第145話 荷馬車前の攻防戦
一方その頃、外でどんどんぱりぱりと戦闘音が聞こえてくる中、真っ暗な荷馬車に押し込められているメンバーも姦しかった。
「臭っさ! 何これ臭っさ!」と、ファンデルメーヤが叫ぶ。
「高濃度アンモニアが漏れてる? ……いや、違う。これ、うん○としっこだ」と、ステラが言った。
「ひょっとしてこいつらじゃ?」と、アイサが言った。
彼女が言う『こいつら』とは、床に転がっている二人の15歳、ハルキウ・ナイルとカルメン・ローパーだ。
先ほど『努力』して、気絶してそのままの状態だ。この二人の世話をしようとした矢先に敵襲があったため、適当に荷馬車に放り込まれたようだ。すなわち、彼らの寝間着の中には、ブツが入っているものと思われた。
一方、この荷馬車の中は、巨大インビジブルハンドで覆われていることから、機密性が高かった。要は臭いが籠っていた。
「ちょ、マルコさん? マルコさんはいらしゃらない?」と、ステラが言うも、返事はない。シモの世話係はここには居ないようだった。
しかも、イタセンパラとカルメンの侍女である戦闘メイドは、戦力として外に布陣している。
そのとき、赤髪のぼんきゅっぼんがしゃがみこみ、「ちっ、しょうがないねぇ。私がやる」と言った。
種付け師のアイサだ。アイサは、畜産用に悪臭耐性というスキルを宿していた。もちろん、今の充満する臭いにも耐えている。
アイサは、そのままテキパキと服を脱がせて、二人のシモの世話をしていく。彼女には沢山の弟がおり、シモの世話も慣れているようであった。
アイサは、まずはじめにハルキウから取りかかった。ズボンをずらそうとしたが、何かが引っかかる。
「ああ? 何だこれ。ちっ、勃起か、ちょこざいな」
シュパ! 一秒ほどで解決される。
そのままテキパキと処理され、少年は綺麗になる。アイサは、次にカルメンに取りかかる。
「この子は出切っていないね。途中で気絶したみたい。これだと、掃除してもまた出るね」
アイサはそう言って、指を突っ込み、全部出させて綺麗にしていく。
「ごめんなさいね、アイサさん、本来は私も手伝いたいのだけど」と、ファンデルメーヤが言った。ハンカチで鼻を押えながら。
アイサは、黙々と処理を続けながら、「いえ。こういったことは、訓練しないとできないものです」と返す。
アイサは、周りの女性陣から尊敬のまなざしを向けられながら、「そういえば、あの辺りから新鮮な空気が入ってきているようです」と言った。
荷馬車の中にいたマツリが、「え? こちらですか?」と応じる。アイサが言う場所は、彼女の近くだった。
そこには荷馬車の窓があり、外が窺える場所だった。本来であれば、その直ぐ外にはインビジブルハンドががっちりと防護しているはずであった。今の彼女らには知りようもないが、インビジブルハンドはその名の通り、ヒトの手の形をしているため、それらで覆ったとして、どうしても隙間というものは出来てしまうものなのである。
「ひょっとして、空気孔があるのかも、ある程度の大きさがあれば、私の魔術を外に放てる」
ファンデルメーヤはそう言って、その空気孔を探し出した。
◇◇◇
「戦闘音が陣地の中でしてる。防塁を突破されたのね。敵がこっちに来てもおかしくない。準備はいい?」と、ベルが言った。
彼女は、荷馬車の最終防衛ラインの下士官として、ここに布陣している。
要は、ファンデルメーヤとハルキウ、そしてカルメンらがいる荷馬車の前にいて、ここを襲われないようにガードを固めていた。
水魔術士ベルの他のメンバーは、ネム、イタセンパラ、カルメン侍女の戦闘メイド。そしてマルコだ。先ほどまでダルシィムという頼もしい男子もいたが、今は回復役としてここを離れてしまっていた。
「ねえ、マルコ。あなたは中に入っていていいのに」と、ネムが言った。
「い、いえ、私も戦います。火魔術を頂きましたから」と、マルコが応じた。
マルコは、おっさんに本名がスザクだからという理由で、火魔術レベル1を買い与えられていた。理由はどうあれ、彼女にとって、これまでの人生で一番高額なプレゼントであり、また、火魔術士というのはウルカーン人にとっては憧れであったため、内心めちゃくちゃ嬉しく、本人は大真面目で火魔術の訓練をしていたのである。
「分かったよ。一緒に頑張ろう」と、ネムが返した。
その二人のやり取りを微笑ましく聞きながらも、周囲を監視していたベルは、防塁の上に何かがさっと動いた様子を感じ取った。
この陣地は、荷馬車3台、鹵獲した馬車2台、化け蜘蛛1匹に馬類10頭、極めつけは人が40人以上いて、彼らの寝床やトイレ、台所などの生活スペースが設けられていた。しかも、プライベートを確保するために、そこそこの距離を空けて。
なので、陣地の中といえど、かなりの広さがあった。また、開幕の爆撃で半数が吹き飛んでしまったが、所々に張ってあるテントや樹木、それから廃屋などのせいで、見通しは意外と悪く、戦闘音は数カ所で響いているのは分かったが、全体の戦況は、彼女の位置から確認することが出来なかった。
