第173話 ヒカリエとの会談


夜の帳が下がるナナフシ。

領主代行館を俺の千里眼とインビシブルハンドが飛ぶ。


まるで覗きに出かけているみたいで少しどきどきする。


まだ夜はそこまで深く無いため、部屋の所々で明かりが付いている。


さて、俺は彼女の部屋が何処なのか知らないが、ここの屋敷はそこまで大きくない。しらみつぶしに確認していっても、簡単に見つけられるだろう。


まず最初の明かりが付いた部屋。少し開いた窓からするりと入る。


そこには、鏡の前に座る若い女性がいた。


それは、寝間着姿のマルガリ嬢だった。


マルガリ嬢は、ポケェと自分の姿を鏡で眺めていたかと思うと、おもむろに自分の髪の毛にブラシを当てていく。


だが、彼女の髪はくせっ毛で、ブラシに引っかかってするりと流れない。


「くそっ! 何で私の髪はっ! 私の髪がヒカリエみたいだったら、きっと……。あの方達の髪の毛も黒のストレート。どうして。どうして私の髪はブラシが通らないのっ!?」


マルガリ嬢が自分のくせっ毛にブラシを当てながら嘆いている。


いや、あなたの髪はそれはそれでいいと思うんだけど。ストレートが美しいと思い込んでいるのか知らないが、彼女は自分の髪の毛に文句を言いながらブラシを当てていく。


いや、おっさんとしては、そんな彼女は可愛く見えてしまう。髪にコンプレックスを抱えているのだろうが、別に変な髪ではない。ただし、ファッションは変なので、その辺りは今度都会にでも出かけて行って、改善していけば……


まあ、この部屋はスルーだ。そのまま部屋を確認していく。倉庫やらメイドの更衣室やらを経て、領主代行の部屋にも入ってしまった。


そこには、仲が良さそうに一緒のベッドで眠る領主代行夫妻がいた。ここはそこそこ広い屋敷なのに、寝室が同じとは……まあ、仲が良いのは良いことだ。娘であるヒカリエの精神状態が安定するし。できれば、次女のマルガリ嬢の心のケアもして欲しいものだが……


さらにそのまま部屋を確認していると、ヒカリエ嬢の部屋に辿り着く。

彼女の部屋は、一階の一番隅の部屋だった。


ヒカリエは、タライに溜めた水を使って、自分の体を拭いていた。おそらく風呂の代わりだろう。

この屋敷には風呂はあるが、毎日は沸かしてしないようだった。


ふむ。彼女の体は、少女のそれだ。俺の日本にいる娘の10代初期頃の記憶と重なる。ようやく性徴期が始まった頃の体付きだと思った。


ケイティは彼女を男性のような雰囲気だと言ったが、彼女の胸は少しだけ膨らんでいる。


ヒカリエ嬢は、自分の体を拭きながら、自分の胸を揉んでいる。大きくなるように願っているのだろうか……


さて、連絡を取りたいが、流石に今の状態は気が引ける。


俺は、彼女が体を拭き終わって寝間着を着るまで、しばしその姿を覗き続けた……



・・・・


ヒカリエ嬢が体を拭き終わり、寝間着を着ていざ布団に入ろうかという瞬間、部屋のテーブルに置いてあった小さな櫛をインビジブルハンドで動かす。


その櫛はカランという音を立てて床に転がる。


ヒカリエは不思議な顔をして、しゃがみながら床に転がったはずの櫛を探す。櫛は運悪くベッドの下に入ったようで、ヒカリエは四つん這いになってベッドの下を覗き込んで、必死に手を伸ばす。彼女の突き出されたお尻をぺろんと撫でたい誘惑に駆られるが、ぐっと我慢する。


ヒカリエが落ちた櫛に気を取られている隙に、ベッドの枕の上にメモを載せる。こっそりインビジブルハンドで持ってきていたのだ。そのメモには、現地語と日本語で『話し合いたい』と書いている。


ヒカリエはようやく櫛に手が届いたようで、ベッドの下から顔を上げる。そして、枕の上の異変に気付き、キョロキョロと辺りを探る。


「誰かいるの? クロちゃん? え!?」ヒカリエはメモを手にし、「日本語……」と呟いた。


日本語を知っていたか……こいつは転移か転生者だな。まだ魔王と決まった訳では無いが……


俺は、別のメモ用紙にインビシブルハンドで『旅館まで出てこられないか』と書いた。日本語で。


ヒカリエは、複雑そうな顔をしながら、「あのおじさん達は日本人?」と言った。少し警戒しているようだが、取り乱しはしていない。


『悪いようにはしないつもりだ』


「マツリさんと一緒ならいい」と、ヒカリエが言った。


その発想はなかったな。マツリを巻き込むのもどうかと思ったが、すでにエリエール子爵やバッタ男爵はほぼ俺や聖女に巻きこまれている。今更か。


俺は、メモ用紙に『マツリを呼んでくるから少し待て』と書いて、この部屋を後にした。



・・・・


少しだけ立派な客室で行儀良く横になっていたマツリに事情を伝え、ヒカリエを連れてきて貰う。


そして、俺達が泊まっている建物の部屋で、俺達とヒカリエが面会する。


「こんばんは」


「あ、あの、はい。こんばんは」と、ヒカリエが返す。


「今日のことは、ココだけの秘密。もちろん、お互いの秘密だ」


「そうですね。それがいいと思います」と、ヒカリエ。


「実は、日本人って、結構この世界に来ているみたいだ」


「え? そうなんですか?」


「ああ。出世して偉くなっている人もいる。だから、色々と相談に乗れると思う」


「そうですか……」


ヒカリエはそう言うと、少しほっとした表情になる。


「あの、おじさん達はいつからここに?」


俺は他の2人のおっさんと一旦目配せし、そして話始める。


「俺達三人は、つい一ヶ月前にここに来たんだ」


「ええ? 一ヶ月? まさか転移ですか?」


「その反応をみると、君は転生なのかな?」と、ケイティ。


「そ、そうだと思います。数年前なんです。前世は生まれつきの病気で入院してて、多分、死んだんです。そして気付いたらこの子に乗り移っていたというか、この子も病気で生死の境を彷徨っていたらしいので、おそらく入れ違いになったとかだと思います」


「ふむ。転生するときに、誰かに会いませんでしたか? もしくは何らかの意思が語りかけて来たとか」と、ケイティ。


「いいえ。気付いたらこの子の体でうなされてました」


「失礼ですが、あなたの前世の性別は?」と、ケイティ。


ヒカリエは斜め下を向いて、「それが……男、だったんです」と言った。TSか……


ここまでライオン娘のナハトは反応していない。嘘ではないということだ。


「そうでしたか」


それからしばらく、雑談を続ける。


この子の前世は15歳くらいの少年で、内臓の病気でずっと入院していたらしい。その容態が悪化し、天に召されたと思ったらヒカリエ嬢に乗り移っていたようだ。


そして、彼(彼女?)がいた世界も、おそらく俺達と同じ時間軸の世界だと思われる。若者の話題はケイティが詳しく、好きな歌手とかインフルエンサーの話題でほぼほぼそうなのだとか。

ちなみに、彼の日本人の時の名前は『荒木循あらきじゅん』というもので、『タケミナカタ』なんていう名前ではなかった。


「おじさん達はそのままの姿格好でこの世界に来たんですね。しかも僅か一ヶ月で、商隊を率いているだなんて」


「まあね。ここの冒険者ギルドって、結構儲かるんだ」


「いいなー。噂の冒険者ギルド。私はずっとこの領地で暮らしていたから……」


「まあ、嫌なことがあるなら相談に乗るぜ? 男性と結婚したくないとかなら、マツリに頼んでみるし」


マツリは、「僕も自分の領地に異世界人が居るなんて知らなかった。千尋藻や聖女の同胞なら、僕も無碍にはしない」と言った。


「いじめが嫌なら、そちらも手を打ちます」と、ケイティ。


「え? いじめ? 本当なのヒカリエ」と、マツリ。


ヒカリエはそれを肯定せず、うつむいてしまう。姉をかばっているのだろうか。


「おじさん達がとある人にお願いすれば、ヒカリエをスイネル辺りに留学させることが出来るし、スローライフができる領地を与えることもできる。ここの領主代行の次女に婿を紹介してさっさと出て行ってもらうこともできるし、好きな未来を選んでいい」と、言ってみる。


「そ、そうなんですね……すごいや。いじめと言っても些細なことで、おやつを取られたり、アクセサリーや櫛が無くなっていたり、トイレの紙を隠されたり。来年から魔道学園の高等部に入学できる歳だから、お金を貯めてウルカーンの学校に行こうって思ってて」


「ウルカーン? スイネルではなく?」


「うん。あそこの魔道学園は、魔術の才能が認められたら誰でも入学できるって聞いたから。たまに来る商隊の人にお金を払えばウルカーンに行けるって」


「そう言うってことは、君は自分のスキルを自覚しているってことかな?」


「う、うん。どうも、元々この体の子はスキルが無かったらしいんだ。だけど、私が憑依した時に、おそらくスキルが生えてきた」


「スキルが転生と共に、ですか。ところであなたは、『タケミナカタ』をご存じで?」と、ケイティ。


「え? ええつと。何ですっけ。ゲームで聞いた事あるような名前です」


15歳の男の子ならそんなもんか。


「それでさ、君のスキルには、偽装が掛かっているよね。それって何で? 最初から持ってたの? その偽装スキル」


「いえ。それは、クロちゃんに……いや、これは秘密だった」


ヒカリエはそう言って、少し苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「あー俺からちょっといいか」と、ジーク。


「どぞどぞ」


「ヒカリエさんだっけか。千尋藻達と同胞なのは分かったが、俺達を見てどう思った? 特に、このピーカブーとかな」


「え? ええつと、びっくりはしましたけど、この世界にモンスター娘が存在していることは聞いていましたし……」


ヒカリエは言葉を詰まらせ、縮こまる。ジークは見た目が怖いからな。


ピーカブーさんは、髪を掻き上げ、「まあまあジーク。そんな怖い顔しないで。私としては、スキル偽造を与えた『クロちゃん』なるものが気になるよ」と言った。


ヒカリエは俯いたままになってしまったが、「なあ、ヒカリエ。悪いようにはしないって。マツリもいいやつだろ? 将来、お前のボスがこのマツリになるんだ。絶対にお前の味方をしてくれる」と言った。


「その、クロちゃんのことを聞きたいの? みんなには秘密だよって言われてはいたんだけど、実は姿をちゃんと見たことは無くって。最初に会ったのはこっちに転生して、病気が治って直ぐだった。夜真っ暗な部屋の中から声がして、私のスキルは危険だから隠せって」


「封印ではなくて隠すんですね。それでその後は?」と、ケイティ。


「その時、『スキル偽装』というスキルを貰って、その後、半年に1回くらいは部屋に来るようになって」


「どういう人なんだろう」


「いや、真っ黒なんだ。ヒト、なのかもよく分からない。でも、相談とか話とかよく聞いてくれて」


「どう思う?」と、俺。


「私の直感だけど、」と、ピーカブーさんが言った。


ジークが何か言いたそうな顔をしている。


「スキルだけが輪廻転生した理由は知らない。だけど、あなたが今生きているということが、何よりの証拠」と、ピーカブーさん。


「どういう意味?」


ピーカブーさんは少し怖い顔をして、「。山ヒルの巫女は、魔王の復活を警戒した。だけど、この子は普通の人間だった。だから、経過観察することにした。神敵は、神以外には慈悲深いから。おそらくそうだ。ねえ千尋藻、この町は早く出た方がいい」と言った。


神敵。


神を殺すためにこの世をうろついている最終兵器が、この近くに居る。俺は神ではないが、その事実に背筋が凍る思いがした。



今日のヒアリングは、時間も遅く解散となった。明日、またマツリを交えてヒカリエのことについて話し合うことにした。マツリにとっても、ヒカリエは是非とも部下に欲しいところだろう。


俺達は、少し消化不良のまま、今日の所は解散した。

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