第165話 日常再び
「カシュー? カシュー、いるんでしょ?」
声が聞こえる。多分、まだ暗い。いや、薄暗い? と、いうことは早朝か……
「カシュー?」
入り口を広げて、誰かが寝室に顔を突っ込む。
俺の寝室のセキュリティって、一体どうなっているんだろう……
「きゃ!? カシュー。あんた何て格好して寝てるの。あなた朝番でしょ。早く起きなさい」
うっすらと目を開ける。入って来たのはベルだ。目隠れ属性の水魔術11人衆の副官。
それにしてもカシューのやつ、朝番だったのか。今までここで寝てたのか……
目をうっすらと開ける。カシューは、俺の目の前、顔の真横で、ひっくり返っていた。
まるで筋肉バスタ○を喰らったかのような格好で、頭を下にし足をぱっかんとして眠っていた。
こいつ、昨日何やったんだ? いや、最後は結局ビフロンスとレミィに組み敷かれて、俺にヤラレたんだった。
そのままずっとこの格好で寝てたのか……いや、寝相が悪いだけかもしれない。寝るときは俺と一緒の毛布で寝たはずだし。
「ほら、起きなさい」
「う、ううん……もう少し……」
「駄目。来なさい」
カシューは、ベルに抱きかかえられて連行されていく。すまんカシュー。昨日呼び出してしまって。
俺はまだ寝てていいか……
一応、目を瞑ったまま千里眼で状況を把握する。
ビフロンスさんの左右にレミィとギランが張り付いている。ギランのヤツも、ビフロンスさんの母性の方に惹かれてそっちに行ったようだ。二人とも、まるで赤ん坊のような安らかな顔で眠っている。
俺とカシューは、その三人の横で、変な寝相で寝ていた様だ。
カシューがいなくなると、途端に寒くなる。さっきは変な格好だったが、なんやかやと一緒に暖を取り合って寝ていたんだろう。
俺は、足元にある毛布を引き寄せ、その中に
雨の音はしていない。今日は、距離を稼がなければ……
・・・・
移動も重要だが、日課も重要だ。
朝から恒例の訓練を行う。まずはネムと地稽古をする。ネムの『ブレイク』のキレがだんだん上がってきている気がする。鋭くなっているというか。ネムはホーク襲撃の際にも首級をあげたらしい。実戦で鍛えたやつは成長が早いのだろうか。ついでにハルキウとも模擬戦を行う。こいつは相変わらずだ。剣術スキルのレベルはネムより高いし、体格も良く膂力もあるのだが、駆け引きが下手というかなんというか……
そして今日は、カルメンとも戦ってみる。
カルメンは中距離の鞭使いだ。鎖も使えないことはないが、腕力が無いので鞭を好んでいるとか。
正直、鞭単体だと間合いを詰めて終了なのだが、それだと訓練にならないため、俺の動きを相手の間合いに合わせてやり、打たせてみる。
可愛い顔をして必死に鞭を振るう。ひゅんひゅんパシパシと音がして、俺の体に鞭の先端が当たる。鞭の攻撃は剣より早い。先端部分が最高速度になると、とても避けることは出来ないだろう。なので、手の動きを見ながら攻撃の筋を呼んで避けるしかない。
鞭という武器は、これはこれで結構優秀な武器のような気がする。先端に毒でも塗っておけば十分脅威だろう。
ただ、気のせいだろうか、カルメンの顔がどこか高揚し、俺の体に鞭がペシンと当たる度に口元がヒクヒクと動いている。今の俺は裸体だから、きっと、人体に本気で鞭をぶつける快感に目覚めたのだろう。
この状態でお尻をぺろんと触ってみたい感情が湧くが、ぐっと我慢する。
何故ならば、カルメンのお尻を撫でたら面倒臭いことになるような気がするから。なので、カルメンの息が上がってきた適当なところで地稽古を終了し、今日の特訓は終わりにする。
別のグループでは、水魔術士達の特訓や、今日はレミィが小田原さんと格闘技の稽古をしていた。どうやら空手を習っているようだ。
そういえば、昨日の飲み会、結局レミィの目標をどうするかうやむやになったが、急ぐ事でも無いだろう。彼女の持ち前の明るさがあれば、放っておいても何か目標を見つけると思う。頃合いを見て、レミィを俺達の目的に巻き込んでもいいかもしれない。それから、ティラマトも本当に信頼できるようなやつなら、俺達に巻き込んでもいいかなと思っている。
「旦那様、今日のプランですが、少し打ち合わせを」
そう言うのは、付き人のマルコだ。
こいつも元気そうで良かった。敵に連れ去られて、怖い思いをさせてしまった。マルコもさっきまで火魔術の訓練をしていたようだ。
今はランニング・ファイアバードの走行距離を研究している。火魔術のスキルはレベル1なのに、なかなか器用なやつだ。
「あ、マルコ。考えてくれた?」と、赤スライムが言った。
「は、はい~。迷ってます」と、マルコが応じる。
どうも、ティラマトはマルコに目を付けたみたいだ。
ティラマトは、レミィとの契約は続けるらしいが、マルコとも契約しようと試みているようだ。ただ、大した契約内容ではない。
その契約とは、マルコは本人同意時にティラマトに体を貸し、その代わり美容や健康にいいホルモンが出やすくなるというもののようだ。しかも、ティラマト憑依時はほぼ不死になる。要は、緊急事態は先日のレミィ状態になると言うことだ。まあ、マルコは普通の人間なので、ハーフヴァンパイアのレミィよりは回復力が無いらしいのだが。
日頃の健康と強力な傷害保険と引き換えに、少し体を貸すという契約なら、悪くは無い。なので俺も横から口を出しづらい。
「ああ、お仕事中にゴメンネ。気長に考えててね。オプションで処女膜再生を付けてもいいし」と、ティラマトが応じる。こいつは最初プライドが高そうと思ったが、ちゃんと気を使ってくれているようだ。処女膜再生なるものは少し気になるがスルーした。
「まあ、ちょっと会議机で話そうか」
今は仕事だ仕事。
・・・・
コンボイ会議が開催される。
要は、大まかな旅程をあらかじめ決めておく会議だ。
テーブルの上に地図を広げ、食料の残りや皆の健康状態について情報共有する。
「ううむ。あと一泊野営するか。ナナフシに着く前に」
「それがいいと思います。千尋藻さんのあの技を使えばギリギリ到着できるかもしれませんが、アレはアレでリスクもありますから」と、マツリが言った。
あの技とは、俺のインビジブルハンドで荷馬車を持ち上げて、通常の2倍の速度で移動するというものだ。確かに、アレは疲れるし、緊急用と考えておいた方がいい。
途中で狩った獲物も多く、食料に不安は無いため、ぼちぼち進むことにする。
「あ~提案。私の荷馬車ガラガラなんだけど。使っていいよ」と、レミィが言った。レミィの荷馬車は荷物を偽装して四つん這いの地底人を積んで来たから、実はガラガラだったりする。今はウマ用の飼葉とお酒しか詰んでいない。
「そうだな。護衛対象はガチガチに固めた俺の所に乗って貰うとして、スカウトの休憩用にどうだろう」
「しかし、ここでは本格的な改修はできないぜ。飼葉をベッドにして寝るなら別だが。戦利品の武器やらテント用の幌やらをレミィのに纏めて入れて、うちのを旅客専用にした方がマシだと思うが」と、小田原さん。
それぞれ意見を出し合いながら、作戦を詰めて行く。
・・・・・・・
テントを撤収させ、キャンプ地の小高い丘を降りて街道に戻る。
そして、ナナフシに向けて出発する。空はまだ曇天だが、雨は持ちそうだ。
ホークは退けたとはいえ、敵対貴族が他に暗殺を依頼していないという保障はない。まだ襲撃があるかもしれない。
しかし、このチームも護衛移送に慣れてきて、護衛の休憩もスムーズに行っている。
何気に騎乗ができるイタセンパラが加わっているのが大きい。今までガイとヒリュウの二人だったのが、ローテーションで常に2騎で護衛できるからな。
中型の荷馬車2台の後ろには、学生らからゲットした馬車を1台ずつ牽引している。それから、最初の学生達とホーク達から奪った約50人分の武器や衣類。地底人は武装していない者もいたが、他は概ね剣や盾、魔道具付きの防具などを身に付けていた。
これら馬車2台と武器は、マツリのお願いでナナフシに売却することになっている。それから衣類や小物も、滞在中露店をやって希望者に売却する予定だ。
ナナフシは、現在、領地拡張中で魔物と戦うことも多いため、武器類はとてもありがたいのだとか。
持つべきものは権力者のお友達ということで、売却は快諾。
バッタ男爵を引き継ぐマツリには、ぜひ今後も頑張っていただきたい。
考え事をしながら千里眼で監視していると、ピーカブーさんの鏑矢が11時の方向に飛ぶ。矢が飛んだ先にはイノシシの群れがいた。
すぐさま弓を装備したウマ娘とライオン娘が駆けて行く。
今日の夜はイノシシ肉かな。レミィのお陰でお酒は大量にあるし、今日もバーベキューにしよう。
敵の待ち伏せも、行商人の荷馬車も付近には見当たらない。至って平和だ。
俺は、千里眼で地平線の先を眺めながら、バーベキューが出来るキャンプ場に適した場所を探すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます