第193話 神敵と行く東京神社仏閣巡り


昨晩、おっさん三匹With綾子さんの飲み会から帰ると、神敵はラーメンを食べる瞬間だった。


俺と一緒に食べたラーメンが美味しくて、自分で作ってみたらしい。可愛い。


俺は買って来たお酒とお土産として渡されたジャガバターを出して、二次会がてら二人で家飲みしていたのだが、その際に神敵からとあるデータを見せられた。


それは、買って欲しい商品と行きたい場所のリスト。個人的に、こういったストレートかつささやかなおねだりにはすこぶる弱い。何とか応えてやってあげたくなる。


買って欲しいリストは、まず小さめの折りたたみ脚立。これは、背が低すぎて色々と不便だかららしい。いざとなれば山ヒルの化身を使ってなんとかなるらしいが、手を洗うのにも不便なのだとか。これは二千円ほどだったため、密林で直ぐにポチる。次に包丁とまな板。こちらはかっぱ橋にでも行こうかと迷ったが、安物でいいとのことで、近所のスーパーで一番安いヤツを購入することに。次に消臭剤と財布。こちらも欲しいものが調べられていたため、密林で。


行きたい場所リストは、登山以外は明日にでも行くことが出来るものばかりだった。神敵は、山ヒルの巫女だけあって、山が好きなのだろうか。先日アウトドアショップに一緒に行った時に行きたそうにしていたことを思い出す。まあ、俺もアウトドア好きだけど。だが、登山は少し準備がいる。今から寒くなるから下調べが重要なのだ。場合によっては装備を購入しなければならない。俺達だったら大概はどうとでもなるとは思うが、未だ自分達のこの世界での能力は不明点が多い。準備しておくに越したことはない。今は神敵の新生活で何かと金が必要なので、後回しにした。



・・・・・


と、いうわけで今日は……


「では、まずは不動尊からだな。東京のだけど」


「おう。その隣の富岡八幡もだな。その次は七福神巡りして首塚行ってお城行って、皇居ランして、時間があれば靖国神社のコースだ」と、神敵が返す。


神敵は、先日ユニク○で購入した上下にスニーカーを履いている。体はかなり小さいのだが、足のサイズはそこそこあったため、レディース用の靴を購入している。俺と歩けばどこからどう見ても日本人に見えると思う。


ただし、俺との関係は恋人ではなく娘に見えると思うけど。


「時間的にそのくらいが限界だと思う。他のは別日にしようぜ。しかし、お前がこの世界の神仏に興味を示すとは」


「ちょっと気になってな」


「一応、言っておくけど、壊したりするなよ」


「私を何だと思っている。数百年前の僧兵が荒れていた時代なら思うところがあったかもしれんが、今の神社仏閣は民草のために頑張っているだろう」


「すまんすまん。道案内は任せていいか」


「大丈夫だ」


神敵は、俺のスマホを慣れた手つきでタップし、電車検索サイトを開いた。俺よりも上手そうだ。


ぶっちゃけ、あれがないと東京の電車に乗れる気がしない。こいつと離れ離れになったらお家に帰れなくなってしまう。



・・・・・


身長差40センチの二人が東京の街を歩く。今日は日曜日であるからか、人通りがそこそこある。外国人観光客も結構多い。


そして、大きな鳥居が見えてくる。鳥居の先には蚤の市が開かれており、人がぱらぱらと集まっていた。


「アレだな。富岡八幡宮」と、神敵が言った。


俺は、「そうみたいだな」と言いながら、お賽銭を準備する。


神敵は、ちゃんと鳥居の前で一礼し、端の方を歩いて通過した。律儀なヤツだなと思いながら、俺もその後に続く。


「ん? これはなんだ」と、神敵。八幡の方には行かず、その横にある石碑が気になったようだ。


「力士? お相撲さんの祈念碑かな」


石碑に力士と彫ってあるから、間違い無いだろう。大きな手形や歴史的な力士の身長を示した石柱もある。モンスター娘のムー並に大きい。


「ふむ。力が宿っている」と、神敵が言った。


「どういうこと? パワーストーンと言いたいわけ?」


「そうだ。人々の祈りや願いが込められたものには力が宿ることがある」


「これ、割かし新しいと思うけど」


「力士ということは、実在しているのだろう?」


「いるね。両国に一杯いる。ひょっとして、そういった分かり易い方がパワーストーンになりやすい?」


神敵は、「パワーストーンという表現が良いのか分からんが、邪気を打倒す力を感じる。日本人は誇るべきだ」と言いながら、お相撲さんの手形に自分の手を併せたりしている。


そう言われてみると、確かにな。不思議なパワーを感じなくも無い。


その後、富岡八幡宮にお参りし、お隣の不動尊に移動する。


お香を奉納したり本殿に参った後、お堂の中も見学する。どうも無料で入れるみたいだ。色んな神仏の彫刻や絵画を鑑賞する。神敵も興味深そうに一つ一つ説明書きなどを読んでいく。朝早く出て良かったと思った。


その後、スマホをリュックに入れ、靴紐をきつく縛り直す。ここから約2キロ先の水天宮まで走るためだ。今日は移動の多くを走る計画にしている。


「じゃあ行くぞ。信号とか交通ルールは分かるんだよな」


「大丈夫だ。この世界の常識は、異世界転移するときにインプットされているようだ」と、神敵が言った。不思議だ。だが、俺もあっちの世界に行った時に言葉は理解できた。似たようなもんだと整理して気にしないことにした。


そして、神敵を先頭にしてジョギングを開始する。猛ダッシュすれば2キロくらいはあっという間に着くが、一応、常識的な速さで走ることにする。


道案内役の神敵の後ろを走ると、何だがこれが現実では無いような気がしてくる。俺は、数日前までは異世界にいた。そのさらに前はこの東京にいたが、仕事をした記憶しかない。不思議なものだと思いながら、ヒラヒラと揺れる神敵の長い髪を追いかけていくと、直ぐに水天宮に着く。そこは、結構な人だかりのある神社だった。安産祈願や子宝の神様だから、必然的に来る人が多いのだろう。周りは若い男女やそのご両親などであふれかえっていた。


狭い境内を神敵と一緒に参拝する。途中、犬の像をなでなでする。南総里見八犬伝を想起させるが、関係があるかどうかはよく知らない。神敵は、「この犬にも力が宿っている」と言った。こういった念を集めるようなものはパワースポットになるのだろう。


その後はめまぐるしかった。七福神巡りだから、七つの神社が近くに点在しているわけだ。神敵がスマホを駆使しながら次々に回っていく。人の信仰心とは何か、と言う問題であるが、人が沢山いたのは水天宮の他はお金の神様である弁財天の神社だけで、他は閑散としていた。


一通り七福神を周り終え、「さて、メシにするか? ここから次の将門の首塚まではまた2キロくらいあるぞ」と言った。


「そうだな。その後の江戸城までには飲食店がないから、ここで食べておくか。ついでにこの先にある日本橋の麒麟像も観光したい」と、神敵が言った。


「了解。そこ見て飯食おう。何がいい? またラーメン?」


「いや、今度はカレーが食べたい」


俺達は、スマホでカレー屋を検索し、急遽、日本橋近くでカレーを食べることにした。



・・・・・


「カレーどうだった?」


二人並んで走りながら、聞いてみた。


「ああ、美味しいな。ただあれ、スパイスの組み合わせだけでもほぼ無限にある。ラーメン制覇でも難しいのに、カレー制覇まで考えると、なかなか夢が膨らむな」と、返ってきた。制覇する気だったのか。


「まずは近所の評判店からだな。東京近辺に住んでいれば、食に関しては相当有利だ」


というか、食べ歩きをするならお金をどうにかせねば。いつタピオカ屋さんのバイトの話をするか……


などと考えていると、平将門公の首塚に着いた。近くにお城が臨める位置にあるが、近代的な高層ビルの真っ只中に立地している。伝説によると、ここを動かそうとしたお役人に不幸が訪れたり、取り壊すための重機が横転したりして、今まで壊されずに残っているとか。真相は知らないけど。


「ここが関東の守護者、将門公の首塚か」


「そうみたいだな。ここも綺麗に整備されているな」と、神敵が返す。


「確かに。俺の拙い予備知識では、ここは心霊スポットと聞いていたんだけど。そんなことは無いな」


ここは、さっぱりした近代的な造りで、とても綺麗に掃除が行き届いていた。他の参拝客の後ろに並んで参拝する。参拝の作法が分からずに、とりあえず合掌して心の中で南無阿弥陀仏と唱えておく。隣を見ると、神敵は俺よりも長く手を合せていた。


参拝が終わった後、一緒に説明文やらを見る。今思うが、この参道の造りは、ひょっとすると、首塚に背中を向けないように設計されているように感じられたが、かつて朝廷があった京都方面に睨みを利かせているような配置にも思える。


「どうだった。ここ」と、神敵に聞いてみる。


神敵は、「優しい神だ」と言った。何か見えたのだろうか。怖くて聞けないけど。


「将門公は関東のために挙兵したんだから、荒ぶる神だったんじゃ?」


神敵は、静かに「そうかもしれないな」と返した。何かを思い出すように。


俺は深く突っ込まず、次は江戸城跡に行く。ここは天守閣が現存していないが、立派なお堀と石積みがあり、見所も沢山ある。


ここには首塚と違って外国人観光客が沢山いた。彼らに混じってお堀を渡り、城門を潜り、果樹園やら池やらを回り、最後に天守閣跡に行く。俺は九州出身だから、お城と言えば熊本城のイメージが強いが、ここの天守閣跡は巨大な石を使った基礎部分だけが残っており、どこか寂しげだった。


「ふむ。ここもなかなかのパワースポットだか、やはりシンボルの天守閣がないと気が集まらんな」と、神敵が言った。


「噂で聞いたけど天守閣復活プロジェクトもあるとか。でも、皇居もあるし無理なんじゃ?」


ここに天守閣を造ると皇居を見下ろす形になる。それは、いくら東京都に財力があり、都民が望んでもなかなか難しい気がした。


俺と神敵は、一緒に城郭内を散策し、途中で天守閣跡に昇って東京の街を眺める。そこまで標高は高くないから、遠くまでは見えないが、それでもここが摩天楼に囲まれた大都会だと認識させられる。


俺は、隣にいる神敵に対し、「お前、この東京を見てどう思った?」と聞いてみる。


「都市というものは、人の思念が造るのだ。だから、都市とは、そこに住む人々の無意識が顕現する」


「それを言われると日本人としては頭が痛いな。俺達日本人は、公害を出し、無秩序な都市化を進め、投資するのは東京一極集中。どうかと思うんだけどな」


「ふっ、それでも、ここは捨てたものではないと思う。最近2度も焼けたのだろう?」


神敵は、おそらく関東大震災と東京大空襲の事を言っているのだろう。


だから俺は、「焼けたけど、蘇ったな」と言った。


「それが、ここの人々の思いだったのだ。何と力強い。さすがお前の国だ」と、神敵が遠くを見つめながら言った。俺は、自分の国を褒められて、何となく嬉しくなる。


俺は少しだけ時間をおいて、「次は皇居ランの予定だけど、意外と時間を使いすぎた。靖国神社は行けないかも」と、言った。特に、靖国神社の遊就館は門限がある。


神敵は北西方向を見ながら、「靖国神社はここから感じられる。実際に見てみたい気もするが、時間が無いなら仕方が無い」と言った。


「あそこ、入場料高いから。せっかくなのに急いで見学しても勿体ないし、次にして今日の所は皇居の周りを走るか」


何を隠そう、俺はすでに靖国神社には行っている。あそこは、ちゃんと見学しようと思うと二時間以上掛かるのだ。


神敵は、「まあ、お前の経済力を期待してもいかんな。走るか。だが、おそらく東京において、ここが守護の要になる。お前達の先人はよく考えなた」と言った。


俺は、戦の神に褒められて、何となく嬉しくなった。今日はそのまま皇居の周りを2周ほど走り、辺りが暗くなる中、電車で一緒に帰路についた。

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