第172話 ヒカリエお嬢との会食

俺とサイフォンが使っていた部屋に、カシューが入ってくる。


そして、「サイフォン様!? どうなさったの?」と言った。


この部屋の中央ではサイフォンがうつ伏せになっていて、その背中は真っ赤に染まっていた。


「ああカシュー。大事は無い。ちょっと、医療用品持ってきて」と、俺が返す。


調子に乗って、短刀でサイフォンをするりと切り付けたら、背中が見事にぱっくり割れた。長さは50から60センチくらいだろうか。


この短剣はなまくらのはずだが、人体の皮膚くらいは簡単に切れたようだ。


しかも、サイフォンが回復魔術じゃ嫌だ、傷を残したいとか駄々をこねるので、仕方なくカシューを呼び出して医療用品を持ってきて貰うことにした。


「医療用品? いやいやいや。回復魔術士連れて来ましょうよ」と、カシューが言った。


「出血は派手だが、皮膚の表面が少し切れているだけだ。放っておいても引っ付くと思うけど、一応消毒をだな」


「それなら別に良いけどさ。一体、どんなプレイしてたことやら」


カシューはジト目になりながら、走って部屋を出て行った。


「済まん。やり過ぎた」


「良いのですよ。処女をあげられなかった代わりです。貴方の残した消えない傷を、文字通り背負いたいと思います」と、サイフォン。本当にバカップル化している。


その後、駆けつけてきたベルと一緒にサイフォンの背中の傷の消毒と手当てを行っていく。


「ふう~最初に言っておいてくださいよ。びっくりするじゃないですか」と、ベルが言った。


「ごめんねベル。でも、とんとん拍子でこうなったの。仕方が無いわ。それよりも、あなた達10人は、全員千尋藻さんを食べるべきだわ」と、サイフォンが言った。


「はい? 何の話です?」と、ベル。


「私達11人は、心身共に千尋藻さんに忠誠を誓った。食べたらその証になる。このことは、今後あなた達の身を守る事になる」と、サイフォンが言った。


ベル達11人は、軍務中に抜け出して俺について来た。そのことを言っているのだろう。ララヘイムの守護神ララは、海の神。海に生きる俺との親和性は高い。その体の一部を取り込んでいるという説明なら、ララヘイムの役人を説得できるかもしれないのだろう。


ただし、俺の肉はあまり食い過ぎると人間をやめることになるとティラマトが言った。だがしかし、少量ならいいのかな。


ベルは、きょとんとした顔をして「それは一体何の事なのでしょうか」と言った。


「千尋藻さん、彼女らには、私から説明しておきます。今から食事会でしょう? そちらに顔を出されてください」


サイフォンはうつ伏せで寝ながらそう言った。今は包帯が巻かれている。


確かに、今から領主代行らと食事会だ。普段なら、このままサイフォンのそばに居てやろうと思うところなのだが、今回はちょっと事情がある。俺達がここにる間、あの娘ヒカリエの件を片付け無ければならない。


「分かった。俺は仕事してくる。また様子見に来るよ」


「まあ嬉しい。定期的に怪我しようかな」


「おいおい。まあ、メシはちゃんと食えよ。じゃあな」


俺はそう言って、この部屋を出て行った。



・・・・・


昨日と変らぬ食事会。今日の食費はうち持ちという約束だが、このテーブルの料理は領主代行が出してくれるらしい。貧乏貴族の懐事情を知っているだけに、申し分けない気分になる。


そして、テーブルの席順は昨日と同じ。俺の隣にマルガリ嬢。ケイティの隣にヒカリエ嬢だ。


マルガリ嬢は、満面の笑みで俺のコップにお酒を注いでくれる。


だが、その笑顔の裏には、彼女の困った性格が……彼女、どうも妹をいじめているらしい。そのいじめがどの程度かは知らないが。


そういえば、悪役令嬢というのも異世界の侵略形態の一つかもと聖女が言っていた。だが、この子は悪役令嬢では無いような気がする。悪役令嬢とは、もう少し狡猾で多方面から追い詰めるタイプだと思う。そもそも悪役令嬢は、おっさんにお酒注いでこんな顔はしないだろう。


「お、マルガリはお酒注ぐの上手いね。いつもお父さんに注いであげてるの?」と、聞いてみる。


「いえ。普段の父は手酌です。でも、褒めてくださりありがとうございます」と、マルガリ嬢。


一瞬、どんな風にいじめるの? と聞きたくなったが、ぐっと我慢する。


その時、ここの領主代行が、「私は少し皆様にご挨拶に回ろうかと」と言って、席を立つ。別のテーブルを回って挨拶をしていくのだろう。


テーブルの斜め向いでは、ケイティが「ヒカリエさんは、ボーイフレンドはいらっしゃらないので?」なんて聞いている。


ヒカリエ嬢は苦虫をかみつぶしたような顔をして、「いません」と言った。俺の隣のマルガリ嬢が、それは当然と言わんばかりに目を細めて薄く笑う。


「そうですか。では、処女なんですね?」と、ケイティ。


とても失礼な質問だが、何か考えがあってのことだろう。


「そうなりますね」と、ヒカリエ嬢。無表情になった。これが田舎娘13歳の反応なのだろうか。


「まさか、女性がお好きとか?」


ヒカリエ嬢は、少しだけ目付きが鋭くなり、「何故そのようにお思いで?」と返す。


「いえ、何となく、貴方は男性のような雰囲気がありますから」と、ケイティ。おそらくはったりで相手の反応を見ているのだろう。


「そうですか。私が男性だと? それはお胸がないからでしょうか」と、ヒカリエ嬢。


「まあまあケイティさん。その子は13歳ですのよ。お胸はありませんが、いずれきっと大きくなりますとも」


何故か上機嫌のマルガリ嬢は、そう言って背筋をピンと伸ばした。自分の胸部を強調するように。確かに、なかなかのサイズだ。


そのマルガリの反応を、ヒカリエ嬢は目を大きく見開いて驚いている。


マルガリが普段いじめている妹を助けたのは、多分、このテーブルで良い格好をしたかっただけだと思うのだが、妹にとっては驚愕だったのだろう。


「それよりも、本日も何かお話をお聞きしたいです」と、マルガリ嬢。


「そうですねぇ。それでは、今日は私からお話しましょう」と、ケイティが言った。


「まあ、楽しみです」と、マルガリ嬢。


ケイティは、お酒を一口飲んで、「それでは、『七つの大罪』というお話です」と言った。


『七つの大罪』とは、キリスト教系の言葉である。それの名を冠するスキル名は、ラノベの世界では珍しくはない。しかし、俺達がここに転移してきて今まで、それを聞いた事はない。ただし、かつての魔王のスキルを知っている人なら、知っているだろうキーワードだ。


さて、どんな反応だったのかというと……


喜ぶマルガリ嬢とは対照的に、ヒカリエは無表情だ。これは、自分のスキルを知っているのかもしれない。ただし、TSしちゃった魔王の転生体かどうかは疑問だ。かつて、世界征服するため挙兵までした人物が、現役時代と同じスキルを有しているのに、マルガリのいじめに甘んじるというのも考えにくい気がする。絶対に途中で黙らせるはずだ。


というか、ケイティが語る『七つの大罪』のストーリーがひどい。

男性から女性に性転換した人物が、世界の平和を願う可愛い美少年達を味方に付けながら、戦争主義者を成敗するという内容だった。もちろん、性描写ありだ。


だが、マルガリ嬢は目を輝かせ、ヒカリエ嬢は逆にこちらの反応を伺っているようだった。俺は、彼女を直接見ることは止めて、千里眼で様子をうかがうことにした。


俺はあくまでマルガリと楽しくお酒を飲む役に徹する。


ケイティが、どこかの流れで森羅万象というキーワードを発する。ヒカリエ嬢は、少しだけピクリと眉毛を動かす。


ううむ。この子が自分のスキルを自認していることはほぼ確定だと思う。あとは、彼女を夜中に呼び出して話を聞いてやるか。


悪い様にはしないつもりだが……


そのままケイティが適当な物語りをしゃべっていると、領主代行がテーブル廻りから帰って来て宴会は終了した。


マルガリ嬢が絶望した顔をした。この子はとっても分かりやすい子だ。おっさん的には純粋で良い子だとは思う。まあ、その裏でいじめはよくないが……


俺達は、俺達の目的を果たすべく、宴会を切り上げてこの場を後にした。



・・・・・


宴もたけなわでヒカリエ嬢らとお別れした後、俺達は再び合流する。


屋敷の空き部屋に、俺とケイティ、小田原さんが入る。そして、その後ろにジークとナハト、ピーカブーさんが続く。


今回、俺達は彼女らモンスター娘らに、正直に話をすることにした。こういうことを秘密にしておいて後々ばれた場合、信頼を失う可能性があるからだ。なので、この荘園の領主代行の娘のスキルが、かつての魔王と同じラインナップだということを、彼女らに伝えたのだ。


「しかし、信じられないな」と、ジーク。


「スキルは、基本的に後天的。だからこそ、魔王と同じスキルだというのはただ事でない」と、ピーカブーさん。


モンスター娘からは、代表者のジーク、嘘を見抜けるナハト、それから現役時代の魔王との記憶を有するピーカブーさんに参加してもらった。


「じゃあ、今から彼女を呼び出す。しばらく待ってて」


俺は、千里眼で領主代行の屋敷に飛んだ。

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