第196話 登山道中と山の怪異
「流石東京。山の上にお土産屋さんがある」と、呟いてみる。
神敵も、興味深そうにお土産屋に売ってある金剛杖を手に取って見つめている。まあ、ケーブルカーが通っているから、お土産屋さんが並んでいても不思議ではないんだけど。
「さて、今回は鍋割山から大岳山に行って帰ってくるルートだよな。」
ケイティが、「はい、アプリもセットアップしています」と言った。どうもそういう登山用のアプリがあるようだ。ルートや残り距離数などを案内してくれるらしい。
「武蔵御獄神社と大嶽神社を見たいからな」と、神敵が言った。
「武蔵御獄神社なら直ぐそこだろう」
人だかりがめっちゃある。
ケールカーがあるからか、ここには土産物屋さんや食事処、それから旅館などが沢山ある。意外と外国人も多い。
何処にも怪異があるような感じはしない。
「もう一つ奥の院というのが山の中にあるようだ」と、神敵がスマホをいじりながら返す。
「結構、犬連れて来ている人いるな」
「そ。ここは、御犬さまの神社があって、ペット飼ってる人が参拝に来るみたいよ」と、綾子さん。
「へぇ~。ペットに負ける分けには行かないな。サクサク登るか」
俺は、土産物屋一件一件興味深そうに眺める神敵にそう言って、先を急ぐ事にした。
・・・・
神社に皆でお参りした後、本格的に登山を開始する。
先頭は経験者の綾子さん、次にケイティと俺、最後尾は何かと面倒見が良い神敵というポジションで。
ただ、子犬でも登れる山と言っては失礼だが、俺達の前を進む別グループにいるちょこちょこ走る豆柴くんに負ける分けにはいかない。あっという間に御獄神社の奥の院に着く。だけど、意外と社が小さく……
「ここはどう?」と、神敵に聞いてみる。
「いわゆる怪異は感じない」と、神敵が返す。途中、綾子さんが辛そうだったので、休憩など挟んだ。
「そっか。俺も感じられたらいいんだけど」
「お前でも感じられると思うが……まあ、気付いたら声を掛ける」
俺は、何となく仲間達を確認する。俺と
だが……
「綾子さん、その、ね」
綾子さんは、ぜーはー呼吸を整えながら、「何よ。まだ大丈夫よ」と返す。
「ペース速かったかな」
先頭なのに、俺達がついてくるのが早かったからか、綾子さんのペースがどんどん早くなっていた。というか多分、最初の競争で完全にペースが狂ったのだろう。
「いや、ちょうどいい。私、トレラン出来るんだから」
今回は、綾子さんの体力が無いのではなく、おそらく俺達が異常なのだ。こっちに戻って来てからも、異世界の時とあまり身体能力が変っていない気がするのだ。要するに、体力が尋常では無い。
とはいえ、ここに怪異を感じないとなると、もはやここに用事はない。
「綾子さん、おんぶしようか? 回復するまで」
山道のおんぶはとても懐かしい。ネオ・カーンから脱出するときに、メイド達をおんぶしたのだ。元気かなぁメイド達。
俺がおんぶ発言をすると、綾子さんは顔を赤らめ、ちょっとだけ嬉しそうな顔をしながら、即座に怒るという離れ業をやってのけた。
「そ、それじゃ、どうする? そろそろ出発?」
綾子さんは、顔を赤らめつつ鬼の形相をしながら、両手を前に突きだした。
・・・・
と、いうわけで先頭はケイティ、途中は俺With綾子さんで最後が神敵だ。ケイティは、スマホにナビをさせながら進んでいく。
俺は綾子さんをおんぶしながら、すたすたと進む。本当は、彼女をハーネスで固定させ、ストックを突いて進んだ方が安全なんだろうが、そんな物は持っていない。というか、鍋割山から大岳山までは結構緩やかだった。なので、俺は背中の綾子さんの両足を両手で抱えつつ背中に担いで歩き続けた。
ケイティも容赦なくすたすたと先を歩いて行く。人間、体が疲れなければああいうペースになるのだろう。後ろの神敵も普通について来ている。気持ち俺らの近くに寄っている。おそらく、不測の事態が起こった時に、あいつが何とかするつもりなのだろう。なんやかやと面倒見が良いやつだ。
しばらく歩くと、背中が尋常ではなく熱くなる。俺と綾子さんの体温で熱せられている。
だが、綾子さんは俺の首に回している手の力を緩めない。なので俺も止め時が分からず、そのまま大岳山に着いてしまった。
「あ、あんた腕とか足腰は大丈夫なの? 重いでしょ。わたし」と、綾子さん。
「いや、それほどでも。それより熱くなかった? というかさ、あれって……」
俺達の目の前に広がる絶景……それは富士山。
飛行機や新幹線でちょくちょくお目に掛かってはいるが、この角度で見るのは初めてだ。
「ああ富士山だ。綺麗ね」と、綾子さん。
「美しい」と、ケイティ。
「ほうほう。霊峰富士というやつか。山そのものに力がある」と、神敵。
しばらく霊峰の姿に釘付けになる。俺、東京に単身赴任して、始めてここに来て良かったと思った。
俺は、ここに来た目的も忘れ、ただただ霊峰富士の絶景に見とれてしまった。
・・・・・
山頂でおむすびを食べながら、今後の予定を話し合う。
「このまま行くと、14時前には下山だ」と、俺。
「そうですね。途中の滝も見ます? まあ、滝がアレとは限りませんが」と、ケイティ。
神敵はここに来るときに購入した舞茸おむすびを頬張りながら、「下りは別ルートなんだろう?」と言った。
「そう。ヘリポートや展望台がある方。お隣さんが、子供連れで通ったルート」
今回の俺達のルートは、例の家族達が辿ったルートと同じにしている。
綾子さんは、分けがわからず、「ねね、降りたら打ち上げだよね」と言った。ただ、今回は神敵がいる。こいつにお店でお酒飲ませたら色々と面倒な気がしなくもない。
「打ち上げどうしよう」と、俺が呟く。神敵は無言だ。
「ここは一つ、帰りにラーメンでも食べて、お酒は千尋藻さんのお家というのはどうです?」と、ケイティが余計な事を言った。
「え? 千尋藻さんの自宅? それってどうなの?」と、綾子さん。
「店飲みは高いですし、何気に千尋藻さんの家って、うちらの帰りの便がいいですし」と、ケイティ。
こいつは……俺の家に入ったら、俺と神敵が同棲していることがばれかねない。いや、ひょっとして、これはケイティの作戦なのか? ひょっとして綾子さんに全てをカミングアウトして、こちらに引き込むってことか? 考え過ぎかもしれないけど。
「流石にそれは悪いっしょ。単身赴任がお金無いのは分かってるから、多めに出すよ」と、綾子さん。基本的に打ち上げを行う事は前提のようだ。
「家飲みするなら、つまみは私が作ってみようか?」と、神敵が余計なことを言う。
綾子さんとケイティが目をまん丸にしたところで、「打ち上げは下山してから考えようぜ」と言った。
・・・・・・
下山を開始する。
何故か、綾子さんがにこやかに両手を突き出すので、背中を向けてしゃがんでみたら、彼女が乗ってきた。どういうつもりだろう。足が痛いはずはないのに。というか、道行く人がびっくりしている。なかなか人をおんぶしてこのスピードで歩く人もいないだろうし。
そして、何の問題も無く山の中で開けた所に出る。そこには、トイレや茶屋やらヘリポートやらがあった。流石に綾子さんはここで降ろした。あなた本当に大丈夫? とか聞かれたが、大丈夫と答えておいた。
そのまま4人ですたすた歩いて行くと、展望台に着く。付近の山々が一望できる場所だ。
「綺麗ね。山っていいでしょ?」と、綾子さん。昔海に誘ったときは来てくれなかった過去を思い出す。山だったら良かったんだ。
「山も良いなぁ心が癒やされる」
仕事の事とか忘れそうだ。
綾子さんが、リュックから双眼鏡を取り出して眺めている。
「おい」と、神敵が俺の服の袖を引っ張りながら言った。
「どした?」
「アレを見ろ。見えるか?」
神敵が指さす方向、しゃがみこんで神敵の目線に合せ、そして目をこらす。
そこは、山麓の途中、周囲に民家は無いような山の中だった。そこに、何か白い煙か湯気のようなものがあった。
「綾子さん、ちょっと双眼鏡貸して」
綾子さんから小さめの双眼鏡を借りて、もう一度その方向を確認する。
そこには、おいでおいでをする大きな手のひらがあった。
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