第181話 ○○VS三匹のおっさん


俺は、徐々に白ずむ山の端と雲が無い空を見上げながら、「昨日までの雨は、お前のせいだと思っていた」と言った。


神敵は、空を向いたまま「失礼だな。雨は恵むもの。ありがたいと思え」と、返した。


雨が降っている因果は、はぐらかされたようだ。


俺はもう一度、「お前が神敵だな」と言った。


神敵は、「そう名乗った事は無い。だが、客観的にそうだ」と言った。


「俺を殺しに来たのか?」


神敵は、その視線を空から俺に移し、「偶然だ千尋藻。私は、魔王のスキルの様子を見に来ていたのだ」と言った。


殺すかどうかは答えてくれなかった。


「ヒカリエは殺さないのか?」


神敵は優しい顔をして、「殺す必要はない。アレは人間。不幸な運命を背負った人間だ」と言った。


「俺はどうだ?」


神敵は少しだけ目を細め、「お前は怪物だ。だが、殺す必要が無い怪物だ」と言った。


「そっか。では、なぜここで待っていた?」


神敵は俺の顔を見つめたままにこりと笑い、「お前に会いたかったからだ」と言った。


「それは光栄だ。それで、俺はどうだった?」


神敵は子供のような顔で、「お前は、おっさんだった」と言った。


「そのとおりだな」


前に、思いっきり体臭を嗅がれたからな。きっとおっさん臭がしたのだろう。


神敵は優しい顔をして「お前は、過度な力を持つべきではなく、おっさんに戻るべきだ」と言った。


俺はその提案を無視し、「この世界は、何でおっさんに力を与えたんだろうな」と返した。


神敵は少しい怖い顔をして「千尋藻、私に神の意志を尋ねるな」と言った。


めまぐるしく表情が変るやつだ。まるで、子供みたいと思った。


「質問。異世界からの侵略者っていうけどさ、その異世界って、俺らが元いた世界?」


「全くの別物だ」


「そっか。すっきりした。それならば、心置きなく仕事ができるな」


俺は、元いた異世界の何らかの意思が、この世界に悪さをしている可能性を考えていた。どうやら違うようだ。


神敵は、一瞬笑ったかと思うと、いきなり鬼の様な形相になる。


「千尋藻、自ら救いの手を差し伸べず、普通の民草おっさんに力を与える存在を信じるのか?」


「身も蓋もない。仕方が無かったんだろう。きっと、少数しか送り込めなかったんだ。だから、その辺の普通の人間を選んだ。一応、精神攻撃に耐えそうなヒトを、選定していた形跡もある」


どうも、ラノベ好きのうち、偏った設定に疑問を持つ人を選んでいたようだ。必然的に小説慣れした俺らみたいなおっさんや、聖女みたいなおばさんが選ばれたのだろう。


神敵は、憤怒の形相で「全知全能であるはずの神が、何故自ら何もしないのだ」と言った。


「お前は何で怒っている? 神は、異世界の住人おれらを改造してここを守ろうとした。お前は、誰を怒っているんだ? ここの神か? それともここを滅ぼそうとしている異世界の神?」


「私の敵は、両方の神だ。世界を滅ぼそうとするのも罪、だが、弱き者を改造して戦いをさせることも罪だ。二次被害として、改造者のうち数割は、すべからくこの世界に悪影響を及ぼしているのも問題だ」


「俺は、チート貰っているからその分の働きはしないとなと思っていた。だけど、俺らの先輩達に、この世界に迷惑かけた人とかいるんだろうなぁ。チート貰ったら、普通は使うもん。好き勝手に」


俺達を送り込んだ神様も、手当たり次第とは言わないが、おそらく試行錯誤しているものと推察される。性別、年齢、思想、俺達のケースは三人一緒に送ってみたとか、多分そんな感じなんだろう。だが、異世界転移した人物らが、全員聖人君主で純粋にこの世界に迷惑を掛けず仕事をするかと言われれば、それはNOかもしれない。


しかし、神敵の言動は、転移者そのものを慈しむような意味にも聞こえる。


俺が呟いた後少しの間逡巡していると、神敵は「ひとつ、教えてやろう。異世界の神は、ここを攻撃し破壊することが目的ではない。失敗させたいのだ」と言った。


「失敗? 何を……まさか実験?」


「そうだ。そうはさせない。例え地獄のようなこの世界でも、人々は生きている。せっかく生まれたこの世界、滅ぼしてはならない」


こいつの考えがそうなら、俺達は仲間になれるのではないか。俺はそう思う。


「俺は異世界人だが、この世界は滅んで欲しくないぜ? だいたいな、お前は何でこの世界を守る?」


「守る? 私は、ただ戦っているだけだ」


「お前こそ、荒ぶる神だ。俺の目には、お前は神そのものに見える」


神敵は哀愁を漂わせ、「お前こそ、千年経てば神になっているかもしれないな」と言った。


俺は、「神になんかなりたくないな。だが、この世界を守りたいとも同時に思う」と返したが、このまま子孫が増えて、一方の俺はずっと長生きしていったら、本当に俺は神になっているのかもしれない。神格化というやつだ。


「ならば千尋藻、私と一緒に来い。私がお前を助けてやる。お前は長寿を与えられた。寂しければ、私が一緒にいてやろう」


ああ、こいつは、ひょっとして、俺すらも守ろうとしているのかもしれない。俺は異世界チートを貰って浮かれていたれけど、客観的に考えたら結構ひどいことをされているのかもしれない。


俺達は、チートを貰っているとはいえ無敵ではない。何の知識も与えられず、敵がいることが明確な世界に放り出されたのだ。


仮に戦いに勝利したとしても、これから万年を生きることを考えると、それは本当に幸せなことなのだろうか。こいつの言うことは、本当に俺のことを思ってのことなのかもしれない。


だけど、俺にはもう仲間がいる。


だから、「嬉しい提案だけど、今ついていくわけにはいかないな」と応じた。


神敵は、優しい顔をして「この小さな世界を、変えてしまう強さをもった三匹よ。私と戦うか?」と言った。結局戦いを選ぶのだ。こいつは、多分、不器用なヤツなのだ。


俺は、返答に少し迷い、他の二人をみる。


二人は無言で構えている。


「お前達は、この世のもので出来ている。それはおそらく、元の世界にあるのだ。お前達の体がな」


意外なことを言う。


「ひょっとして、俺達はあっちで生きている?」


俺の脳裏に記憶がよぎる。嫁、そして子供達だ。また会えるかもしれない。


「お前の体は貝で出来ている。元の体は異世界にあるのだ。……私が、戻してやる。お前達の元の異世界へ」


俺達は、おそらくいつかは出会う運命だったのだろう。それが早いか遅いかだけの違いで。


ビフロンスは、こいつのことを人を愛する者と言った。こいつの愛し方は、おそらく戦いなのだ。


しかし、俺達と神敵が戦う理由……神敵は、この世界と人を愛するがあまり、俺達の救済、すなわち異世界に戻そうとしている。そして俺達は、ここで出来た仲間達のために、そうはさせじと抗っている。あと数年くらい待って欲しかったけど、出会ってしまったものは仕方がない。


神敵の左右に、例の黒いヤツがぬらっと現われる。昨日、ジェイクを倒した後に出てきたやつだ。しかも、小さめのが二体だ。あの時のあいつは、多分、俺達の実力を確認するためだったのだろう。そして今は、俺らが三人いるから、あっちも三体で相手をするつもりなのだろう。なかなかフェアな戦いの神だ。


三匹のおっさんが、臨戦の構えをとる。


あの黒いやつは、俺の毒もハープーンも効かなかった。だから俺は奥の手を出す。



貝の力を使えば、あらゆる自然界の物質を集めることが出来る。どんな物質も養殖出来るのだ。例えば天然ウラン。比重が鉄の二倍以上のこの物質は、強く撃ち出したときに、大きな運動エネルギーを得ることができる。また、侵入過程で変形する際に高温を発し、焼夷効果を発揮する。


その天然ウランの銛を、超高圧のバブルパルスジェットに乗せて相手にぶつけてやる。問題は、ウランが放射性物質だということだ。もちろん、こいつや俺は大丈夫だと思うが、その後誰かが天然ウラン弾を拾ったら危ない。まあ、回収すれば問題はない……


「ケイティ。まずは!」


俺は、ケイティの方の黒いヤツに天然ウラン弾を放つ。虚空から小さな鉾が現われ、もの凄い勢いで飛んで行く。


ドゴン! という大きな音がして、やつの後ろ側が吹き飛ぶ。そいつは、そのまま全く動かない。


ウランの焼夷効果で貫通箇所の周囲が溶解している。ふむ。一撃。


俺は、そのまま神敵本体に迫る。


小田原さんの方は、早速格闘戦になっている。


俺の数メートル先には神敵がいる。その表情は、どこか不機嫌なようだった。


恨みは無いけれど、こいつが荒ぶる神ならば、戦うしかない。戦いの先にこそ、きっとその次があるのだ。


俺は、高圧状態の水を生成する。深海の海水そのものをここに顕現させる。バブルジェットで吹き飛ばしてやる。高圧水塊を従え、神敵に突撃していく。



・・・


その時の神敵は、まるで出来がよい子供に微笑むかのように笑っていた。


そして、次の瞬間体が浮遊感に包まれる。俺が、ここで最後に見た風景は、大量の黒いヤツに囲まれるケイティと小田原さんだった。数百どころではない。あれは、流石に反則だろう。いや、こいつは荒ぶる神。山ヒルの巫女。こいつの実力は、俺達なんかよりも、遙か高みに……


俺は、意識が反転した。

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