第150話 マルコの大冒険 虜囚編

バン! 


心臓が飛び跳ねる。


びっくりしたぁ。いや、この部屋の扉が開かれたのか。


「レミィは?」


そういう声が、聞こえました。男性の声です。


「マダダ」と、怪物が応じる。


「そうか。はぁ~疲れた。まさかな。信じられるか? 俺、自分が最強だと思っていたのに」


「ネテロ。怪我シテルジャネェカ」


「はぁ。誰か魔力くれねぇか? 回復が追いつかん。明かりを……いや、いいか、まだまぶたが出来ていないかも。明かり付けたらまぶしすぎるか」


なかなかおしゃべりな男性ですね……


その男性は、はあはあと息づかいが荒く、とても疲れているように見受けられました。


「一匹捕マエタゾ」


「ほう。確かに、誰かいるな」


びくんと心臓が跳ねます。心臓がどくどくと動いて胸が痛いです。


「ああ~やっぱり照明付けるか。ちなみに、どのタイプをゲットしたんだ?」


「カシャンボ娘ダ」


カシャンボ? 私がカシャンボ? カシャンボ娘って何? 誰か教えて……


「ほう。モンスター娘の妖怪シリーズか。やったな。希少だぞ」


妖怪……妖怪って言った? 話の流れ的に、私が妖怪ってこと?


ぽっと、いきなり部屋が明るくなって……一瞬まぶしくって、目をきつく瞑る。だけど徐々に慣れてきて……


目の前には、例の四つん這いの化け者、その奥にいて、私を励ましてくれていた人は……!


女性、女性だ。何も身に纏っていないから分かる。体を起し、まぶしそうにしながらも、座ってこちらを見ている。褐色の肌、美しい髪と顔、綺麗なおっぱいと腰つき、神々しい……いや、でも、何かがおかしい。


その女性には、。首には首輪があり、鎖で繋がれていた。


でも、とても気丈で気品があり、このような境遇にありながら、まったく絶望していないような気がした。


この人は、誰なんだろう。


私はもぞもぞと体を動かすが、やっぱり動かせない。


「こいつがカシャンボだって?」と、背後で先ほどの男性の声がした。


私は、目玉を必死に動かし、後ろの人を見た。


その人の顔は、真っ赤だった。いや、なんだろう。血管が顔に浮き出ているというのかな……目も片方しかない。というか、体も真っ赤だ。あばら骨がなくて、ないぞうが見えていて……いや、皮膚という皮膚が全くない。とても人とは思えない姿だ。


死体……そうだ、死体だ。この人は、まるで死体が動いているかのようだ。かつて、スラムで見た誰かの死体。野犬に食われていた死体とそっくりだ。


「カシャンボ……かなぁ。似ているけどなぁ。ううむ」


そいつは、私がカシャンボなるものか、とても悩み始めた。なんだろう、カシャンボって……


「カシャンボ……ううむ。カタログ持ってくれば良かったよ」と、死体のような男が言った。


よく見ると、この男は右腕がありません。肩の根元から外れているようです。ますます気持ち悪い。


その男が、左手で私の頭をペシペシと叩きます。


そして、「あ~こいつ魔力ねぇわ。空っぽだ」と言った。私は先の戦闘で、魔力を使い果たしているから、きっとそのことを言っているのでしょう。


「ちっ。こいつはどうかな。少しは回復したか?」


死体男はそう言って、この部屋のもう一人の住人、褐色肌の女性の元に歩いて行きました。


そして、あろうことか、足で背中を踏みつけ、「ああ、あんまり魔力溜ってねぇな。お前よ、勝手に魔力消費してんじゃねぇだろうな」


死体男はそう言って、その女性の顎をかかとで蹴りました。あの人の顎が揺れ、床にバタリと倒れ込みます。


ああ、何ということ。あの人は、本来、そうしてはいけない人。とても神聖な人。


「で? レミィは戻ってねぇんだよな」


「イナイナ」


「ちっ、本当に貧乏くじだ。なんだよあいつ。空飛んでいたはずなのに、何か攻撃してきたしな。風竜じゃあるまいし。それにあれは、インビジブルハンドか何かだ。忍者がいたのか? ヨシノの手の者が居たのかもしれないな。毒も強力だし、極めつけは変な巨人に絶対零度砲だ。どうなってんだよ全く」


「ドウスルンダ?」


「待つ。地下迷宮なら、うちらの独壇場だ。あの巨人も、対軍兵器も使えないだろう。最初の毒ガスが少し気になるが……」


「我ラハ、仲間ト打合ワセテクル」


「適当に……」


そういった会話が交されたあと、照明が消され、この空間が一気に静かになった。


四つん這いは部屋から出て行き、死体男は椅子で眠ったようだ。



◇◇◇


小田原亨おだわらとおるは、目の前に浮遊するインビジブルハンドが指示するまま、小走りで地下迷宮を走っていた。


頭を光らせながら。彼のスキルはシャイン。体の一部が光るというスキルだ。その格好は少し滑稽にみえるが、照明のためには、頭を光らせるのが一番効率がよい。ぶれにくいし、360度照らすことができるからだ。


その後ろに、トタタタタと、ちびっ子が駆けて来る。モンスター娘、マジックマッシュルーム娘のシュシュマだ。


小田原亨は、何故この子がこの殴り込みに選ばれたのか疑問に思ったが、あのモンスター娘らが選んだ戦力なら、間違い無いだろうと考えた。


少なくとも、自分が結構な速度で走っているにもかかわらず、シュシュマは平然とついて来ている。


説明によると、シュシュマは通常の回復魔術の他に、自己回復能力があるらしい。小田原亨は、それならば自分が戦闘するときには、この幼く見える女性の防衛は無視できるだろうと考えた。


ところで、今までこの地下迷宮内に、魔物は全く出なかった。


今日の夕方、自分が探索した別の孔から入った地下迷宮には、魔物が大量に溢れていた。


こことは様子が全く違う。考えられることは、ここは最近人が出入りしていたということだ。


一般的に、地下空間というものは、その入り口を発見することは極めて難しい。


かつての大東亜戦争で、旧日本帝国陸軍が用いた地下戦略、ペリリュー、硫黄島しかり、ベトナム戦争でベトコンが使った地下トンネルしかり……


地下というものは、その辺に絶対に出入り口があると分かっていても、その発見は意外と困難なのだ。


だから、極一部の者しか知らない出入り口があっても、全く驚かない。


小田原亨は、動く者が感じられない地下道を、仲間のインビジブルハンドの誘導で進んでいく。


このインビジブルハンド、本来は見えないはずだが、今回は見える。何故ならば、血がべったりと付いているからだ。


10以上の血塗られた人の手が、宙に舞いながら動いている。


ちょっとしたホラーだ。


進行方向を指し示す手は、一つだけだ。人指し指を右に左に動かし、自分が進むべきルートを示してくれる。


他の手は、きっと予備なんだろう。


小田原亨は、血が着いた手が指し示す方向をひたすら進みながら、ふと、何かの気配を感じ取る。


ここは一本道の洞窟だが、おそらくどこかに……


小田原亨は、わざと気配を感じていない振りをしながら一定のペースで走り続ける。


「キィシィイイ!」


地上で見かけた四つん這いの化け者が、口から何かを出しながら、天井から襲い掛かってくる。2体だ。


「フン!」


回し蹴りで一匹、前蹴りからの手刀で二匹目も瞬殺だ。


誘導役のインビジブルハンドは、ちゃんと止っていてくれた。おそらく、彼はちゃんとこの状況を観察しているのだろうと小田原亨は思った。そして、その後は何事も無かったかの如く、インビジブルハンドが進み出す。


自分は、ただただそれに従ってついて行く。なかなか人使いが荒いなと小田原亨は思った。まあ、今回は人の命が掛かっている。急ぐ判断は正しい。


思えば、千尋藻城という男は、最初から自重していなかったと小田原亨は思った。今は殆ど人外だ。人の世に溶け込めなくなるのも時間の問題ではないだろうか。ケイティは、今回奥の手を出した。まあ、真の奥の手なのかどうかは怪しいが、それでもこれまでとは次元のことなる力を見せた。


それに対して自分は……まだ、本気を出していない。


その言葉尻は、まるで中二病患者のようだったが、言葉通りの意味だから、それは仕方が無い。


この世界のスキルは、ネーミングが適当だ。中にはレベルがはっきり表示されるスキルもあるが、そうでないものもある。同じ生活魔術でもその内容が異なるように、小田原亨が宿しているスキル『怪力』や『鉄拳』なども、その性能には相当の差があった。


という、まさにチートスキルであった。理論上は、どんなものでも打ち砕く事ができる能力なのである。



・・・・


しばらく走ると、目の前のインビジブルハンドが今度は左を指す。小田原亨は、左に曲がる直前に、蹴りで岩に印を付けておく。千尋藻城のインビジブルハンドは、本人の気が散れば霧散してしまうという事を聞かされていたためだ。ティラマトという女性は地下迷宮のあらゆる場所を確認できるらしいが、こういった生命線を他人に委ねるのは嫌だという思いが彼にはあった。


その時、通路の先で、女性の悲鳴が聞こえる。


きゃ! という可愛い声だ。少し場違いだ。


お父さんね? 今、何処どこ触ったか分かってる? ねえ、分かってる?


話し声が聞こえる。


小田原亨は、走る速度を落とし、警戒しながらその声の場所に近づく。


「あ~あたしあたし~。ねえ、服もってきてない?」


そこには、全裸のヒリュウがいた。



◇◇◇


ぐーすかと眠っていたあの死体男が目を覚ます。


そして、「血が足りない」と言った。


ど、どういうこと? お腹が減ったの?


あの男は立ち上がり、おそらく私を見下ろしている。私はうつ伏せで拘束されていて、さらにぎゅっと目を瞑っているから見えないけど。


「食うか。手足ならいいだろ」


え、えええ?


リン…… そのとき、極々わずかに、あの音が聞こえた気が……


「……どうすっか。レミィのヤツもやられていたからな。取っておくか」


き、気が変わったのでしょうか。良かったです。


「だが、滾るな。やっぱり、死にそうな時って、アレが元気になるな」


え? 滾る? 元気? まさかっ


そいつは、スタスタと私の方に歩いてきて、私のズボンに手をかけて……しかもパンツごと。


くうう……


一気にするっと剥かれて……途中引っかかってくれたら良かったのに、私はお尻が小さいから、するんと脱げてしまった。


まさかこいつ、私を犯す気?


この死体男は、うつ伏せ状態の私の太股辺りに座り、私のお尻に手を這わせて……


手を這わせて……なでなでされて…………なでなでなで……なでなで……


いや、いつ行くのでしょうか?


私、犯されるんじゃなかったの?


「あれ?」


あれって何?


「俺、雌オークも大丈夫だったんだけど」


雌オーク!?


オーク娘ではなくて、雌オーク!


その二つには、天地ほどの差があります。雌オークは魔物の雌。見た目はほとんどイノシシです。オーク娘はぼんきゅぼんのモンスター娘で、男性の憧れの的です。


それがどうしたって?


死体男は、私のふとももの上に座ってお尻をなで回しながら、「すげぇなカシャンボ娘」と言った。


だからカシャンボって何。


「あらゆる穴をコンプリートしてきた俺が、たないとはな」


こういうとき、どんな顔をすればいいんだろう。


私は半ケツ状態のまま、泣きそうになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る