第149話 マルコの大冒険 拉致編


今、どれだけの時間が経ったのでしょうか。


気絶はしていなかったと思うのですが、時間の感覚が全くありません。


途中から、地下迷宮に入ったと思います。今は夜なので真っ暗なのはそうなのですが、地上と地下では環境が全く異なります。


地下は、静寂で音が反響し、そして独特の土の臭いがします。だから、ここは地下迷宮です。途中でここに入りました。と、いうことは、彼らは地下組織なのでしょう。


私は真っ暗の中、化け者の背中に乗せられて、ひたすらゆらゆらと運ばれて行きます。


私は、これからどうなるのでしょう。一つだけ分かるのは、どうせろくでもないことをされるということ。


私にどれだけの価値があるのか分かりませんが、あるとしたら、私の体は若い女のそれだということでしょう。殺されずに運ばれたということは、そのくらいしか考えられません。


私は処女のまま、きっと、色んなことをされるんだと思います。


あ~あ。別に、大事にしていたわけではないんだけどなぁ。一度も女らしいことしなかったな。私なんてどうせ……


キッキキキィ……


これは、古い扉が開く音。間違い無い。


そして、ドサリと地面に下ろされて……


部屋の中は本当の漆黒で、まったく何も見えませんが、化け者の気配はします。ヤツラは普通に息をするのです。


ここに来るまでも、ハアハアと息を荒くしながら走ってきました。


でも、気のせいでしょうか。この部屋には、もう一人いる気がするのです。何というか、僅かな空気の揺らぎと吐息がするような……


私は、気が狂いそうになるような漆黒の絶望の中、「誰か、居るの?」と言った。


すると、この空間の奥の方でしょうか、じゃらりと金属が擦れる音がしました。あれはおそらく、鎖です。鎖で繋がれた何かがいるようです。


「あの、ここは何処でしょうか」


「ダマッテロ」


ヒィイ!


もの凄い近くで声がした。あの四つん這いの化け者でしょう。しゃべれたんですね。少し滑舌が悪いようですが。それから息が臭い。


でも、痛いのも何かされるのも嫌なので、言われた通り黙ることにします。


ちゃり……再び鎖の音が。


何か猛獣でも飼っているのでしょうか。でも、そこから漂う気配は、そんなに大きく無いような……


ちゃり……もう一度弱々しい音が。


ああ、でも、不思議、なんだろうこの音は。私を勇気付けているような、怖くないと言っているような、そんな不思議な音色の様な気がします。


リン


この、金属同士がぶつかる音は、どこか不思議な、どこかにいざなうような音色で響き、何故だか、体がぽかぽか暖かくなり、心が落ち着き、安心し、それでいて勇気づけられるような何かがあるような気がします。


リン……


ああ、旦那様、私はここにいます。助けて。どうか、願いが届きますように。



◇◇◇


「繋がった」


ティラマトがそう言ったのは、散々俺の肩肉をかじったときだった。『繋がった』というのは、離れていたレミィの首が、胴体に繋がり、ちゃんと記憶から情報が取り出せるようになったと言うことだろう。


こいつは出来る女っぽいから、きっと、俺達の目的をちゃんと理解し、そしてその際のボトルネックを解消するために、動いてくれていると思う。


「そうか。じゃあ、お食事はもう終わり。離れてくれない?」と、俺が返す。


ティラマトは俺の首から顔を離し、「それなら、お尻から手を離せ」と返された。


そういえば、俺の手は、こいつを触りっぱなしだった。結構良い反応するから楽しんでいた。


「悪い悪い。それで、分かった? 敵の集合場所」


「場所自体は分かった。そこに居るかどうかは今から確認する。ええつと、どうしよう。あなた、私と意識を繋ぐ気ある?」


ティラマトはそう言って、俺の腰に下がっている短剣『亡霊』に優しく触れた。


ううむ。こいつはおそらく、地下迷宮の支配者と言われる吸血鬼の一人。その自分と、魔術的に意識を共有するということか。


「まずは理由を聞きたい。意識の共有をする理由を」


「地下の構造って、口では説明できない」


一理ある。立体構造は説明しにくいのだ。


「分かった。どうすればいい?」


ティラマトは艶やかな笑みを浮べ、「とりあえず、お尻から手を離して」と言った。



・・・・・


俺達は、何時のまにか設えられていた会議用テーブルの椅子に座る。小田原さんとジークも椅子に座る。


サイフォンが、さっと今の状況を伝えてくれた。


護衛対象は無事、怪我人は全て命に別状無し。物損はあるが軽微。


今は4人1班を造り、付近の捜索と警戒、敵の遺体集め、そして俺のハープーン拾いを行っていることが伝えられた。


さすがサイフォン、出来る女だ。


だが、去り際にサイフォンが、『私もあなたを食べてみたい』と言った。それはどうしよう。別にいいのだが、癖になられても困る。どうも美味しいらしいし。


「さて、今回の敵は、犯罪組織『ホーク・ウインド』で間違いないな。まあ、うちらとしては、今後の話は千尋藻達のトラブルが終わってからでいいぜ」と、ジークが言った。


「済まんな。あいつらは、お前達を拉致る目的もあったんだろう?」


「そうだ。だが、こっちに来た敵は寡兵だった。なんとか自前で殲滅できたが、これは本国通報案件だろうな。魔王軍を派遣してもらおう」と、ジークが言った。来るのか魔王軍。是非見てみなければ。


ここの作戦テーブルには、俺とティラマトとジーク、それから小田原さんがいた。


「ひとまずは、マルコをどうやって救出するかだな」


実は、敵のアジトは分かった。レミィの記憶の中にあった。地下迷宮の低層階の隠し部屋で、実はこの近くだ。


そして、


このティラマトというヴァンパイアは、地下空間を完全に意識できるようだ。感覚としては、複雑なアリの巣の3D標本を観察しているみたいだ。これが、ティラマトというヴァンパイアの権能の一つなんだろう。


なお、意識を繋ぐ術は、ティラマトが亡霊くんをちょちょいと行使したら直ぐにできた。意外とハイスペックなのだ。俺の亡霊くんは。


この付近の地下迷宮は、以外と複雑で、しかも出入り口が大小様々で複数ある。最初、ここに来た時に探索した入り口は比較的大きいヤツで、その他小さいやつが沢山あった。


ホークが逃げる時にどこの入り口を使ったのか不明だが、傷を負ったホークが地下に逃げたのならば、この廃村の付近だろうと思う。


そして、この地下迷宮の中に、地下組織『ホーク・ウインド』のアジトの一つがあって、そこが集合場所になっているというのだ。地下迷宮の3D模型を見ると、確かに、不規則な洞窟の中に、四角い部屋がある。その部屋の出入り口は3つもあり、それぞれ別の区画に通じているようだ。


「だが、本当なんだろうな」と、俺が言った。


それは、俺がここでじっくりと話し合っている理由……


「ええ、。如何に長寿のエルフといえども、地下迷宮は侮れない。ハーフバンパイアであるこの体の主レミィが居なければ、移動も覚束おぼつかない」


ううむ。あのふざけた男も、一応はプロ。プロだからこそ、地下迷宮の移動という特殊なことは、プロに任せているということか。


「今は信じるか。考えて見ると、ホークを行方不明にさせておくのも不気味過ぎるからな」


最初、逃げたホークは無視しようと思っていたのだが、マルコを救出せねばならないし、ついでにホークを仕留めようと考えている。


実はホークは、まだアジトに戻って来ていない。どうも、ティラマトは、俺の千里眼の地下迷宮バージョン的な能力を持っているらしい。彼女が件のアジトを覗いたところ、そこにマルコはいたが、ホークは居なかったらしい。


だが、ホークが途中でくたばっていなければ、ヤツがこの地下迷宮のアジトに現われるというのは分かっているのだ。しかも、ホークはレミィの記憶が俺達に吸い出されているということは知らない。きっと無警戒で帰ってくるだろう。


なので、アジトで待ち伏せして、一気に殲滅、マルコを救出するという作戦にしている。マルコには悪いけど、ホークを仕留められるチャンスなのだ。

仮に今ホークがアジトに帰って来たとしても、レミィが戻るまでその場に留まる可能性が高いらしく、レミィはそこには向かわないため、事実上、ホークをこのアジトに釘付けにできる。


行方が分からないヒリュウの問題もあるが、目的地は同じなので、マルコ救出と併せて捜索すればいいだろう。自分で戻ってくるかもしれないし。


「では、俺が今から千里眼で潜る。小田原さん達も、同時に潜って欲しい」


「今回は、うちからも人を出す。そいつを殺したいのは、うちらも同じだ」と、ジークが言った。少し顔が怖い。


どうも、ホークを押えていたケイティとナインペアに、何かあったようだ。


ナインは顔を刻まれていたし、ケイティが巨人モードから戻ると、ナインがケイティに飛びついていた。まあ、詳しく詮索することはしていない。


「じゃあ、メンバーには、俺のインビジブルハンドを付けて貰う。言っておくけど、寡兵がいいと思う」


「もちろんだ。ベストメンバーを出す。うちからは一人だ」と、ジークが言った。



・・・・


漆黒の曇天の元、その準備が進められる。


ここは、廃村付近の地下迷宮の入り口だ。敵が使っている入り口はここではないかもしれないが、ティラマトの3D地図を確認すると、ここからでもちゃんとホークのアジトに行ける。


「小田原さん、マルコとヒリュウを頼みます」と、俺が言った。


「ああ、任せておけ。千尋藻さんの娘なんだもんな」と、返される。ヒリュウは、俺の事をお父さんと呼ぶからな……


「頼んだぞ、シュシュマ」と、ジークがちびっ子に言った。


「うん。分かった。皆倒してくる」と、シュシュマが返す。


そう、今回の小田原さんのバディは、マジックマッシュルーム娘のシュシュマだ。彼女に戦闘員のイメージはなかったが、今回は彼女がモンスター娘代表だ。今は全身皮鎧に身を包んでいる。そして背中には、リュックを背負っている。あの中には、緊急キットとヒリュウの服とブーツと武器が入っている。ヒリュウが途中で合流した時のためだ。


何故この子なのかというと、シュシュマは地下迷宮にめっぽう強いモンスター娘らしい。まあ、キノコだからな、マジックマッシュルーム。詳しい能力とかは知らないけど。まあ、幻覚セック○ができるらしいから、幻覚とか、そういった能力があるのだろう。


本当は、俺自ら行きたかったが、さすがに俺自身が本拠地を離れるわけにはいかない。なので俺は、千里眼でついていく。


誘導係と、いざと言う時の攻撃係だ。


最初は早まって俺だけで行こうとしていたのだが、今回はミッションが多い。要は、マルコの救出、ホークの確実な殺害、ヒリュウの捜索、それから、潜んでいると思われるホークの仲間達のクリア。それらを同時に達成することは、流石の俺にも荷が重い。いや、リスクが多すぎる。俺のステルス千里眼を見破る術があったらマルコが危険だし。なので、仲間を頼ることにする。地下迷宮に入るのも歩調を合わせる。


「小田原さん、しばらくは真っ直ぐですので」


「分かった。誘導は頼むぜ」


「はい」


俺は地上で椅子に座り、千里眼に集中する。


小田原さんとシュシュマは、軽やかに地下迷宮に入って行った。

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