第176話 侵略者の正体
俺は、「ベル。水魔術で水気取ってあげてくれない?」と言った。
水気取りの魔術は、俺でも出来ないことはないが、少し乱暴になってしまうのだ。
「は、はい。あの、お知合いで?」
ベルはそう言いながら、おでこちゃんに水気を飛ばす魔術を使用する。その間、おでこちゃんは何も言わず、ベルに成されるがままになっている。
「ナナフシにいた子供だな。この近くで狩りか漁でもしていたんだろう。雨が止んだら一人で帰れるか?」
その子は上を見上げ、「一人の移動は問題ない。雨も本来問題は無いが、気前が良いモノあるようだったんで」と言った。
『気前が良いモノ』とは、俺達の巨大水傘のことを言っているのだろう。
巨大水傘は、水壁で囲われているエリアの約半分程を覆っている。
かなりの魔力を消費するが、雨でも快適な野営が出来るのだ。
「ベル。今から全員集めての会合がある。水魔術士も全員集まって」
「警備も全員ですか?」
「そう、全員だ。その間の警備は俺がするから大丈夫だ」
・・・・・
「ケイティ、水魔術士は全員集合させた。そちらの守備は?」
一応、サイフォンには今から策を仕掛けること、その内容は秘密だが絶対に取り乱してはならないことを伝えた。彼女は少し不服そうにしていたが、素直に従ってくれた。
「今、ネムとマルコさんが点呼を」
ざっと見、ヒリュウ、ガイ、ファンデルメーヤさん、ビフロンス、学生2人にその元付き人2人、レミィにアイサにステラ夫妻に護送の水ギルド職員に……ほぼ揃っているような気がする。
「ところで千尋藻さん」と、ケイティ。
「何だ?」
「その子はどなたで?」
俺の直ぐ後ろには、例の子供がぴったりとくっついている。
「ナナフシの子。雨宿りしたいってさ。さっきここに来たんだ」
「ほう……そうですか」
ケイティのやつ、鑑定を使ったな。後で結果を知りたい。ヒカリエ騒動で忘れていたが、この子もただ者ではない気がする。
まあ、今は例の作戦が先だ。ケイティのやつも直ぐに俺に耳打ちしないところをみると、少なくともおかしなスキル持ちや種族ではなかったのだろう。
小田原さんがダルシィムを連れてくる。そして、「聖女の準備もOKだ」と言った。今のダルシィムは聖女モードなのだろう。
「千尋藻さん、モンスター娘もうちも全員揃いました」と、炎の宝剣リーダーのアール氏が言った。
始めるか。急いで準備したのだが、もう空は暗くなり始めている。雨雲のせいもあるだろうが、そこそこの時間が経ってしまったようだ。
・・・・・
全員一堂が集まるこの会場で、ジークとアールの二人が対面に立つ。
「あ~皆集まってくれて済まない。ちょっと重要な話がある」と、ジークが切り出す。
モンスター娘達は皆黙って従っている。それから炎の宝剣のメンバー……ちびっこ魔道士ティギーしか名前を知らないが、他に女性スカウト、女性剣士、男性斧使いがいる。
ジークが俺の顔を見る。俺の準備が整っているかの確認だろう。
俺は、ゆっくりはっきりと首肯する。
俺の千里眼は、ここに集まったメンバー全ての顔に照準を合わせている。
ケイティと小田原さんも厳しい顔付きで辺りを見張っている。
「では、僕から行かせて貰う」と、アールくん。
場が少しだけざわめく。
アールは数秒待ち、そして「ティギー。君を、追放する」と言った。
「はにゃ?」
ティギーが変な声を出す。そりゃそうだ。本人には内緒なんだから、寝耳に水だろう。だけど、アールくんは、これが言いたくて言いたくて溜らなくなっていたのだそうだ。
「ちょっとアール。どういうこと?」と、女スカウト。隣の女剣士も男斧使いも動揺を隠せていない。
「僕は、アーシャと付き合っている。そして、愛している」と、アール。おいおい、一体何を見せられるんだ?
アーシャというのは、炎の宝剣の女剣士の名前のようだ。この二人が付き合っているのは周知の事実で、別にここで発表してもサプライズではない。
「だけど、ティギーが、ティギーが。僕には
いや……これは、『追放したくなる』という謎の精神攻撃を仕掛けている敵をあぶり出す作戦だったはずだ。
先ほどの相談では、数日前から突然、誰かを追放したくてしたくてたまらなくなったという相談を受けた。アールくんの場合、特にティギーを追放したいという欲求が生まれ、それは時間とともに大きくなっていったと言っていた。
今回の策は、『追放したいのなら、本当に追放してみる』というモノだ。別に後から敵をあぶり出すための策だったと正直に言えば済む話だからだ。なので、適当な理由で追放すればいいものを、何で彼はそんな本音を?
