第148話 七三分けの巨人

空を駆ける。


少し怖い。俺は空を飛べないから、インビジブルハンドから足を踏み外したら地面に真っ逆さまだ。それで死ぬことは無いが、すさまじく恥ずかしいだろう。


俺の後ろには、本当にティラマトが付いてきている。あいつには、この見えない手インビジブルハンドが見えるのか、それとも何らかの探知スキルで分かるのか。そういえば、あいつの顔は血で出来た擬態だ。もちろん、目の玉も、脳すらも。それならば、あいつは可視光線ではない何かで見えているのかもしれない。俺の千里眼のように。


まあ、それはおいておき……


「ケイティ~~~!」


とりあえず叫んでみる。


『グィゥォオホオオーーーー』


巨人が応える。間違い無くケイティだ。


ケイティは、そのままズシンと歩く。下を気にしながらゆっくりと。多分だが、場所を変えたいのかもしれない。


その巨大ケイティの右手は、完全に凍り付いている。今は、絶対零度砲の白い光線は出ていない。


俺は、足場を軌道修正し、ケイティの後を追いかける。


巨人ケイティは、二歩三歩と歩を進め、五歩目くらいの空き地で、凍った右手を振り上げる。


おお、ここで叩き付けるんだな。


巨人ケイティは拳を大きく振りかぶる。


彼我の距離は50メートルくらいだろうか。ここからだったら、あの巨人の動きは遅く感じるが、実際に振り下ろされる速度は相当なものだろう。


そして、拳が地面に叩き付けらる。巨人ケイティの拳は地面と衝突し、ぱりんと砕け散った。


これだけの物量攻撃なら、あいつも死んだだろう。


だが、あのヘラヘラと笑う男エルフの顔を思い浮べると、なんだかそれでも不安になった。


俺は、足場のインビジブルハンドの列を、ホークの残骸があるであろう位置に向ける。



・・・・


移動中、「おい、ティラマト、ホークはどんなやつなんだ? 200歳エルフというのは知ってる」と、後ろのティラマトに聞いてみる。


俺は、こいつから出てくる情報に関し、あまり期待はしていなかったけど、何となく聞いてみることにした。


「そいつも、確か海のなかまではなかったかな? 力を貸しているのは、確か長寿の『ホヤ』だったと思う。そのホヤの名前は知らん」と、ティラマトが言った。


めちゃくちゃ重要な情報の様な気がした。やっぱり、あいつは普通のエルフではなかったのだ。魔獣だか聖獣だかの力を借りられる契約者だ。もちろん、こいつの言葉が正しいと仮定したらの話だが。


「例えばだが、そのホヤが死んだら、そいつはどうなるだろう」と、聞いてみる。


「それは、ホヤからどんな力を与えられているかによるな。だが、ホークの極端な不死身能力は、おそらく借り物だ。少なくとも、その能力は無くなると思われる」と、ティラマト。


「ううむ。そのホヤが何処に居るかだが。お前達、襲撃している中に、クトパスの眷属がいるのを知っているか?」と言った。


「はい? いや、ホヤの居所は知らん。だが、クトパスがここにいると?」


「お前、情報収集さぼってんな。まあいいや、クトパスに頼んで食ってもらうのはどうだろう。そのホヤ」


「いや、あの悪食女は、食えるものなら、すでに食っているだろう。おそらく、手が出せないような場所にいるか、小さすぎて見つけられないか、若しくは何らかの取引をしているはずだ」


クトパスって女性なんだ。雌のクラーケンか。


「そっか。どうすれば、ホークは死ぬと思う?」


「残らず灰にして、海に流すとよい」


「なんか嫌だな。海が汚れる」


「お前が食ってしまえば、確実に死ぬな」


「嫌だ。うん○が汚れる」


俺とティラマトが半分無駄な会話をしているうちに、現場に到着した。


どこだ? ホークが居ない。


いや、いた。服や皮膚がべったりと張り付いた大きめの氷が転がっている。もはや、原型を留めていない。


さて、ひとまずこの状態で水牢にして、その後に火魔術使いを連れて来て、目の前でしっかりと灰になってもらおうか。


「ふむ。」と、ティラマトが言った。


「え? まさか」


「よく見ろ。背骨と腰骨、それから両足の骨が無いだろう? おそらく、表面の皮膚や凍りついたあばらなどを引きちぎって、逃げたのだ。右腕もそこに転がっている」


おおう。マジかよ。なんてしぶといヤツだ。


「お前に聞くのもスジが違うと思うけど、あいつ、この状態でも仕事遂行しようとするかな」


「いや。あの男にそんなフライドは無い。ここまでコテンパンにやられたら、まずは身を隠すことを優先するだろう」


「そうか。ひとまず、俺の護衛対象は安心なのか? あとは、聖女かモンスター娘のところのタケノコに相談して、どつき付き回してもらうか」


聖女の国ノートゥンは、ホークの組織に目を付けていたし、タケノコは自分達を誘拐する組織を許さない。魔王軍の出番かもしれない


俺は、氷漬けになったホークの抜け殻を棒でつんつんつつきながら、千里眼で味方を確認する。


……うちの荷馬車は健在だ。


いや、その周辺で、数匹ほど敵が残っている。例の四つん這いロッククライマーだ。ネムとベルらがそいつらと対峙し、別の水魔術士が急いでそこに駆けつけている。


ふむ。まだ敵がいたのか。上空から敵に近づき、ポイズンハープーンひと突きにする。

敵は、為す術も無く死んでいく。素直でよろしい。近くにいたネムが変な顔をして、ぽかんとしている。人というのは、目の前の敵がいきなり死んだら、そんな顔をするんだな。これで、ここの敵はいなくなったかな。


次にサイフォン。仲間の水魔術士と一緒にいる。最初に怪我をしていたフレイス隊のカシューとルイーズらも復帰している。その近くで、小田原さんが誰かを治療している。あのナスビみたいなカラーリングはデンキウナギ娘のナインだな。顔が血まみれだ。足も折れているように見える。痛々しいが、命に別状はなさそうだ。回復するのを祈るばかりだ。


さらにモンスター娘。こちらは、ナハトやピーカブーさんが警戒する中、ムーがシュシュマの手当を受けている。ちょこっと怪我をしたようだが、ムー本人は元気にしている。大丈夫だろう。


概ね片付いたかな?


目の前の巨人ケイティが、しゅうしゅうと音を立ててしぼんでいく。


元に戻るのだろう。


さて、後片付けだ。


『千尋藻! 聞こえてる!』


と、声が聞こえる。


どこからだ? いや、これはファンデルメーヤさんらを覆っているインビジブルハンドだな。色んな音が聞こえるから雑音はあまり気にしないようにしているのだが、俺の名前を呼ぶのなら別だ。


『マルコがさらわれた』


何? 攫われた? なんで?



・・・・


急いで荷馬車まで戻ると、直ぐにネムが駆け寄って来た。


「千尋藻、遅いよ! マルコが」


「攫われたんだって?」


「うん。連れ去られた」


「何処に行ったんだ?」


「分からないよ。自分を守るので精一杯だったんだ」


「あの、千尋藻さん」と、横からジェイクが言った。


「どうした?」


「ヒリュウさんなんですけど、マルコさんを追いかけて行ったかもしれません」と、ジェイク。


「ほう」


「自分たち、門の方が片づいたのでここに向かっていたんです。そうしたらマルコさんが連れ去られてて、追いかけようとしたんですが、追いつけなくて。その時、ヒリュウさんを見たら、彼女、服を脱ぎだしていたんです」と、ジェイク。


「あのバカは。その後、ヒリュウの姿が消えたんだな」


「はい。その通りです」


おそらく、ヒリュウは敵の後を追ったのだ。


ホークは仕留め損なうし、何故かマルコが連れ去られるし。ホークの処理は他人に任せようと思っていたのに、しまったな。


どうしようかと思ったところで、目の前に真っ赤なブラジャーを付けたティラマトがいた。


「そうだ、ティラマトさんよ。敵の集合場所とかって分かったりする?」


こいつが敵であることを思い出した。


ティラマトは、「いや、私は知らないな。ああ、レミィは知っているかもしれん。首を持ってこい」と言った。


記憶は脳にあるんだろうな、やっぱり。



・・・・


「はいこれ……」


水の壁にぶち込んでおいたレミィの頭部を返す。インビジブルハンドで掴んで持ってきた。かなりグロい。あまり見たいものではない。


「ふむ。大丈夫かな、これ」と、ティラマトが宙に浮いている生首を見つめながら言った。


そんなこと言うなよ不安になる。まあ、俺の必殺フックがまともに入ったからな。鼻から下が顎にかけて吹き飛んでいる。顔の片方に歯がついた顎の骨がぷらぷらと下がっている。水に浸けておいたからか、もはや血の気も全く無い。


