第178話 三匹のおっさんvs黒いヤツ、そして援軍参上
黒い二足歩行が、今度はこちらに向けて突進してくる。
「飽和攻撃!」
ニルヴァーナを噴霧させながら、ポイズン・ハープーン数百本を相手に叩き込む。
どこどこばきばきとけたたましい音が鳴り響く。これは、硬質な物質が同じく硬質なものに激突する音だ。
撃ち出したハープーンは、ほぼ命中したはずだ。だが、効いた様子はない。というか、堅い? ほとんどの銛が弾かれている。何本かは刺さっているが、毒が効いている様子はない。黒い流線型の表面には、大量の俺の毒がべっとりと付いている。普通の生き物なら、それだけでも死んでおかしくは無い。この堅さなら、ニードルガンはもっと効かないだろう。
こいつも、人ではない何かだ。
俺は一旦距離を取りながら、「こいつはただ者じゃない。明らかに異質だ」と言った。
「私が巨人になって押えます。ちょっと場所を変えましょう」と、ケイティ。言うか言わないかで巨人になっていく。
黒いヤツは、そんな俺達の会話を無視し、再びもの凄い速さでこちらに踏み込んでくる。こいつ、得意技は物理攻撃か?俺は、すかさず巨大インビジブルハンドを出現させて通せんぼする。
黒いヤツは、その塗り壁みたいな見えない壁に激突し、一瞬動きを止めた。よし、俺の見えない手は、あいつには見えていないようだ。大きく素早いが、器用ではない気がする。
その隙を突いて、巨人ケイティが一瞬でヤツを掴んで持ち上げる。
「いいぞケイティ。そのまま水壁の外に行こう。ここは仲間がいる」
巨人は、ジタバタと動くヤツを両手で掴み直し、ズシズシと歩いて行く。歩く足がビュウビュウと風を切る。これだけ大きいと動きが遅く見えるが、実はもの凄い速さで動いているのだ。
俺は、一旦、仲間がいる方向に振り返る。
「俺達は外に出る! ヒリュウ! ダルシィムの手当だ!」
ヒリュウは回復魔術が使え便利なヤツだ。あいつなら、何とかしてくれるだろう。
「サイフォン! 肉片はニードルごと燃やせ! 念入りにだ! その後は防御を固めておけ。気を抜くな!」
俺は、サイフォンらの返事は待たず、急いで巨人を追いかけた。
巨人が水壁を乗り越え、そして数歩ほど歩く。外では雨がザーザーと降っていた。巨人ケイティが、両手に持っている黒いヤツを高く持ち上げる。
「ごほおおおおお!」
そして、そのまま一気に地面に叩き付ける。
ドム!
鈍い音がして地面に揺れる。俺と小田原さんが急いで現場に駆けつける。黒いやつの大きさはせいぜい5メートル。対する巨人モードのケイティは全長18メートルくらいある。大きさが全然違う。
土埃の中、黒いヤツがぎちぎちと立ち上がる。ダメージは負っているみたいだが、なかなかしぶとい。
「きゃああああああああ!」
巨人ケイティが足を上げ、踏みつける。
どすぅううんん!
いや、黒いヤツは、スタンプの真横にいる。外した? いや、サイドステップで避けたのか? しぶとい。
俺は、急ぎ大きめのインビジブルハンドでヤツの足を握る。
「ケイティ今だ!」
もう一発スタンプ!
今度は命中する。ずうん。という鈍い振動が地面に伝わる。
思いっきり地面にめり込んだ。もの凄い威力だ。大きい事は強いということだ。
かつての魔王のスキルには、『巨大化』というものがあった。結局、巨大生物に対抗するには、自分が巨大になるしかない。
どすう!
ダメ押しのパンチ。巨人の拳が、思いっきり黒いヤツを叩き付ける。
その時、すうっと仲間がいる水壁の上に何かが動いた。
アレは、サイフォンだ。いや、水魔道士全員か?
大盾を構えた六人に守られた中心に、魔術に集中している他の5人がいる。あれは、おそらく絶対零度砲の準備だ。
中の処理はレミィかネム辺りに任せ、自分らは俺達の加勢をするつもりなんだろう。細かく指示はしなかったのに、ちゃんと動く。優秀な部下を持ったもんだ。だが、これは俺達の仕事。出来れば俺達だけで終わらせたい。
ケイティの足元から、例の黒いヤツが這い出してくる。流石にかなり動きがぎこちなくなっている。よく見ると、こいつには尖った口と短い尻尾がある。二足歩行の真っ黒いイルカかシャチみたいだ。
「こいつ、ひょっとしてめちゃ堅い? どうする? 物理じゃ駄目そうだ」と、隣の小田原さんに向けて言った。
地面が雨で緩くなっているのも原因のような気がする。もう少し岩っぽい所なら、あるいは……
まあ、いざとなれば、俺も奥の手を使うけど。
俺が考え事をしていると、小田原さんは不適な笑みを浮べ、「いや、自分が行く」と応じた。
右手の親指をこれでもかというくらい自分の曲げた指に押し当て、拳を造る。いや、俺、小田原さんを挑発したわけじゃないんだけど? いざとなれば、俺も色々できると思うけど?
「ふう~~~~~~」
小田原さんが、ゆっくりと息吹く。
そして、ゆるりと前に出る。
「はあ!」
小田原さんが、一気に黒シャチに襲い掛かる。
拳が輝いている。
「セイ、ヤア!」
蹴り、左フック、蹴り、右正拳突き、左正拳突き、右正拳突き、蹴り、右正拳突き。
ほぼ無呼吸で蹴りや突きが入って行く。というか、割れてる? ヤツの装甲が割れてる? ボンとかパンとか音がして、次第に体がバリバリに割れていく。
まじかよ……俺のパープーンや巨人ケイティの攻撃さえも耐えた装甲をいとも簡単に。しかも素手で。
小田原さんのスキルって、確か格闘とか鉄拳とか堅固とかそんなやつだったよな。小田原さんも、やはり普通の人としてここに転移していたわけじゃなかったと思われる。
5メートルはある二足歩行の黒シャチを、危なげなく捌いていく。装甲が吹き飛ぶが、その中も真っ黒だ。黒シャチが足を折って膝を突く。小田原さんの正拳突きがヤツの顔面に入る。
凄い。
俺は、ここは小田原さんに任せ、素早く千里眼で辺りを注視する。この黒いヤツは一体だけだ。付近にこいつの仲間は多分いない。
水壁上に陣取るサイフォンも見てみる。サイフォン達の手元には、真っ白の砲身が形成されていた。これは絶対零度砲の砲身だ。発射準備OKと言ったところだ。
水壁の中も見る。そこには、ダルシィムが上半身を起して座っていた。傍らにヒリュウがいる。よかった。無事だったようだ。
その周囲では、マルコが火炎放射をしながら俺のニードルを集めている。ヤツの肉片を燃やしつつニードルを回収しているのだろう。ごめんな、辛い仕事をさせて。水壁の中は問題ないみたいだ。
隅っこの方でアール氏がひたすら土下座をしていたが、おそらくは自業自得……
そして、小田原さんに視線を戻す。まだ打ち続けている。これが無呼吸連打というやつか。すさまじいな。
小田原さんは、ひとしきり殴り続けた後、ヤツから少し距離を取って、再び息吹く。
黒いヤツの体はボロボロで、今にも動きを止めそうだ。よし、トドメは俺で。今ならニードルガンが効きそうだ。なんて思っていると、空から何かが降ってきた。
今度は何だ?
インビシブルハンドでバリアを展開しつつ、ニードルガンの準備をする。その空からの物体は、着陸の寸前一気に膨らみ、そしてもの凄い勢いで回転した。
あれは……翼? 翼だ。巨大な翼。空を飛ぶ鳥? それに、何だあれは。金の棒か? いや、アレは鎌だ。死神が持っていそうな鎌で、色が黄金だ。その巨大な金の鎌が、黒いシャチをなぎ払う。
黒いシャチは、吹き飛ばされながら、真っ二つになった。そして、翼の中心、真っ赤な髪がばさりと
俺は、その姿に見とれていた。肉眼でずっとそれを見続けていた。
真っ赤な髪の何かは、地面に降り立ち、にこりと笑った。あ、八重歯だ。信じられないくらいの美形で……
彼女は抜群のプロポーション、綺麗な赤髪に尖った耳、片方3メートルくらいある巨大な翼が2対ある。その翼は、そいつの体から生えているものではなく、どうも独立して浮遊しているようだった。装備品か魔術だろうか。体はほぼ全裸だ。あそこと乳首の極狭い範囲を赤い何かで隠しているだけだ。はっきり言って痴女だ。
美形の痴女といえば、思い当たる節がある。
「お前、まさかティラマト」
目の前の女性はにこりと笑い、「そうよ? 敵はこれで最後かな」と言った。腰に手を当てて、ポーズを決める。自分の体を見せつけるように。
こいつ、まさか自分の体を取りに戻っていたのか。
その時、白いビームが放たれた。水壁の上からだ。
「あ」
絶対零度砲の照射は、思いっきりティラマトにブチ当たった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます