第199話 家飲み
「と、いうわけで、俺達は異世界転移であっちの世界に行って、さらに転移してこっちに戻ってきたってわけ。しずくは異世界人で、今は我が家で保護してる」
「……あ、あの、混乱しているんだけど。何だか既知感もあるし。お酒飲むんじゃなかった……」と、綾子さん。
俺とケイティから一通り異世界転移の説明を受けた綾子さんは、予想通り混乱した。
ピンポーン。
玄関でチャイムが鳴る。小田原さんだろう。神敵だったらいきなり入ってくるからだ。
ドアを開けると、やっぱり小田原さんだった。手に土産を提げている。
「おつかれ千尋藻さん。このアパートの前、ごつい車が並んでいるぜ? 何事?」
「え? いや、知らないけど」
「まあ、それならいいんだが。ほい。焼き鳥」
「おお、つまみだ。美味そう」
最初は神敵がつまみを作るとか言っていたんだが、なんだかお隣さんとの話が長引いているようだ。
俺は、小田原さんが買って来た焼き鳥をテーブルの上に並べ、ケイティが買って来た缶ビールを1本取り出してテーブルに置く。
綾子さんは、焼き鳥を食いながら、「あ~あんたらぁ~異世界に行っていたんだって? どうし私を連れて行かないの!」と言った。
「いや、多分、抽選漏れ」
「あなた、あの時私を突き飛ばしたでしょう。感動したんだから、悩んだんだから。助けて貰ったせいで、私が貴方を殺したって悩んだんだから。でも、何? 異世界転移? それでチート貰った? 何それ」
綾子さんが荒れている。あまり大きな声を出すとこのアパートは隣に響くかもしれない。
「ごめんごめん。でもさ、異世界に行けるなんて誰も予想しなかったんだ。だから、俺は綾子さんを助けたし、そして、こうしてカミングアウトしてるでしょ?」
「綾子さんが異世界に行っていたら、一体どんなチートを貰ったんでしょうねぇ」と、ケイティが余計なことを言った。
「アンタは巨大化、千尋藻さんは貝? 小田原さんは格闘術だっけ? 私だったらそうね。やっぱり魔法少女かな」
ま、魔法しょうじょ……綾子さん30にもなって……せめて魔法使いに。
「ああ、どうも魔法と魔術は使い分けされているらしいですよ。なので、それを言うなら魔術少女です」と、ケイティがどうでもいいことを言った。
「魔術少女はなんか嫌だ。魔術士かな。それなら」
「でも、魔術って売ってあるんですよ。買えば誰でも魔術士になれます」と、ケイティ。
「そ、そうなの? じゃあ、魔術が強くなるチートスキルを貰って頑張る。いやいや、オリジナル魔術を創造するスキルをもらって無双するとか」
異世界話に花が咲いている。それはまたの機会にしたい。と、いうわけで、「小田原さん、守備はどお? うちらの方は、廃村の神社ってことが分かった」と言った。
さすがにケイティと綾子さんも駄弁りを止めて、こちらに注目する。
「ああ、尼崎の聖女のことは探偵に依頼した。もうしばらく掛かるだろう。自分は今日警察に接触してきたぜ。どうも、幼女行方不明事件は同時多発的に起こっているようだ。それよりも、C国において、都市がまるごと封鎖されているらしい。状況的に悪鬼が暴れている可能性がある」と、小田原さん。
「げ。まじ? 日本に出た悪鬼は奇跡的にあいつが排除したから、しばらく安全らしいのだが」
「ああ、まさに奇跡だ。だが、悪鬼を知らない組織がそれに当たると、悪夢になる」
「新型コロナの比じゃないだろ。今の所C国だけ? あの国だったら、何とかしそうだけど」
「情報が入っているのはC国だけだが、全世界に広がるのも時間の問題だろうな。悪鬼対策は、悪鬼の事を知っていないとどうにもならんだろう。警察には情報をリークしておいたが、向こうからしたら荒唐無稽な話だ。どうなるか分からん」
「ううむ。あいつは魔道兵を日本でも導入すべきだみたいなことを言っていたけどね」
「ですが、ウルカーンみたいな悪鬼討伐隊を編成するわけにもいかないでしょう?」と、ケイティ。あそこの悪鬼討伐隊は、びっくり人間大集合みたいな集団だった。
「洗脳強化人間はともかく、動物軍団は参考になるんじゃ? 土佐犬を警察犬にしたりしてさ」
お祓いで悪鬼の伝染を防ぐことが出来るのであれば、怖いのは悪鬼を殺した際の呪いだけだ。身動きを取れなくして、トドメだけ動物にさせればいい。
俺達のやり取りを聞いていた綾子さんが、「ねえ、私達が魔術使えたらどう?」と言った。自分も話題に入りたいのだろう。
「悪鬼は、ちゃんと対策しないとうつるんだよ。殺したらこっちが死ぬし。それを完全に防ぐには、人間を止めるしかない」
今の俺はどうなんだろう。実は俺、魔術で水が出せるようになった。なので、俺の体は貝だと思うんだけど、本当に悪鬼を殺しても大丈夫かどうか、まだちょっと心配だ。魔力が完全に回復した段階で、色々実験しようとは考えているけど。
「でも、防御系の魔術くらい使いたいじゃ無い」
「魔術回路があったら使えるかも。あいつに相談してみようか。それから、ちょっと気になる動画があって」
俺は、スマホをタップして火拭き男の動画を再生する。今で100万回くらいの再生数になっている。
日本人の若い男性が悪ふざけをしながら炎を口から吹き出したり、指先から火炎放射を出したりする動画だ。何かしら工夫すれば魔術を使わなくても再現出来そうだが、神敵が言うには、コレは魔術の可能性が高いという。
「これ。魔術かもって」
「まさか、いや、魔力があれば、魔術回路が無くても魔術自体は使える。だから、才能がある人間だったら、原始的な魔術は使えてしまうのか」と、小田原さん。
「うん。俺も、実は水が出せるようになった。あっちでは魔術回路なしでやれてたやつだから」
「これは、魔力の実装。八百万の神をはじめとする心霊現象の実装。世界が変ろうとしているのか?」と、小田原さん。
「あちらの実験結果を、こちらに実装しようとしている可能性はあるよな」
このままこの現象が進んだとして、あの世界はどうなるだろう。あの、地球に似た天体に小さな島が一つだけのあの世界。
「ねえ」
「はいはい」
「私、仲間ってことでいいんだよね」と、綾子さん。
「同じパーティってこと?」
「そ、そうとも言うのかな。貴方たち、異世界で同じ冒険者パーティだったんでしょ?」
「そうそう。三匹のおっさんという」
「結局、三匹どころか30人くらいになりましたけどねぇ」と、ケイティ。
「……ハーレムだったとか?」と、綾子さん。するどい。
「ハーレムかどうかは分かりませんが、千尋藻さんには沢山いましたね。忠誠を誓った騎士が」と、ケイティ。
「忠誠を誓った騎士? それって女性?」と、綾子さん。
「まあ、女性だったね11人の」
「う、うらやましい~。まさか、セック○したらパワーアップするとか?」
「いや、そんなことはないけど。同じパーティというか、色んな冒険者パーティでコンボイしてた。賑やかで楽しかったけど、
「冒険かぁ。いいなぁ冒険。魔術のお陰でそこまで過酷なもんでもなかったんでしょ?」
「水とかベッドとか体洗ったりとか、その辺はね。でも、敵もいたし警備とか大変だったんだ」
「そう。それなんだけどさ、これから日本でも魔物や悪鬼が現われる可能性があるんでしょ? 下手したら警察や自衛隊も機能しなくなるかもしれない。それならさ、急いで魔術使えるようになって、信頼のおける仲間で集まって助け合ってさ」と、綾子さん。
「魔物は、別に近代兵器でも倒せるよ。だけど、そういったコミュニティというか、互助的な組織を構築しておくべきなのはそうなのかな。一時的にせよ、絶対に混乱すると思う」と、俺。
「そう、それ。それに私も加えてよ。そしてどうすればいい? 魔術の訓練とか」
「魔術回路に関しては、応相談。個人的には食料どうするか問題が切実ではないかな。米を買いだめしておく?」
俺がそう言ったところで、家の扉ががちゃりと開く。
帰って来たか。
「やれやれ。つまみ作ろうと思っていたんだが、コレで勘弁してくれ」
神敵はそう言って、箱を渡してきた。中身は焼き菓子のようだ。
「遅かったな」
「まあな。山の調査やら国の魔道兵やらに力を貸してくれと言われて、断るのに大変だった」
「え? 国に魔道兵の構想があるのか?」と、小田原さん。
「魔道兵というのは、先ほど私が伝えた言葉だ。どうもお隣さんは国の役人でな。その上司はいわゆるキャリアだった。そのキャリアの娘も、山の怪異に魅入られたようだったが、私が貸した道具で間一髪助かったらしい。怪異は全国で報告され始めているらしく、魔道兵による国防に興味を持っておったぞ」
「お前、いきなり話が飛んだな。大丈夫なのか? それ、無理言われていないか?」
「だから断ったと言っただろう。私に頼み事するより前に、やるべきことがあるはずだ。法改正とかな。だが、魔道兵に関し助言をするだけでもお金が貰えるようだったぞ? 宗教法人を一つくれるらしいから、報酬は非課税だ」
「お前なぁ。うまい話には裏がある。宗教法人の報酬は生活費に流用できんだろう。教団作るより、霊能事務所や探偵事務所の方がましだ」
神敵は焼き菓子の包みをがさごそと開けながら、「私はどちらでもいいのだがな。しかし、お金を稼ぐ術としては、飲食店よりこっち方面が妥当だろうと思う」と言った。
「ねえねえ、何の話?」と、綾子さんが食いついて来た。
「怪異に端を発する事件が全国で頻発していて、それのお手伝いを言われているってことだろ? お金はくれるらしいけど、現実的に法的な制約が色々あって、手伝おうにも報酬を受け取ろうにも色々と面倒だと」
「私やる」と、綾子さん。
「綾子さん、やるって何を?」
「私、高校は商業科出てるから。帳簿とか税金の計算とかできるし」
「ああ、霊能事務所の経理ってこと?」
「うん」
「霊能というとオカルトっぽいが、例えば適当なお札を買ってもらって、その代わりお客さんが悩んでいる怪異事件を解決するとかなら、まあ、税制上なんとかなるのか?」と、小田原さん。
「事件の解決なぞ、面倒なだけだぞ? 戦うだけならまだしも。怪異の解決はこの国の神事を司る者や、警察に任せた方がいい。それよりも、ひとまず、魔術回路の転写機が作れるかどうか試したい」と、神敵。ケイティと小田原さんが一気に真面目な顔になる。
「ひょっとして、魔術回路って造れる?」
考えてみれば、アレは普通に売ってあったのだ。人為的に造れるのだろう。
「造れるぞ。材料さえあればな」
「材料は?」
「水晶石だ。透明の結晶体であればなんでもいい。ダイアモンドでもできるぞ? 理論上は」
「水晶? 結晶体ならガラスはだめか。天然石の水晶なら、その辺に沢山売ってあるお店あるね」
そういえば、魔術回路は購入時、透明の石版だった。あれは水晶だったのか。
「ここにはCADソフトもあるし、工夫すれば正確なものが大量に制作できると思うがな」と、神敵。
「それだ。魔術回路って、あっちでも4,50万はした。絶対儲かるぞ」
「おお、素材が水晶なら、そのくらいで売っても美術品だから問題は無い」と、小田原さん。
「量産するなら人工水晶を使うとかどうだろう」
その後、わいわいと新事業についての意見出しや法人化についての課題が話合われ、とりあえず、実験的に綾子さんにプロテクションを覚えてもらうプロジェクトを始動した。
その後、宴もたけなわになり、綾子さんは小田原さんが送って行ってくれた。
・・・・
「良かったのか?」
ベッドの横に腰掛けた神敵が言った。髪を結び直している。
「何が?」
「あの娘、お前に気があるのだろう」
「そうだと思う。だけど、俺には……」
「ふっ、まあ、私からとやかくは言わんよ」
俺は、無言で座っている神敵の後ろから手を回す。
「まあ、今は目の前の快楽を求めるのもよし」
神敵は、そう言って部屋の電気のリモコンを押した。
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