第159話 青春と葬送


水ベッドで眠っていると、良い匂いが漂ってくる。


米を焚いた時の香りと、根菜を煮た感じのものだ。


日の光も、僅かだがある。今は夕方だろう。


俺は、仮眠を取っていた寝床から起き出す。仮眠と言っても、3時間程度は眠れただろうか。


荷馬車の横で、アイサとステラが皆に料理を振る舞っている。


ごくごく平和な風景だ。良かった。何とか守ることができた。まだ気は抜けないから、見張りは厳としているけれど、それでも、あの襲撃を凌いだのだ。学生さんのお遊び襲撃ではなく、プロ暗殺集団の本気モードの襲撃を。


ふわりと、お酒の臭いも漂ってくる。


酔うのもどうかと思うのだが、まあ、いいのかな。今日は見張と警備は普段の倍にしているから、これから休みを取る人が寝付きやすいように、お酒を飲んでもいいと思う。


俺も飲もうかな……


「あら、レミィったら、もう打ち解けてる……」と、肩の上の赤スライムが言った。こいつは、未だに居座っている。俺が寝ている最中にも帰らなかったらしい。


ふと、夕食のテーブルを見ると、レミィが童貞熊のヘアードやハルキウらと談笑している。というか、お酒を飲んでいる。レミィは、昨晩商人としてここに挨拶しに来たし、襲撃の時は速攻で俺が倒したら、あまり襲撃者としてのイメージが無いのかもしれない。というか、ハルキウは昨日『努力』で気絶していたんだっけ?


しかし意外だ。レミィは、凹んでいると思ったのに。


今の所、レミィはまだ完全には信じ切っていない。なので、『契約』オプションで、レミィが人を殺そうとしたら、内臓が一斉に停止するようにしてもらっている。これは、ティアマトが仕込んでくれたもので、『亡霊』を使えば俺でも簡単に追加契約ができた。


『亡霊』に魔力を通し、命じるだけだからだ。


ただ、これは契約という名の『隷属魔術』だと思う。本来は、禁呪の類いではなかろうか。彼女は、実質俺の奴隷になっている。


まあ、このことを知っているのは極少数だけど。今の所、レミィが信頼を勝ち取るまでは、今の措置を執らざるを得ないと考えている。とりあえずは、今回の護送任務の一員として働き、その後は、ちゃんと宰相派貴族に有利になるような生き証人として協力してもらう。それが、犯罪組織に協力していた彼女のけじめだと思う。


さて、今の彼女は、ホークと一緒の時と、どちらが幸せなんだろうか。少なくとも、今の彼女は、犯罪を犯す必要はないため、今の方が幸せだと思っておきたい。例え、好きだった男がいない状態だとしても、だ。


俺がレミィ達のテーブルに近づくと、ヘアードがぺこりとお辞儀をしてくれる。


「ああ、お疲れヘアード。飲んでるか? もうすぐナナフシだぞ」


ヘアードは、お酒をの入ったコップを掲げ、「はい。お酒美味しいです。ナナフシも楽しみです」と、返す。


隣のレミィが、「あ、旦那お疲れっす。いやあ、ここは自由で楽しいね。うん。今日はヘアードくんの童貞を奪っちゃおっかなって思ってるんだけど。いい? 旦那は私としたくない?」と言った。


こいつは、全く凹んでいない快活ぶりだ。もともとこういうヤツだったのかもしれない。


「このパーティは、別に恋愛やセック○禁止じゃないけどよ。ヘアードはナナフシで降りるんだぞ?」


「ノンノン、別に付き合おうとかじゃないから。一発やってみたいだけだから」と、レミィ。その横で、ヘアードがもじもじとしている。多分、童貞のヘアードをいじって遊んでいるんだろう。


「レイプじゃなけりゃ、どうでもいい。それよりも、お前は大丈夫そうだな」


「ん? ああ、旦那には心配かけたかな? 伊達に長生きしちゃいない。心配いらないよ」と、レミィ。


「長生きって言ってもな……まあ、元気ならいいけどよ」


こいつが54歳だというのは、一応黙っておくことにした。


「レミィ。あなたには、幸せになる権利がある。ここで頑張りなさい。あなたより長生きな人がここにいるから、きっと死ぬまで孤独は無いわ」と、赤スライム。


レミィは顔を赤らめて俯いてしまった。あれで、喜んでいるような気がした。


「あ、あのお!」と、同じテーブルのヤツが声を上げる。


「あ、ああ。カルメン嬢。お前、お酒飲んでるのか?」


「私の荷馬車に沢山積んでたから、振る舞ってんの。あなたも飲んでよ」と、レミィが言った。そういう問題では無い。


「わ、わたくし、あの! 一緒にお食事とかいかが?」


「メシは食うけど、一通り仕事を終わらせてからだな」


とりあえず、俺が眠っている間の状況を把握せねば。


「駄目、なんですの?」


「メシは、仕事の後で食べる。その時にまだ元気があるなら、俺のテーブルに来たらいい。でも、お酒はほどほどにしとけ」


俺は、そう言ってそのテーブルを離れ、ひとまずサイフォンを探す事にした。


「うう~ん青春。いいなぁ……」と、俺の肩の赤スライムが言った。言動がおばちゃんっぽい。


「あのな、ティラマトさんよ」


「なあに? 飽きたら帰るけど、もう少し居させてよ」


先手を打たれた。


「じゃあよ。お前の名前、ティラマトの、『ティラ』というのは、ティラネディーアの国名に入っているだろ? その関係は?」


「いきなり無粋な話に飛んだね。今日、一緒にお酒飲んでくれたら答える」


「お酒飲むってどうやって?」


「この体で飲む。ちゃんと酔えたりするのよ?」


何とも不思議だ。


「まあ、深酒じゃないならいいや。一杯やるか。それで? さっきの質問」


「せっかちね。。大地の亜神『ティラ』こそ、ティラネディーアの守り神。分かった?」


「やっぱり関係者か。それで、お前って何者? 吸血鬼とは一体」


「あなたね。人間とは何かって聞かれて、答えられる? そもそも『ティラ』とは、2つの意味があって、宗教の対象としての存在と、亜神としての存在ね」


「両方よろ」


「ティラネディーア神話では、ティラの娘は三姉妹と言われていて、それがヴァンパイア、ドワーフ、人間ね。この世界は全てティラから生まれたって、そういう教えなわけで」


ドワーフいるのか。あと、三姉妹にエルフが居ないのが面白いけど。今はそれは置いておいて……


「亜神としては?」


「亜神の『ティラ』は、長寿過ぎて隠れてしまったの。今は人格は無く、ただ太古の記憶だけを持つ存在。『ティラ』との契約を引き継ぐ巫女のみが、その記憶を垣間見ることが出来る」


「ふむ。人格ある存在が隠れる、か……」


地球でもそんな教えがあったような……まあ、地球の宗教やウルやノートなどの他の亜神のことも気になるが、今は他を急ぐ事とする。


「亜神の娘のお前も気になるが、神話上の『人間』っていうのは、地底人のこと?」


地底人とは、四つん這いで歩く変な生き物だ。


「アレは、昔のヴァンパイアが、地下迷宮に適応するヒトを造ったのよ。今のはその子孫ってわけ。ティラネディーア神話の『人間』とは、普通の人間だと思う」


「そっか。ヴァンパイアとドワーフが姉妹っていうのも面白いな」


「そうね。それは宗教的でかつ政治的な概念だと思う。地下迷宮の支配者は自分達と同じ血筋であるって主張し、地下利権の正当性を主張するという」


「そっか。ドワーフは置いておいて、ヴァンパイアの全てはティラの娘っていう理解で良い?」


「その理解でいいよ。ただ、別にティラ母さんとお父さんから生まれたのが私ってわけじゃない。その原始的で強き存在からヴァンパイアというものが造られて、私はその一角っていう感じかな」


「はあ。お前達って、相当昔からいるんだなぁ」


「万年を生きたあなたに言われたく無いけどね。伝説級の魔獣と比べたら、私達って若い方なのよ?」



若者アピールが来た。でも、多分、万年と比べたらという話だろう。こいつの年齢は、謎が深まるばかりだ。


「俺の精神年齢は42歳だ」


「私だって、基本ずっと眠っているんだから、精神的には若いって思ってる」


「そっか。VIOの処理してたもんな」


「あのねぇ、あれ、本当にすっごく痛かったんだからね。術を陰毛に移すまでの間、体がバラバラになって死にかけたんだから」


「エリオンくんが俺に変な呪い系の攻撃したからだろ」


「そうなんだけどねぇ。彼には悪いことしちゃったかなぁって思ってる」


「どうせ、お前に攻撃したら死ぬような契約にしていたんだろ。あいつ、干からびて死んでいったんだぞ」


「意外とするどいね。私が人に契約で力を貸す際は、その力を私自身に使ったら自動的に死ぬように設定してる。呪い返しでも発動するなんて、その辺は想定外だったかな。でも、故意に呪い返しされまくったら私が死ぬし、やっぱり呪い返しでもちゃんと死ぬような契約が正解だよ」


やっぱり、あいつはあそこで死ぬ必要は無かったのではないか。


まあ、死ななかったとしても、俺と第二ラウンドだったわけで、おそらく死ぬ運命は変わらなかったような気がしなくも無い。


俺達は、駄弁りながらサイフォンを探す。今の状況を聞くためだ。


直ぐに見つかる。


「サイフォン、お疲れ。さっき起きた。状況変わってない?」


サイフォンは、「基本は変化なし。敵襲もない。残党も発見なし。敵の死体を凍らせる任務も終わった。それから、氷漬けのアレ、溶けたんだけど。どうする?」と言った。少し疲れた顔をしているような気がする。こいつも早く休ませた方がいいかもしれない。


氷漬けのアレとは、まあ、あれだろう。ホークの残骸だ。


「そっか。今から燃やそう。火魔術得意なヤツというと……」


ティギーとマルコ? でも、その二人にホークの火葬を頼むというのもどうかと思う。


俺が言い淀んでいると、「鬼火使おうか?」と、赤スライムが言った。


「そうすっか」


また首を囓られるのかと思っていると、サイフォンが、「ファンデルメーヤさんとビフロンスさんも、火魔術使えるはずよ」と言った。


「まあ、最後のけじめは、自分達でするか」



・・・・


火葬は、俺達の簡易防塁、要は水壁の外側で、ひっそりと行うことにする。


火付け役はビフロンスになった。


ここには、三匹のおっさんと、サイフォン、ファンデルメーヤさん、それからレミィがいる。


こういったお別れの儀式は重要なのだ。残された者にとって。


地面には、半分溶けかかっている何かの残骸がある。とても人とは思えないが、紛れもなくホークの体の一部である。こいつの体は、まだホヤの種が残っている可能性あがるため、念入りに燃やしておこうと考えている。


ビフロンスは、無言で両手を広げる。


すると、彼女の体の前に、小さな炎が現われた。


じかに見ると目が痛くなるくらいの高エネルギー体だ。さすがは元炎の巫女といったところか。


その炎が、さっとホークの残骸に移動すると、一気に炎が上がる。


肉の焼ける臭いが鼻につく。


顔を背けたくなるが、頑張って、じっと見つめる。


しばらく待つと、骨すら残らず全てが灰になり、ぽろぽろと崩れ去る。


「あいつは死んだ。いいね、レミィ」と、ティラマトが言った。


「うん。分かってる」


炎をじっと見つめるレミィの目に悲壮感はなく、ただ平常心のような気がした。


「行くか」


俺は、そう言って、この場を後にする。

暗殺騒動も、これにて一段落。


今は完全に日が落ちて、辺りは真っ暗だ。空は曇天どんてん。星明かりも無い、どこか生ぬるい闇だった。


これは、一雨くるかもしれないな……

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