第185話 俺はロリじゃない

ひとまず思考を再起動させ、晩ご飯の準備に取りかかる。

準備といっても、豚バラをチンしながら野菜をちぎり、それらを乗せたお皿をテーブルに並べだけだ。


俺がテーブルの横に座ると、神敵も同じように座る。


炊けた米と豚バラ串を半分こにして缶ビールをぷしゅっと開ける。


「それでお前、何でここに?」


神敵は、とんすいに盛られた白米を見つめながら、「知らん。気付いたらこの世界にいた」と言った。


「いや。異世界転移の話じゃなくて。何で俺の家にいるのかってことだ」


神敵は、「ああ、お前の後ろを歩いて来て、ここを突き止めた。鍵は簡単に開いた」と言って、俺が手に持っていた缶ビールの匂いをくんくんと嗅いだ。


俺は途中電車に乗ったのだが……まあ、細かい事はどうでもいいとして。


俺は缶ビールを一口飲んで、「お前な、めちゃくちゃビビったんだぞ。誰も居ないはずの自宅に人が居る恐怖を考えたことがあるか?」と言った。


神敵は、眉間にしわを寄せて、「そんなもんか?」と言った。


「そんなもんだ。まあ、異世界転移の話をするとして、気付いたらここにいたってことは、お前がこの世界にいるのは自分の意思ではないということ?」


「そうだ」


誰だよ。こんな危険なやつをこの世界にぶち込んだのは。


「俺をもう一度異世界に戻してくれって言ったら出来る?」


「無理だろうな」


そんな気はしていたけど。まあ、無理は言えない。だが、こいつがこっちに来たということは、向こうに行ける可能性もあるということだ。


「お前、これ食ったら帰れって言ったら帰る?」


「それも出来ないな」


「出来ないって、異世界には戻れないってこと?」


「そうなるな。まだ全てを試したわけではないが、今は無理だ。当面の話、今は宿もない。ここに泊めてくれたら嬉しい」


神敵はそう言って、白米をパクリと口に入れた。


「さすがの神敵ちゃんも、野宿は嫌か」


「ああ。あの亜空間に入る術も今は失っている」


神敵は、そう言いながらひょいぱくと米を食べていく。


「亜空間? あの青い太陽の?」


「そうだ。あれは普通の宇宙ではないんだ」


「ひょっとして、お前も魔術が使えない?」


「使えないこともない。今はまだ検証中だ」


俺はビールを飲みつつ味噌を塗った豚バラを少しだけ食べ、「どうしよう。俺とお前って、結局どういう関係になるんだ? 休戦はしているとして」と言った。敵対関係でも味方関係でも無いような気がする。ティラマト乱入のせいでうやむやになった。


神敵は珍しく変顔して、「……ん? 私はあの世界の均衡を保つため、お前達をこの世界に送還させることにした。だが、殺すつもりはないな」と言った。


「そっか。命を取り合う関係ではないという理解でいいんだな。俺達は、あの世界にとっては何処までも異邦人だという自覚はある。だけどよ、ここではお前の方が異邦人ということなんだぜ?」


俺は、強制的に異世界転移させられたことに関し、こいつを恨んでいなかった。俺の冒険を途中で終わらせたこの存在は、世界を愛するあまり、いや、戦い以外の愛し方を知らないあまりと言うべきか、とにかく俺達と戦うことにした。そして、俺達のことを思うあまり、元の世界に送還することにした。


こいつを怒るのは簡単だけど、どうにも怒る気がしない。というか、多分、あいつらは普通に無事だし、俺があのままあの世界に居たとして、グレートゲームに無関係でいられただろうか。ならば、いつかは神敵とガチンコでぶつかる時がきたわけで、そうしたら、本当にこいつと殺し合いをしていたかもしれない。そうならなかった今の現状は、一体、どう整理するべきか。


神敵は、少しだけ憂いを帯びた表情で「そうだな。だから、ひとまずここに住まわせてくれたら嬉しい」と言った。


こいつは、まるで捨てられた子犬のようなことを言う。


「しかしなぁ。お前って女性だろ?」


「……どう見てもそうだろう」


「俺と一つ屋根の下って嬉しい?」


「……夜露を凌げるし嬉しいな。私の体は母性が無いが、お前はこんな私に欲情するのか?」


「いや、俺はロリじゃない」


こいつの体は、まったく性徴期が来ていないように見える。あどけなさというか、結構細いので少年のようだ。


神敵はにやりと笑い、「ほう。なら良いではないか」と言った。


「いや、世間体がな。特に、嫁にばれたら非常にまずい」


世間体的には、娘で通用する見た目だから、嫁にばれなければ多分大丈夫だが。


神的は目を少し丸めて、「お前は、伴侶が居たのか」と言った。


「居るさ。子供も居るんだぞ?」


神敵は、少し興味深そうな顔をして、「お前の子供か。今度見せてくれ」と言った。


俺はひとまず家族の話は横に置き、「お前、俺と一緒の部屋で寝起きして何とも思わんの? 男だぞ。俺」と言った。


「お前が男であることくらい私も分かる。私は嫌ではない。それに、お前は私に欲情しないと言ったじゃないか。お前は、私を襲う気があるのか?」


「襲う気は無いが、それでも俺が襲ったらどうするんだ」


「ふっ、私が負けるとでも? そもそも、私の体は物理的に性行為はできん。お前が言うところのロリだからな。入らないだろう」


「そ、そっか。ならば間違いは起きないか。だけど、電話やインターホンには出るなよ。それから、俺以外がこの部屋に入って来たら隠れろよ」


「分かった千尋藻。私は世話になる身だ。お前の世間体と言うやつに協力しよう」


そもそもプライベートはどうなるんだと思ったが、俺は異世界に行ってから、ほとんどプライベートがない生活をしていた。いまさらだ。俺は、少しため息をつきそうになったが、異世界の重要な手がかりだ。ひとまず今日はこいつを泊めてやろうと思った。明日、小田原さんらに相談しよう。



・・・・


久々の風呂に入り、さっぱりする。シャンプーとボディソープの存在がありがたい。


その後、神敵も風呂に入りたがったので、シャワーなどの使い方を教えて風呂を使わせる。


「着替えはどうするんだ? 今の服洗ってやろうか?」


俺は、すでに風呂場にいる神敵に話かける。神敵は、着ていた服を脱衣所の床に置いていた。


「ああ、洗ってくれるのか? 着替えは任せる」と、返ってくる。半透明のプラ板の向こうには、服を脱いだ神敵がいる。髪もほどいたのか、今は下にだらりと垂れており、体のラインを隠していた。


「任せるってお前……」


神敵の体は極小サイズだ。どうしよう。まあ、今日は俺のTシャツでも着せよう。


それはそうと、こいつが風呂に入っている隙に、何となく娘に電話してみることにする。あいつももう高校生。スマホは持たせている。全然電話してこないし、電話しても出ないけど。


呼び出し音が鳴る。一分くらい待つが、電話に出ない。急激に寂しくなる。こんな時くらい出てもいいだろうに……


なお、中学生の息子はまだ電話を持たせていない。


俺は、ひとまずショートメールを打って、パソコンに向き合う。ニュースをチェックする。あまり大きな変化は無い。ウクライナとロシアの戦争も、俺が異世界転移する前とあまり変っていないようだ。大きな地震も起きていないし、某国がミサイルを撃ちまくっているようだが、それ以外は至って平和だ。


ネットニュースをチェックしていると、俺のスマホの呼び出し音が鳴る。お!? 宛先は娘だ。しかもこれは、テレビ電話の方で掛かってきている。


俺は、迷わずスマホをタップする。


『お父さん?』


画面には、娘がどアップで映っていた。ヒリュウというなんちゃっての娘ではなく、正真正銘俺の娘だ。単身赴任のせいで半年以上も会っていない実の娘だ。


「そうそう。お父ちゃん復活したぞ」


『もう、死んだと思ったんだからね。お母さんは?』


「あいつはホテルだろ。明日そっちに帰るって言ってたぞ」


『そっか。お父さんは何時帰ってくるの?』


「分からん。明日からまた仕事なんだ」


『明日から? 少し家族のことないがしろにしてない?』


「む? 頑張って仕事してるぞ?」


『そんなんじゃなくてさ。普通一回戻ってくるっしょ』


家に帰ったって、一言もしゃべらないじゃないかと言いたくなってくる。


がこん


風呂場で音がする。プラスチックの扉が開く音だ。ヤツが風呂から上がったのだろう。そういえば、タオルを出していないことに気付く。


俺はちょっとあたふたし、娘に感づかれないよう、脱衣所の方に移動した。

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