第153話 鬼火のデリバリー
「鬼火のデリバリーはいかが?」
俺が、あいつどうしようと言った答えがそうだった。
「鬼火?」
「私は、地下迷宮の何処にでも鬼火を送れるのよ」と、ティラマトが言った。マジかよ凄い。
「流石、迷宮の支配者だ。そうしてくれたら嬉しい」
「しかし、あのキノコは凄い。あのホークの自己回復能力が追いついていない。おそらく、放っておいても、殺せると思う」と、ティラマト。
「そっか。でも、やっぱり燃やして灰にしておきたいな。こんなしぶといヤツは」
「……まあ、生殺与奪の判断は、あなたに任せるわ。鬼火のデリバリーは、首肉ひと
「マジかよ。まあ、そうだな、お前にとって、俺達とホークの戦いは、余り関係ないというか。いや、そもそも、お前はどんな立ち位置なんだ? それに、ホークが片付いたら、次はレミィだぞ?」
「はいはい。逃げはしないよ。この子が犯罪に手を染めていたのは事実だし……だけど、ちゃ~んと判断してね」
ティラマトはそう言って、俺の首筋にゆっくりと顔を近づける。ああ、これは何度やっても慣れないと思った。
そして、綺麗な顔がぐにゃりと歪み、大きな牙が生えている口が目一杯開かれる。そのままがぶりと食らいつく……
「ちょっ、一口が多い」
こいつ、かなりがっつきやがった。少し血が飛び出たが、直ぐに手で押え、傷口を瞬時に回復させていく。
ティラマトは美味しそうに咀嚼しながら、「いいじゃない。少し、この子の体の回復を手伝ってあげてよ」と言った。
「俺、そのレミィというやつに、あまり未練とか聞きたいこととかもないんだけど」
「そんなイケズ言わないでよ。じゃあ、行くよ」
とりあえずレミィのことは棚に上げて、千里眼でキノコまみれのホークを見る。
そこには、小田原さんとシュシュマがいて、彼を見下ろしていた。
数秒後、彼らの目の前に、メロンくらいのサイズの綺麗な青色の炎が現われる。アレが鬼火というやつか。
そして、ゆっくりとホークの体に近づき、体を焼き始める。
それは見た目に反し、相当な火力だったようで、ホークの体は直ぐに炭化し、ボロボロと崩れ始める。
鬼火がホークの体をなぞるように行ったり来たりして、執拗に焼いていく。
その様子を見た小田原さんとシュシュマは、洞窟を戻って行った。
二人が去った後も、その鬼火でヤツの体をこれでもかと焼いていく。
「……レミィはね」
「ん? どうした?」
「この子、多分、ホークの事が好きだったんだよ」と、ティアマトが言った。
「俺としては、どうでもいい情報だ」
「このイケズ。後始末が終わったら、少し時間取ってよ」
「ま、
ティラマトは、ため息をつきそうな顔をしながら、再び真面目な顔に戻り、そして、ホークだったものを念入りに、時間をかけて焼き始めた。
・・・・・
ホークの火葬を見届けて、俺はテントを出だ。そのままサイフォン達の所に行く。後ろに、ティラマトがついてくる。
「サイフォン、状況を」
「はい。護衛対象はもちろん無傷。死者はお陰様でゼロ。怪我人は出たけど、回復魔術で治る程度。そして、先ほど小田原とシュシュマが帰還した。ヒリュウも無事で、マルコさんも傷一つ無く生還。多少泣きそうになっていたから、心のケアは必要かも……それと、アジトにいた女性も連れてきているわ」と、サイフォンが若干、俺の後ろのティラマトを気にしながら言った。
「了解。虜囚の女性の件は、俺もこいつ
「あなたのハープーンは殆ど拾い集めた。明日の朝にもう一度見て回るけど。それから、敵の死体の数はおよそ30。半分は普通の人とは思えない姿をしてるけど。これはどうする? 燃やすか埋めるか、
「ハープーンは了解。敵の死体は基本燃やしたいけど、一応、聖女とナイル伯爵に相談して決めよう。襲撃者の持ち物は、全部剥がして、一箇所に集めておいて。どんな魔術が仕込まれているか分からん。それから、あの地底人っぽいのは聖女らに見せたいな。ケイティも了解。今から行くか」
化け蜘蛛にヒトの死体を食べさせたら、癖になりはしないだろうか。なお、地底人とそうで無い人の割合は、1対1くらいだったようだ。そして、地底人で無い普通の人の死因は、殆どがハープーン若しくはニードルガンによる出血死だったようだ。最初の空中戦と、入り口に殺到していた敵兵に向けて、ポイズンハープーンを打ちまくった時に仕留めたんだろう。敵とはいえ、ちょっと殺しすぎではないだろうか。まあ、この世界、襲撃してきた盗賊類は問答無用で殺しても国家からおとがめは無いらしいが、なんだか複雑だ。
・・・・
ケイティの所に行く。ヤツは、水壁の際にいて、何かを見下ろしている。そしてその隣には、デンキウナギ娘のナインもいた。二人の距離感が近い気がする。こいつらは元々男女の関係ではあったのだけど。今回の戦いで、何かあったのだろうか。
「よ! ケイティ」
俺の気配に気付き、ケイティとナインがこちらを向く。なお、俺の後ろにはティラマトがついて来ている。二人は、それを見て何も言わなかった。
「ああ、千尋藻さん、お疲れ様です。ちょっと、これを見ていただきたい」と、ケイティが地面を見ながら言った。
俺はそれを見るため近づいて行くと…… そこにあるのはグロ画像。かろうじて、骨が等間隔に並んでいる感じが、あばら骨っぽさを想起させる。そして、それらは、氷付けになっていた。
これには見覚えがある。
「これは、ホークの体の一部だな」
「そうです。まだ溶けていませんが、あれだけの回復力の持ち主ですから、これから復活してもいけないと思いまして」
「そうだな。焼いてしまおう。凍っているのが地味に面倒だな」
「氷を溶かすのは、火より水魔術が良いらしいですね。それから、一番気になるのが、これです」
ケイティが指し示す『これ』とは、地面に転がっている腕だった。
「確かにあいつは、右腕が無かったな。体や顔の皮膚も無かった。この腕も、ホークのだろうな」
「はい。手には見覚えがありますので、これがホークのものである事は明白でしょう。お知らせしたかったのは、これです」
ケイティは、十字の杖で、腕の切断部分を示す。
そこには、小さな房があった。表面がつるんとしたパイナップルと表現すればいいのだろうか。とにかく、不思議なものが付いていた。
何だろこれ。
顔を近づけるのが嫌だったので、代わりに千里眼で近づく。そこには……
「これは、『ホヤ』だ。マジかよ……」
「うそ。本当?」
後ろのティラマトも気になるようだ。
「ホークは、化けホヤとの契約者だったよな。これは、危険な気がするな」
あの男は、死んでからも厄介事を……。
「こんなことって……いや、未練がましいのかもね。このホヤは。契約者が死んでもこんなに執着するなんて。というか、これはタダの契約じゃない。自分の血肉を、相手に植え付けてたんだ……」
「そんなことできんの?」
「出来る。例えば、ララヘイムの海神竜ボーゼルは、自分の鱗を契約者に植え付けてる。その鱗は正当な契約者の証であり、そして神獣の力を行使するための触媒にもなっている」
「それは何となく分かる。でも、こんなのはどうなんだろう」
このホヤは、傷口から不気味に生えている。まるで、この腕の肉を苗床とするかのように。
「そうね。レミィの記憶の中にも、ホークの体の中にホヤの実物が入っているなんて記憶はない。おそらく、このホヤの独断で勝手に入れていたんだと思う」
「そっか。こいつも苦労してたのかもな。この処遇は……
「そうね。私も少し気になることがある。ホークのホヤって、まだ若い魔獣だと思うのよ。今まで聞いたこと無かったし。普通は人と契約できるような魔獣って、千年単位で生きている猛者ばかりなのよね。それが、無名の魔獣が人にこんな厄介な力を与えるなんてね」
「ん? お前って何歳?」
「秘密。ヴァンパイアは、ちょっと特殊とだけ言っておく」
「まあ、いいか。この腕は水牢の刑に処して、他は氷を溶かして焼いてしまおう」
「ま、妥当な判断かな」と、ティラマト。
その時、俺のインビジブルハンドをドンドンと叩くヤツがいる。
このインビジブルハンドは……荷馬車だな。流石にそろそろいいだろう。緊急時とはいえ、あんな狭い所に結構な人数を押し込んだからな。
俺は、急いでホークの腕を水牢状態にする。
『千尋藻さん、聞こえて? あの方は、ビフロンス様よ』
俺のインビジブルハンド越しに、ファンデルメーヤさんの声が聞こえる。
あの方とは誰か。ここにいる新参者は、あの女性、ホークのアジトにいた人のみだ。レミィは一度挨拶に来ている。
それに、ファンデルメーヤさんが『様』を付けている。彼女は元王族の現役伯爵夫人だ。そんな人が敬称を付けて呼ぶ人物とは一体……ホークよ、お前、一体誰をおもちゃにしていたんだ?
俺は、嫌な予感をビンビンとさせながら、荷馬車の方に戻って行った。
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