第179話 合流のティラマト
「あー寒かった。私でなけりゃ死んでたよ。あれ」と、赤髪のティラマトが言った。
「あの翼、盾にもなるんだな」と応じる。
「まあね。神具だから」と、返される。
少し離れた所には、ガチガチに凍ってしまった2対4枚の翼があった。アレは道具だったようだ。今のティラマトは翼を外している状態だ。
そのティラマトは、俺の隣を歩いている。つい先日まで赤いスライムだったのに、今はエッチな姉ちゃんだ。少し緊張してきた。こいつは身長180センチ以上あるのではないか。めちゃくちゃ背が高くて手足が細くて長い。美乳美尻で自慢するだけはある。
だが……
「お前、そのままで防塁の中に入るなよ。服を着ろよ? あそこには青少年がいるんだぞ?」
今のこいつは、ほぼ全裸だ。大事な所をちょこっとしか隠していない。おしりはほぼ丸出しだ。例の凍った翼は外して放置のため、隠すモノが何も無い。これは色々とマズイ。色々と……
ちなみに雨は、俺の水魔術で止めている。
「あ~そうね。ずっと全裸で寝ていたから、服着るの忘れてたわ。何か貸してよ」
「お前の体に合うのはなかなかなさそうだな。まあ、へそが出るかもしれんが、俺のを貸そう。ひとまず」
急いで千里眼で俺の着替えがある場所まで飛んで、インビジブルハンドで着替えを物色する。
「あんたの? そういう趣味? 良いわよ。着てあげる。その代わり褒めてね」
こいつ、意外と面倒臭そうだ。スライムの時はほぼ覗きに徹していたのに。本体だとそこそこ主張するな。
今、ケイティは巨人から元のサイズに戻り、先に仲間の方に走って行った。小田原さんは俺の水魔術の傘の下に入って一緒に歩いている。
さて、あの黒いヤツは、小田原さんにボコボコにされてティラマトに真っ二つに切られたら、綺麗に消えてしまった。あれは、一体、どういう物理現象だったのだろう。やっぱり、異世界からの侵略者なんだろうか。
「そういえば、お前は何だって自分の体を取ってこようって思ったんだ?」
「保険よ。ちょっと悪い予感がしたってわけ。だからね、こいつが必要だった」
ティラマトはそう言って、自分の得物をポンと叩く。黄金の大きな鎌だ。かなり強力な魔道具的な武器なのだろう。ティラマトは少し目線をずらし、「本当は、誰かに迎えに来て欲しかったんだけどね」と付け加えた。
俺はそれを無視し、「そういえば、太陽大丈夫なのか? 今は暗いけど、一応、まだ太陽出てる時間帯だぞ」と言った。
「このくらいなら大丈夫。直射日光ではないから関係無い。太陽出てても何とかなるし。魔力ががんがん減るけど」
そんなもんか。まあ、この世界の吸血鬼はそうなんだろう。レミィも今まで普通に生きてきたし。
今の雨は小雨になっている。その小雨の空を、一反木綿みたいにヒラヒラと布が舞う。俺のシャツとぱんつだ。もちろん、インビジブルハンドで操作している。一応、濡れないよう、大きめのインビジブルハンドで傘をして。
飛んできた着替えをティラマトに渡す。ティラマトは、シャツの匂いを少しだけ嗅いで、首と手を通す。蜘蛛糸製の高級品なんだぞ? 伸縮性は結構あって、着心地はいい。
ティラマトは自分の胸ポジを少し気にしながら「胸がちょっと苦しいけど。着れなくもない」と言った。
まあ、男性用だからな……案の定、おへそが出そうなくらいの丈になっているし。
次にぱんつを履く。
「こっちはかなりきつい、座ったら破けるよ。これ」
「まじかぁ。最終手段は小田原さん?」
小田原さんは、「自分の着替え、ビフロンスに貸してるからもう在庫ないぜ?」と言った。そういえばそうだった。
「じゃあ、ノーパンスカートだな」
「このぱんつ、Tバックにしたら破けないかも」
ティラマトは、下が苦しかったらしく、お尻部分を食い込ませる。
「じゃあ、ぱんつはしばらくそれで。あとで誰かに借りるかな……今はとりあえず」
仕方が無いので、俺の今着ている上着を貸すことにする。脱いだ上着をティラマトの腰の後ろから回し、長袖の腕の部分をおへその下で結ぶ。後ろ半分だけスカート状態になる。
「これなら水着着ているみたいでそこまで卑猥じゃないだろ」
ボディーラインがくっきり出たTシャツに白いハイレグアンダーに半スカート……
身長180超のナイスプロポーション美女に何着せてんだ……だが。
「何着ても絵になる綺麗さだな」
一応褒めておく。モデル体型だからなのか、本当に俺の下着とは思えないくらい様になっている。
ティラマトは少し嬉しそうに、「ありがと。私達、色んなタイプがいるけど、私はそこそこ女性らしく造られているんだ」と言った。変な表現だな。ティラの娘というのは一体……
しかし、ううむ。美女がいきなり現われたか……一波乱起きそうな予感。さっきの絶対零度砲、わざと撃ったんじゃねぇだろうな……
そんなこんなで水壁に戻る。
サイフォンが申し分けなさそうな顔をして、「ごめんなさい。敵かと思った」と言った。
「まあ、あの緊張感でいきなり乱入してきたらな。ティラマトも怒ってないらしいから、別にいいんじゃね? 後であの翼解凍しなきゃならんと思うけど、今日はもう疲れただろ? 休もうぜ」
「やっぱり貴方はティラマトさんね。ごめんなさい。あの翼、回収しなくていい? 無くなったらいけないんじゃ」と、サイフォン。
「ん? 別に明日でいいよ。アレ、私しか使えないし、破壊出来ないし、取られても私なら場所分かるし」
ティラマトは道具には無頓着なようだ。
「そっか。とりあえず、片付けと情報の整理だ。そろそろ御飯の準備もしないとな。というか、説明が先か」
「そうね。あの追放劇、何かの芝居だったというのは何となく感じているけど。いきなりジェイクさんがああなって、それを貴方達が躊躇なく攻撃して。その辺の事情が気になるかな」と、サイフォン。
「そうだな。一応、秘密という約束がある。仲間と相談しながら話したい」
サイフォンは少しジト目で「了解。まあ、私はどっちでもいいけどね。でも、ギランったら、本気で嬉しそうだったんだけど?」と言った。
「いや、俺はジークが何ていうか知らなかったんだが」
「今日の夜は、覚悟しておいたほうが良いわよ」と、サイフォン。
「あ。セック○? 私、覗いていていい? 隅っこでじっとしておくから」と、ティラマトが言った。こいつは何を言っているんだ。こいつみたいなのがベッドの隅っこにいたら、絶対に巻き込まれるだろう。きっと、ぼっち時代、とても長い間のぞき見ばっかりしていたから、そのことをよく分かっていないのだろう。
サイフォンの後ろでは、カシューのやつが期待の籠った目でこちらを見つめていた。俺は、にやりと笑って首肯する。カシューは、とろけるような笑みを見せた。
・・・・・
それはそれとして、まずは仕事をする。幹部用のテントに、関係者が集まって情報共有する。
「でかした。侵略者の形態がヒトの擬態だったとはな。先日のへたれの呪いといい、お前達は凄いな」と、聖女モードのダルシィムが言った。黒いやつにやられた時のダメージは大丈夫だったみたいだ。
「両方の手足と頭部は取ってある。そっちに空輸しようと思う」
「分かった。こちらで調べよう。しかし、そいつは本当に人間だったんだな?」
「生前の鑑定結果はそうでした。しかし、手足と首だけになったパーツを確認したのですが、おそらくあれは人間ではありません。よく似た何かです」と、ケイティが言った。
「付け加えると、俺の毒も効かなかった。そういう意味でもあいつは特殊だった」
「そうかい。これで敵のあぶり出しを行う事ができるよ。最後に黒く堅くなったというのが気になるがな。そっちはサンプルは残っていないんだね?」
「そうだな。ティラマトが切ったら消えて無くなった。見たこともない物質だったな。ティラマトは何か知らない?」
「あの黒いのは、私のデータに似たようなのがあるけど……まだ確証はない。仮定の話はしづらいけれど、それより、あなた方が言う『異世界からの敵』の話よね。そちらのビフロンスさんの方が詳しいんじゃないかな。私から話していい?」と、ティラマトが言った。
この件に関しては、ティラマトやビフロンスが何か知っている可能性があったため、事前に何か知らないかと聞いておいたのだ。
「どうぞ」と、ビフロンスが返す。
なお、ここにはおっさん三匹にダルシィム聖女、ティラマトにビフさんにジーク、それからサイフォンがいる。なお、アールくんは諸事情によりここにはいない。
「私の記憶によると、この世界は遙か昔から、再三にわたり外からの侵略を受けていたみたい」と、ティラマト。
「ほう。続けな」と、聖女。
ビフロンスは静かに頷いている。
「ある時は魔物を送り込まれ、またある時には変な宗教を流行らせたり。またある時には当時の王を狂わせて世界を滅ぼそうとした」
「結構直接的なんだな」
今のやり方は、追放や逆恨みやへたれやらの感情を人々に与える方法だ。それに比べると、ずいぶんと積極的に世界を滅ぼそうとしている気がする。
「当時はそれが有効だと判断したのかもね。一見、明確に異世界からの侵略行為とは分からなくても、それらはこの世界を確実に蝕んだ」と、ティラマト。
「私達の神は、それに対抗するため、自分の国の民に聖獣から力を借りる術を教えて魔物から身を守らせ、建国神話を編纂して終末宗教に対抗し、そして狂った王は神敵に倒された」と、ビフロンス。
「狂王が引き起こした世界大戦のあと、原始の4柱は神敵の仲介の元、眠りについた」と、ティラマト。
何となく違和感。
「どういうこと? 原始の4柱って、ティラ、ノート、ウル、そしてララだろ? 神敵が古代4柱の人格を封印したんじゃ? 人格を持っていては間違いを起すから」
俺、その4柱は、てっきり神敵に討たれたくないから人格を放棄したと思っていたんだけど。
「その通りだ。古代4柱は、神敵の力を借りて、人格を封印した。異世界からの侵略に犯されぬように」と、ビフロンス。
「そうなのか。確かに、亜神が追放しまくったりしたら悪夢だけど……」
「狂王の時の精神攻撃は、嫉妬、貪欲といった直感的な感情だったようだ。今回は、もっと巧妙、そして陰湿だな」と、ビフロンス。
「今回の侵略方法も、神敵による人格封印がバリアになっているのか。少なくとも亜神が狂うことはないということだからな」
「そのようですね。ただし、『神』は、元々俗物的な思考を持つべきものではないのです。遅かれ早かれ、古代4柱は人格を放棄していたと思われる」と、ビフロンス。
「混乱してきたが、これまでの侵略は古代4柱や神敵が協力して撃退しており、今回の『異世界からの侵略』は、ヒトに擬態可能なソルジャーを地上に受肉させ、ヒトの世に入り込んで『追放』『婚約破棄』『奴隷』『逆恨み』『へたれ』『悪役貴族』なんかの感情や呪いをばらまいているということ?」
「まだ断片しか分かっていないけど、そういうことになるかな」と、ティラマト。
「では、神敵とは一体。あいつの敵は何なんだ?」
「……神敵の敵は神だと思われる。異世界からここに侵略者を送り込んだ存在も、それはある意味で神だ。さぞかし許せないと思っていることでしょう」と、ビフロンス。
「千尋藻、神敵の思考は本人のみぞ知る。だけど、少なくともこの世界の敵ではないのよ」と、ティラマトが言った。
ふむ。
何だかもやっとする。
神とは何か。異世界とは何か。神の敵とは、異世界からの敵とは何か。
俺は、この神も異世界も存在する世界で、神敵についてしばし思考の渦に捕らわれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます