第191話 居酒屋赤城


俺は、合流地点である近くの公園でひたすら無料小説を読んでいた。ケイティは、体中から石けんやシャンプーの匂いを振りまきながら、合流地点にやってきた。


「お疲れ。どうだった?」


ケイティはにこりを笑い、「効きました。ただ、マジカルTinPOは魔力の消費が大きいらしく、途中で普通に戻ってしまいました。でも、人生で一番いいセック○だと言っていただけました」と言った。


「そっか。俺は交渉まではしたけど、金額が合わずに断念。まあ、食費につぎ込むよ」


「あの豪快な千尋藻さんが何をおっしゃいます。でも、ここでは住宅ローンやらご家族を養ったりで大変なんですよね」


「そゆこと。でも、ある意味楽しかった。いい経験ができた」 それは偽らざる本音だ。


俺達が公園で駄弁っていると、今度は小田原さんが白いスーツで登場した。この人は、異世界転移した時もこんな格好をしていた。何着も持っているのだろう。


俺達三匹は、そのまま秋葉原付近の『赤城屋』に歩いて行く。綾子さんがバイトをしているお店だ。



・・・・・


「いらっしゃい! あ、来たね。大将、予約の人」


さっそく綾子さんが俺達を通してくれる。この居酒屋に2つある半個室のテーブル席だ。その席には、すでに刺身盛りが置かれてあり、綾子さんがラップを剥がしていく。


「これ、大将からだからね」と、綾子さん。


「お、大将、お世話になるぜ」と、小田原さん。俺とケイティも大将にお礼を言う。これは、俺達に対する詫び、若しくは快気祝いみたいなものだろう。この三人が大型バスに跳ねられたのはこのお店の前だからだ。


ここは言葉に甘え、美味しく頂くことにする。ここの名物である軟体動物セットにプラスしてより上等な刺身が盛ってある。真鯛やヒラメ、ヒラス、マグロなどの刺身が三切れずつあるようだ。


三人がテーブルに座ると、直ぐにビンビールとグラスが出てくる。俺達は、お互いのグラスにビールを注ぎ合い、そして乾杯する。


「ここに戻って来られるとは思わなかったな。しかし、あそこにも思い入れがある。このまま終わりたくはないと思っている」と、小田原さん。


「そうですね。実は私、ナインと子作りの約束をしてしまったんです。子供のために電撃セック○を止めて、子作りセック○を始めた矢先のことでした」と、ケイティ。


みんな、異世界を忘れることなんて出来ないのだろう。そりゃそうだ。


俺は、タコの刺身をひょいぱくと頬張り、あの話をすることにする。


「あの、皆にお知らせなんだけど」


「なんでしょう。改まって」


「神敵がいた。俺の家に」


「は?」「え?」


「今も家にいると思う。異世界に戻る術は今の所ないと言っていた」


「ちょ、マジかよ。大丈夫なのか?」と、小田原さん。


「それは大丈夫。異世界転移する前に、休戦の約束はしていたんだ。あいつ、お米とか炊いてくれるんだぜ?」


「その、失礼ですが、それは奥さん大丈夫なので?」と、ケイティ。


「知られたら非常にマズイ。神敵は女性だからな」


「あの、ちなみにですが、一つ屋根の下で、間違いとかは……」と、ケイティ。


「やっちゃた」


俺がそう言うと、二人がドン引きした。気持ちは解るが、ケイティにドン引きされるとは思わなかった。


「自分、あの子供が戦いを始めた時、心底恐怖したんだ。千尋藻さんが一体の黒いやつを瞬殺したから何とか体が動いたが。あんなのとよく一緒に住めるな」と、小田原さん。


「あの存在は、異次元の強さでした。おそらく、そういう風に造られているのだと思いました。どう見てもヒトの次元ではない」と、ケイティ。


「神敵は、おそらく神が創ったのだろうな。神を殺すためというか、あの世界の守護者ではなかろうか。でも、あいつがここに来たということは……」


「仮説ですが、実験を中断することと関係しているような気がします。神敵があの世界に必要なくなったということなのでしょうか」


「あの世界は神や魔力が実在するという実験世界だった。神敵はそこの守護者だったから、実験が中断になったらそりゃ必要なくなると。神敵が居なくなった世界では、今後どういうことが起こるだろう」


「自分が思うに、亜神達は神敵がいるから自制した戦争を行っていて、神敵が居なくなったら殲滅戦争が始まらんか?」


「あり得るような気がするなぁ。今度聞いてみるか。それから、この世界に魔力がある謎。まだまだ不思議が一杯だ」


「不謹慎な発言かもしれませんが、神敵さんがこの世界に居らしてよかったと思いました。私達のこの物語はまだまだ続くわけですから」


「そだな。ちょっとご相談なんだけど、あいつは身分を証明するものが何もない。何とかならない?」


「アングラに頼めば何とかなる」と、小田原さんが言った。


「アングラ。まさか、偽造パスポートや身分証明ですか?」と、ケイティ。


「この際カミングアウトするが、自分は極道だ。足を洗ったとはいえ、本職以外の知り合いは、何人か連絡が取れると思う。そういったブツも、多分手配できる」と、小田原さんが言った。


やはり、この人はただ者ではないと思っていた。


「ひょっとして、奥様と離婚されているのは……」と、ケイティ。


「ああ。子供が生まれたからだ。給食費が銀行振り込みだからな」


「どういうこと?」


「ヤクザは銀行口座が持てない。だから、そのままでは子供の給食費が払えないんだ。奥さんと離婚して名字を変えたら元奥さんが銀行口座を持てるから、問題がなくなるというわけだ」


「足を洗ったのはその後だと?」


「そうだ。色々あってな。足を洗った後はまた籍を戻しても良かったんだがな。今度は子供が名字を変えるのを嫌がって今に至る。どうすっかな」


「人に歴史ありか。俺なんかずっとサラリーマンだからな」


「千尋藻さんがあっちの世界に行って本気出したら、天下が取れると思うぜ」


俺は、ビンビールを手酌しながら、「アングラに潜り過ぎると家族に迷惑が掛かるからなぁ。でも、今の会社がちょっとな。ブラック過ぎて生活に支障が出ている」と言った。


「でも、千尋藻さん正社員なんでしょ? 頭が痛いフリして休めばいいじゃないですか。今の世の中、病院に行けば何か病名が付きますよ?」と、ケイティ。


「その作戦で時間をゲットして、異世界に行き来する方法を探すかなぁ。しかし、何をするにしてもお金がある程度欲しいんだけど。小田原さん、何か良い方法ない?」


俺のこつこつ貯めた裏金は、神敵の服代でほぼ消えた。社長から貰った快気祝いは、これから飯代が二倍になることを考えると、使い果たすのも時間の問題だった。


それから、おっさん三匹で飲みながら、お金儲けのことを話合った。


本気で困っているなら多少は現金を融通するぜと言われたが、それは今の所断った。小田原さんが経営するタピオカ屋さんで神敵がバイトをするという案もあり、本気でお金が無いならそれでもいいかという話になった。報酬は小田原さんのポケットマネーから出せばいいわけで。


さらに、現在日本で異世界チートを使ったら、どれだけ儲けられるかというお題になった。


魔術を生かしたネット動画投稿、身体能力を生かしたプロボクサーやプロ格闘家などなどが考えられた。身ばれしたくないなら覆面プロレスラー、大金を稼ぎたいなら地下格闘技などが考えられた。


ケイティ限定になるが、不能治療やお金持ち女性を落として貢がせるスケこましジゴロなども考えられた。


こういったことを語り合うのもなかなか面白い。


俺の千里眼とインビジブルハンドがあればどれだけでも稼げただろうけど、今は使えない。もし使えたら、自重なしで大金ゲットして速攻で会社辞めると思う。


神敵の山ヒルの化身を使えばこれまた大金が稼げそうだが、あいつに非合法活動をさせるのも気が引ける。


「やっぱ、プロレスかボクシングかなぁ」


と、俺が言ったところで、うちらの半個室に綾子さんが入ってくる。エプロンを外している。


「プロレス? 何の話?」


「いやいや、俺、お金が無いからプロレスでも始めようと思って。稼げるかな」


「はあ? まあ、めはしないけど。応援にも行くけど。でも、あんたならボディビルの方が良くない? あ、私バイト上がっていいって。ご迷惑じゃないなら」


綾子さんはそう言って、俺の横に座ってきた。一緒に飲む気だろう。


「どうぞ。ようこそ綾子さん。動画見ます? 今日の千尋藻さん」と、ケイティがスマホを取り出す。


綾子さんが何々? とか言いながらスマホを覗く。あの動画だろう。痴漢を撃退したつもりが痴漢ではなかったという。


しばらく経つと、店中に綾子さんの馬鹿笑いが響き渡った。

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