第168話 食事会とナナフシの夜

「それでは、お飲みくださいませ」


そう言って、俺の横に座っている女性が俺のコップに赤いお酒を注いでいく。おそらく葡萄酒ではないだろうか。


なんとなく、ティラマトを思い出す。あいつは一旦お家に帰ると言って、そのままだ。


偏見かもしれないが、あいつにはワインが似合う気がする。


「どうなさって? 我が家で造った果樹酒ですのよ?」


この女性は、ナナフシ領主代行の娘さんらしい。くせっ毛で目付きが鋭く、気が強そうな印象を受ける。そして、カチューシャやイヤリング、ネックレスに指輪などのアクセサリーを身に付けている。お化粧も少ししているような……


精一杯努力しているのだろうけど、あまり似合っていないような気がする。


というか、猫なで声なのだ。本人のお顔と違和感ありまくりと言うか……


「あ、美味しいです。はい」


適当に応じると、今度は満面の笑みを浮べ、取り皿にカルパッチョ見たいな料理を取ってくれる。


自分で選んで食べたいのに……でも、我慢だ。この子はおそらく10代だ。そんな子がおっさんに構ってくれているのだ。これを東京で味わおうと思ったら、大金が必要なのだ。タダなのだから我慢だ。


それに、彼らもよかれてと思って歓待してくれているのだ。無碍にするのも憚られる。


「こちら、領の近くで獲れたカワイカですのよ? 刺身でも湯がいても干物にしても美味。よろしければ、もっと持ってこさせますわよ」と、その子が言った。名前は自己紹介受けたが忘れた。


「ほほう……カワイカだと? これはこれは……」


箸で刺身を掬い、2枚ほどを一気に口に運ぶ。じわっと甘みが広がる感じでとても美味しい。


「これは、うまいな」


隣の彼女の顔がぱああと輝く。この子、化粧とか重たそうなアクセサリーとか付けなくても綺麗なのにと思った。いや、子供の笑顔というのはいいものだ。


最近殺伐としていたから、少し癒やされる。お昼の不思議な子供といい、この子といい、この町は美形が多い。ここは、この町で癒やさせてもらおう。


「お次をどうぞ……」


テーブルの向いでは、別の子供がケイティにお酒を注いでいる。清楚かつ頭が良さそうな黒髪の美少女だ。代わって欲しいのだが? なお、お昼に出会った濃い青髪の不思議ちゃんではない。別人だ。


ケイティは凜々しい顔つきで、その子からお酌をしてもらっている。あの子は領主代行の七女らしい。


この領主代行には、娘が7人もいる。長女と三女と四女はお嫁に行っており、五女と六女は全寮制のスイネルの学校に通っているらしい。


なので、今このテーブルにいるのは次女と七女だ。


俺の隣の次女は、行き遅れなんだろうな……


「カワイカお好きでしたか。お取りしますね」


行き遅れの次女が笑みを浮べ、俺の皿にカワイカをこれでもかと盛ってくれる。イカは好きだけど、そんなに偏った食い方はしたくないんだが……


同じテーブルに座る領主代行とマツリが気さくに会話を続けている。


それがまったく頭に入ってこない。この子は多分、会話のタイミングとか何も考えずに俺にエサを運んでくる。悪気はないのかもしれないが……


「あ、ありがとうね」


「マルガリです。千尋藻さん」


「ああ、マルガリちゃんか。ありがと。カワイカ美味しいね。あ、あっちのタコも取ってくれないかな。それから貝汁も飲んでみたい」


マルガリちゃんは、とても嬉しそうにタコと貝料理を取ってくれた。


しっかし、この領主代行も女性ばっかり七人も。女系家族なんだろうか。きっと、男児が欲しくてトライしまくったに違いない……なんとなく、領主代行を見ると、目が合ってしまう。


領主代行は、「千尋藻さん、この度は本当にお礼を申し上げますぞ。普段、ここに寄りますキャラバンはエリエール子爵の商隊のみでございまして、いささか回数も少ないのでございます。領民も喜んでおりましょう」と言った。この人、俺と同じくらいの歳で、おそらく武人だと思う。体が大きく、手指もごつくて太い。


「いえいえ。私達は護送がメインですから、あまり品物運んで来なくて悪いですね」と、応じる。


「そうおっしゃらず。領民にとって、来訪客は何よりの娯楽。今日は私の娘も同席させています。是非お話をお聞かせください」


旅人の話が娯楽なのは、きっとそうなのだろう。うちのネムも一緒に飲む度に話をせがむからな。


「まあ、千尋藻様、わたくし、戦いのお話が聞きたいですわ」と、隣の行き遅れが猫撫で声で言った。


猫、猫かぁ……


「それでは、猫の化者を退治したお話はどうでしょう。ネオ・カーンでエアスラン軍に殴り込みをかけた時のお話です」


「まあ凄い! 戦争にも参加なさったのね」


隣のマルガリちゃんに話掛けるようにネオ・カーンでの出来事を語る。この話はネムを始め、何回かしたから淀みなくかたれてしまう。多少ごまかしと脚色を加えているが。


俺があの時の出来事を語ると、領主代行も隣のマルガリちゃんも大喜びしてくれた。だが、ケイティの隣の七女ちゃんは、少しぽかんとしていた。彼女はまだ10代でも下の方だろうからな……戦争なんてわからないのだろう。


俺が話終えると、隣のマルガリちゃんが椅子をじりじりと俺の側に寄せ、体を近づけてくる。これだけ積極的なのに、この子はどうして行き遅れたのか……いや、行き遅れているからこそ、俺みたいな旅人おじさん冒険者にこんなことをしているんだろう。


千里眼でさっと別のお食事会場を見渡す。


サイフォンとファンデルメーヤさんのテーブルはすでに食べ終え、片付けを始めている。他の水魔術らも食べ終え、お皿を片付けつつ、テーブルや椅子を集約させている。希望者だけで二次会をやるのだろう。


学生やネムらはとっくに食べ終えて、剣の手入れやら腕立て伏せやらを始めている。レミィも酒樽を整理しているし、小田原さんがそれを手伝っている。


モンスター娘らは、俺達が造ったサウナの準備を始めている。二次会前に、汗を流すつもりだろう。


そろそろ縁もたけなわな気がする。


「じゃあ、そろそろお開きに」


俺がそう言うと、隣のマルガリちゃんが絶望した顔になる。なんて分かりやすい子。一瞬だけこの子が可愛く感じたが、準貴族みたいな家の子に手を出すわけにもいかない。


俺は、ちらりとケイティとマツリに目配せし、この会食を終わりにする。


「あ、あのお! その、またお話を、お聞かせ願えませんか」と、マルガリちゃん。


「そ、そうですね。我々は明日も泊まるから、まあ、話聞きたいだけなら……」と、応じてしまう。しまったかな。


目の前のマルガリちゃんは、本気で嬉しそうな笑みを見せた。


そのマルガリちゃんの後ろでは、妹の七女があきれた顔をした。少し、その子の歳には似合わない表情だと思った。



・・・・


夕食会の後、領主代行とその娘らが去ったあと、ケイティが俺の所に来て、「可愛い子達でしたね」と言った。


「まあ、ちょっと努力の仕方が間違っていた感じの子だったな」と応じる。


「ここにはファッション雑誌もテレビもありませんからね。仕方がないのですが……問題は七女の方です」


「ああ、あのちっさい黒髪の子。問題って?」


「はい。スキルがちょっと。最初に言っておきますが、お昼に露店に集まっていた子供達は、全員スキルが全くありませんでした」


「ほう。まあ、スキルって結構高価だからな。及ぼす影響的に小さい頃に身に付けるべきではないスキルもあるし」


「ええ。それでですね、千尋藻さんの隣にいらしたマルガリさんのスキルは水魔術レベル1と骨密度アップでした」


「骨密度アップ?」


「彼女は小さい頃に骨折したようで、親心なのでしょう。彼女のスキルは、スキル偽装、森羅万象、七つの大罪、巨大化です」


「……はい?」


「間違い無く、転移者……いや、転生者でしょう」


なんだよその子は……これは偶然なのか必然なのか。


「神に改造された者なのかは不明です。ですが、本当にここの領主代行の娘のようなのです」


「転移ではないのか。これは聖女せんぱい相談案件だな。ちなみに一応、スキルの詳細を」


「森羅万象はあらゆる属性魔術を行使できます。七つの大罪はそれら属性魔術の効果を極限まで高めることが出来るようです。巨大化ですが、彼女の肉体そのものを大きく強くさせるようです。おそらく、ほぼ不死身でしょう。スキル偽装はその名の通り宿しているスキルを分からなくさせるものです。普通のスキル鑑定では、彼女のスキルは見破られないことでしょう」


「普通に強いな。種族と年齢は?」


「人間の女性で13歳です。私の鑑定結果が偽装されてなければですがね」


「そうか……ひょっとして、彼女の黒髪は……」


「分かりません。ここの領主代行のおばあさまが黒髪だったようです。それだけで日本人とは決めきれません」


何でそんな地雷みたいなやつがここに……


「先輩相談案件だな。それからちょっと、あの家族を調査してみるか。追放や逆恨み、婚約破棄に無性欲関連だ」


「ヒリュウさんに相談してみましょう。聖女は明日朝にもで」


「了解」


俺とケイティが軽く打ち合わせしていると、ふと視線を感じる。10メートルほど先に、レミィがいた。テーブルの上をフキンで拭いている。


俺の顔は、多分険しかったんだと思う。俺の顔を見つめるレミィが怪訝な顔をしている。


レミィは無言で俺に椅子を勧め、そしてテーブルの上にドンと酒瓶を置いた。


今は悩んでも仕方が無いか。ティラマトに相談してもいいかもしれない。


ひとまず、今日の二次会はレミィと飲むか。


俺は、そのままスタスタとレミィが用意してくれているテーブルに歩いていった。



・・・・・・


「と、いうわけで、しよっか」


「しよっかじゃねぇだろ」


「でも、誰かとはするんでしょ? いいじゃん私で」


「いや、しない日もあるんだぞ?」


二次会でレミィと駄弁ったあと、さも当然の如くレミィが俺の寝室について来た。ここはいつもの水ベッドでは無く、屋敷の中の個室だ。明け方ギランが合流すると言っていたが……


「もう。体は正直正直……」


「お前とは、ここ最近毎日やってるだろ」


「はあ? おとといはビフロンス劇場で昨日はティラマトだったでしょ。途中から」


「え? そうだっけ? え? 俺やったの? ティラマトと?」


「そういう所! 下で繋がってもさ、上は繋がってないじゃない。だから、今日は私だけで行って。早くしないと、誰か来ちゃう気がする」


「お前って積極的なのな」


「うんしょっと……幸せは、自分で求めなきゃ絶対にこないから」


レミィは目を潤ませ、体を合せてくる……


この54歳は全く……でも、まあ、な。こいつは俺の……



こんこん


「よろしいでしょうか」


合体の直前、誰か来たようだ。


レミィは、悔しそうに俺の胸に噛みついた。

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