第174話 追放欲求

今日は朝から精力的に動く。


というか今日は出発なのだ。なので、朝から聖女を呼び出し、ヒカリエを面会させる。


「TS転生か。新しいパターンだね」と、聖女が言った。


「この歳だと、ヘタレかどうかも分からんよな。逆恨みはしていないような気がする」


聖女は少しだけ優しい顔をして、「どうだい。聞いていると思うが、私はちょっとした権力者だ。ここは外国だか、ある程度の希望は聞いてあげることができる。例えば男女関係だ。領主代行は準貴族といえど、この世界なら結婚相手を親が決めるのは当たり前さ。今希望を言えば、何か手が打てるかもしれない」と言った。


「TSなら、やっぱり、男性との結婚は嫌なのでしょう?」と、ケイティ。


ヒカリエはまだ13歳とはいえ、この世界の貴族の女性は15歳くらいには結婚して早ければ16歳くらいには子供を産むというのも珍しくはない。


「ええつと。私、多分バイなんだと思います」と、ヒカリエが言った。


バイ? 要は男女どちらでもいけると。いわゆるバイ楽しいというやつだ。


「ほう。それは13歳で自覚してしまったと?」


「元々そうなんです。こっちに来てからも、それは変らなかったというか」


「じゃあ、親が探してきた婚約者と一緒になっても良いと言うことかい?」と、聖女。


「それは相手次第といいますか。少しピントがずれますが、本当は学園に通って、青春したいなって。日本ではずっと病院だったから」


「学園モノがお好きか。じゃあ、ノートゥン留学の切符を準備してやる。ウルカーンは今絶賛戦争中だ。やめておいた方がいい」と、聖女。


「戦争、なんですよね。ここにいるとその自覚がないと言いますか……」


「ああ。今のウルカーンは止めておいた方がいい。ナイル伯爵かエリエール子爵に頼んでスイネルでも良いと思うが、お前の好みは大都会なんだよな」


「え、ええ。夢と言いますか、もともと妄想していたのは、学園モノです。悪役令嬢とか王子とか」


「そうかいそうかい。悪役令嬢はどうかわからんが、王子は紹介出来るぞ? 邦人保護だ。明日にでもそっちに使いの者を向かわせる。今後の事はじっくり自分で考えるべきだが、連絡はつくようにしておくよ」


「はい。ありがとうございます」


ヒカリエは嬉しそうだが、聖女の鼻息の荒さは、彼女ほどの強スキル保有者を仲間にしておきたいという思惑があるんだと思う。まあ、ヒカリエにとって悪い話ではなさそうだからいいんだけど。それからマツリにも、なのか? ヒカリエはバッタ男爵家の代官の娘で、マツリはそのバッタ男爵家を継ぐのだから。将来の優秀な部下がノートゥン留学して、帰ってくれば、領地経営にとってとても強い味方になるだろう。


「さて、マツリもしばらくここに留まるんだろ? 聖女の使いが来て留学の話を進めて、それからマルガリ嬢の方も何とかしてケアしてさ」


「分かった。後でバッタ男爵に伝言を送って欲しい。この件は僕が何とか纏めるよ」と、マツリが言った。頼もしい。


「一件落着? それじゃあ、俺達は出発しようかね」


「本当に今日出るの? また雨降るよ?」と、マツリ。


確かに、今の空も曇天だ。


「天気待ちしてたら、いつまで経っても出発できない。少しでも歩を進めるさ。というか、ピーカブーさんの助言に従う」


ピーカブーさんの助言とは、この街に神敵がいる可能性があることから、直ぐ立つべしというものだ。


「その神敵ってやつ? 本当なのかなぁ」と、マツリ。


「ああ、千尋藻、そのモンスター娘の言う通りだ。一応気を付けておいた方がいい。神敵が狙うのは神と呼ばれる存在だけではないからだ」と、聖女が言った。


「神だけじゃない? まあ、神とは何か、という定義の問題な気がするな。というか、魔王も神ではなかったんだよな」


「神敵は、高位の魔獣や神獣がヒトを巻き込んで戦うことを嫌うと言われている」と、聖女。


「ほう。なら、俺が戦争を避けてるのは正解だったのか」


聖女は、「そうだ。だからエアスランも侵略戦に風竜と雷獣は出てこないだろう。ウルカーンのチータラ将軍が扱う神獣アナグマの防御バフは専守防衛だから神敵に邪魔される可能性は低いとみられているんだ」と言った。


「逆に、かつてウルカーンにいらした戦猫神である神獣ミケは、攻撃バフだったため、自分の役目はこの国家にはないとおっしゃられ、旅に出たと言われています」とマツリ。


「ふうん。高位の魔獣そのものが出撃するケースではなく、契約者でも目を付けられる可能性があるのか」


「そうだ。さらにいえば、魔王本人は魔獣でも契約者でもなかったんだからな。まあ、魔王の部下には契約者や化け者がごろごろいたらしいが」と、聖女。


「そっか。話を戻すと、今回はヒカリエの『学園を楽しみたい』という要望を叶えて終了ってことでいいかな。あとはナナフシの政治の話だし」


「僕はそれでいいよ。領民が留学するなんて凄いと思うし。仕送りの方も何とかなると思うよ」と、マツリ。


今回はちょっとしたイベントだったが、何とか丸く収まりそうだ。これで心置きなく旅立てるし、今度ノートゥンに行った際には、ヒカリエの様子を見てみるのもいいかもしれない。旅の楽しみが増えたというところだろうか。


「では、出発するか。雨が降り出す前にキャンプ地に着かないと」


俺達は、数泊ほどお世話になった『ナナフシ』に別れを告げて、今回の旅の終着点『スイネル』に向けて出発することにした。



・・・・


屋敷の前に、荷馬車がずらりと並ぶ。


先頭が『炎の宝剣』の4頭曳き、次がモンスター娘のジャームスくんが曳く超巨大荷馬車。屋上にはスカウトのピーカブーさんがどしりと構えている。次がうちの荷馬車でそれに飛沫山号の大八車とレミィの荷馬車が続く。


学生からかっぱらった馬車2台はナナフシに売って現金にした。その他装備や壊れた魔道具などもそこそこのお値段で買って貰った。


スイネルに着けば護送の報酬も入るし、かなり潤う。


これでまた皆にスキルを買い与えて、荷馬車にプロテクションでも装備させて……夢が膨らむ。


俺達の見送りに、わざわざマツリと領主代行一家が出てきてくれた。


マツリが一歩前に出てきて、「今回は護送ありがとうございました。近くに寄られた際は是非」と言った。


「ああ。この辺通った時には寄るよ。それに、しばらく聖女はバッタ男爵らが陣取る防塁に居座るらしいからな。間接的にだが、ここの様子は俺達も把握できる」と返す。


「名残惜しいですわ」と、マルガリ嬢が言った。くせっ毛をナチュラルに流したようなスタイルだ。本人は気にしているようだが、そこまでおかしくはない。


「マルガリ嬢も達者で」


「千尋藻殿。ヒカリエの留学の話はマツリ様から伺いました。なんとお礼を申し上げてよいことやら」と、領主代行。


「いえいえ。これも縁ですから。お礼なら聖女に」


実際のところ、俺は一円も出していない。話をしただけだ。だけど、このタイミングで俺達がここに来なければ、話がこじれていた可能性はある。


領主代行の隣では、その奥さんが仲よさそうに連れ添っている。


少し離れた所では、この町の住民がたむろして見送りに来てくれており、その中にはヘアードもいた。溶け込めていそうでよかった。


「じゃあ、行くぞ」と、荷馬車の中からジークが言った。


俺は、「分かった」と返して、自分の荷馬車の屋上に登る。


しばらく経つと、コンボイがごとごとと動き出した。




◇◇◇


荷馬車の車列が、防塁を越え、領地の外に抜けていく。


マツリは、後ろを振り向き「行きましたね。それでは、私達も屋敷に戻りましょう」と言った。


後ろには、領主代行夫妻とマルガリ、それからヒカリエがいる。


「マツリ様。今度ノートゥンの騎士の方がここに来てくださるって本当?」と、マルガリが言った。


マツリが「本当よ? どうも格好いい方らしいよ」と返すと、マルガリはとても嬉しそうな顔をした。


マツリは、この子は男なら誰でも良いのかと一瞬感じたが、ヘアードには見向きもしなかったので、それなりに相手を見てはいるのだろうと思った。


マルガリは「楽しみです」と言って、屋敷に向けて歩いて行く。


実は、イケメン騎士を寄越すのは聖女の計らい。聖女の密命を受けたその騎士が、ヒカリエとのパイプを繋ぎつつ、マルガリが妹をいじめないように誘導することだろう。


めでたしめでたし。


マツリは、今後の予定を頭の中で組み立てつつ、屋敷に戻ろうと一歩を踏みだす。


「つ、追放みてぇだ」


「え?」


「追放! 追放だぁ!」


「あなた、何を言って……」


「お父様? 追放って一体何を?」


「そうだ。追放だ。追放は……私だ! 私が追放だ! 私が私で私を追放する!!」


「代行、あなたは一体……」


「あ、あなた、少しお休みになられて。疲れていますのよ」


「追放、追放してぇ。でも、追放したくねぇ。だから自分を追放だ! ゲラゲラゲラ」


マツリは、「鎮静剤を。領主代行には、少し休憩してもらう」と言って、ヒカリエに目配せする。


ヒカリエは、急いで屋敷に走って行った。

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