第146話 呪い返しの封じ方
「死ね! 今度こそ死ね」
何度か切り結んだ後、俺は巨大なインビジブルハンドで、赤いロリババアを思いっきり握りつぶす。
今、こいつの体は原型とはずいぶん異なる。
元は貧相なロリッ子体型丸顔で、髪は薄紫のショートだったのに、今は少し胸が膨らみ真っ赤なロングヘアーになっている。胸の膨らみの部分は、赤いブラジャーみたいなのでガードされている。お尻も気持ちふっくらとしており、破れてしまった服や靴の部分は、これまた赤い何かで覆われていた。おそらく血で造った防具か何かだろう。
顔は元々童顔八重歯ちゃんだったのが、超美形の八重歯さんになっている。
「は!」
八重歯さんは両手に持った赤い剣で俺のインビジブルハンドをいなし、隙間からもの凄い速さで逃れる。
隙ありとばかりに、俺はその着地点に向けてニードルガンを発射する。相手からしたら、何も無い虚空からもの凄い勢いで細かな串が大量に射出されているように感じることだろう。
体に数十発は当たるが、ヤツはそれを意に介さずに動き続ける。おかしい。アレが吸血鬼ならば、杭が苦手のはずだ。
それとも、あいつは特別なのだろうか。
数回の切り結びで、ようやくニードルガンが当たったのに……
「泥仕合だ。止めないかおい」と、赤いロリババアの八重歯さんが言った。
「信用できん」
だいたい、俺はこいつに、百分割になる呪い返しをしたはずだ。エリオンの時にはゆるさんとか言って睨み付けてきたはずだ。
「ここを襲ったのは私ではない」と、ヤツが走りながら言った。
「今はお前じゃねぇか。変な剣持って動き廻りやがって」
ヤツが手に持っている赤い剣には見覚えがある。あれは、エリオンが出現させて、俺の首を切り落とした剣だ。さらに、その時の呪いの力で、遠く離れた深海にいる俺の本体にも、攻撃が届いたという……必然的に警戒してしまう。
「お前が攻撃を止めんからだ」と、返される。
「止めたらお前も止めるのか?」
「止める。そもそも、私は攻撃しておらん」と言って、足を止める。
そういえばそうだな。こいつの剣は、俺の攻撃を受ける時に振るうだけで、あちらから攻撃はしていない気がする。
俺は攻撃の手を止めて、「恨んでいないのか? 俺のこと」と聞いてみた。
「あの時は、とっっても痛かったんだぞ? だが、あれくらいで私は死なない」
「ふむ。あの呪い百倍返しに耐えたのか」
「呪いの式を、誤誘導したのだ。お陰で、ムダ毛が百本ほど処理できた」
「……ムダ毛って、どこの?」
「VIO」
こ、こいつやりおる。体が百に分割される呪いを、ムダ毛99本に振り分けて、難を逃れていたのか。
しかも、誰に見せたいのか知らんが、あそこの毛の処理に活用したようだ。そういえば、あの時、エリオンは怒ったこいつに生気を抜かれ、干からびて死んでいったように見えた。あいつ、死ぬ必要なかったんじゃ……
「それって、永久脱毛?」
「その毛根は、そうなるな」
「そっか。あの、その体のやつって、暗殺とか人攫いとかやってるわけ。そんなヤツに力を貸すの止めてもらえないかな」と、言ってみる。
考えてみると、俺はこいつそのものに恨みはない。受けた呪いは返したし。
「私がこの子と契約をしたのは最近だ。こいつは、不幸な生い立ちにもかかわらず、良い子に育ったんだがな。付き合う男が悪すぎた。男運が無かったんだな」と、返された。どうも論点をずらしているような気がする。
「で? どうすんだ」
「私はティラマトだ。千尋藻よ」
何で俺の名前を知っているのか知らないが……
「ああ、はいはいティラマトさん。それで、あんたはこの状況をどうしたいんだ?」
「この状況というのがよく分からん。私は先ほどまで、別の眷属の視点で遊んでいたからな」と、ティラマトが言った。何人も眷属がいるらしい。何をもって眷属と呼んでいるのか知らないけど。
「お前ら、俺の護送対象を暗殺しようと襲ってるわけ。だから俺も対抗してる。お前がそれに力を貸しているから、俺がここで足止めを喰らってる。早く、仲間のところに戻りたいんだが?」
結構、立体的に動いたから、ここは縄張りの外で相当離れてしまっている。夢中で戦っていたら、ここまで来てしまった。
「ふむ。私がここでレミィとの契約を破棄すると、この子はそのまま死ぬだろう」と、ティラマトが言った。遠回しなやつだ。会話が微妙にかみ合わない。
「こいつは犯罪者だ。いずれどこかで死ぬだろう。碌な死に方はしないと思う」
「レミィは、ハーフ・ヴァンパイアだ。我らの仲間が戯れでつくった子供。ハーフとはいえヴァンパイアが、人の世の中でどのような生活を送るのか、見てみたかったのだそうだ。この子は、生まれた時に人の街のスラムに捨てられたのだ」
何だ? 同情して助けてやれってことか? 孤児なんてそんなに珍しいもんじゃ無いだろう。アリシアやマルコだって孤児だ。だけど、ヴァンパイアならではの苦労というやつもあるのだろうか。
「この世界のヴァンパイアの特徴が分からねぇ。日の光に弱いとか、ニンニクや杭や銀やらに弱いとか。自分で建物に入れないとかその他諸々の伝承だ」
その辺の条件で大変さが変わってくると思うのだ。
「話してもよいが、長いぞ。今聞くか?」
「とりあえず、日の光の事と、噛みついたら眷属を増やせるのかだけ教えてくれ」
「日の光は克服できる。この子はすでに、デイウォーカーだ。ハーフ故ずいぶん若い時に克服したようだ」
デイウォーカーということは、昼間でも出歩けるヴァンパイアということだ。
「それに、噛みついただけで眷属を増やすことは、我らでもできない。噛みついて血を吸った相手は、魅了状態になる。だが、この子のその能力はかなり低いな。せいぜい、セック○のお誘いが断りにくくなる程度だ」
無尽蔵にレッサーヴァンパイアを増やすことは出来ないようだ。まあ、こいつの言葉を信頼すればだけど。
「さて、どうしようか。邪魔しないんなら、後回しにするけど」
「お前は優しいな。私は、お前の護衛任務の邪魔はしない。出来れば、お前の戦いぶりを見てみたいが?」
「何時寝首をかかれるか分かったもんじゃない。水牢に入って貰っていい?」
「ふん。私は、お前が何者であるか理解している。私ではお前は殺せない。お前に傷を付けるためには、呪いを送るしか思い付かないが、それをすると絶対に反撃を受ける。深海の化けモノとは、戦うだけ無駄なのだ。故に寝首をかくつもりは無い。それと、水牢は嫌だな」
「我が
「願いを聞いてくれたら、見返りを考えよう」
吸血鬼の見返りか。でもまあ、この世界の先輩だからな。色々と役立つ時がくるだろう。というか、時間が勿体ない。
「分かった。今は信じる。その女の処遇は後回しだ。それより、早く戻りたい。ホークがどうなったのか気になる」
俺は、踵を返し、仲間の元へ急ぐ。とりあえず、防塁を登って、その上を走って行くことにする。
ティラマトは、「ホークは、私が知る中でも最強ランクの戦士だ。さて、どのように倒すのかな」と言って、俺についてくる。心なしか嬉しそうだ。
こいつは、ひょっとして暇な女なのかもしれない。だからこうやって色んな人物に力を貸して、疑似体験を楽しんでいる。別にウルカーンやララヘイムがどうこうとは関係ないような気がする。その力が犯罪に使われているのは問題だが、こいつにとって、それは些細なことなのかもしれない。
『ウォオオホオオオオ!』
縄張りの中から、猛烈な叫び声が上がる。高音とも低音とも付かない、不気味な音程だ。
嫌な予感がする。
俺は、防塁の上を全力疾走した。
◇◇◇
少しだけ時間は遡る。
ホークは、じんじんと痛む右手を少しだけ見つめながら、目の前で倒れる女を見下ろした。
その女には尻尾が生えていた。最初はどうでもいい女と思ったが、体をよじる姿がなんともホークの嗜虐心をくすぐり、むらっと来た。
だからホークは、ちょっとだけ楽しむことにした。他のおっさんはレミィが当たっているし、モンスター娘を攫う班と暗殺ターゲットを襲う班は別に編成しているし、どうせここに自分より強いものなどいないという奢りがあった。最初の変なおっさんの毒攻撃は少し効いたけど、2回目はレジストできるとも踏んでいた。
だから、ぱりぱりと帯電する女のズボンを引きずり下ろし、その丸いお肉の間を堪能するべく、自分の逸物をそれに近づけた。
左手に持っていた短剣は投げ捨てた。若干曲がってしまっていたからだ。最初に受けた攻撃の際に、銃共々変形していたのだろう。だから、先ほど目の前の女の目を切り付けた時、狙いがはずれて、剣が眉間に当たってしまった。今は流れ出ている血が目に入っているため、目を見えなくさせるという目的は果たしているのだが。
地面の女は、最後の抵抗のつもりなのか、尻尾でホークの体を押し返そうとするが、その弱い力では止らなかった。
ホークは、ナインのお尻をがっちりと掴み、自分の逸物をナインに宛がう。
後は体重を掛けるだけ。さて、お楽しみという時、ホークの体が後ろから抱き締められ、体が止められた。
ホークは少しだけ不機嫌になりながらも、背中の人物が誰なのかを理解する。
そして、「ほう。やるなぁ。お前の不死身とやらも、なかなかの回復力だ」と言った。いきり立つ自分のブツで、ナインの尻肉をペシペシと叩きながら。
先ほど、自分がめちゃめちゃに剣を指しまくった人物だ。頭部も何回か刺した記憶がある。それらは全て、脳に達していたはずだ。
ホークは、今の彼の動きは最後の悪あがきだろうと考え、そのまま続きを行う事にした。ホークはこの二人の関係に興味は無かったが、男の前で女を犯すというのも、彼の200年の経験の中で、なかなか楽しいということを知っていた。
ケイティは、「ナイン、逃げろ。私は大丈夫ですから」と言った。
「がああ、ケイティ、どこ? 駄目だよ」と、ナインが言った。振り返った顔は、血まみれになっている。
「ごめん。ナイン」
「ケイティ!」
「本当はね……」
「よっと。もう少し」
ホークは、二人の会話を無視し、お楽しみを進める。
「私は、夢の一つに……」
「やっぱウザい。お前は死ね」
ホークは、やっぱり集中したいと思い、自分にしがみつくおっさんに向けて、風魔術を使用する。
切断系の風魔術。それが三発。首、背中、腹に鋭い斬撃が入る。
バシン! という音を立て、ケイティの体がはじけ飛ぶ。
ホークはそれを見届けると、ゆっくりとナインに体重を掛け始めた。
・・・・・
『ウォオオホオオオオ!』
何かとてつもない音を立てたかと思うと、ホークの体が急激に持ち上げられる。
手で押さえつけていたナインを地面に置いたまま。
「うぉお! 何だ!?」
ホークが振り向いた先、そこには、巨人がいて、自分はそれに胴体を捕まれていた。
あっという間に地上15メートルくらいまで持ち上げられる。
「今! 発射せよ、絶対零度砲!」
それは、対軍兵器。本来、寡兵では絶対に放てない水魔術の最高峰。究極の水の攻撃魔術。
氷で出来た大筒より、白いビームが発射される。そのビームは、空中で少し軌道を変えながら、巨人の右手、そこに握られている
それは、サイフォンを中心とする水魔術士4人のユニオン魔術。
強力な敵に対し、最高の魔術で挑む。
先ほどまで、発射のタイミングを待っていたのだ。
そして、彼女サイフォンの左手には、美しい輝きを放つ、『パラス・アクア』が握られていた。
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