「このままでは、僕はティギーを襲ってしまう。性的に。だから、だから、追放したいんだ」
アールくんは、自分に酔っているような状態で、そう言い放った。
千里眼で表情をチェックする。
追放宣言を受けたちびっ子ティギーは訳けが分からずきょとんとしており、隣の女スカウトは唖然とし、アールくんの恋人女剣士は拳を握り絞めてぷるぷると震えている。後で殺されてしまうのではなかろうか。
モンスター娘らはお互いざわざわと噂し合い、うちのメンバーのほぼ全員は目が点になっている。ビフロンスさんは興味深そうに見つめているけど。
「ど、どうすんのよ! 私達、ティギーが15歳になるまで面倒見ようって、そういう約束だったじゃない」と、女剣士のアーシャが叫ぶ。
「だけど、君はセック○させてくれないじゃないか!」
「な!? だ、だって、野外でなんて嫌よ。ホテルじゃなきゃ」
痴話喧嘩が始まった。男女混成パーティはこれがあるから難しいのだ。俺達みたいにフルオープンだったら問題なかったのに。
しかし、アールくんはティギーのことを……あの子、どう見ても10歳未満だと思うが。というか、女スカウトさんもかわいそうだ。彼女をスルーしてちびっ子に行くなんて。
男女がぎゃーぎゃー言い合う中、ジークがそれを遮り、「痴話喧嘩は後でやってもらおう。次は俺だな」と言った。
アールくんの衝撃ロリ発言のせいで、敵のあぶり出しは出来なかった。仮にこの中に本当に精神攻撃を与えた誰かがいたとして、その人物もこの展開についていけずに目が点になっていた可能性がある。
ジークは、場が静まり返るまで待って、そして静かに「ギラン。俺は、お前を追放する」と言った。
そう。ジークが追放したいという欲求が
名前が出たギランは最初びくっとなったが、今は落ち着いてジークを見つめている。
「ギラン。お前は、俺達の
ギランは、「どういうこと? 私が何かした?」と言った。ちょっと怒ってしまったかな?
「俺達は、男からは子種を貰うだけでいい。それをお前は、相手と一緒に居たい。居続けたいと考えている」と、ジーク。
「それが何? 好きな人とは一緒に居たいでしょ? 島に帰るまでは、一緒にいていいじゃない」
ジークは優しい顔をして、「ギラン。だからお前は追放だ。子を成したら、島に帰ってこい。いつでも、タケノコはお前を受け入れる」と言った。
ギランは目に涙を浮べながら、じっとジークを見つめている。ううむ。これって策だよな。後で嘘だと言ったら切れはしないか。いや、これは案外本音なのかもしれない。追放したいという欲求の中に、こういった本音を言いたいというものも含まれているのかもしれない。
この様子をうかがっているメンバーの顔色は……モンスター娘らは基本的に優しい笑顔を浮べている。ひょっとしたら、そういう選択をした前例があるのかもしれない。炎の宝剣はジークどころではなくアールを睨んでいる。俺らのメンバーの反応は様々で、概ね女性陣はロマンチックな表情をしているが、学生二人はきょとんとしている。意味が分かっていないのだろう。そしてジェイクは、何やら期待が籠ったような表情をしている。何なのだろう。こいつの感情は……
「そして、ムー。俺は、お前も追放する」と、ジークが言った。
ん? ギランだけじゃなかったの?
「わたし~?」
ムーが首を傾ける。巨大な角が斜めになる。
「お前は大きすぎ。椅子を何脚も壊しやがって。荷馬車の車輪も折れそうだ」
「え~歩くし~。でも、どうしよっかな。千尋藻~私も付いて行っていい?」
ムーはこっちを見て手を振った。
「お、おう」
俺は、何となく手を振り返す。
「それからシュシュマにナイン。お前らも追放だ」
「は?」「え?」
「お前達は、ケイティとアブノーマルなセック○しすぎだ。毎晩毎晩ビリビリもくもくと。おそらく、ケイティ以外とはもうセック○できんだろ。今後もずっと一緒にいろ」
場が静まり返る。
「セイロンも追放だ。ピーカブーも追放だ。お前らは、もっとちゃんとまともなセック○をして貰うべきだ」
ジークが壊れた……いや、これは策略。しっかりと観察せねば。
「ナハトも追放だ。お前はおっぱいが大きすぎだ。どう考えても邪魔だろ。それ」
ナハトは目を閉じて、「……胸部は否定できない」と言った。
「コクオウも追放だ。毎晩毎晩後ろからパコパコと。たまには正常位でしろ」
コクオウとは、ウマ娘のことだ。顔を真っ赤にさせて
「シスイ、お前も追放だぞ。お前はドラゴン娘なのに、いっつもぐーたら休んで。少しは運動しろ」
シスイがドラゴン娘? トカゲ娘かリザードマン娘だと思っていた。マジかよ。
「まじで? でも、こういう体型が良いって言う人もいるのよ?」と、シスイが返す。
もはや、最初のギランで何かのイベントか何かだと思っているふしがある。
「追放! みんな追放だ! あ~すっきりした。ついでに俺も自分を追放しようかな。キャラバン解散して、皆で千尋藻の所に転がり込むか」
会場がどっと沸く。
ジークも、日頃のストレスがあったのだろう。だから、これを機会にずばずばと日頃思っていることを言ったのだだと思われる。後で一緒に飲むか。
さて、ここまで来てみんなの反応は……
「おや? 何故、怒っているんです?」と、ケイティが言った。
皆の視線が彼に集まる。
彼の顔は、これでもかと歪んでいた。
「追放……追放……こんなの、追放じゃない。そして、何でお前は追放しない!」
「俺!? いや、どうしよう、誰か追放しようか? おいマルコ。ちょっと、追放されてくれ」
マルコはぎょっとして「はい!?」と言った。
彼の表情は変らない。
「じゃあネム。お前も追放な」
ネムはびっくりした顔をして、「ぼ、ぼく? 僕を追放してどうするのさ」と返す。少し焦っている。可愛い。
「いや、ちょっとティギーと交換してさ……」
彼の顔は、少しだけ嬉しそうになった。
ふむ。
ケイティは彼の顔をのぞき込み、「まさかあなたは、自分がそう願った人が追放されるのですか?」と言った。
彼の顔は、べたったりと笑みが張り付いていた。もう、間違い無いだろう。
「ジェイク。お前が侵略者だ」
俺達は、ジェイクを取り囲み、そして魔力を練り始めた。
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