そのような中、何かが防塁の上を通る。
「防塁を登って来たかも」と、ベルが言った。水壁をよじ登るのはほぼ不可能であるが、今回の縄張りの半分を占める土でできた防塁なら、よじ登ることは出来るだろう。特に今回は、防塁の上で誰かが奮戦しているわけでもない。
「あいつらの目標はここ。千尋藻も小田原もケイティもいない。やるしかない」と、ネムが言った。すでに片刃の剣は抜いており、両手持ちで構えている。
ベルはにこりと笑い、「そうよネム。今回は、ここを守り抜けば私達の勝ち。千尋藻さんらが戻ってくるまで粘ればいいだけ」と応じた。
・・・・
周囲でバンバン、ドゴドゴと轟音が響く中、それらは現われる。
四つん這いで歩く不思議な物体。両腕と両肩は人のようであるが、足はバッタのように関節が上を向いていた。おそらく、四つん這いで動きやすいように変化したのだろう。頭髪は無く、目に至っては眼窩 《がんか》はあるが、そこには何もなく、ただの二つの
「何こいつら……」と、ベルが呟く。
「知らないけど。敵なら切る」と、ネムが言った。
イタセンパラも戦闘メイドも武器を構える。
水の大盾を構えるベルが、「みんな、荷馬車のインビジブルハンドは未だ健在。抜かれても、攻撃されてもしばらくは問題ありません。自分らの身を守り、敵を一つずつ殺すことが目標です」と言った。
四つん這いの何かは、ベル達を見つけると、それらを排除するべく、一瞬で凸型の陣形を整え、大盾を構えるベルの斜め横から突撃してくる。
「まずは……テンタクル!」
大盾から、数本の水の触手が生まれ、敵前衛に巻き付きに掛かる。
「ブレイク!」
動きを制限された敵の首に、ネムの横凪が一閃し、まるで最初から上に乗っていただけの物体のように、首がポトリと地面に落ちる。
「ファイア・バード!」
マルコが練習してきた魔術を使う。一般的にはファイア・ボールなのだが、マルコの場合、とあるおっさんから提案された名前に変更している。というか、魔術を使う際のワードは、起動させる魔術回路をイメージしやすくするためのモノであり、別に無詠唱でも魔術は発動する。だが、こと初心者においては、やはり訓練中に使用していたスペルを発音した方が、確実に魔術が顕現するし、威力も高くなる。
言霊の成せる業か、マルコの出したファイア・ボールは、どこか鳥のような形をしており、発射速度も通常より速かった。それが後続の敵にぶち当たる。
四つん這いの何かは、体の表面が焼け、一瞬足を引っ込めて警戒するが、体の一部から煙を出しながらも、かまわず突っ込んできた。
「は!」
左手にラウンドシールド、右手に片手剣を持ったイタセンパラが、マルコの前に踊り出て、足元にいる四つん這いの頭部に刺突を入れる。
四つん這いは、それを両腕の十字受けでいなし、そのままイタセンパラに飛びつく。四つん這いの腕には防具は無かったが、剣をいなしても傷が付かない程度には堅いようだった。
相手は剣を恐れていないのか、次々と飛びかかってくる。だが、イタセンパラはプロテクションで攻撃を弾きつつ、持ち前の盾術と剣技で攻撃を捌いていく。
「こいつら堅いよ! 急所を狙って!」と、ネムが叫ぶ。
「ファイア・バード!」
マルコがもう一発火の鳥を飛ばす。相手を倒すには至らないが、突進を止める程度の効果がある。
その隙をついて、イタセンパラの刺突が相手の足に突き刺さる。だが、足から血を流しつつも、なおも跳びかかってくる。
「急所じゃなきゃ!」
ネムは、相手の防御が薄い脇腹に刺突を入れつつ、体当たりで敵を押しやる。
だが、後続から別の2体の四つん這いが這い寄る。
「アイス・サイクロン!」
猛吹雪が相手を包み込む。
大盾を持つベルが、水魔術を使いながら相手をけん制していく。
そしてその隙に、ベストのポケットに入れていた容器を取り出す。
その容器の蓋が自ら開いたかと思うと、中から何かが飛び出し、相手の顔に
「キィイイ」
襲撃者が不思議な声を出す。おそらく相当嫌がっているようである。敵が瞬時に離れて行く。
ベルは、さらに別の容器を取り出し、次の襲撃に備える。
「マルコ、あなたは少し下がって、イタセンパラ大丈夫? ネムも一旦落ち着いて」と、ベルが言った。ベルが見たところ、イタセンパラが若干擦り傷を負った程度で、戦闘は継続できそうだった。
だが、初檄で相手を2名ほどクリアしたものの、敵はどんどん増えている。おおよそ10人弱だろうか。
敵は一旦距離を取ったかと思うと、先ほどの凸陣形を2つ造り、今度は大盾の左右から突撃してくる。
「くっ、今度は左右同時か。イタセンパラは左を固めて。私は右に対処します」と、ベルが言った。
「はい!」
5対8の、戦闘が始まる。
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