第158話 デシウス・ローパー

「聞こえているかね? 私がデシウス・ローパー。ウルカーンで宰相を務めている」と、スキンヘッドでカイゼル髭の小さなおじさんが言った。


変なバランスの人だ。ゲームとかでは、悪役モブで出てきそうな格好だと思った。


「聞こえていますよ。こちらナイル伯爵から護衛任務を受けております、冒険者パーティ『三匹のおっさん』です」と、返す。


今回も、ダルシィムくんを通したリモート会議だ。俺は相手に千里眼を飛ばしているから、リアルタイムで会話が聞こえるし、顔の表情も見える。あちらはこちらの様子はうかがいしれない。もちろん、聖女を除く。


俺があちらでしゃべれないのが地味に不便だが、その方法は、今度俺の肩に乗っている赤スライムティラマトに教えて貰おう。


なお、ティラマトこいつが信頼できるかどうかだが、とりあえず信頼することにした。こいつの能力なら、その気になればどんなとこにでも耳となる何かを忍ばせる事が出来る。どうせ秘密にできないならば、仲間に引き込んでおく。今は、こうして見える位置に居てくれた方が、管理が楽というものだ。


こいつは結構器用だし、何かと役にたつだろう。それに、そこまで凶悪なヤツでは無い。エアスランの英雄エリオンがこいつに生気を吸われて死んだのは、きっとそういう契約だったのだろう。呪い返しで自分に傷を付けられた場合は、死んでもらうとか。


「ふむ。この度は、私の娘が迷惑をかけてしまったようだ。まずは詫びたい。そして、願わくば、カルメンはそのままスイネルに連れて行ってくれ。報酬は払う」と、ローパー伯爵が言った。話が早くて助かるが、少し自分の娘に対する感情が少ない様な気がした。


「それで、今回は地下組織、『ホーク・ウインド』のリーダを仕留めたわけですがね、彼らに依頼をした貴族は割れています。お役立てください」と、応じる。


「うむ。先日ウルカーンに空輸された学生達と、この暗殺依頼はスキャンダルだ。国王派を揺さぶることは可能だろう。君のお友達のナイル伯爵もエリエール子爵も、喜んでいることだろう」と、ローパー伯爵。


「願わくば、完膚なきまでに叩きのめしていただきたいところですが。あ、カルメン嬢の護送は承りました。お値段はハルキウ坊やと同じでいいので?」


とりあえずふっかけておく。ハルキウ坊やと同じと言うことは、支度金と成功報酬合わせて1500万ストーンなり。


「値段はそれでいいだろう。とりあえず、ナイル伯爵に立て替えておいてもらう。だが、国王派を完全に叩ききるのには、まだ弱いな」と、ローパー伯爵。日本だったらこのスキャンダルは致命傷だと思うが、ここはそうでは無いようだ。


「せめて、時間稼ぎとか? 俺達がスイネルに行くまで何とかしてくれないかな」


「ふむ。わしは、このタイミングでこの防塁に30億の予算を付けた」と、ローパー伯爵。


「防塁って、エリエール子爵らが造っているとこ? そこに国家予算を? 一体何のために……」


「ここの拠点を、宰相派の根城にしてくれるわ」


「は、はあ」


「ここにエリエール子爵らを配置することは、そもそも国王派が言い出したことだ。これに乗じて、宰相派をここに集め、簡単には落ちない要塞にする。補給はな、エルモア子爵のやつがこちらに寝返った。お前達、一体どういう手を使ったんだ?」と、ローパー伯爵。


身に覚えがない。というか、エルモア子爵って誰だっけ……


「エルモア子爵はケイさんのとこです。ネオ・カーンの元領主、元ヴァレンタイン伯爵婦人のご実家ですよ」と、ケイティが言った。いたなぁ。ネオ・カーンからウルカーンまで一緒だった人だ。グラマラスで色気がある人。おそらく、ケイティの毒牙に掛かった人。


と、いうことは、この寝返りは、ケイティのマジカルTinPOのお手柄ということになる。


「しかし、出戻り娘と仲良くなっただけで、良く派閥を裏切ってくれたな」


貴族の派閥って、血縁関係とかでガチガチになっていそうだが。


「彼女の姉と従姉妹、母親におばあさま、それから侍女長とも仲良くなりましたから」と、ケイティが澄ました顔をして言った。


すっげえ。ある意味最強だ。


「エルモア子爵は、軍の輜重隊を管轄しておる。これで、ここの補給は滞りなく行われることだろう。国王派のヤツラが、最前線に釘付けの間、ここの防御を固めるのだ」と、ローパー伯爵。


「千尋藻、この度ね、ノートゥンからの援軍1万5千のうち、精鋭五千はここの防塁に一時駐留することにした。これで、ウルカーンの貴族は、ここに手を出せないはずよ」と、聖女が言った。


「ふん。補給はウルカーン持ちだがな。援軍にはゆっくりしていっていただこうか」と、ローパー伯爵。


「あの、デシウス、それはどういうこと?」と、ここでファンデルメーヤさんが口を開く。


デシウスというのは、宰相の名前、デシウス・ローパー伯爵のことだ。ファンデルメーヤさんは、彼のことをそう呼ぶ。仲がいいのだろう。


「ファン殿か。私は、エアスランとの戦争の落としどころを考えている。ここだけの話、今のウルカーン軍では、エアスランに競り負けるだろう。わしは最前線の戦力は国王派だけにし、その後の講和で、王族と国体の保全を条件に、国王派の利権を差し出そうと考えている」と、ローパー伯爵。


「それは……そんな都合の良い綱渡りの外交、うまくいくかしら。国王派も、自分達の領地には私兵を残しているはず。それから、援軍を出す他国の利権はどうするの? 本気で戦争しないと、彼らの信頼を失うわ」と、ファンデルメーヤさん。


「あいつらは、ウルカーンの巫女を追放しておった。四肢を切り落とし、舌を抜いて、奴隷として売り払っておったとはな。この情報を各国に流せば、援軍を引き上げる理由になる。どこの国も本音では、他国の戦争に自国民の命を差し出したくはないのだ。わしは、折を見て、その情報をティラネディーアにリークする」と、ローパー伯爵。


少し難しい話だが、この宰相の策は、エアスランという外圧によって、自国のガンを取り除くということだろうか。援軍を出してくれる国家に都合の悪い情報をリークしてでも、戦争にぽきっと負けて、再生を図ろうとしている。


しかし、確かに、そんなことうまく行くのだろうか……エアスランの軍師は、一神教で原理主義者なのだ。だが、俺はこの国の貴族ではないし、グレートゲームに参加する気もない。宰相がそう判断しているのなら、それありきで話を進めるべきだ。


で、俺の関心事はというと……


「それで、その防塁はしばらく安全になるんで?」と、聞いてみた。


「千尋藻、私が居る限り、ここは落とさせはせん。安心して冒険してな。だけどお前、やけにここの安全を気にするね。女でもいるのかい?」と、聖女が言った。鋭い。


「その辺はご想像にお任せする。では、聖女は、この作戦に賛同しているってことでいいんだな」


聖女はニタリと笑い、「そういうことだ千尋藻。このゴタゴタで、を一掃できると思わないか?」と言った。


まあ、ドサクサに紛れ、『世界の異分子』、『外世界からの侵略者』を排除するということだろう。きっと、悪役貴族を最前線に押しやって、エアスランに倒してもらうとかを考えていそうだ。だけど、死ぬのは一般兵もだろうに。だから俺は、こういったグレートゲームには加担したくないんだよ……


「分かった。そちらはお任せして、俺は自分の仕事に全力を尽くす」と、応じた。


「ファン殿……できれば、ラインハルトのやつも、この防塁に詰めておいて欲しいものだ」と、ローパー伯爵が言った。


遠回しな言い方だが、おそらく、ラインハルト・ナイル伯爵は、この防塁に入るのを渋っているのだろう。何かの矜持か知らないが。ローパー伯爵は、ナイル伯爵の母親であるファンデルメーヤさんに、説得してもらいたいと思っているのだろう。


ファンデルメーヤさんは、少し複雑そうな顔をして、「デシウス、この件は、私は何も言いません。ラインに任せます」と言った。


「分かった。話を進めよう。次はビフロンス様の処遇だ。これに関しては、ひとまず極秘にして、スイネルに届けた方がよい。生きて表舞台にいる事がばれると、まず確実に命が狙われる。できれば、ララヘイムに亡命すべきだ。急遽書状をしたためている。しばし待っておれ」と、ローパー伯爵。


「あ、千尋藻です。それでは、彼女はこのままうちらのコンボイに混ざって、スイネルまで行くということで」


「ああ、頼めるか。費用は出す。何なりと請求してくれ」と、ローパー伯爵。太っ腹だ。ただし、彼女の場合、助けたのはマルコのついでで、あくまで俺の意思だ。なので、そこまで請求するつもりはない。


ええつと、次の議題はなんだっけ……


「ああ、それとな千尋藻、貴様が見つけてきた地底人だが、実はこれまでにも報告はあったらしい。だが、これだけの綺麗なサンプルはとても貴重だ」と、バッタ男爵。ああ、そうだった。地底人の死体をホークの腕と一緒に空輸したんだった。


「ここにはまだ15体くらいある。どうしたらいい? というか、普通の人の遺体も15体ある。あ、装備と魔道具は俺らがいただく」


バッタ男爵の隣にいたエリエール子爵が、「人の死体は直ぐに腐り始める。出来れば、国の調査機関がそこに着くまで凍り漬けにして見張っておいて欲しいけどね」と言った。装備と魔道具の話はスルーされた。よきに計らえということなんだと理解した。


「旅を急いで欲しいのかどっちなんです? ひとまず今日は動けそうに無いから、氷漬けだけはしておきますよ。その後は、見張りはせず、調査機関を待たずに移動すると思う」と、俺が返す。


「それでいいわ。時間差はせいぜい1日。氷漬けの死体なんて、野生動物は食べないでしょう。討ち取った数が30なら、『ホーク・ウインド』の残党も殆どいないでしょうからね。その死体の処理はこちらでする。あなたはスイネルに旅立って頂戴」と、エリエール子爵。


さて、方針は決まったな。


「了解。では、スイネルに着くまで、定期連絡を入れる。時間は夜。よろしく」


「了解だ千尋藻とやら。お主が我が国の貴族の仕事を請け負ってくれているのを嬉しく思う」と、ローパー伯爵。


「成り行きですよ。これも縁と言うヤツです。そうそう、カルメン嬢から、鎖の舞を見せていただきました。圧巻で美しい舞でした」と、言った。リップサービスと言うヤツだ。相手はウルカーンの行政トップなのだから。


ローパー伯爵は表情を少しだけ崩し、「ほう。嬉しいな。それは、我が一族に伝わる鎖スキルの舞だ。カルメンは、特に美しく舞うことが出来る。アレは、上の子らと歳が離れている故、世間知らずに育ってしまったが、小さい時から素直な娘だった。どうか、寛大に見てやって欲しい」と、言った。今度は少しだけ父親らしい顔をした。


彼の言う『寛大な』というのは、俺達に対する襲撃の件だろう。ホークの件でうやむやになっているが、本来、あれも苦情を言いたいところだ。護衛が俺達だったから良かったものを……


「まあ、護衛の件は分かりました。必ず、無事にスイネルまで送り届けますよ」と、応じる。


「ああ、任せた。それと、そうだな。私は、子供らには、伴侶は自分で捕まえろと常日頃言っている。アレの舞を、美しいと言ってくれるのなら幸いだ、千尋藻よ」


「は、はあ」


「手を出してもいいぞ」「お断りします」


舞が美しいと言っても、流石にあの体付きは何の欲情も湧かない。というかまだ15歳だ。男を捕まえる以前に、人としての常識をつちかって欲しいものだ。初対面の相手にいきなりメテオとか、どうしたらそんな精神構造になるのか。


その後、2,3の会話を交し、通信は終わる。


さて、結構時間が経った。今日は後始末と休憩にあてて、出発は明日以降だな。


「激動って感じがする。歴史が動く瞬間、良いよねぇ」と、赤スライムが呟く。最初に出会った頃と、口調が全然変わっている。こちらが素なのだろうか。


「いいなぁ。一生懸命生きる男達……」


ところで、肩乗り赤スライムこいつは、いつ帰るのだろうか。

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