第186話 お互いの嘘
がこん
俺が娘とスマホで駄弁っていると、ヤツが風呂から上がってきた。そういえば、タオルを出していない。俺はちょっとあたふたし、娘に感づかれないよう、脱衣所の方に移動する。
「そうだな。仕事はセーブしてもらおうと考えてる。都合付けたら帰るかな」
『ほんとに~? それからさ、お父さんのことニュースに……』
神敵は、脱衣所で何やらごそごそやっている。あいつ、部屋を水浸しにしないだろうな。
「まあ、公的なバス会社が、経路以外の道路で三人跳ねたんだからな。ニュースくらいにはなるだろう」
俺は、あとでニュースを調べてみようと思いながら、マイク付近を手で押えて脱衣所をそろりと見る。
そこでは、神敵が洗濯機の横にかけていた俺のバスタオルで体を拭いていた。遅かったか。まあ、洗濯物が一つ減るしいいか。しかし、おっさんが使ったタオルなんて、よく使おうと思ったな。
『どうしたの? もうおしまい?』
「いや、ちょっとな。皆元気だったのか?」
『元気かな』
「そっか。元気だったのか」
少しは、悲しむとか憔悴するとかしなかったのかなぁ。
『だって、お父さん元気そうだったんだもん。私はもうすぐ帰ってくると思ってた』
帰ってくるとは言い得て妙だが、まあ、そう感じたのだから仕方がないか。
「元気ならいっか。お父ちゃん仕事に区切りが付いたら帰ってくるからな」
『でも交通費が勿体なくない? 10万くらいかかるっしょ。割引なしだったら』
「新幹線なら半額くらいで帰れる。大丈夫だ」
問題は、お金頂戴と言っても無視されることなのだが……
『私、来年大学だからお金かかるよ?』
「どこ受けるんだ?」
『地元の国立。自宅通学しか駄目だっていうから』
「そっか。お父ちゃんの稼ぎが少なくて済まんなぁ」
『稼ぎいくらか知らないんだけどさ。大学行かせてもらって、歯も矯正して、家も買って。お母さん専業主婦で、少ないってことはないんじゃない? でも、お父さん仕事休んでいたから、ボーナスやばいんじゃってお母さん言ってた。保険金大幅減額だろうから、どうなるんだろう。うちの家計』
「復活して済まないなぁ」
『もう。高校卒業したらバイトするから。お父さんはしっかり体治して』
直接会えなくても、今はこうしてテレビ電話がある。それから、2,3会話を交して電話を切る。
元気そうでよかった。なお、弟の方も普通に元気に暮らしていたらしい。まあ、親やお姉ちゃんが気丈にしていたら、中1の子供なんて何が起こっているのか理解していないだろう。
「スマホと言うヤツか」?
と、神敵が髪を拭きながら部屋に入って来た。
「そ。そういえば、うちドライヤー無いからな。髪乾くか? それ」
こいつは髪が長いから、結構な毛量がある。
「確かにな。魔術が使えないと不便だな。だが、シャンプーというやつはなかなかいいな」と、神敵が言った。
俺は、用意していたTシャツを神敵に投げ渡す。こいつは今全裸だ。全く色気がないけど。
「それしかない。服を着ろ」
神敵は、Tシャツの穴の位置を探しながら、「お前、私の股間に目線が行っていたが、本当に私で欲情しないのか?」と言った。目線が行ってしまうのはしょうが無い。
俺はちょっとむっとして、「心配なら野宿しろ。ここに泊るなら、襲われても諦めろ」と言った。
「意外とひどいことを言うな。嫁に嫌われるぞ」と、神敵が言った。そして、するんと俺のTシャツを着込む。案の定、ダボダボだが、体と股間は隠れている。
「嫁に嫌われる……俺って、自覚がないだけで嫌われる要素を振りまいていたのかなぁ」
神敵は、だぼだぼの服を気にしながら、「お前、よく冒険者でリーダーやれていたな。まあ、私の事は別に襲ってもかまわんぞ。抵抗したらいいだけだからな」と言った。嫁に嫌われていることは否定されなかった。
俺は、フェイスタオルを棚から取り出し、神敵に投げる。髪の毛用だ。
神敵は、髪の毛にタオルを巻きながら、「お前は自分が一番だからいかんのだ。たまには自分が折れて負けてやれ」と言った。
「な、なんだよいきなり」
「キャラバンのリーダーのうちはいいんだ。それでもな。だが、お前はここでは伴侶を迎えて家族を造っている一人の人間だ。全て自分が正しいのではなく、たまには相手を思いやるんだ。ま、お節介だったかな」
なんだよう……俺が悪いっていうの? こいつは、何処まで見ていて、何処まで読んでいるんだろう。だけど、何故か、こいつが言うと一理ある気がしてくる。一度戦いに負けたからだろうか。もしくは、髪にタオルを巻いた時の顔が、ずいぶん大人びて見えるからだろうか。
「だけど、まあ、そうだな。俺も自分が完璧な人間だと思わないようにしよう。今度あいつと話してみるか」
何だか、今なら素直になれそうな気がする。
「それはそうとして、準備せねば」
俺は、床に置いたブツをせっせっと用意する。
「それは何だ」と、神敵が言った。
「これは、マットと枕と布団になるんだ」
これは、俺が家に帰った時用にと用意していた寝具だ。俺、ベッドは
ぺたんこのシートに付属の器具で空気を入れるとあら不思議。あっという間にマットと枕になる。それをドッキングさせ、さらに簡易シュラフを出す。
「新品だぞ。使おうと思っていたけど、使う機会が無かったかわいそうなやつだ」
「分かった。これは寝具だな」
神敵はそう言って、マットを手で押え、体重をかけて感触を確かめている。
「じゃあ、お前はそれで」
「……そうか。私はそっちのふかふかではないのか」
神敵は、少し残念そうな顔をして俺のマットレスを見る。これは、我が家自慢のマットレスなのだ。マンションを購入した歳、安眠のためにちょっと御高めのやつを購入したのだ。セミダブルでゆったり眠れるのだ。
「そ、そうだな、これは俺のだ。お前、体ちっさいしそれで良いだろ」
「まあ、いいか。これはこれで気持ちよさそうだからな」
神敵は、マットの位置を調整し、ごそごそと簡易シュラフをセットする。ちょうど俺のベッドの真横に。俺のベッドは床から高いが、こいつの寝床はほぼ床になる。
今、やつは四つん這いになっているから綺麗なお尻が丸見えになっているが、欲情しない。欲情しない……
俺は、スマホで目覚ましをセットする。
朝食分の炊飯器は先ほどセットした。ちゃんと二人分焚いてあげることにした。いくらうちが貧乏でも、米ぐらいは食わせてあげたい。
その後、歯磨き、風呂場の湿気抜き、ゴミ出しの準備などを行ってマットレスに飛び込む。
「じゃあ、お休み。俺は朝から会社行くからな。お前はどうするんだ?」
神敵は、1秒ほど無言になり、そして「明日考える」と言った。
気ままなヤツだ……
俺は、結構疲れていたようで、直ぐに落ちていった。部屋の中に他人がいるにも関わらず……
・・・・・
夢を見る。
サイフォンとやっている夢だ。次々に誰かが出てくる。ギラン。セイロン、ビフロンスにレミィにティラマトに……
俺は、色んな女性とやった。今思うと、よくあれが許されたなと思う。それはモンスター娘という特殊性と、異世界独特の貞操観念のお陰だろう。あの貞操観念の理由は、おそらく魔術による避妊と病原菌に対する抵抗で、性に対するハードルがずいぶん低くくなっているからだと思う。
ああ、セック○を思い出す。そういえば俺、日本のこの体は、ずっと性処理していなかったはずだ。
やけに気持ちいい。朝立ちと言うヤツか? 行ったらどうしよう。布団が汚くなる。洗濯が面倒臭い。今日は会社だから朝の時間は少ない。
やべ、ティッシュ……
俺は、急いで立ち上がろうとして、床にある何かに滑って転んで床に落ちた。ごすんと頭が何かに当たる。
床に落ちたが、その床は、
「……痛い。私、襲われているのか?」と、めっちゃ近くで声がした。
「いつ……何? あ」
そうだった。こいつがいたんだった。今、俺のお腹の下には、簡易シュラフの中で寝ているあいつがいた。
次の瞬間、もの凄い勢いで体が締め付けられ、拘束される。
「初日から襲うとは。感心する。私に求婚しておいて、手を出さないのはおかしいと思っていたのだ。お前がロリじゃないというのは嘘だな。がちがちに堅いぞ?」
「いや、ごめ……」
「だが、私も嘘をついた」
神敵は、拘束されている俺を抱きかかえてマットレスの上に戻し、自分は俺の上に跨がる。神敵の両手両足は自由に動いている。ならば、俺を拘束しているものは一体……
じわりと、家の壁や天井から黒いつぶつぶが染み出てくる。
「ひ、ひぃ」
次の瞬間、黒いつぶつぶの一つが口の中に飛んで来て、声が出せなくなる。
「んーっ、んーっ、くふっ、むぐー」
神敵は、愁いを帯びた表情になり、「私の体は、入らないと言ったな」と言った。
そして、ゆっくり揺れる。
「それは嘘だ」
「んんーーーーーーーーーーーっ!」
長い夜が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます