういったところで何か見えるのか?」


「地縛霊とかのことを言っているのか? 感じないというか、魔力が実装されて、それで活動を開始した怪異というのは、多くの人々の思いが込もった、もしくは過去にそういった思いを受けていたようなやつだぞ? 人の霊魂がひゅうどろどろと出てくるようなやつはあり得ないだろう」


「そうなのか。まあ、それは異世界でも無かったからな」


「死者がいちいち動き回っていたら、この世界は死者だらけだ。だが、多くの人から強い思いを受けていた人物が、その土地に非常に強い思い入れがあった場合、出るかもな。ひゅうどろどろ」


「まじかよ。そういえば、お寺の僧侶や大きな神社の神主が声が聞こえるようになったのって、それって本物の八百万の神ってこと?」


「千尋藻、神の定義を私に聞くな。まあ、常識的に判断したとして、それは、宗教としての本尊ではなく、祈りの思いが集まって顕現した存在だろうな、最初は。だが、このままその存在が信仰を集め続ければ、本当に神格化されるだろう」


こいつは、神の事になると一応怒るが、根が優しいのか、ちゃんと答えてくれる。


「これって、一神教だったらどうなるんだろう。特に偶像崇拝NGなとこ。神が意思をもったらマズくないかな」


「それは、宗教指導者達が何かしら理屈を考えるのだろう。少なくとも、絶対唯一神と同一はさせないと思うけどな。例えば預言者とか使徒とか戦士とか、そんな言い換えをするんじゃないか?」


「そっか。今回の魔力実装が一巡すれば、その解釈とかで内輪もめするんだろうなぁ」


「そうだな。そういう意味では、この世界とシャーマニズムは相性がいい。良かったな」


駄弁っているうちに、例のラーメン屋に着いた。だが、そこには長蛇の列が。


「アレがお前が言ってたラーメン屋……どうする?」


「隣のラーメン屋に行こう」


こいつは、意外と短気だ。まあ、あの長蛇は俺もかんべんだが……



・・・・・


並んでいないラーメン屋で早めのお昼を食べて、天然石屋さんに入る。お金は、実は小田原さんから結構な額を預かっている。小田原さんからはスマホも借りているし、ちょっと甘えすぎかなとも思うが、持ちつ持たれつだ。


「ほうほう。これは絶景だな」と、しずく。


お店には、水晶やら紫水晶の天然石が無造作に置かれており、店中きらきらと輝いていた。彫刻を施したものもあるが、天然ままの結晶体の方が多い。


「これだけ見ると一個欲しくなるけどな。けど、どれも万単位のお値段だな」


「天然のままでは平な面があまりないからな。でも、これはこれでいいな」


しずくも、綺麗なものは好きなのだろうか。


「平らな面が必要なら、人工結晶にするか? ネットで注文すれば安くてあるだろ」


「ゆくゆくは人工物を試しても良いがな。ひとまず基本は天然石だ。切断と研磨くらいは私にもできる。この五万くらの結晶で、百枚は魔術回廊用のプレートが取れるだろう」


「お前器用だな」


「まあな。一枚の材料原価は500円の計算になる。それを1枚50万で売ったらかなりの儲けだ」


「プロテクションは売れると思うけどなぁ。攻撃魔術に法的規制が掛かるのは時間の問題だと思うけど、防御系はしばらく大丈夫だろう」


「そうともいえないだろう。魔術士がマイノリティのうちは、マジョリティに警戒される。低レベルな魔術はさっさと広めて、法的規制をうやむやにしてしまった方が早いと思うがな」


「そっか。それまで、何か象徴的な事件が起きて政治が動かないことを祈ろう。それよりも、怪異や魔物から身を守る権利を主張して……おやメールだ。綾子さん、もうすぐバイト終わるんだって」


「とりあえず、一つだけ買って出ようか」


ひとまず、大きめかつ透明な六角柱が付いている5万円くらいの天然水晶を購入して店を出た。ヒマラヤ産だそうだ。



・・・・


この花の都大東京で、人の目が無い所はほぼ無い。


ただ、プロテクションをインストールして、その効果を確かめる、くらいはどこでも出来る。なので、待ち合わせを隅田川の河川敷にした。ついでに、神田明神と浅草寺をしずくと観光し、河川敷、といってもランニングコースくらいの幅だけど、で綾子さんと落ち合う。


「おっつかれ」と、綾子さん。すでに着いていた。俺達が浅草寺でぶらついたせいだ。


「ごめん。遅れた。早速始めよう」


俺達は、河川敷の所々にあるベンチスペースで落ち着き、例の時計を取り出す。


「俺、要領が分からん。しずくお願い」


俺は器用ではないのだ。


「お前も、もう少し異世界で魔術を勉強してくれば良かったのにな」


しずくはそう言って、俺の時計を右手に、綾子さんの右手を左手で握る。


「え? いきなり? これでもう魔術士?」


「しばし待て……よし、完了」


殆ど何の見せ場もなく魔術回路のインストールが完了した。まあ、だからこそこんなところでやっているんだけど。


「こ、これでどうやるの?」


「それは感覚で覚えるしか無い」


「雷の魔術回路を持ってるケイティもかなり訓練して身に付けたからな」


「分かった。訓練法だけ教えて」


「例えばだが、何かが飛んで来るのをイメージしてだな……まあ扇風機とかで風を起してもいいが」


しずくが綾子さんに魔術の使い方の説明を始める。


俺はと言うと、何時のまにかスマホがチカチカ着信を知らせていたのでそちらを見る。


「小田原さんからショートメッセージっと」


スマホをタップしてメッセージを開く。


『すまん。知り合いと会って欲しい。今からだ』


ふむ。小田原さんの紹介なら、やぶさではない。


『いいけど誰と?』と、返す。


『警察官だ』と、返ってくる。


さて、どうするか。面倒毎にならなければいいけど。

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