第170話 先輩聖女にご相談
朝起きてポケェとする。
今、この部屋には俺とギランしかいない。ギランは明け方布団に忍び込んできた。
マルコは仕事ですと言って、艶やかに微笑みながら起きていった。レミィは空手の朝練と言って出て行った。
そしてビフロンスは、寝ている俺に長めのキスをして、何も言わずに出て行った。
ここに来て色々とあった。色々ありすぎて忘れそうだ。
学生らの決闘とホークの襲撃を凌いでやっとの思いでナナフシに着いたのに、領主代行の娘のスキルが変なことになっているし。マルコは変な呪いに掛かっていたし……
寝物語にビフロンスから神話の話を聞いて、あの質量に押しつぶされて……
他にも何かあったような気がしたが、もう忘れた。
……ああ、そういえば最近、俺の肩に乗っていたスライムがお家に帰ったんだった。急に帰ると言ったかと思うと、次の瞬間には居なくなっていた。
まあ、俺も帰れと言っていたし、別に帰るのはいいんだけど。何であんなに急いで帰ったんだ?
「うううん……」
俺の上のギランが寝返りを打って背中を見せる。もう暖まったかな?
俺はギランのお尻を撫でながら、「暖まったんなら、俺は起きるぞ」と言った。
ギランは、「ふぁい」と言って、尻尾をパタリと動かした。
俺は、ギランを起さないよう、布団を抜け出した。
・・・・
さて、今日はこの町に留まることにしている。これまでばたばただったから、色々とやることが溜っているのだ。
例えば、ここでは武器の売却、お金の精算、荷馬車の改修などなどを行う予定だ。領主の娘のスキルの話も聖女に相談しなければならない。
ひとまず、武器の売却等はサイフォンとマツリに任せ、朝から聖女ヒアリングを実施する。
聖女にはいつでも呼び出していいと言われていたので、遠慮なく呼び出す。
今回は異世界転移者の話なので、中継役のダルシィムくんは別として日本人だけで話をする。
屋敷の一室を借りて、聖女ハナコ、俺とケイティと小田原さんだけになる。
「何だい? また厄介事か?」と、聖女が口を開く。今の彼女はビシッとメイク済みだ。先日は深夜に叩き起こしたからすっぴんだった。
「厄介事かも知れない。一応、ご報告と相談をと思って」
俺は、バッタ男爵領『ナナフシ』の領主代行の話をした。すなわち、領主代行の七女ヒカリエのスキルが、『スキル偽装』、『森羅万象』、『七つの大罪』、『巨大化』であることを説明する。
「それは本当か?」と、聖女。とても驚いている。何か知っているんだろう。
「ケイティの鑑定スキルの結果だ。なお、人間の13歳ということも鑑定で分かっている」
「それから、ヒカリエさんは領主代行の実の娘であることも分かっています」と、ケイティ。
「女、女か……そういうこともあり得るのか……千尋藻、そこにモンスター娘は居るんだよな」と、聖女。
「ああ、近くでキャンプしている。今日は一日ゆっくりすると言っていた。もちろん、この場には居ないぜ?」
「そのスキルラインナップは、確か『魔王』のそれだ。いや、スキル偽装を持っていたかどうかは分からんが、他の3つは魔王が魔王たり得たスキルだ」
まじかよ……
「魔王か。いや待てよ。魔王は男だったって聞いたんだが」
確か、ピーカブーさんから男って聞いた記憶がある。
「その通りだ。いわゆる魔王とは、今から約50年ほど昔、魔王タケミナカタを名乗り、世界征服をしようと挙兵し、本当にその勢いだった希代の魔道士であり国王だった男だ。そして、そいつはおそらく日本人だったというのが後の調査で分かっている」と、聖女。
「魔王はやっぱり日本人だったのか。それにしても、魔王が没したのは50年前、ヒカリエ嬢は13歳。約40年後に転生したということか」
「調べるべきテーマは、前世の記憶の有無。スキルをどうやってゲットしたのか。今の彼女の思想。異世界からの侵略者討伐の使命を受けているか。さらに神による改造の有無といったところかな」と、聖女が言った。
「その件ですが、私とヒリュウさんで、昨晩から少し調べてみたのですが」と、ケイティ。
昨晩の俺は、マルコの呪いを解き、ビフロンスと何ラウンドも格闘していた。時を同じくし、ケイティはちゃんと仕事をしていたようだ。そういえば、マルコに掛かっていた呪いの件も後から相談しよう。
「結果は?」と、小田原さん。
「端的に言いますと、彼女、家出の準備を進めています。どうも姉にいじめられているようですね。こっそりお金を貯めているようです」と、ケイティ。
「マジかよ……いや待てよ。異世界からの侵略形態に『逆恨み』というものがあったよな。いじめられて腹いせに何かとんでもないことをしでかさないだろうか」
「ふむ。今はいじめられているが、それに耐えていずれ家を出ようと準備する……田舎の荘園で育った13歳の良いところのお嬢がそんな考え方するかね。まあ、家を出ているそいつの姉が手引きしてんのかもしれんがな。それから確かに、そんな悪夢のようなスキルを持った娘が逆恨みの呪いに掛かった場合大変なことになるな」と、聖女。
「どうすればいいんだろう。彼女、再び世界征服とか言い出さないよな。というか、モンスター娘に接触して再び王座に就くとか」
「ふん。本気でそうする気があれば、とっくにやっているだろう。スキル偽装を使ってまで自分の爪を隠しているやつだ。一筋縄ではいかん可能性がある」
「ひとまずどうしよう。いじめ止めさせるか。それから、モンスター娘への相談どうしよう。もう、いっそのことヒカリエ嬢とぶっちゃけて話するか。今度の人生はスローライフしたいだけかもしれないし」
そんな凄いスキル持ちがこの町にいれば、ここは安泰になる。一番のベストは、彼女はここで生涯スローライフを送ってもらうことだ。もちろん、愛国心を持って……
「ケイティ、次女対策なんとかならない?」
「そうですねぇ。もう少し経験のある女性だったら体の関係でどうとでも割り切れるのですが、マルガリ嬢はまだ小娘です。マジカルな方法は難しいかと。それより、彼女を改心させた方が早い」
「改心?」
「ええ。千尋藻さんが貰ってあげればいいんですよ。どうも、ここの領主代行はそれを望んでいます」と、ケイティ。
「え? それは何か嫌だ。嫁はいらない。今のとこ」
「そうですよねぇ。それならば、健全に空手でも習わせて」
「時間が足りんぜ? それよりも、ヒカリエ嬢に本音を聞いた方が早くないか? 彼女が外に出たがっているんなら、普通にスイネルまで送って行けばいい。逆恨みさえ無ければいいんだろ?」
「よし。本音を聞き出せ。金持ちと結婚したがってるんなら、いくらでも紹介する。性悪姉がいる田舎暮らしが嫌なら何らかの理由を付けて外に出すよう寄り親のエリエール子爵を説得してやるし、本当にスローライフ希望なら、その地もどこかに準備しようじゃないか」と、聖女。
この女は魔王の転生体と思わしき少女を手元に置きたがっている気がする。だが、本音を聞く作戦は賛成だ。それが手っ取り早い。
「分かった。それはこっちで何とかしよう。モンスター娘らは迷うな。秘密にしておくと彼女らからの信頼を失いそうだ。まだ魔王の転生と決まったわけではないんだけど……」
「それはお前達に任せるが、上位貴族の力が欲しいときは遠慮無く私に頼れ。ウルカーンにとっても、才能ある子女は大切にしたいだろう」と、聖女。頼もしい。
その後、2,3確認し、作戦は今晩、俺のインビジブルハンドを利用して彼女を起こし、本音を聞くということで落ち着いた。
そして、一応、昨晩の話もしておくことに。
「あ、そういえばさ、うちのマルコっていう女性がいるんだが。20歳くらいの」
「ん? どうした?」
「その子、孤児で今まで処女を守って来たんだが……」
「ん? どうせお前が処女を奪ったという話だろ?」と、聖女。
「まあ、結果そうなんだけど、彼女、これまで犯されそうになっても、相手が立たなかったんだ。俺も、相当苦労した」
「……まさか、へたれ……いや、相手がへたれる装置だと?」と、聖女。
「いや、ビフロンスさんも何故かへたれの事を知っていたようで、マルコの場合は呪いみたいだと言っていた。実際、一回したら、その後は普通だった。というか、魅力が何倍にもなったというか」
「ほう」と、ケイティが呟く。
「この後、マルコを見てみて。雰囲気がずいぶん変ってる。彼女はあのホークでさえも立たなかったんだ。呪い説は本当だろうと思ってる」
「その話だと、呪いの元凶は倒せていないけど、呪いに掛かった女性は助けられるということになるな」と、聖女。
「それならば、そういう女性、すなわち、相手の男性がその気があるのに立たないというケースを探していけば、呪いの元凶に行き着きそうですね」と、ケイティ。
「そうだな。解決策は性行為だから、ケイティの得意分野だろう」
ケイティのマジカルTinPOは、他人にかけることも出来る。全て自分でやる必要はない。
「私はビフロンスがヘタレを知っていたことが気になる。古の四大神は何か知っているのかもしれないねぇ。私もノートの巫女に確認を取ってみる」と、聖女が言った。
よし。異世界からの侵略については、徐々に話が進みつつある。
「じゃあ、今日はこれにて解散かな?」
俺達は、それぞれの使命を全うすべく、日常に戻って行った。
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