第157話 鎖の舞
レミィの処遇が決定したところで、一旦解散だ。
それにしても忙しかった。少し仮眠を取りたい。俺のチートな体も、流石に少しは休ませないと性能が落ちる。それから、精神的なものもある。ぐっすり休んだ方が、余裕を持った判断ができるというものだ。
今は、交代で睡眠モードだから、テントが沢山立っている。
これは、移動は明日かなと思っていると、ふと、視線を感じる。
「スルスト殿下!?」
ん? なんだって?
振り向くと、そこには、例の学生二人がいた。
青髪ぱっつんのハルキウ・ナイルと、金髪ゆるふわのカルメン・ローパーだ。
ハルキウは体格が良くて身長170センチくらいあるが、カルメンの方はマルコ並に貧相な体付きをしている。
お顔はお人形のような美人顔なのだが……
今の声は、ハルキウ坊やだろう。
「おう、おはよう。良く眠れたか?」
昨晩のホーク襲撃時、こいつら二人は『努力』後の気絶中だったため、そのまま荷馬車に押し込めたらしいのだ。努力の副作用はアイサが処理してくれたと聞いたが。
「あ、ああ。何故だかカルメンと荷馬車で寝ていたんだけど」と、ハルキウが言った。俺の隣の人物、ビフロンスを気にしながら。
「昨日、変なのが大量に湧き出たからな。掃除するの大変だったんだぞ?」
「え? そうなんですね。ええつと、ところで、その方は……」
ハルキウの目線の先には、ビフロンス。彼女は、褐色肌のぼっきゅっぼん、手足はごつく、足は短い。ごめんなビフロンス。それは万能細胞らしいから、しばらく経つと、自分本来のものに近づくらしいのだが……
なお、レミィの方は、とりあえず小田原さんと一緒に活動してもらうことにした。戦闘もできるスカウト寄りのスキルラインナップなので、小田原さんと組ませると良い仕事をしてくれそうだ。
それはそうと、レミィとビフロンスの事はどう説明しよう。子供らにあまり重たい事をお知らせするのも憚られる。
「ああ、昨日、ここに別の商人さんが来ただろ? スイネルまで一緒に行くことになったから」と言った。嘘は言っていない。その経緯を思いっきり抜いているだけで。
「そ、そうなのですね。その、知り合いによく似ていたもので」と、ハルキウ。
「うん? ビフさんと似た人? ああ、この人、今ちょっと喉をやられてて、もうしばらくしゃべれないから気を使ってあげてね」と、言っておく。
「あ、はい。すみません。後ろ姿が、その、ハルキウ殿下に……」
俺が不思議な顔をしていると、横からカルメンが、「あ、あの、髪の毛です。髪の色と質が、ウルカーンの王子に酷使しているのですわ」と言った。
そんなこと言われても……おれ、その王子知らんし。
「ビフさん、王族?」
俺がそう言うと、ビフロンスさんは、にこりと笑って首を横に振った。
「違うらしいぞ?」
一瞬、名前でばれるかとも思ったが、どうも名前はあまりメジャーではないらしい。俺も、先代の天皇陛下のお名前とか言えないし。
「そ、そうなのですね」と、ハルキウ。納得がいっていないような顔をしているが、仕方が無いだろう。
さて、話は終わりかなと思い、歩き出そうとすると、カルメン嬢が、「あ、あの、わたくし、あなたを探していたのですわ。その、訓練を……」と言った。
「ええ~」
俺は、多分、年甲斐も無く嫌な顔をしていると思う。疲れて寝ようかとしている人間を訓練に誘うなどと。というか、何で俺が子供の世話をしないといけないのか。こういのは、ケイティだ。あいつは学校の先生なのだ。今度の会議で押しつけよう。
俺達は、昨日切った張ったを徹夜で行っていたのだ。主に、ハルキウ坊やが情報を漏らしたせいで。
カルメンはそれにはめげず、「そ、その、わたくし、あなたに興味がありますの」と、言った。
「え?」と、隣のハルキウ坊やが漏らす。
「そ、その、違いますのよ? わたくし、千尋藻さんに決闘で負けましたから、でも、その時は一瞬だったから、その、一緒に訓練をしたら、何か分かるのかなって……」
カルメン嬢は、顔を赤らめながら取り繕うが。だが、眠い。
「かまってあげなよ」と、俺の顔の横から声がする。
学生の二人はぎょっとしている。それはそうだ。俺の肩の上には、拳二つ分くらいの赤いスライムがいる。
こいつは、先ほどまで『パラス・アクア』を取り込んでいたのだが、今はそれは没収され、俺から魔力ちゅーちゅーしながらここに留まっている。
なのでずいぶん小型の赤スライムになったのだが、何かの装備の様になっていて、さっきまでは気にならなかったのだろう。ところで、こいつは何時になったら迷宮に帰ってくれるのだろうか。
「俺は眠い」
「若いときの経験って、とても重要なのよ。それこそ、一瞬で人生が変わるくらい。女の子が勇気振り絞ってお願いしているんだから、ちゃんと応えなよ」と、赤いスライムが言った。俺も、別世界では子を持つ親。それは分かるけど。ご意見がおばちゃんっぽい。
「ごもっともだけどよ……そういえば、カルメン嬢って、確か縄とか鎖使いだったよな」
カルメンのスキルラインナップを思い出した。かなり珍しいスキルがぞろりと並んでいた記憶がある。
「ええ、そうですわ。ですが、戦闘で得意なのは、炎と鞭ですわ」
「そ、そうか。昨日鎖拾ってきたんだけどね。というか、鎖スキルが存在しているのが凄いと思って」
その鎖は、ビフロンスの首に繋がっていたやつなのだが、結構綺麗で立派な鎖だった。この世界の鎖はとても貴重なものらしく、ヒリュウがホークのアジトからかっぱらってきた。戦利品は他にもあるらしいが……
「まあ。お見せいたしましょうか? 鎖の舞」と、カルメン。
鎖や縄や鞭に興味があった俺は、「お願い」と言った。何時のまにか、立場が逆転している気がした。
・・・・
広場に移動した。
ビフロンスさんは、俺についてきた。この人の扱いは保留だったりする。今、ウルカーンの貴族組でも協議してもらっているが、おそらくはそのまま俺達がスイネルに連れて行くことになるだろう。助け出したからには、責任持って届けないと。
それはそうとして、今、カルメンは、ヒリュウが拾ってきた鎖をじっと見つめて集中している。
今から何をやるかというと、演舞を見せてくれるらしい。てっきり、鎖を武器にして決闘とか訓練とかやるのかと思ったが、そうではないようだ。
椅子はなく立ったままだが、ビフロンスさんは、澄ました顔をしているため、多分、大丈夫なんだろう。足が繋がってまだ数時間しか経っていないのだが、回復魔術が凄いのか、ティラマトの手術が凄いのか、それとも俺の足が凄いのか……
それは置いておいて、彼女のスキル『鎖操作』とはどんなものなのだろうか。
カルメンが、ばっと片手を上げると、地面に置いてあった鎖がじゃらんと持ち上がる。長さは3メートルくらいだろうか。
そして、カルメンがくるくる回る動きに合せ、鎖が宙を舞う。
激しい動きの最中、時々足を上げたりジャンプしたり、顔の表情を変えたりしている。きっと、何かの演目を演じているのだろう。
ひゅんひゅんと宙を舞う鎖、その中心で踊るカルメン。イメージしていたのと違うが、これはこれでお願いして良かったよ……
そして、数分の演舞の後、カルメンが全身でポーズをとり、鎖がじゃらんと地面に落ちる。
おそらくラストのポーズだろう。
一秒待って、拍手を送る。ビフロンスもゆっくり拍手のポーズをしている。まだ激しい動きは出来ないから、ああしているのだろう。
となりのハルキウは、ただただ呆然としている。初めて見るのだろうか。
「いやいやお疲れ。良かったよ。演舞なんだな。うん、表情とか手指の先までしっかりした動きとか、魅せられた」
「ええ。これが我が家に伝わる鎖の舞ですわ。鎖は戦闘にも使えますが、普段はこうした演舞に使用されています。本当は音楽もあるのですが、それは仕方がありませんわ。いかがでしたか?」
俺は、改めてパチパチと拍手をしておいた。
カルメンは、最初の訓練のお願いはさっぱり忘れたようで、上機嫌ですがすがしい顔をした。単にかまって欲しかっただけなのかもしれない。
その時、足早に俺達に近づいてくる人物が……彼女はイタセンパラだ。ハルキウは彼女をじっと見ているが、彼女は無視している。今の彼女は、ほぼファンデルメーヤさんの召使いになっており、ハルキウの『努力』の始末はやっていない。ケイティに惚れたらしいし。
まあ、なんというか、頑張れ少年。
イタセンパラは、「聖女から連絡が。ローパー伯爵と連絡が付いたそうです」と言った。
ほう。ついに、ウルカーンの宰相でカルメンの父親、ローパー伯爵のお出ましか。
・・・・・
再度、本陣のテントに幹部が集まる。モンスター娘の二人、三匹のおっさんの三人、ファンデルメーヤさんに、一応ビフロンスも同席する。それから、俺の肩にはまだ赤いスライムが乗っている。
なお、学生の二人は同席させていない。ハルキウは情報を速攻で漏らした前科があるし、カルメンはまだ処遇が決定していない。
もう一人のダルシィムくんは、例の如く聖女憑依状態になるため、俺達と一緒にテントの中にいて、椅子に座っている。
俺の千里眼は、聖女、エリエール子爵、バッタ男爵、それからローパー伯爵がいる防塁の本陣に飛ばしている。いつでも会議が始められる状態だ。今回、ローパー伯爵は例の防塁まで足を運んでいる。ウルカーンからそこまでは二時間の距離だから、移動してきたのだろう。結構フットワークが軽い人らしい。
「聞こえているかね? 私がデシウス・ローパー。ウルカーンで宰相を務めている」と、スキンヘッドでカイゼル髭の小さなおじさんが言った。
変なバランスの人だ。悪役モブにいそうなたたずまいだと思った。
さて、ウルカーンの政治トップとの会談が始まる。
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