ティラマトはしかめ面をしながら、その生首を受け取り、それを自分の頭部にぐいぐいと押し込んでいく。


赤い血がじわじわと入りこみ、首の位置が元通りになる。見ているともの凄く不気味だ。そのまま、血がじくじくと動きだす。おそらく、血の力で再生するのだろう。


「ふむ。血肉が足りん。少し分けて欲しい」と、ティラマトが言った。さすがに欠損部位を治すのに、不思議パワーは働かないらしい。ちゃんと物質が必要なようだ。


「どうやって? 馬かダチョウでいいのか?」


その二つだったら、新鮮なのがある。でも、血は抜いている。


「あのなあ。出来ればヒトが良い。とりあえず、頸部を治す分だけでいい。あ、その辺に転がっている死体は駄目だ。お前の毒で汚染されている」と、我が儘を言った。


「不死身のケイティに頼んでみるか」


「軟体動物でも、お前のその体だったらいいだろう」と、ティラマト。


「まじか」


「ついでに、魔力も少し分けろ。急ぐんだろう?」


「うぐぐ。どこのお肉が良いんだ?」


「首筋」


「本当か? お尻じゃだめ?」


「嫌だ。首が良い」


ティラマトはそう言うと、俺ににじり寄り、俺をゆっくりと抱擁する。そして、艶やかな表情をして、俺の首筋にゆっくりと顔を近づけた。


そ、そこはセイロンの特等席なのに。後で嫉妬されないかな。


「せ、せめて、肩の方にしてくれないかな」


「肩肉と一緒に首も頂くのがベストだ」


ティラマトはそう言って、口をぱかぁと開き、俺の首筋にかぶりついた。いやぁ少し緊張する。というかこいつ、俺を眷属とかにしないだろうな。怪しいそぶりを見せたら、逆に噛みついてやる。


実は俺は、噛みつき攻撃も出来たりする。噛みついて毒をぶち込めるのだ。ハープーンを使った方が手っ取り早いから、毒かみつきは使わないけど。


などと別の事を考えていたが、こいつは俺の首筋を口に含んでもごもごさせているだけで、一向に食べようとしない。


すると、一旦口を外し、「おい、お肉を柔らかくしろ」と言った。


本当に我が儘なヤツだ。俺の体は特別製。人の形をした擬態で、その正体は、切り離された俺の触手。だけど、流石は神が改造した怪物だけあって、この体は人そのものなのだ。子供すらもつくれるだろう。しかも、自由自在だ。骨を抜いてそれをプレゼントしたこともある。普段は事故防止で体を堅くしているが、その気になれば柔らかくもできる。


首筋のお肉だけ柔らかくしてやると、ヤツの歯がズブリと刺さる。ちょっとだけ、赤い血が流れるが、きゅっと吸い付いて飲まれてしまう。


「あ、あふ、うううん……」


変な声を出しだした。気持ち悪いんだが。


しばらくすると、ティラマトはかじりついている首筋から口を外し、「骨」と言った。


「何?」


「骨も欲しい」


「ハープーンでも食っとけ」


彼はカルシウム分なのだ。


「いけず」


「知らん」


ティラマトは、再び、俺の首にかぶりつき、今度は肩の方の筋肉を食いだした。


「おい、ネム、その辺に落ちてるハープーン拾ってきて。毒じゃない方がいい」


「う、うん」


俺達の痴態を凝視していたネムに伝える。ネムははっとすると、少しだけ顔を赤らめて走っていった。今回、結構打ちまくったから、ハープーンだったらその辺に落ちているはずだ。一応、後で拾える分は回収しておくか。材料の備蓄は十分あるとは言え、今後どうなるか分からない。リサイクルだ。俺の戦った痕跡を残しておきたく無いというのもある。


しかし、あいつら何だってマルコを攫ったんだ?


俺は、俺に抱きつき美味しそうに肉を囓り血を啜る吸血鬼の、尻肉をどさくさで撫で回しながら、しばしの間、天を仰いだ。

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