第154話 欠損部位の治し方


荷馬車に戻り、インビシブルハンドを戻す。


一番にファンデルメーヤさんが出てきて、俺に「ビフロンス様! あのお方はどちら?」と言った。ずいぶん興奮していらっしゃる。


とりあえず、「ええつと、あのお方って、女性のです? その、ホークのアジトから連れてき人がいまして」と、返す。


「多分そう、あのお方はね、多分、ビフロンス様なのよ」


状況から察するに、そのビフロンス様とやらは、ファンデルメーヤさんと知り合いということなのだろう。彼女が名前に敬称を付ける程の身分の人と思われる。


何だか、またトラブルの予感がする……


・・・・


「ビフロンス様。ああ……何てこと、何てことなんでしょう」


ファンデルメーヤさんが四肢の無い女性に近づき、涙を流す。


今、そのビフロンス様とやらは、水ベッドに座らせている。上からマントを羽織らせて。


この人は、ヒリュウがおんぶして連れてきたから、荷馬車の窓から見えたのだろう。


その女性は座ったまま、何もしゃべらずにじっとしている。


いや、その目線は、おそらくティラマトを見つめている。


「ああ、この子ね、四肢だけじゃなくて、口の中も取り除かれてるから」と、ティラマトが言った。


口……しゃべられなくしているのか。いや、自殺や噛みつき攻撃を避けるために、おそらく歯や舌もぬかれているのかもしれない。残酷だな……


ファンデルメーヤさんがしゃがみこみ、その子の口の中を確かめる、そして顔を背け、涙を流し始める。


「この人は、ホークのアジトの中にいて鎖で繋がれていましたんで、ついでに助けたんです」と、俺が言った。


「この方はビフロンス様。ウルカーンの、」と、ファンデルメーヤさんが言った。


ん? ぴんと来ないが、ウルカーンの巫女は炎の神の亜神と繋がっており、預言とかいろんな宗教的祭事を司っていて、とても神聖な存在だとかそんな感じだったと思うのだが……


「あの、何でその元巫女さんがここに?」


「ウルカーンの巫女は、5年ほど前に代替わりをしたの。先代の巫女様の行方は、私も把握していなかったけど、てっきり神殿で後任の顧問役をなさっているとばっかり……」と、ファンデルメーヤさん。


「いや、待てよ。聖女せんぱいが追放とか……あの、あなたは、ビフロンスさんで間違いないでしょうか」と、聞いてみる。俺と目が合う。褐色の肌、黄色と赤の髪、そして、かなりの大きさのおっぱいと腰つきだ。


その女性が、ゆっくりと、そしてはっきり首肯する。


「ふう。知り合いなんですね。さて、どうしよう。ひとまずコミュニケーションを。ケイティとジークに考え事を……いや、それは駄目か、筆談? いや、急がば回れで、欠損回復だ。聖女だ。誰か、ダルシィム呼んで来て」


俺は、聖女のスキル、欠損回復を思い出した。あのおばはんなら、何とかなるかもしれない。


「千尋藻、スキル『欠損回復』は、外科手術で綺麗に取り外されて縫合された部位は、なかなか回復しない。かなりの魔力が必要になるし、関節とか複雑な部分の回復は、時間もかかる」と、ティラマト。


「聖女様は、今ウルカーン国王の要請に応じて、野戦病院にいます。魔力に余裕はないかもしれません」と、ファンデルメーヤさん。そりゃ、あっちは有事で、こっちは不便ではあろうが、命を落とす心配はないのだ。


「むう。じゃあ、お前が取り憑いて回復させるとか?」


「それなら元に戻るかもだけど、それより、簡単な方法がある」と、ティラマト。


「まじかよ。凄いな」


簡単に四肢欠損が治るらしい。周りの皆の顔も驚愕なものになる。というか、俺と話をしているティラマトを不思議がっている。まあ、紹介していないし。今の彼女は真っ赤な髪に赤を基調としたドレスを纏った美女にしか見えないし。



「え?」


「食べて気付いたんだけど、あなたの体の全ては、万能細胞で出来ている。余裕で他人に移植出来るし、あなたはその莫大な魔力と自己修復能力で、勝手に欠損回復するでしょ」


「まじかぁ。でもよ、俺の足はごつくてすね毛ぼうぼうだぞ? 腕も意外とごつごつしてる」


「そんなの、移植した時はそうかもだけど、半年もしたら彼女の細胞に置き換わるし、その時には、彼女自身の女性ホルモンの影響で、ちゃんと女性らしくなると思う」


「あの、舌は? 声はどうする? 男の声なんじゃ? というか俺、歯並び悪いぞ」


「声は、あなたに似てくるかも。でも、口の形も喉も肺も違うから、同じにはならない。まあ、声や歯並びが気に入らなかったら、後で微調整すればいいし」


え、えええ……マジかよ。見ず知らずのヒトに、俺はそこまでできるのだろうか。アンパン○ンじゃあるまいし。


周りをみると、サイフォンはしかめっ面をして、ファンデルメーヤさんはすがるような目で俺を見ている。


そして、当の本人は、静かに、凜とした表情と姿勢で、俺を見つめている。


この綺麗で格好いい顔立ちの女性の四肢が、俺とお揃いのすね毛ぼーぼーで、声も歯並びも同じとか、何とも……いや、舌も移植というのなら、この人は、一生俺にオートでディープキスをされ続けるという罰ゲームを受けることになる。


「ところで、その移植手術は誰がやるんだ?」


「もちろん私。助手に優秀な回復魔術士数名と、水魔術士数名がいれば可能でしょ」


いる。回復術士も水魔術士もいる……どうしよう。


「報酬は?」


ティラマトは俺を真っ直ぐ見据え、「レミィを回復させる分の血肉が欲しい。そして、この子が回復したら、ちゃんと話を聞いてあげて欲しい」と言った。


一瞬、俺のメリットがほぼ無いと思ったが、持つべき物は権力者の知り合いなのだ。この人を助けたら、ナイル伯爵家が、今後も色々と便宜を図ってくれないだろうか。ティラマトの方は、レミィの回復でトレードオフだから、貸し借りは無しになるのかもしれないが。


だけど、彼女からは、政争の臭いがぷんぷんする。体を治したら、どこかに旅立ってくれないだろうか。


「うぐぐ。あの、俺の手足と口の中を移植されたら、嫌なんじゃありませんか?」と、ビフロンスさんに聞いてみる。


彼女は、無言でにこりと笑った。とてもまぶしい笑顔だ。嫌ではないということらしい。


「あの、サイフォン……」


俺は、困った時のサイフォンに相談することにした。


「もし、千尋藻さんがビフロンス様の治療を手伝ってくださるのであれば、私の父、ララヘイム国王に、サイフォンさん達11名の処遇について、超法規的措置で不問にするよう進言しましょう。悪いようには致しません」と、ファンデルメーヤさんが畳掛ける。


サイフォン達は、従軍中に俺に寝返ったからなぁ。そのことは、ずっと気がかりではあった。


サイフォンは、口を尖らせて何か言いたそうな顔をしているが、何も言い出せずにいる。彼女は、部下10名の身分を預かる身。きっと、それは悪い条件ではないのだろう。


「う、ぐぐぐ。先に、手術方法を説明しろ。判断は、それからだ」


俺は、外堀が埋まっている状況で、最後のあがきをやってみた。

結局は無駄だったけど……



・・・・・


「ああ眠い。だけど、すごいじゃないか。ホークを討ち取ったなんてね」と、聖女が言った。


実物聖女ではなく、リモート聖女だ。要は、目の前には、ダルシィムくんが椅子に座っている。


手術の準備が整うまで、俺はと言うと、聖女と協議することにした。こちらには、当事者であるティラマトもいる。


今はまだ深夜であるが、起きて貰った。緊急事態だし。


「まあ、あっちから攻めてきたのを撃退しただけだからな」と、謙遜気味に返す。


「それでもだ。ノートゥンうちの特殊部隊が相当手を焼いていたからな。まあ、それよりもだ、相棒のレミィを脳が損傷していない状態で確保できたのも僥倖だ。ホークは、そいつをエージェントにしていたとの情報がある。すなわち、そいつの頭の中は、機密情報が満載だ」と、聖女。


「そっか。じゃあ、殺すのは止めておこうか。エリエール子爵らの政敵に対する攻撃材料だもんな」


「そういうことだな。極めつけはビフロンスだ。あの女、地下に売られたって聞いたが、まさか地下組織の穴奴隷にジョブチェンジしていたとはな」と、聖女。


「彼女、なんでそんなことになったんだ?」


「詳しくは知らん。『追放』するにしても思い切ったことをしたもんだ」


「そっか。彼女、ある意味、神々の戦争の犠牲者なんだな」と、呟く。


「ふん。それを言うなら、この世界のあらゆる人間は犠牲者だ。話を戻そうや。先代の炎の巫女は、ウルカーンの国王派に『追放』されて地下組織に売られた。それが今、お前の手元にいる。そして、何だって? ヴァンパイアの力も借りて、切り取られた四肢と口の中を移植するだって? そりゃ豪毅だな。」と、聖女が言った。


つい先ほど、俺自身が深海の化け者だということを白状した。

そうしないと話が先に進まないからだ。ティラマトにもばれているし、聖女にもいいだろう。というか、あっちにはクトパスがいる。すでに知っていた感じもする。


「ま、そうだな。何かアドバイスを貰えたら嬉しい」


「無い。その移植手術は成功するだろう。だが、その女は、最早誰なんだと言うことにならんかな。お前の万能細胞が大量に体に混じり合うんだからな」


「娘か、双子の妹みたいなもんか?」


「まあいい。お前、そんな度胸があるんなら、クトパス様に少し食べられる気は無いか? あの方、いつもは全然出てこない癖に、お前を知ってからは会わせろ会わせろって、うるさいんだ」


「断る。逆に、俺が食いたいわ。クラーケン。足の一本くらいいいだろ」


「あはは。お前は、数千年前にクラーケンを食いまくったと聞いたぞ?」と、聖女。その記憶は確かにある。だけど、最初に襲って来たのはクラーケン軍団の方だったはずだ。


「そうだな。その味が忘れられないらしい。体が覚えている」と、応じた。


「まあいい。化け者同士の会話は次の機会だな。それから、ホヤの化け者だね。ホークが何らかの『契約者』であることは昔から分かっていたが、それがホヤだったなんてね。私も聞いたことがない。だが、ホヤは海の生き物だ。この件は、私とクトパス様に任せな」


「了解。こちらにあるホヤが生えた腕は、日が昇ったらそちらに空輸する」


「ああ。分かった。悪い様にはせん。そのホヤは許せんしな」


「了解。まあ、これはけじめみたいなもんだ」


「そうだな。ホークは、その回復能力が無ければ、相当前に死んでいた。あいつを地下組織の怪物にしたのは、そのホヤのせいだ。それを止めなかった、そっちのヴァンパイアも大概だがな」


「ああ、このティラマトは、レミィと契約したのは最近らしいぞ? それまでは、別の暇なヴァンパイアが放置プレイして楽しんでいたらしい」


これは、先ほどティラマトから聞いた話だ。まあ、ヴァンパイアや魔獣は、別に契約者の保護者ではないんだけど。でも、コミュニケーションは取ることが出来るのだから、凶悪犯罪者に肩入れするやつを放置するのもどうかと思うのだ。


まあ、化け者に人間の道徳や価値観を説いてもしょうが無いというのはそうなんだけど。


だけど、ホークのように、強ければ快楽的に何をしても良いというわけではない。だから俺も自重するし、もし自重しないやつがいたら、自重する連合にドツキ回されて、最後は排除されてしまうだろう。


一つ言えるのは、ホークに取り憑いていた化けホヤは、排除されるべき魔獣だということだ。今回は、聖女に排除してもらう。まあ、クトパスからすれば、単に長寿の魔獣というご馳走を食べるだけなんだろうけど。


「地下迷宮の支配者どもか。暇を持て余し、人をおもちゃにして楽しんでいたのだろう。いずれ、天誅を喰らわせてやる」


「まあ、ティラマトは、比較的まともなんじゃない?」


「それでもだ、千尋藻。力がある者こそ、その行使には理由がいるのだ。例え、それによって多数の死者が出たとしてもな。矜持の無いヤツは信頼できん」


「ふん。権力者が引き起こす戦争の悲惨さを目の当たりにすると、ホークの悪事より、国軍を動かす権力者の方が巨悪に思えるな。まあいいや、今日ははありがと。課題が少しすっきりした」


「お前なら、いつでも呼び出していい。ああ、やっぱり、価値観が近い日本人と話すとほっとするな」と、聖女が言った。彼女なりの人たらしだと受け止めておこう。


俺は、聖女との会談を終わらせ、テントを出る。空はまだ暗い。


出来るなら、明日の朝までに、移植術は終わらせておきたいな。


皆の前に、彼女の痛々しい姿をさらすのも忍びないからだ。


俺は、少し緊張しながら、手術を待つ彼女のテントの方に歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る