第163話 雨天のキャンプ


「くうう、寒いな」と、声に出す。


目の前には焚き火がある。


「そうですね。日中は生ぬるかったのですが、日が沈むと寒いですね」と、ケイティが応じる。


今は夕食。今日のメニューは、鋭気を養うためと、暖を取るためにバーベキューにした。


例のダチョウ肉の他、この付近に群れていた鹿っぽい動物をライオン娘らが仕留めてきた。

俺達は、その肉をお裾分けしてもらい、こうして舌鼓を打っている。


「そうだな~。スイネルは少し暖かい土地のようだけど、それでも冬は寒いだろう」


そんな平和な会話を続けている俺達3匹の隣には、ビフロンスさんがる。ニコニコとしながら、上手に箸を使って焼き肉を食べている。


彼女は、褐色肌のボンキュッボン……彼女にぴったりの服が無かったらしく、実は小田原さんのシャツと武道着っぽい羽織を身に着けて貰っている。これがまた何ともエロく……。

黄色いボリュームのある髪の毛の持ち主で、格好いい系の美人なのだが、手足は俺のを移植しているから、太くて短い。でも、箸が使える程度にはちゃんと繋がっているようだ。良かった。彼女は元炎の巫女で、ウルカーン本国から追放され、四肢を切り落とされ歯と舌を抜かれて、地下迷宮に穴奴隷として売られたそうだ。


それが、回り回ってここにいるという何とも不思議。


最初見た時は息を呑んでしまったが、吸血鬼の魔術により、俺の両手両足と口の中、要は舌と歯と声帯を移植したため、こうして普通に座って御飯を食べることが出来ている。


ただ、手足が太くてごめんなさいなのだが……いや、太股のサイズは同じくらいだったようだが、膝やふくらはぎがな……


とはいえ、そういった体のパーツを分け与えるという施術は、俺の体がベストだったようで、これは仕方が無いことなのだ。手術した吸血鬼によると、今の太い手足は、彼女自身のホルモンの作用により、徐々に自分本来の形に近づいていくそうなのだが……


彼女は、俺の視線に気付いたのか、にこりと微笑み掛ける。可愛いというか格好いい。彼女は、女性が惚れそうな女性だなと思う。


普通、ここまでひどい仕打ちを受けたのであれば、精神がおかしくなっていても不思議ではないだろう。だが、彼女は強靱な精神力で、それを耐えた。


巫女に選ばれるくらいの人だからなのか、それとも、ウルカーンの亜神から何か神託を得ていたからなのか、それは分からない。


「ビフロンスさん、体の調子はどう?」


ビフロンスさんは上品に箸を止め、「何の不都合もありません。凄いことです」と言った。


少しハスキーだが、ちゃんとした女性の声だ。声帯は俺のモノだが、喉の形などは彼女オリジナルだからなのだろう。よかった。実は、声が俺と一緒だったらどうしようと心配していたのだ。


まあ、そんな彼女も目的地のスイネルまでのお付き合いだ。俺の任務は護送だからな。


「歯並び気になるんなら、矯正してくださいね。あと、手足のほくろとかも気になるなら取ってもらったら」


俺、歯並びはそんなに良くない。神様は俺をチートな体に改造したが、姿形は瓜二つに造っているから、歯並びは悪いままで異世界転移している。


彼女には、それをそのまま移植しているわけで。顎骨の形は俺と似ていたらしいから、移植は楽だったそうだが。


「いいえ。与えられたままで」と、ビフロンスさんが言った。


ま、本人がいいならいいや。


「歯並びも、使い続けていたら本人の顎の形に合ったものになるよ。痛くなったりしたら言ってね。今なら簡単に調整できるから」と、俺の肩の上の赤スライムが言った。


こいつは、まだここにいる。


この赤いスライムこそ、吸血鬼のティラマトである。地下迷宮の奥深くに引きこもっている暇な女だ。本人曰く、本体は美人でナイスバディだそうだ。


普段は魔術的な契約でもって契約者に意識を移し、契約者の経験を擬似体験して遊んでいたが、今回は俺という魔力の供給源があるため、こうして滞在し続けている。


「そういえば、相談した俺のインビジブルハンドで会話ができるようにする方法、何かあった?」


俺のインビジブルハンドは、会話の聞き取りは出来るが、しゃべることができないという地味に不便な性能なのだ。


「やってやれないことはない。後は、少しの実験と調整だけ」と、ティラマト。


「やった。これで便利になる」


「ただし、私がサポートすることが条件」


「は? それって、お前がいなきゃ駄目ってこと?」


「そう」


まじかぁ。


こいつが居ると微妙に邪魔なんだよ。トイレで用を足すときとか、セイロンさんと逢い引きするときとか、夜の営みとか、全部ついてくるのだから。


こいつの存在は俺の魔力に頼っており、離れると魔力が徐々に減り始め、そして魔力が切れるとスライムとして存在出来なくなるらしい。


ただ、今は彼女の契約者のレミィという女性が俺達に同行しており、彼女を通せばいつでもここに意識だけは戻って来れるはずだ。


だけど、このスライムの体を構築するのが意外と手間なのだそうで……


「お前、俺に引っ付いていて楽しい?」


「え? た、たの、楽しいわよ。悪い?」


皮肉のつもりが、素直に楽しいと返されてしまった。そんなに俺と一緒にトイレに行くのが楽しいのだろうか。


「そっか。それなら、仕方がないか」


まあ、こいつは俺に細かい事を言ってこないからな。正妻ムーブをするわけでもなし。自分の価値観を押しつけるでもなし。普段はほぼ空気だ。


こいつがいれば、インビジブルハンドがパワーアップするし、仲間が大けがをしても回復できるし。

多少、俺のプライベートが筒抜けだけど、別にいいや。


こいつは、なんやかやとお節介で良いやつだ。今の所無害だし。


俺達のそんなやり取りを、ビフロンスさんがニコニコと眺めている。彼女には、俺達はどう見えているんだろう。


炎の巫女だったということは、かつてはウルカーンにいる亜神『ウル』と契約をしていたということだ。この亜神というのがくせ者で、どうも本当の全知全能の神ではなく、強大な魔力を持った俗物と思われるのだ。ただ、長い年月を生きた化け者なので、人間にとっては、やはり亜神と呼んで差し支えない存在なんだろう。


一度、『ウル』という存在がどういうものか彼女に聞いてみたいのだが、まだ聞けていない。彼女の喉も治ったことだし、今度聞いてみよう。


俺は、焼き上がったお肉を箸で口に運び、それをお酒で流し込む。うまい。


別のテーブルでは、学生ら3人と歳の近いネムやマツリらが一緒に盛り上がっている。


水魔術士11人衆も交代交代で御飯を食べている。彼女らは、長官のサイフォン、副官のベルの下に、3人1組の班があり、それぞれマルチに活躍している。とても役立つやつらだ。


今日は、ファンデルメーヤさんもそっちに行っている。彼女は、ナイル伯爵の母上君で、今回の俺達の護送対象だ。多少お転婆な人だが、貴族っぽくなくていい。御年49歳のすらりとした美人だ。実はサイフォン達の母国であるララヘイムの王族で、スイネルに着いた後の事を色々と打ち合わせているらしい。


少し遠くでは、モンスター娘らやその護衛の冒険者パーティも食事を取っている。彼女らとは、基本的に別パーティであるため、一次会は別々に取るのが通例になっている。二次会は好きにやるけど。


さて、今日は寒いし、あまり酔いすぎないうちに布団に入りたい。


バーベキュウの火も消えかかり、さて縁もたけなわと言う時に、隣のビフロンスさんが立ち上がって俺をむぎゅうと抱き締める。


俺の顔が柔らかい巨大な双丘に挟まれ、息が出来ずにむぐうむぐうとなる。


この人、どうも俺のことをおっぱい好きの何かだと思っていて、こうすれば喜ぶからと、ことあるごとにこうしてむぐうむぐうしてくれる。


恩返しのつもりなのだろうか。いや、この人、俺を普通のおっさんと思っておらず、人の意識を持った別の何かだと思っている節がある。だから、自分の胸で喜んでくれるのならと、こうして抱き締めてくれているのではなかろうか。


「いや、ビフロンスさん、嬉しいんですけどね。でも、こんな人前でそんな」


「いいのです。私の体は、あなたで出来ている。この体で癒やされるのであれば、いつでも」


俺、そんなにこの人の体をじろじろ見ていたのだろうか、癒やして欲しそうに。

まあ、異世界からの侵略形態の一つに『無性欲』というものがある。エロい心は持ち続けなければならない……侵略に負けないように。


「それじゃあ、今日はお開きにしましょうか」


今はまだ移動中。今日も遅くならないうちに寝ることにする。



・・・・


「さて、今日は誰とするのかなぁ?」と、俺の肩の赤スライムが言った。追い出すのも面倒だし、昨日は普通にこいつの前でギランとセック○したが、こいつはその行為を楽しそうに眺めていた。どうもこいつは覗き趣味というか何というか。


「別に決めてはいないけど、ちょっとジークと一杯だけ……」


ジークと明日のことを話しつつ二次会を……というか、リーダーというのは意外と孤独なのだ。リーダー仲間と話をすると、ちょっとだけ孤独感が紛れるのだ。


そう思ってモンスター娘の方に行こうとすると、何時のまにか何か変な幕が立てられている。何だこれ。


その幕の中からは、もくもくと煙が……いや、これは湯気だ。まさか、風呂?


俺が入り口を探していると、「あ、千尋藻さん、今、女子達サウナ中なんで」と、『炎の宝剣』のリーダーが言った。彼はポニーテールのイケメン男子だ。彼との付き合いも長いが、未だに名前を知らないという。


「サウナだと?」


千里眼発動! 幕の中を覗く。


お。おおお……


大きめのテント屋根の中心に、焼けた石が積み上げられており、ちびっ子魔道士ティギーが、それに元気に水をかけている。


水が瞬時に蒸気になり、もくもくと上昇する。


その周りに椅子が置いてあり、それに身長2メートルを超えるミノタウロス娘のムーが、豪快に座っている。椅子が潰れそうだ。


その横では、マジックマッシュルーム娘のシュシュマにデンキウナギ娘のナインが可愛らしく座って暖まっている。そういえば、こいつらの全裸は初めて見るかもしれない。


それから、『炎の宝剣』の女剣士に……いやいや、やっぱり覗きは良くないな。


「まあ、サウナ中なら仕方がない。今度作り方教えてもらって、野郎連中で同じ事しようぜ」


「そうですね。やりましょう」と、ポニテイケメンが応じる。


さて、どうしよう。セイロンさんはこれから片付けで彼女もサウナに入りたいだろうし、ギランは夜警だ。


サイフォンはめちゃくちゃ忙しそうにしている。彼女は俺に忠誠を誓った騎士ではあるのだが、ララヘイムの貴族でもある。今は自分と自分について来てくれた部下10人のために、スイネルに着いてから色々と動こうとしている。それからビフロンスさんの亡命手続きだ。

夜な夜なファンデルメーヤさんと打ち合わせしながら書類を作っている。ララヘイム国王やオリフィス辺境伯、すなわちサイフォンの実家宛てに手紙をしたためているようだ。


副官のベルがいるとはいえ、3人3班の部下を動かしつつ、最近はマルコのケアまで頼んでしまったから、サイフォンは大忙しだ。


「何ポケェとしてんのよ」


後ろから話かけられる。


振り向くとレミィだった。


こいつもまた複雑なヤツだ。ヴァンパイアハーフの54歳だが童顔ロリスタイルで耳が尖っている。こいつの体も、文字通り俺の体で出来ている。ただ、ビフロンスさんは俺の体そのままの形で移植したが、レミィの場合はその体に取り憑いたティラマトが俺の体を食べることで俺の血肉を取り込んでいる。


レミィは手にお酒のビンを抱えており、「暇なら、私と飲もうよ」と言った。


「お前と二人で?」


数日前までは盗賊だったのに。過去の事にはあまりこだわらない性格らしい。


「そう。今、キャラ造りに失敗して凹んでんの。ヘアードくんに振られちゃったし。何故か、皆私が54歳なの知ってるし。誰か言いふらしたのね」


一応、俺は気を使っていたと思うのだが、歳がばれたようだ。


「まあ、いいぜ。お前は俺の双子の姉みたいなもんだからな」


「止めてよそんなの。あんたの細胞が私を乗っ取ったみたい。それに私はかわいい系でしょ? せめて妹にしてよ。もしくは娘」


レミィは悪態をつきながらも、どこか嬉しそうだった。

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