第160話 2章のエピローグ
「レミィはねぇ。ずっと一人でやってきたから、掃除洗濯炊事に戦闘、御者に乗馬、スカウト含めてなんでもできるのよ?」と、赤いスライム状態のティラマトが言った。
今は、テーブルの上で上機嫌にお酒を飲んでいる。
「分かった分かった。いきなり放り出したりしないから」
「私も、冒険者パーティに居たことはあるんだけど。何だか嫉妬しちゃうな。こんなに人数が居るのに、皆仲いいし」と、レミィが言った。お酒を飲みながら。こいつもお酒が好きなようだ。
「この人数は成り行きで。元は三人だったんだぜ?」
「三人だったからこそ、なのかな。三人のおっさんが集まれば、結構いいチームができるんだね」と、レミィが呟く。
「日本人のおっさんだったというのも大きいかもな。これまでの人生で、それなりの社会経験を積んでいるわけで」
火葬のあと、何となくそのままテーブルに移動し、お酒を飲むことにした。なんと、ビフロンスさんもこのテーブルについて、お酒を飲んでいる。良いのだろうか。まだ、傷の回復を
「ああ、肩の荷が下りた気分。ずっと気になっていたのよね。あなたのことが。誰かいい人と出会わないかなって」と、ティラマト。
レミィは、恥ずかしそうに顔を下げてしまう。そして、「色々教えてよ。私、世間知らずだからさ」と言った。なんとなく可愛い気はするが、こいつは54歳……
「お前の方が先輩だろうし、俺も人に教えるくらいの経験があるわけじゃない。でも、まあ、よろしく」と返す。
我ながら変な回答になってしまった。お酒も入っているし。
レミィはにこりと笑って、「うん。まあ、よろしくね」と言った。
その時ケイティが、「ホークさんは……死を望んでいたのでしょうか」と呟いた。
うまく収まりそうなところで、ホークネタを……でも、まあ、火葬の後だ。故人を完全に忘れ去るより、多少語った方が、死者の手向けになるのかもしれないと思った。敵とはいえ、死ねば皆仏なのだ。
「ホークはね。不死身の体を手に入れる代わりに、頭に中に何かが入っていた。詳しくは言わなかったけど、とても苦しそうだった」と、レミィ。
「頭の中に?」と、ケイティ。
「うん。
「私は人を裁く立場にありませんが、ホークさんが
「あのね、ケイティさん。彼は死を望んでいたかもしれないけれど、一方で生きようともしていた。生き物は、根本的には生を願うもの。例え、自殺志願者だったとしてもね。だから、彼に死を与えることは、最大の罰であり、彼の被害者にとっては、それが最大限の復讐となる。それでいいじゃない」と、ティラマトが言った。今はテーブルの上に置いてあるお酒に赤スライムの体の一部を突き刺して、ちょろちょろとお酒を体に取り込んでいる。
「分かりましたティラマトさん。私も、彼の火葬を目の前にして、これで終わったんだということは感じているのです」と、ケイティが返す。
レミィは少し俯き加減だが、目の前のコップに入ったお酒をグビリと飲んだ。前に向かって進んでいるんだと思っておこう。
「それよりさ、あなた達、地下迷宮に興味は無い? ねえ」と、ティラマト。強引に話を変えたな。
「地下迷宮はコスパが悪い。興味が無いことも無いが、地上で活動したいかな」と、俺が応じる。ここは話題の変更に乗っておこう。
「あら。来てよ迷宮」
「何でだよ。お前が激レアアイテムとかどこかに用意しておいてくれんの?」
「それも出来ないことはないけど。それよりもさ、私の本体があるからよ、地下迷宮には」
「どの辺?」
「私と、また意識繋いだら分かるよ」
「めっちゃ深くじゃねぇだろうな」
「あなたらの表現で、100階層くらいかな」
ここでいう1階層とは、概ね1日歩いた距離換算だ。100階層とは、100日歩く距離となる。ちょっと、現実的では無い。
「俺の千里眼を飛ばせば時短はできるかな。まあ、何年後になるか分からんけど」
「視線だけじゃなくてさ。もう、イケズしないでよ。そこにはさ、私の体があるわけ。どう? ロマンを感じない?」
「自分で言うなよ。地下に眠る美女とか、童貞少年にとってならロマンかもだが、おっさんにとっては面倒なだけだ」
こいつ、ぼっち女だった。VIOの無駄毛処理とかしてるのに……
「ま”! むっかつく。ちょっとお肉頂戴。6分の1スケールで受肉して、お前を後悔させてやる。私のプロポーションを見て恐れおののけ」
「肉ならダチョウを食え。俺のはやらん」
まあ、こいつは暇な女なのだろう……多分、何らかの理由で、地下から出られないのだ。だからこうして地上の人間に力を分け与えつつ、地上を擬似的に楽しんでいる。そして今は、うまい具合に魔力をゲットして精神を固定させているから、思いっきりハメを外している。そんなとこだろうと思う。
「くそっ、居座ってやる。帰ってやらない。ずっとお前の魔力をちゅーちゅーしてやる」
「それは迷惑だ。時々ならいいけどよ。レミィがいるから連絡は取れるだろう。しばらく帰ってくれたら嬉しい」
実の所、そこまで迷惑ではないのだが、うちはタダでさえ
「契約者がレミィだけなら不便だ。そうだ、今のうちに契約者を増やそう。親和性が高そうなのは……」
「お前の契約、えげつないから止めてくれる? 裏切ったら死ぬとか、俺の仲間に止めてくれる?」
「ふん。その辺、契約内容次第なんだ。私がたまに取り憑いていい代わりに、プロポーションがばつぐんになるホルモンを分泌してやるとかどうだろう。その代償で私の不死身と魔術は借りられない。その代わりペナルティはない。よし、これなら乗ってくるやつはいるだろ」
こいつは……最初と全くキャラが変わっているな。
それはそうとして、少し気になるのは、俺が長寿である可能性……というか、絶対に長寿だろう。ピーカブーさんも言っていたし。
それならば、こういうヤツとは仲良くやっていくべきなんだろうなぁ……この世界、亜神や神獣、魔獣といった存在の間には、縄張りや横の繋がりといったものがあるような気がするのだ。
だから、ティラの娘というこいつとは、本来仲良くすべきだし、聖女とそのバックにいる雌クラーケンとも良い関係を築くべきなんだろう。
でも、まあ、今のこいつは、お酒の席で単に話相手が欲しいだけの暇人だ。だから今は、この程度の扱いでいいのだと思う。だって、目の前にいるのは、プロポーションばつぐんの美女ではなく、赤いスライムなのだから。
俺は、ぎゃーぎゃー姦しい赤いスライムを無視し、手に持っているコップのお酒を呷る。
ふと気付く。俺達のテーブルの近くに、コップを持ってもじもじとしているカルメンがいた。そういえば、一緒に食事したいとか言っていた気がする。なかなかこのおっさんの集まりに入って来れないのだろう。
俺は、自分の椅子をレミィの方に寄せて、一人分のスペースを造ってやる。すると、カルメンが嬉しそうにその辺にあった椅子を持ち上げてこちらにやってくる。
一件、落着かな。今夜はぐっすり眠れそうだ。
◇◇◇
この日より、少しだけ時が進んだとある沿岸域での出来事をここに記載する。
そこにある小さな海浜は、異様な雰囲気に満ちていた。
辺りにいる魚やエビカニ類の大半は、脳が何者かに支配されていた。
そして、体長2メートル近いウミガメさえも脳を病み、砂浜でヒックリ返ってジタバタと手足を動かしていた。
このウミガメは餌の役割だ。周囲の海を支配したその存在は、このウミガメを使い、次なる得物が掛かるのを待っていた。すでに周囲の魚介類には飽きたので、陸にいる人間をはめるためだ。
その存在は、先日、自分が長い間取り憑いていた人間を失った。
この海の存在は、そいつの目を通して、ヒトの世界を楽しんだが、まだ遊び足りないようだった。
だから、その存在は、大急ぎで次の得物を探しているのだ。幸い、この海浜の近くには人里があった。この砂浜にも時々人が通るため、餌にターゲットが掛かるのをじっと待ち続ける。
ザ、ザザーーーン、ザパァ、ザザーーン
何度も何度も繰り返し聞こえるこの音は、その海の生き物にとっては生まれた時から聞き続けている普通の音。
だが、今日の海は、少しだけ違っていた。
辺りの海水が、一瞬とんでもなく盛り上がると、そのまま、押しのけられた水塊が巨大な波となり、岸に打ち寄せたのだ。
一回、二回、三回と。
その波は砂浜にも押し寄せ、ヒックリ返ってジタバタと暴れていたウミガメを海に引き流してしまう。
そのウミガメの主はびっくりするが、一体何が起こっているのか理解不能のようであった。
『なんだい、この醜悪な海は。魚の脳みそが皆死んでる』
海で、そんな声のようなものがする。
『ナニモノダ』と、この沿岸域の主が返す。
『やっぱり、新しい魔獣だね。お前を食べに来た』
それは、妖怪うみぼうずの如く、夜の海に屹立する三つの丸。高さは、海抜で10メートル以上はあった。
『タベル、ダト? オマエハナンダ?』
『いただきまぁす』
海坊主三体が、それぞれ沢山の触手を出し、辺りの岩をめちゃめちゃにヒックリ返す。何かを探しているようだ。
『ガア、ヤメロ、ナンダオマエラハ』
がちゃん、どぼんと海をひっかき回す。
そして、海坊主のうちの一体が、『見つけましたクトパス様』と言って、巨大な岩をその触手で持ち上げる。
その岩には、人の体くらいの大きさの、『ホヤ』があった。
『おお、ナイスだ。まだ若いが、こんな危険なヤツを、ここで好きにさせておく分けにはいかない』
一際大きい海ぼうずがそう言うと、自分の触手でその岩を掴む。
『ヤメロッ』
どうも、この片言の声の主は、そのホヤのようであった。
『お前は、私の血肉となる。良かったな』
『ヒ、ヒィ、クソ。オレヲクッタラ、オマエニトリツイテヤル。ナカカラシハイシテヤル。オレヲクッタコトヲ、コウカイサセテヤル』
『お前はバカか? 長寿の巨大生物は、伊達ではないんだよ』
クトパスは、その巨大ホヤが着いている岩を、岩ごと触手中央の口元に運び、くぱぁと口を広げる。
そのクトパスの触手や口元には、チロチロと動く別の生物がいた。
それは、寄生虫の魔獣。太古の昔より、クトパスと共生してきた彼女の相棒であった。その相棒により、クトパスは微生物や他の寄生虫からは完全に守られいた。
ザグン!
クトパスの巨大で鋭いくちばしが、巨大ホヤを岩ごと囓る。
美味しそうに咀嚼する彼女の口元から、ホヤの内容物がボチャボチャと海に落ちる。そのおこぼれに預かるように、無数の大小様々な蛸達がそれに群がる。お互い喧嘩しながら、我先にとホヤの体を捕食していく。
『グッグッグ、ああ美味しい。子供達も沢山お食べ。栄養満点の長寿のホヤだ。これを食えば、何匹かは立派な魔獣に育つだろう。これも、聖女の情報のお陰だ』
ここで、ホークに取り憑いていた巨大ホヤは、恐怖のクラーケン軍団とその子供達によって、完全に食い尽くされた。
この世界には、人知が及ばない高位の存在同士の戦いが存在する。
このイベントは、それのほんの一端。
ところで、こいつらは、時に人間の世にも影響を及ぼす。
高位の魔獣が人の世に影響を及ぼし出して、幾年月が経つが、その長い時間の中で、それなりのルールが出来上がっていた。不文律のルールだ。
そのルールの根本にあるのは、世界の調律。
力が一方に偏ることなく、誰かが一強になることなく、長寿の魔獣や神獣らは、出来レースを続けてきた。
何故ならば、バランスが崩れるのが怖いから。
そのバランスが崩れたら、一体どうなるのか……
さてさて、ここに、超強力な三匹が一箇所に固まっている現場がある。
神のいたずらか、各々が
今は、人の世に及ぼす影響は軽微で、単に自分達の好きなことだけをやっているだけの存在であるが……
さて、その三匹のおっさんは、どこにいくことやら。
それを語るのは、次章ですることにいたしましょう。
どうぞ、今しばらくお待ちください……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます