第182話 青い太陽と心臓の傷
不思議な感覚だ。
上も下も右も左も無い。
だが、風景は分かる。顔に付いている両方の目で見えるから、これは可視光線だ。この、明るい星空は一体なんだろう。特に、宙に巨大な青い輝きが見える。
「おい」
「うわぁああ!」
「もう終わりか?」
「お前は神敵」
急に視界に入ってきたからビビった。というか、めっちゃ近くにいる。
相手の吐息を顔面で感じられるくらいだ。
神敵は、少さいため息をついて、「だから、そう名乗ったことはないと言うのに」と言った。
「ここはどこだ?」
神敵は、少しだけにこりと笑って、「ここは、宇宙空間だと言ったら信じるか?」と言った。まるで自慢しているみたいだ。
「いや、信じられないな。俺は深海の生物。宇宙空間では生きられない」
そう言ってみたが、不思議なことに、俺と神敵の周りは、薄い膜みたいなもので囲まれていた。まさか、これで真空から守られているとか?
「ふっ。ここは、宇宙ではあるが、あの天体の
「これ?」
俺は、神敵の頭の後ろにある不思議なものを見る。というか俺は、いつのまにか神敵にしがみついていた。女性のようなふくよかさはないが、子供のような柔らかさがある。
こいつはどういう理屈か、この無重力空間で体を固定できるようだった。こいつはおっさんにしがみつかれているというのに、事もなげに立っており、そして、青い丸を指さした。
「千尋藻、アレが何か分かるか?」
俺の目に映るのは、宙に浮かぶ青い丸。いや、丸といってもその周囲は少しおぼろげにゆらゆらと揺れている。大きさは、地上から見た時の太陽の直径の10倍くらいで、色は目が痛くなるくらいの青だ。
「いや、わからん。何だあれ」
神敵は、不思議な表情をして、「あれは、核兵器の閃光だ」と言った。
おいおいおい……
「あの輝きは、私が外神に放った熱核融合弾だ。ブラックホールに捕らわれて、時間がほぼ止っているがな」
ではあの光は……おそらく、僅かに漏れ出す核反応の光なのだろう。というか、神敵の先ほどの表情の意味が解った。あれは、後悔しているのだ。
神敵は、少しだけ怒った顔をして「だから千尋藻、核を私にぶつけるな」と言った。
先ほど、俺が天然ウラン弾を使ったことを言っているのだろう。というか、俺の本当の奥の手は、天然ウランを用いた核分裂反応だったりする。まだ実験をしたことは無いけど、理論上は出来ると思うのだ。神敵は、俺の奥の手に気付いて、先に釘を刺したのだろう。
というか神は、俺のようなおっさんに、簡単に核兵器を渡したことになる。やっぱり、この神敵の言う通り、神というのはろくなもんじゃ無いような気がしてきた。
「済まん。それは悪かった。やっぱり、核兵器は良くないよな」
「そうだ。あれは奥の手だ。だが、ああして空間魔法を駆使されると、事実上無力化されてしまう。残るのは、延々と炸裂し続ける光だけだ。はっきり言って邪魔だ」
核兵器が良くない理由がよく分からなくなった。
俺は、青い光を見つめながら、神敵の目を見て「なあ」と言った。
神敵は、目をくりっとさせながら、「なんだ千尋藻」と返した。
「休戦しないか?」
「今まさに休戦しているだろう。休戦期間はいつまでが良い?」と、返された。
俺はもう、こいつと戦うつもりは無い。というかレベルが違いすぎて絶対に勝てない。なので、「ずっと、かな」と言った。
そうすると神敵は真顔になり、「それは結婚の申し込みだ。期限を言え」と言った。
「そ、そうですか。では、とりあえず56億7千万年くらいかな」と、返す。要は永遠だ。
神敵は、少しあきれた顔をしながら、「たまには戦いたくならないか?」と言った。
「お前とか? いやいや。戦いたくない。でも、模擬戦なら、まあ、いっか」
神敵は、嬉しそうに笑い、「それならば、私はそれを受け入れよう」と言った。
良かった。俺はこいつとほぼ無限の時間、休戦することができた。
たまに、ガス抜き程度に何かすればいいだろう。
ところで、何だかこれまでのことが馬鹿馬鹿しくなった。スケールが違いすぎる。もう、神々の戦いは
だけど……そうだな。俺は、俺には、仲間達がいる。寿命がせいぜい百年くらいの仲間達が。俺は、彼らの幸せも願いたい。と言うか俺も、長生きに飽きた頃に、こいつに人格を封印してもらおう。うん。そうしよう。
神敵は、ゆっくりと俺の顔の前に近づいてくる。
綺麗なおでこが目の前にくる。
そして、「世界は、綺麗だろう?」と言った。
「そうだな。お前は、この世界が好きなんだな」
こいつは、これまでこの世界を守って来た。だから、こんなに美しいのだ。いや、美しいと感じてくれる生き物がいる。こいつは、その状態がとても嬉しいのだろう。
こんな小さな体で、これまでたった一人で戦ってきて。
俺は、神敵越しに青い太陽を見る。ちょっと思い上がっていたかなぁ。神様からチートな化け者の体を貰って、思い上がっていた。だが、神獣や神々の戦いの前には、今の俺なんて無力だったのだ。
俺が時間を忘れてポケェとしていると、この空間の
何? ここ、宇宙じゃなかったの?
そして、その空間の裂け目から、何かがぬるりと入ってくる。ここの物理現象はどうなっているのだろう……
その何かは、四枚の翼と黄金の鎌を持っていた。そして、赤い髪をバサリと揺らし、辺りをキョロキョロと見渡した。
まさかティラマト? あいつ何でここに? というか、何かデカくないか?
距離感や遠近感が全くないから、よく分からない。ティラマトは、青い太陽より馬鹿でかく見える。
ティラマトは俺達を見つけたらしく、バサリと音を立てんばかりの動作でこっちに飛んで来る。
「無粋だな」
神敵がそう言ったら、ティラマトが入ってきた箇所とは別の空間が割けて、そこから大量の黒い何かが漏れ出してきた。
ティラマトは必死にその黒いつぶつぶを払い除けようとするが、その黒いものはそれを意に介さず、彼女の体に纏わり付く。ティラマトは何か叫んでいるが、音は聞こえない。ここは真空なのだろう。
というかあいつ、この空間で普通に動けている。ああ、解った。あいつが言う『ティラの娘』とは、対神敵用の兵器だったのだ。宇宙空間も含め、あらゆる場所で活動可能な超生物なのだろう。ティラは、人格があった時代、そういう防衛機能を構築していたんだと思う。
その超生物に、黒いものが纏わり付く。その黒いものは、最終的にまるで人の腕のような形になり、ティラマトを鷲づかみにしたかと思うと、そのまま空間の裂け目に引きずり込んでしまう。
あいつ、大丈夫かな。でも、あいつも、きっと神敵に愛されているヒトの範疇なんだ。だからきっと大丈夫。元の世界に戻されただけだと思う。こいつがその気であれば、すでにあのキャンプ地は蒸発していたわけだから。
「千尋藻、お前は、元の世界に戻るべきだ」と、神敵が言った。
俺はそう言われ、少しだけ迷ってしまった。かつては愛してくれた嫁。そして子供達。俺の脳裏に彼女らがよぎる。帰れるかどうか定かではない異世界に行って、思い出さないようにしていた現実が蘇ってくる。
神敵の手には、何時のまにか剣が握られていた。鋭そうな直剣で、刀身に模様が彫られている、まるで七星剣のようだと思った。
いやだ、まだ戻りたくない……俺は、まだこの世界でやることがあるのだ。
神敵は、嬉しそうに「56億7千万年か……」と言った。
俺は何もできず、心臓を剣で貫かれた。
だけど、怖くはなかった。何故ならば……
・・・・・
意識が、深い海に落ちる。
これは俺だ。深海にいる化け貝だ。
砂から超巨大な水管を出し、ゆっくりと水を取り入れては吐き出している。
俺は、その化け貝を見つめている。切り離されたのか?
俺、貝では無くなるのか?
俺の体が、化け貝から少しずつ離れて行く。ああ、俺は、戻るのか。元の世界へ。
これからどうなるのだろう。異世界に残して来た仲間達。一緒に異世界に渡った仲間達……そして、日本にいる俺の家族。
俺は、ふわふわとどこかに漂いながら、どこか予感めいたものを感じる。おそらく、俺はこれから日本に戻るのだと。
どこか不思議な感覚を感じながら、俺はひたすら海の中を
世界は、侵略を受けている。
敵は、猛攻を仕掛けている。それは、今後も止らない。
私は戦士を送り込んだ。この三匹はとても優秀だったが、時すでに遅かった。
もはやこの世界は、変りすぎた。
実験は、中断せざるを得ない。
いや、実験は成功だったのだ。私が送り込んだ戦士と、あの装置が有効に働いた成果だ。
ならば……
成功は、あの子のお陰だ。
あの子には、苦労をかけた。幸せになるときが来たのだ。
あの子の永遠の旅も、ここで……
ここでの役目を果たし、元の世界へ。
そして、世界は再び……
・・・・
「は!」
深海から、一気に陸に戻った感覚を感じる。体が重い。俺は、深呼吸をして肺の中に新鮮な空気を一気に送り込む。
ここは、どこだ?
「ぎゃぁあああああああ!」
思いっきり叫ばれた。俺は起した体より、丸椅子から見事に滑り落ちた変な女性を見下ろす。
その女性の髪は、緑色だった。若い女性の髪を例えた『緑の黒髪』ではない。直接的な意味での緑色の髪だ。
この髪は……
「綾子さん?」
俺がそう言うと、緑髪の女性は、思いっきり顔を歪ませた。
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