第194話 神敵のバイト、怪異の始まり
東京のとあるヨドバシカ○ラ近くのタピオカ店。そこに、スキンヘッドと小さな子供に見える何かがいた。先ほどまでもう一人おっさんがいたが、彼は仕事を理由にすでにここを発っている。
「と、いうわけで、新しい短期バイトの子だ。知り合いの子だからよろしくな」と、スキンヘッドが言った。
「あ、あなた、どこからこんな子を?」と、40代くらいの女性が返す。彼女はスキンヘッドの元妻だ。おっさん三匹が寝たきり状態になった後も、お店を切り盛りしていた女性だ。
「だから知り合いの子だよ。もちろん、昔の知り合いじゃないぜ? ちゃんとカタギの知り合いだ。若く見えるが義務教育課程以上の年齢だから問題は無い」と、スキンヘッド。
紹介された知り合いの子は、「よろしくお願いします」と言って、綺麗なお辞儀をする。地味な服装に身を包んでいるが、信じられないくらいの美貌の持ち主だった。その横ではスキンヘッドが少し緊張した顔をしている。
お辞儀をされた女性は、何故か少しだけ顔を赤らめ、「あ、うん。何だか調子が狂う子ね。売り子として使っていいの?」と言った。
「いや、裏方で使ってくれ。背も低いし、その知り合いからはあまり外に出したくないと頼まれている」
40代の女性は少ししゃがみ、「了解、じゃあ、しずくちゃん? よろしくね」と言った。
しずくちゃんと呼ばれた女性は、特に否定もせず「分かった」と返した。どうも、彼女の神敵に代わる名前を考えていたとあるおっさんが、なんだか戦国武将の
「じゃあ、今日は4時までだな。そのスマホはそのまま使っていい。自分とケイティ、千尋藻さんの番号が入っている」と、スキンヘッド。
「ああ。スマホは便利だ。助かる。時間になったらそのまま帰っていいんだな?」
「いいぜ。給料は現金先払いにしておく」
「ありがたいな小田原。これで、あいつに栄養があるものを食わせてやれる」
「そうしてやんな。何であんなに貧乏なのか分からんが。まあ、単身赴任は割に合わんか」
「そうみたいだな。だが、あいつも嫁や子供と別居してお互いを見つめ直す良い機会だと思う」
「そうだな。では、とりあえず今週末の山登りまで頑張るということでいいんだな」
「それでいい。明日は一人でここに来る」
そんな二人のやり取りを、スキンヘッドの元妻は絶句しながら見つめていた。
・・・・・
「しずくさん、小粒の在庫が切れそう。戻しお願い」
「しずさん、フルーツミルク1、マンゴー2、コーヒー2入った。お願い」
「抹茶がもう無い。店長に連絡して。え? しずさんがしてくれる?」
ここは人気店で、周囲の他店が開いてからは、ひっきりなしにお客さんが入っていた。もうブームが去ったと思いきや、まだまだ根強いようだ。今日はそこそこ暑かったというのも理由であろう。
最初、元妻や他のバイトらは、背が低い彼女をしずくちゃんと呼んでいたが、何時のまにかしずくさんやしずさんに変化していた。彼女の幼女らしからぬ動きや言動、そして美貌が成せる技であろう。
その後、
・・・・
「いや~今日しずさん来てくれてなかったらやばかったしょ」と、バイトその1が言った。
「しずさん家何処? 途中街寄って帰ろ?」と、バイトその2。
神敵は少しだけ残業をし、一緒に上がったバイト二人と帰路についていた。
「今日はこれから買い物して帰る予定だ。家は○○線沿いだな」と、神敵が返す。
「え? 奇遇。私もそっち方面。少しだけ錦糸町降りて帰ろうよ」と、バイトその1。
「行くの? しずさん行くなら私もついてく」と、バイトその2。
「ううむ。しかし、今日の稼ぎで御飯を作る予定なんだ」と、しずさんが返す。
「しずさん、まさかヒモ飼ってんの?」
「見える見える。しずさん、ヒモ飼育してそう」
女子三人で夕方の街を歩く。
「そうかな。家賃はあいつが出しているのだから、どちらかというとヒモは私だな」
「え~頑張ってバイトしてるっしょ。ヒモじゃないよ」
「ちょっと、何あいつ」
バイトの女子がそう言った先、立橋の下に、じっと立ち尽くす地味な服をきた男性がいた。
その男性は、焦点が合っていない目で、なにやらブツブツと呟いていた。
神敵は怖い顔をして、「アレは……どうしてここに」と呟いた。
「しずさん、戻ろ。やばいよあいつ」
「待て。あれは……あれが解き放たれたら東京がマズいことになる」と、神敵が言った。
「あれ? しずさん知ってるの?」
神敵は、「全く、何をやっているんだ。東京の神は」と言って、バイトらを守るように二、三歩前に出る。
「大丈夫? あいつやばいよ」「しずさん、どうするの?」
「あれは悪鬼だ。ふん。最初に私と出会わせたのは、神の慈悲のつもりだろうか」
「幼女。幼女。犯したい。めちゃめちゃにしたい。くけ、くけけけけけ」
目の前の地味な男性が、意味不明なことを叫ぶ。
「やばいって! 逃げよう」
「お前達、1秒だけ私を見ろ」
「え? 何?」 「はい? どうなった? どうなったの?」
バイト二人が一瞬だけ神敵を見た瞬間、三人の目の前にいた男はいなくなっていた。
「何だったのあれ。怖い。怖いよ」「どうしよう。まじやばい」
「大丈夫だ。アレは、もう機能しなくなった。少なくとも、うつらないだろう」
「どういう意味?」
「まさかしずさん、霊能力者?」
「霊能力? まあ、その表現でもいいか。アレは、一度出たらしばらくその周囲では発生せんはずだ。だからしばらく安心していい」
「まじでしずさん。でもさ、もし出てきたらどうしよう。私怖いんだけど」
「いいか。今のは悪鬼という」
「悪鬼?」
「そうだ。悪鬼とは、悪しきモノが人に乗り移った存在で、近寄るとそいつにもうつる可能性があるし、悪鬼を殺した人間は、その呪いを受けてほぼ死に至る」
「まじそれ。怖い。どうしよう」
「この地には、ちゃんとした守護神がいる。願えばある程度は防げるはずだ。少なくとも、自身が悪鬼になる可能性は極めて低くなるだろう。後は悪鬼に出会ったら、一目散に逃げるだけでいい」
「ほ、ほんとに? ほんとにしずさん霊能力者だったんだ」
「よく聞け。力ある神社仏閣にお参りして、お守りを買って身に付けておくだけでもそこそこの効果はあるだろう。人々の願いが多く集まる場所ほど力が強いし、その神が戦いや悪霊退散として奉られているのであればなお良い」
「わたし、家にお守りあるよ」「私の家には仏壇がある」
「出来れば、自分で祈願に行き、ちゃんと自分でお守りを買うんだ。ちゃんと厄除けのお守りが良いぞ」
「うん。分かった。必ず買う」
神敵は、バイト二人に悪鬼対策を伝授し、そしていそいそと家路についた。18時半頃に帰ってくるあいつの夕飯の材料を購入するために。
なお、一瞬でいなくなったはずの悪鬼は、その一瞬で体をぐちゃぐちゃにされ、付近の建物と建物の間に圧縮された形で押し込められていた。悪臭を放ち、発見されるのは数日以上かかると思われた。死んだ悪鬼はすでに呪いをうつすことはなく、ただ、普通の人の死体と見分けが付かない状態になるのである。
このことは、今後訪れる悪鬼騒動の対処の難しさに繋がっていくのであるが……
◇◇◇
とあるボロアパートの2階。小学校高学年くらいの娘の肩を抱きながら、いそいそと家に帰る母親がいた。娘の方はどこかぽーとしていたが、母親の方は鬼気迫る顔で帰路を急いでいた。
なぜ、母親の表情は鬼気迫っているのか。それは、数日前から変な声が聞こえ、そして視線を感じていたからだ。旦那の方も、なにか声がすると言っているし、娘は何かに呼ばれていると言っている。
お供えしていただいてありがとうございます。
それが母親が聞こえる声。
なお、旦那が聞こえる声は、お嫁にくださりありがとうございます。から始まり、早く連れて来てくださいに変り、今日に至っては、遅いので迎えに行きます、であった。
しかし、そんな理由で学校を休ませるわけにはいかず、肝心の娘の方は怖がっていなかったため、ちゃんと学校には行かせ、その代わり学校が終わると同時に母親が娘を連れ帰ってきた。
どういうわけか、家に入るとあの変な声も聞こえず、ぽけぇとしている娘も普通に戻るのである。
二人の靴音が、日の光が陰っている廊下にぱたぱたと響く。
「お母さん?」と、娘が言った。
「何? もう少し、もう少しだからね」
「来たよ」
母親は、心臓が跳ね上がった。
廊下の先、自宅の前に、黒い何かが立っていた。背丈は子供くらい、いや、それは確かに子供だった。
「きっぃ……」
母親が、声にならない声を上げながら、我が子を抱き締める。
黒い子供がゆっくりと歩いてくる。
「駄目っ」
母親は一瞬目を瞑り、再び開けると、目の前に真っ黒い子供がいた。それは男の子のように感じだが、無表情でとても生きている人間には見えなかった。
そして、その黒い男の子はゆっくりと娘に手を伸ばし、それから口を大きく開けた。
「あ、あああああ……」
母親の目の前で、娘の頭に大きな口が迫る。腰が抜けている母親に、最早為す術は無かった。
目の前には、人の頭くらい余裕で入るくらい大きく開かれた口。どこかゆっくりとした動作で、娘の頭にかじりついていく。
ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……
どこか、この怪異の現場に似つかわしくない軽快な音が聞こえる。
娘を頭から喰らおうとする黒い男の子の動きがピタリと止る。
母親が、おそるおそる横を向くと、そこには、綺麗な女の子が立っていた。興味深そうにこちらを覗き込んでいる。
その女の子は、「知り合いか?」と聞いた。
母親は、その場違いに感じる質問に少しだけ我を取り戻し、「たすけてっ」と、絞りだした。
次の瞬間、鈍い音が聞こえ、口を開いていた黒い男の子が消えていなくなっていた。
がちゃり。
母親ははっと我に返ると、その少女は家の鍵を開けて、中に入ろうとしているところだった。手には、膨らんだビニール袋が下げられており、中には野菜や肉のパックが透けて見えていた。
「あ、あの、ごめんなさい」
母親は勇気を振り絞り、自分の家の隣人を呼び止めた。
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