第166話 ナナフシ到着とおっさんの体臭
「見えました。アレがナナフシです」
荷馬車の御者席にいたマツリが立ち上がり、屋上にいる俺に向けてそう言った。とても嬉しそうだ。自分の領地に無事に着いたのだから、そりゃ嬉しいだろう。
俺は千里眼でナナフシが近づいていることは知っていたが、それでも肉眼で地平線から畑や柵が見えてくると、感慨深いものを感じてしまう。
「了解だ。やっと着いたな」と、応じておく。
昨日は大きな岩がある河原のロケーションでキャンプした。皆で楽しくバーベキューだ。そこでも色々あった。
セイロンと台所セック○したり、カルメンが夜も鞭の訓練をやりたいと言ってきたので少しだけ付き合ったり、久々に男連中のみで二次会やったり、寝室は今度こそレミィとまったりやるぞと思ったら、早番だったギランとムーが参戦してきたり、相棒のカシューを呼んでそれを返り討ちにしたり……
最近、バカばっかりやってるなぁ……
「そうですね。やっとです」と、マツリが感慨深そうに返す。
俺は思考を戻し、「旗はどうする」と応じる。
「そうでした。ここで立てましょう。早馬もここから出させてください」
「ガイとイタセンパラに送らせよう」
「了解です」
今は、俺達の荷馬車がこのコンボイの先頭だ。
その荷馬車に、エリエール子爵旗とバッタ男爵旗を掲げる。
そして、マツリがガイのスレイプニールの後ろに跨がり、イタセンパラのスレイプニールと一緒に前方のバッタ男爵領『ナナフシ』に駆けて行く。
ここにはバッタ男爵領の領兵がいる。ここを落とすためには、数百人の軍隊が必要だろう。さすがにそんな規模の盗賊はいない。
もちろん、暗殺には気を付けるべきだが、これでひとまずは安心出来るというものだ。
俺達のコンボイは、中継地ナナフシに向けてごとごとと進んでいった。今は昼過ぎ、かなり時間的に余裕を持った到着だ。
・・・・・
ナナフシに近づく。
大きな畑が一面に広がっている。今は収穫時期を終えているようで、何も生えていないが、かなりの広さの畑だと分かる。
その畑は木造の柵で囲われており、防塁自体はまだ先にある。
要は、ここはまだ防塁で囲まれた人家があるエリアの外だ。ナナセ子爵領『シラサギ』は、防塁で囲まれた中に水田や畑があったが、ここは新興地で街が出来た後に畑が広がったから、こういうことになっているらしい。
今は農業でそこそこの儲けが出ているらしく、今度防塁を外に広げる計画があるとか。ただ、これがまた人手が必要で、男爵の経済力ではなかなか難しいのだが、畑も防塁で囲った方が、魔物や野生動物の被害が少なくなるようで、今はその工事をぼちぼちと進めているところのようだ。
そのままナナフシの入り口まで進んでいくと、街の中から騎馬が出てきた。
その数数十騎ほど。みんなバッタ男爵領の旗を掲げている。
俺達のお出迎えだろう。歓待してくれるという話は本当だったらしい。
「ひゅう。なかなか良い馬だね。若いしたくましい」と、御者席のアイサが言った。彼女は牧場の里出身の種付け師だ。彼女が言うならそうなんだろう。
ナナフシの騎馬隊が剣を掲げてくれる。
こちらも手を振ったり敬礼をしたりして応じる。
そして、ゆっくりと俺達の車列が開け放たれた門を潜り抜ける。
その先に、騎乗のガイとイタセンパラがいた。
マツリは下馬して待っている。
「こちらです」
どうやらナナフシの騎兵が、荷馬車の駐車場まで案内してくれるらしい。
御者のアイサが案内役の騎兵の速度に合わせ、荷馬車を進めていく。
ここは城門の中にも畑が広がっている。外は牧草ばかりだったが、中の畑は野菜などが多いような気がする。自分達が食べる用だろうか。
この町の住民らが農作業の手を止めて、何事かとこちらを眺めている。
そのうち、俺達の掲げる旗に気付き、手を振ってくれたり子供なんかは走って追いかけたりしだした。
大人もぞろぞろとついてくる人がいる。
そんなに珍しいのだろうか。こういった田舎に住む人達にとって、行商人の来訪というのは一大イベントなのかもしれない。そう考えると、日用品とか持ち込めば良かったなと思った。学生らからぶんどった服などを売る予定にはしているけど……
先導の騎兵が大きな屋敷がある庭先で止る。ここが駐車場で、おそらく大きな屋敷が俺達の宿泊施設だろう。
アイサが器用にスレイプニールを操り、駐車場の端の方に止める。その後、後ろから続々と仲間の荷馬車が到着する。
屋敷の中から誰かが出てきた。マツリと何か話をしている。
アイサが、荷馬車の中のメンバーに到着したことを告げると、中からぞろぞろと人が出てくる。
護衛対象3人とビフロンスさん筆頭に食事係のステラ、それからサイフォンなど。
他メンバーは
俺も荷馬車の屋上から降りる。少し肩の荷が下りたか。
「あ、千尋藻さん、ご挨拶させてください。こちらが領主代行の……」
マツリが呼んでいる。その後、領主代行とその奥さん、さらにその娘さんの紹介を受ける。娘さんは歳の頃18歳だとか。美人の部類ではあろうが、結構きつめの目付きをしていた。この領地に残る娘はあと一人いるらしい。
「ごゆっくりして行かれてください。この屋敷は旅館でして、今日は貸し切りです。料理人の他に女中を数名付けますので、何なりとお申し付けください」と、領主代行のおっさんが言った。
「後は私がご案内します」と、マツリ。いつもは僕っ子なのに、何時のまにか自分の事を私と呼ぶようになっている。
領主代行は、「それではまた夜にご挨拶に伺いますよ」と言って、この場を去って行った。
ふむ。後ろをみると、うちらの荷馬車付近に住人が集っている。
「もう、みんな待ちきれないのね。千尋藻さん、先に露店始めちゃっていい?」と、マツリが言った。
「別に良いと思うけど。メシはどうすんだ? 全部ここのスタッフがやってくれんの?」
「いや、今回は料理人とお手伝いさんが数名来てくれるだけ。食材は、今日と明日朝まではバッタ男爵もちだよ。明日以降も泊まる場合は、申し分けないけど食材購入か持ち込みになるよ」と、マツリ。
「ふむ。先にステラ達に部屋の準備とかお願いして、ファンさんとビフさんには休んでいてもらおう」
「了解。ヘアードだけど、もううちの領民ってことでいい?」
「いいんじゃない? 早速こき使ってくれ」
「ありがと助かる。飼葉も準備させてるから、後でもってこさせるよ。馬たちにお腹一杯食べさせて」
皆一斉に仕事に取りかかる。
俺達は学生からぶんどった武器以外の装備品をこの露店で売ることにする。ちゃっかりマツリが持ち込んでいた古着やアクセサリーなんかもそこで売る。彼女は商売して儲けようとは考えていないだろうが、領民の娯楽のためを思っての事だろう。それからモンスター娘らも島の特産品やこちらもアクセサリーなんかを並べている。少しお値段は高めだ。レミィもお酒を何樽か並べて量り売りするようだ。
「うわ~一杯ある!」
「きゃっきゃ」
子供達が興奮している。結構な数の子供がいるな。子供が笑っている町は間違いなく良い町だ。バッタ男爵のやつ、結構いい政治をしているのだろう。
この世界の法律は、有って無いようなもの。法の支配なんてものはなく、法律は自分達の体制を守るためにある。いわゆる法が支配している世の中だ。だって、その法は統治者である貴族自身が作るのだから。しかも警察権や司法権まで貴族がもっているものだから、三権分立などは無く自分の領土だったら何だって出来てしまう。ナナセ子爵領『シラサギ』では、住民をいとも簡単に徴兵していたし。
ここはウルカーンとスイネルの中間地点ではあるが、主要道から少し離れており、決して良い立地というわけでは無いが、土地がそこそこ豊かで、先ほど見た感じ優秀な兵力が揃っている。だから、住民は安心して結婚し、そして子供を育てているのだろうと思う。
「みんな! この人、ここに定住してくれるのよ」と、マツリがヘアードを皆に紹介している。
「ほんと! やった!」「うわ~」
あっという間にヘアードが子供に集られる。ヘアードは熊さんみたいな体格であり、子供に好かれそうだ。
ヘアードも悪い気はしないようで、嬉しそうに寄って来た子供の頭を撫でている。なお、この子供らの母親達は子供放置で早速アクセサリーや服などを物色している。
「ヘアード。すこし早いが達者でな。ここで元気に暮らせよ」と、言っておく。
「はい。ありがとうございます。私なんかにこんな良い町を紹介していただいて。しかも送っていただけるなんて」
「ついでだついで。ここには若い女性も多いみたいで良かったじゃねぇか」
ヘアードは、自分の村に結婚適齢期の女性がおらず、旅に出たのだ。
「は、はい。頑張ります」
「ヘアード、早速お仕事お願い。飼葉を運ぶよ。千尋藻さんらの補給品」と、マツリが言った。
だが、ヘアードは子供に集られており、なかなか動けずにいる。
マツリも苦笑しながら、集っている子供の頭を撫でている。
ん? 視線を感じる……子供?
すらりとした綺麗な子供がいる。綺麗な黒い長髪を、前髪ごと頭頂部で結んでいる。おでこが丸見えで可愛い。
そのおでこちゃんが、一歩二歩とこちらに歩む。俺をじっと見つめながら。
ん? まさか、俺に? 子供に好かれたことあまりないんだけど。
その子供は、最後は小走りになり、そのまま俺にがしりとしがみついた。そして、顔を
でも、緊張してきた。抱き締めていいのだろうか。頭なでなでしていいものか。この子のお母さんに怒られないだろうか。体でこの子の体温を感じる。
しかし、ちっさいけど綺麗な子だったな。手足がすらりとして、子供らしからぬ目力もなかなかだったような。
だけど、丸見えのおでこは可愛いかった。
少し先にいるヘアードが自分に集まっている子供の頭を撫でている。俺も撫でるか。
恐る恐る撫でる。一瞬、間違えてお尻を撫でそうになるが、この子はガチで子供だ。同じロリでも、レミィはロリ体型だがお尻はぷっくりしているし、歳は54歳だ。ネムは15歳だが最近では体がふっくらしてきた。
ちゃんと頭を撫でる。綺麗な髪だ。くりっとしたおでこも撫でたいが、今そのおでこは俺にぐりぐりと押しつけられている。頭を撫でている手とは逆の腕を、何となくこの子の背中に回す。細くて華奢だ。
昔の娘を思い出す。今は18歳だから抱き締めさせてはくれないけど、小さい時はこんなだったのだ。
ところで、臭くはないのだろか。朝から運動した後、ちゃんと汗を拭いたからそこまで臭くはないと思うのだが……
なんてことを考えながら、背中に手を回して頭をなでなでしていると、何時のまにかその子と目が合った。顔を離して俺の顔を見上げている。
この子の瞳は濃い青だ。よく見ると、髪の毛も黒ではなく、とても深い青のような気がする。
というか目が綺麗だな……吸い込まれそうだ。
俺は、なんとなくこの子のおでこを撫でて「どんな臭いがするんだ」と聞いてみた。この子のおでこぐりぐりが、どことなく臭いを嗅いでいるように思えたからだ。
そうしたら、俺の背中に回している手の力を少し緩めて、おでこの位置が高くなった。背伸びをしたのだろう。あ、この子のおでこの生え際、産毛がある。俺の生え際とはずいぶん違う。
そして、この子は何か言いたそうに口を開ける。俺は、何となくその子の顔に耳を近づけた。
「かみのにおいがするぞ」
その子供は、はっきりとそう言った。一瞬、背筋がぞくりとした。
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