第171話 眷属


さて、最重要課題は片付いた。ひとまず、今日の夕食後に再び日本人組で集まり、ヒカリエの考えを聞く作戦を実行する。


その時間までは別の課題、すなわち武器の売却、荷馬車の改修などなどを行う予定だ。


ひとまず、サイフォンを探す事にする。


今日、俺は疲れて寝坊していたから、朝の訓練には参加していない。いくらなんでもやり過ぎたが、ビフロンスの方は朝から元気だったから、何だか負けた気分になる。


サイフォンは、一階の広めの宴会場的な部屋にいた。他の水魔術士らと一緒に、魔道具を大量に並べて何かやっていた。


「おはよサイフォン。困った事ない?」


「おはよ。困ってはいないかな。ほら、学生や暗殺者集団から大量に魔道具没収したでしょ?」


「そうだったな。結構大量だったはず」


「その整理よ。大半は、他の武器や装備品と一緒にこの町に売る予定だったでしょ?」


「そうだったな。何が多いんだ?」


「プロテクションがダントツ。次に魔力の備蓄装置。荷馬車の揺れを押える魔道具なんてのも今回は結構ゲットしたかな。壊れてるのもあるけど、これも結構な値段で売れるのよ」


俺とサイフォンが駄弁っていると、カシューが水魔力備蓄用の魔道具を俺の前に運んでくる。魔力を込めてということだろう。


俺はカシューのお尻をペロンと撫で、「ぎゃっ!」とか叫ばれながら魔力を補充していく。


「魔力補充の話なんだけど、ちょっと、ティラマトさんに相談したいことがあるんだけど」と、サイフォンが言った。


「ティラマトと? 相談してみる分にはいいと思う。どんな内容?」


「貴方とティラマトさんは、いつでも意識を繋げられる状態にあるのよね」


「あるね」


実は、今でもやろうと思えばやれる。やらないだけで。


「それ、私と貴方の間でも契約できないかなって思ってて」


「ふむ」


俺は腰に下げている儀式用の短剣『亡霊』を手に取ってテーブルの上に置いた。


「こいつを使えばできるかもしれないけどな。問題は俺の魔術テクが絶望という。コミュニケーションだけだったら、ティラマトと契約しても何とかなるのではないかな。俺とのコンタクトだけで言えば」


要は、ティラマトをハブとして、ティラマトと契約している者同士で連絡を取り合うという技だ。


「それだと、ティラマトさんの他の契約者とも繋がってしまう。できれば、私と、そのね、貴方とで直接繋がっておきたいの」


「そうか。今日ちょっと、ティラマトと連絡とってみるか」


「ほんと? 今は時間もあるし、ちょっと機密性が高い別のところでお話しましょ」


サイフォンはそう言うと、俺の手を取る。


「あ、ああ。俺もあいつ気になってて」


あいつ、ちょっと急に居なくなったからな。別にお別れというわけでもないのだが。その気になればいつでも連絡は取れるわけで、それでも少し心配になっていたりする。


「じゃあ、こっちで」


俺は、サイフォンに手を引かれながら、使われていない部屋に移動する。


では早速ティラマトと意識を繋ごうかとしていると、サイフォンが俺の服を下ろし出す。


「お、お前、ここでする気か?」


「マルコさんは良いのです。レミィも別に。彼女は貴方の血肉を持った奴隷ですから。それからティラマトさんのような人外もどうでもいい」と、サイフォンが言った。


「ですが、ビフロンスはいけない。アレは強敵だ。だから今から私とセック○ね」


サイフォンは、あっという間に臨戦態勢になる。


「お、おまえ、嫉妬か?」


「嫉妬ですが何か。しかし、嫉妬も最高のスパイスです。だから今からするのです」


サイフォンは、とても上手なのだ。物量で押し切るビフロンスにはないものを持っている。


「今からか?」


「今からです。インビジブルハンドのベッドが良いです。繋がった状態で、延々と揺らすのです」


「まじかよ……」


そう言いながらも、大きめのインビジブルハンドを出す。


「全部出してください。抜かずに」


サイフォンはそう言って、インビジブルハンドの上に座り、俺を招く。


彼女は厳しいかと思うとデロデロに甘やかし、そして慈母のようで淫乱で。


俺は、そんな彼女に……


「あ、それからお肉は柔らかくしておいてください。食べますので」


こ、こいつ生で!? お腹壊さないだろうか。


というか、俺のお肉を食べたらパワーアップする説があるのだが……


ま、良いか。サイフォンなら。


俺は、彼女と繋がったまま、ベッドにしている巨大なインビジブルハンドを不規則に揺らし始めた。



・・・・・


サイフォンは、俺を抱き締めながら「ああ、お腹いっぱい……」と言った。


それはよかった。


何がお腹を満たしているのかは置いておいて、サイフォンは満足してくれているように見える。


「スイネルに着いてからの準備って、順調」


「順調、かな。まあ、なるようになるでしょ」


サイフォンはそう言って、俺の鎖骨辺りに顔を埋め、俺はそんな彼女を抱き締める。


「疲れてないか? 最近忙しかっただろ?」


「今は疲れてる。でも、今日はこのままぐっすり眠るから」


「風呂かクリーン掛けとけよ」


「いや。このまま眠る。お腹いっぱいのまま眠る」


「俺は別にいいけどよ。そういえば契約の話はどうするんだ?」


「私と貴方の契約か……というか、貴方はやはり人間では無いのね」


「……人間とは何か、によるだろうな、それは。俺は異世界人であり、ここに転移する際に海産物になってしまった。だけど俺は、自分をヒトだと思っているし、一方で化け者だとも思ってる。深海に潜む長寿の貝が、何でここに居るのかは神のみぞ知る」


「やっぱり深海の貝。ララ神の眷属なのか、それとも別の怪物なのか……まあ、私にとって、その辺はどうでもいいことかなぁ。そんな人と、私が本当に契約していいのかな」


「いいんじゃないかな。後は、どういう契約内容にしようか」


サイフォンは涙を流しながら、「嬉しい」と言った。


そして、「契約内容は何でもいい。いや、。お互いの存在が感じ取れるだけの契約。そんな感じでいい」と言った。


この世界の魔術は、契約で他人に力を貸すことができる。俺の場合、おそらく貸し出せるのは、インビジブルハンド、千里眼、ハープーン、それから強力な水魔力、不死身、超回復力、その辺りだろうか。


サイフォンは、それらは無くてよいと言った。


「その欲の無さは、付き合いたてのバカップルに見られる一時的な気の迷いだと思う。本当に何か欲しい能力はないのか?」


「バカップルって……あえて言えば、『長寿性』よ。貴方と一緒にさ、生きられるだけ生きてみたいかな。出来れば、飽きるまでは若いままでいたい」


「そっか。どうやったら不老長寿になれるのかはティラマトに応相談として、その見返りはどうしよう」


「それは、私の体を操っていい権利とか? それじゃ弱いか。でも、女の体を体感したいんなら、私の体は最適だと思うけどね。感じやすいし、体力あるからさ」


女の体を体感か……


「そうだなぁ。それもいいけどさ。例えばだけど、逆に俺が飽きるまで生きていて貰うというのはどうかな」


「まあ! 嬉しいお言葉。いいですわよ。貴方に飽きられない限り、私は延々と生きるのね」


それは契約者というか、ほぼ眷属。だが、俺の寿命は長いようなのだ。ならば、道連れを確保せねば。


「それが本当にできるのかは分からん。ティラマトに応相談。ちょっと今から意識を繋いでみるか」


「別に今からでなくてもいいでしょうに。今は珍しく二人っきりなのですから、私が長寿になった後にどんなことをするのかを妄想しましょう」


サイフォンはそう言って、横たわっていた俺のサイドから上に移動してきた。もう一回する気だろう。


俺と一緒にどんなことをしたいか、かぁ……サイフォンは、気を使っているのか知らないが、子供の話はしなかった。


「お前、子供が欲しく無いのか?」と、聞いてみる。


「ティラの系譜を除けば、今までの歴史で、亜神の子を成した巫女はいません。私は、貴方と共に歩むと決意した時点で、それは諦めています」


「ひょっとして、今まで避妊魔術は使っていない?」


「貴方を貝の亜神と認識してからはそうですね」


そうなのか。俺、出来ると思うんだよなぁ。


「俺、別に亜神ではないと思うのだけど。他の神々に失礼というか何というか……だから……」


「うふふ。貴方を亜神と呼ぶのは私個人の表現の仕方ですから」


「……出来たらどうする? 子供」


「その時は、泣いて喜びます」


「そっか。俺も本当に出来るかどうかは自信が無い」


「うふ。じゃあ、子は授かり物ということで。今は二人の時間を楽しみましょうか」


「そうだな。今日は夜にちょっと用事があるけど。それまでは一緒に居よう」


「あら、そうなのですね。では、やっぱりティラマトとは今連絡を取ってみましょう」


「そうか? とはいえ、今か?」


「今です。ティラマトとの話し中、下で繋がっていましょう。あの女は悔しがるかもしれません」


ティラマトは、興奮すれど悔しがることはないと思うのだが、何となく言われたとおりサイフォンと繋がった状態でティラマトと意識を繋ぐことにした。怪物同士のコミュニケーションなんて、多少アブノーマルな方がいい。


意識の繋ぎ方は簡単だ。ティラマトの魔力を思い出し、それに電気を通すかの如く魔力を送り込む。それが一種の呼び出しになり、それに応じてくれると意識が繋がる。



……ティラマトに魔力を送り込んで数秒待つ。


ぱっと視界が開ける様な感覚を感じる。


だが、その先は真っ暗だった。いや、


『はいどーぞ。あらあら、私の事、心配になっちゃった?』


「ティラマトか? いきなり居なくなって心配していなくも無いが、ちょっとご相談事があって」


『ううん。私、あと少ししたらそっちに到着するけど、それからじゃ駄目?』


「あと少しってどれくらい?」


『順調にいけば、あと24時間後っと、うふん。あ、貴方ねぇ。やりながら意識繋ぐの止めて貰える?』


「いやあ。喜ぶかと思って」


『時と場合による。それで? 相談事とは?』


「うん。サイフォンと俺、契約しても良いかなって思ってて。どうやったらいいんだろう」


『契約内容は?』


「お互いの存在をいつでも感じ取れて、なおかつサイフォンには不老長寿性を与える感じ。望めば歳を食うしみたいな。それから、俺がサイフォンの体を操作できるとか? お前がレミィにやっていたみたいなヤツ」


『何そのべったべたのバカップル的な契約内容は。まあ、人畜無害そうでいいけど。要は自分の眷属を増やす感じでしょ。それって』


「結果的にそういうことだよな」


『そんなの、着いたらいつでもできる。というか、今アンタと繋がっている女。アンタを食べたでしょ。分かんだから』


「分かるのか?」


『分かるわよ。あまりやり過ぎると人間止める事になるから気を付けて。少なくとも、アンタが望んだ不老長寿はそれだけで実現できるかもよ』


食べたら寿命が延びるかもって、人魚伝説かよ……


「まあ、じゃあ、契約は後日でいっかなぁ」


『……あの短剣を握って』


ティラマトの言う通り、枕元の『亡霊』を握る。


一瞬、意識が反転し、『亡霊』がぱりぱりと魔力を帯びる。


『後は、その短剣で契約を結びたい人を軽く切って。刃に血を吸わせる感じでね』


「サンクス。助かる」


『別にいいって。それよりも、その子いい女ね。今度試させて。体貸してよ』


「本人がいいと言ったらな」


そう言った瞬間、ティラマトの視界が急激に横ブレする。


「どした?」


『悪鬼! 倒す』


「まじ? 手助けは?」


『不要。集中させて』


「了解またな」


俺はそう言って、ティラマトとの通信を切断する。あいつなら、悪鬼くらいは余裕だろう。というか、あいつ今何やっているのだろう。


なお、ティラマトの言葉は俺にしか聞こえていないから、サイフォンは知らない。


さてと……


「サイフォン、この短剣にお前の血を吸わせたら、例の契約は結ばれる。後悔はしないか?」


「まあ凄い。後悔はいたしません。私はすでに、貴方のものです」


俺は、体を合せているサイフォンの背中にすらりと刃を入れた。

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