第156話 レミィの半生


サイフォンが、ブツをこのテントに持ってくる。


ファンデルメーヤさんは少し嫌がったが、直ぐに従ってくれた。この宝具、今は俺達に使用権があるのだ。


サイフォンがその魔道具、すなわち『パラス・アクア』をテーブルの上に置くと、ティラマトが「わお! 高出力のゴーレムコアじゃない」と言った。


「ゴーレムコア? ゴーレムいるの?」


「大昔の話よ。今となっては、ロストテクノロジー」と、ティラマト。


では、この魔道具とは一体……大昔に、この大地にゴーレムとやらが稼働している時代があって、これはそのゴーレムの電池みたいなものなのだろうか。


「……お前って、お前って何歳?」


「じゃあ、ちょっとこれ借りるわ」


ティラマトは俺の突っ込みを無視した。そして、俺も今は深く突っ込まないことにした。


レミィの体から、真っ赤なナニカが出てきて、『パラス・アクア』にぴったりと引っ付く。


そして、その赤いモノはレミィの体から分離し、パラス・アクアを取り込み、そのままうぞうぞと俺に近づいて来た。


「うゎあ!?」


「ちょっと逃げないでよ。このテーブルの上、目線が低くて嫌なのよ」と、その赤い物体がしゃべった。


「まさか、しゃべれるのか」


その技、俺にも教えてもらえないだろうか。


「驚くのはそこ? まあ良いけど。肩の上か頭の上に載せて」


「赤いスライムみたいですねぇ」と、ケイティが呟いた。



・・・・・


あらかじめ椅子に座らせておいたレミィが、うっすらと目を開ける。なお、ティラマトスライムは、俺の頭の上に登った。地味に重い。


それはそうとして、さっきまでレミィとティラマトは意識が繋がっていたから、大まかな状況は伝えてくれているらしい。


すなわち、襲撃失敗と、ホークの死、それから自分の損傷した体の回復に、俺の体を使ったことなどだ。目を覚ました彼女は、そのことを認識しているというわけだ。


「あ、あああ……」


レミィが目を覚ます。


「お目覚め? 何か言いたいことは?」


レミィは数秒固まった。


そして、ぽろぽろと涙を流しはじめた。


顔は、意外と笑っているような気がした。


「ホーク、死んだんだね」


「死んだ。俺が殺した」


俺は、レミィの顔を真っ直ぐ見据え、そう言った。


「あいつは、私は、あいつを……いや、もういいや。私も殺してよ。あなたなら、出来るはず。簡単に」


おや。こいつはもっと明るいやつかと思っていた。


俺の頭の上にいる赤スライムティラマトは、今の所無反応だ。


本来、俺は人を裁くだけの知識も無ければ、人格者でも徳を積んだ人物でもない。


だけど、この法治主義がしっかりしていない世界において、このグループの代表になっている俺が、それを判断しないといけない。それは、かなり難しい事で、判断を誤ると組織が瓦解しかねないことだけど、それでも、今ここで結論を出さなければならない。ここには捕虜に関する国際法規などもないし、火付け盗賊の類いは即殺害してかまわない。


この世界の国家には、一応衛兵がいて警察的なことをやっているが、ホークを雇った黒幕は、おそらくウルカーンの大物貴族であるため、衛兵に突き出しても口封じかうやむやにされるのが落ちだ。なので、このオトシマエはここで付けさせてもらう。


だから俺は、「被告人おまえは、死刑が妥当だ」と言った。


これは、偽らざる本音。こいつらは、俺達を殺す、若しくは攫うつもりで襲い掛かった。だからホークも殺したし、襲って来た他のやつらにも容赦していない。結果的に俺達に死者がでなかったことは、理由にならない。


「はい。分かりました」と、レミィは言った。どこか、ほっとした顔をしながら。


この判決には、誰も異議を挟まなかった。俺の頭上のティラマトでさえも。


日本における死刑制度というものを整理する。死刑というものは、根本的に『復讐する権利』の国家譲渡なのだ。要は、殺したいほど憎たらしい相手がいたとして、その人にいちいち被害者が復讐していては、天下が乱れる。そのため、個人が復讐する権利を国家に譲り渡しているのだ。法律というルールの名において……


それが、日本が死刑制度を採用している根拠であり、身内が殺されたのであれば、それは相手の死を持って償うべきだという日本人の民主主義的な選択肢なのである。


だが、今回はどうだろう。


こいつは、結局、俺達を一人も殺していない。いや、結果的に、殺すことが出来なかったと言うべきか。


ホークは、200年を生きたエルフで犯罪組織のトップであるが、レミィは54歳で、犯罪に手を染めたのはここ10年くらいのようだ。


それでも、こんな凶悪組織の幹部で、実際に俺達に牙を剝いたのだから、本来は即死を与えるべき人物である。というか、こいつ以外は、問答無用で殺した。


ただし、ティラマトは、こいつの話を聞いてやれと言った。それに、俺の関係者達は、こいつを、殺したいほど恨んではいないだろうと思う。いくら理屈の上では死を与えるのが妥当とはいえ、そうではないとも思うのだ。


なので、「お前は襲撃者だが、一度俺が殺し、ティアマトが復活させた。情状酌量の余地がある。申し開きを聞きたい。いや、お前がなぜこの犯罪組織に関わったのか、それを最初からしっかり説明してくれ」と言った。


レミィは、俺の頭の上……おそらく、ティラマトをちらりと見て、そして語り出した。


自分の半生を。おそらく、ティラマトにちゃんと話すように言われていたのだと思われる。




・・・・・


そうして、本人の口から語られる半生。


レミィは、ヴァンパイアハーフとして、この世に生を受けた。種族を越えた恋愛の末の落としだねではない。


とある暇なヴァンパイアが、実験的につくってみたハーフだ。


彼女の語る言葉の内容は、概ねこうだ。


レミィは、生まれてしばらくすると、ウルカーンにあるとあるゴミの収集所に捨てられた。そこは、意外と人が集まるところだったようで、直ぐに発見された。


その時は衛兵が彼女を保護したが、捨て子の引き取り先を探し周り、知り合いの農村にその子を預けた。子供は、衛兵だと戦力にはならないが、農村だと意外と役に立ったのである。


農村は、とにかく仕事が多く、食料が豊富にある。そのため、子供の預け先としては最適だった。

だが、レミィが少女の歳くらいまで育つと、異変に気付いてしまう。まずは、耳が尖り始めた。そして、日焼けに弱く、太陽の下に出ると、皮膚が爛れてしまうのである。その皮膚の爛れも日陰に行くと直ぐに元通りになるし、ちょっとした傷も直ぐに癒えてしまうため、村人達は大いに気味悪がった。


田舎という閉鎖社会は、異形を嫌う。いや、不寛容なのだ。


なのでレミィは、その村を旅立つことを決意する。たった一人で。歳の頃は、10歳くらいだったと思われる。


そして彼女は、一人で放浪の旅を続けているうちに、太陽を克服する。15歳くらいになると、冒険者になるが、そこで彼女はタンク役として活躍する。


15歳の少女がタンクというと違和感がある。その冒険者パーティで彼女がどんな扱われ方をしてきたのか……


「来る日も来る日も魔物の前に立たされて、夜はパーティ全員の性の相手をさせられる」


なのだそうだ。何の後ろ盾もない、体が丈夫で死なない少女は、かくしてその身の全てを蹂躙され、こき使われてきた。


「だけど、最初のパーティは、無理して深い階層に挑み、そして全滅した。生き残ったのは私だけだった」


レミィ曰く、自分の全てを奪われても、孤独よりはマシだったそうで、そんなクズみたいなパーティに尽くしていたが、強い魔物に襲われて自分以外全滅したそうだ。


その後、ほとぼりが冷めた頃に別の冒険者とパーティを組むが、彼女らが護衛していた商隊が山賊に襲われ、彼女以外が全滅。いつしか彼女は、孤独を選ぶようになる。


ウルカーンの街で、ソロで迷宮探索を行いつつ、汚物運搬の仕事を行っていたようだ。この世界は、街で出た汚物は郊外の汚物集積所に運ばれ、それを隣街の農村が自分達の堆肥用に持って行くというシステムがあった。彼女は、街中で出た汚物を、郊外の集積所に運ぶ仕事に就いていたようだ。


だが今度は、ソロで地下迷宮を探索している時に、犯罪組織に捕まってしまう。


それから、彼女の地獄が始まる。


変態どもに、猟奇的に犯され続けたようだ。


具体的に語ってくれたが、やりながら体を刻まれ、自分の内臓を自分に食べさせられるとか……


一通り遊ばれたあとは、地下格闘技の選手になったらしい。


選手とは名ばかりで、相手のプロ地下格闘家達に散々ぼこぼこにされ、観客の前で公開レイプされて、最後は首の骨を折られるというショーをやっていた。


それでも、レミィは生きることを諦めず、そこで必死に戦い方を覚えていった。彼女のスキルに格闘術とかあるのは、そのせいなのだろう。地下組織の興業主も、ある程度戦えた方がショーが盛り上がると考えて、彼女にスキルを与えていたようだ。


そんな地獄の中で出会ったのがホークだ。


ホークはレミィが気に入ったらしく、レミィが欲しいと地下格闘技を主催する幹部に頼んだが、それを断られ、それならばと幹部らを全員殺害し、力ずくでレミィを手に入れた。


ホークがレミィを欲した理由は今となっては分からないが、ホークはレミィを普通に可愛がった。


自分に地獄を味合わせていた地下格闘技組織が壊滅し、別のアジトに連れ去られたレミィは、ホークにセック○されるのは仕方がないと思っていたが、そのセック○が普通すぎてびっくりしたそうだ。


レミィは、そこで初めて、自分を普通の女性として扱ってくれる人と出会ったとのことだ。要は、自分の不死身を利用するようなヤツでは無い相棒と出会ったと言うことだ。


というか、ホークも不死身であったため、何かとウマが合い、仲良く仕事をしていたらしい。


ただ、問題が、その仕事というのが往々にして犯罪だったという……


だけど、仕事の殆どは、珍しいドラゴンを狩りに地下迷宮に潜るとか、表に出せないようなブツの輸送任務とか、地下組織同士の抗争とかだったようで、アンダーグランドの世界の中だけに収まるものだった。


もちろん、今回みたいに、貴族の暗部として、暗殺の仕事も請け負ったとのことだが。


そんなこんなでレミィは、ホークと出会ってから10年あまり、楽しくおかしく暮らしていた。


「私から補足させて。レミィをつくり、不死身の力を与えていたヴァンパイアは、ホークと出会って5年目くらいで、彼女に興味を無くし、放置した。元々放置していたは放置していたんだけど、それでも、実はそれなりに気をかけていて、彼女が死なないように見守っていたの」と、ティラマトが言った。


「そのヴァンパイアは、一体何がしたかったんだ?」


「実験よ。ヴァンパイアが、人の世の中でどう生きていくかの実験」


「そっか。ホークと出会ってめでたしめでたしで、その実験を打ち切ったのか」


「そういうこと。だけど、完全に放置するのもどうかと思うし、私が引き継ぐ事にしたんだけど。レミィはおそらくあと数百年は生きるから、ほとぼりが冷めたらまた表に出られるかなって思っていたんだけど、まあ、相手がエルフのホークだったからね。お互い長寿のペアだったわけ」


「それでお前も静観したと。お陰で俺達が大迷惑。まあ、ホークの組織が居なくても、他の誰かが請け負ったんだろうけどな。この暗殺騒動」


「千尋藻さん、彼女の死刑に異論はありませんが、彼女の知識は役立てるべきです」と、ケイティが言った。彼女には、ホークの元で働いていた約10年間分の、地下組織の知識がある。


「その通り。レミィ、お前が改心し、俺達の手助けをするのなら、死刑の執行は保留にする」


「私のお願いを聞いてくれたら、いいよ」と、レミィが言った。


「本来、そんな義理は無いけど、聞くだけ聞いてやる」


レミィは、ゆっくりと顔をあげ、俺の目を見て、「私が死にたいと思った時は、殺して欲しい。そして、ホークを殺してくれてありがとう」と言った。


この子、俺達が知らないホークの何かを知っているのだろうな。


「私からの補足。今回、この子は内臓のほぼ全てを失っていてね。その材料は、あなたの体でまかなった」と、俺の上のティラマト。


「ふむ。それで?」


こいつは、俺をガブガブと食べたからなぁ。


「あなたが望めば、それら内臓の機能は一瞬で停止する。そういう措置をしておいた。あ、ビフロンスの方は違うよ? それは完全に千尋藻の体を離れ、ビフロンスのものになっている」


「あの、レミィ歴代の仲間の中で、一番ひどいの俺じゃ?」


「そんなことはないと思うけど、あなたはこれから元地下組織の幹部を抱えることになる。そのくらいの自爆装置を付けておかないと、周りが納得しないかなって思ったわけよ。あ、これ、『契約』すれば他にも色々と行動制限できるから」


この措置は、おそらく、レミィが俺達に引き取って貰えるように、良かれと思ってやったのだろう。いや、ティラマトの戦略で、レミィを俺に押しつけたいのかもしれない。


まあ、ほのかな自殺願望を抱える女か。中身の殆どは俺の体という……旅は道連れ世は情け。


「分かった。だけど、ちゃんと働いて貰うぞ」


「ふう、黙って私に食われているから安心はしていたけど。あなたが、善悪の二極だけで、物事を判断しない人でよかった」と、俺の上の赤スライムが言った。


レミィは、顔を下げて「分かりました」と言った。

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