第143話 乱戦の廃村


「彼がホーク、200歳のエルフです」と、ケイティが言って、十字架型の杖を携え、ホークとやらを警戒する。


「彼のスキルは風魔術と各種耐性スキルとマジックキャンセル。自己回復にドレイン、それから『クリティカル』というあらゆる攻撃が効率化するスキルを持っています」と、ケイティが続けて言った。


「ほう。俺は、鑑定阻害のスキルを持っているはずなんだがな」と、ホークが言った。暢気に突っ立っている。


ふと土の防塁の方に気配がする。ちらりと見ると、四つん這いの何かが音も立てずに壁を登ってくる。あいつらは……まさか地下迷宮で見た地底人か? 目の無いロッククライマーだ。時間を掛けるとまずい。こいつらのおしゃべりも、遊軍が展開するまでの時間稼ぎなのかもしれない。


「さて、仕事するか。レミィはそのおっさんか?」


ホークはそう言うと羽織っている外套を脱ぎ捨て、短めの剣を構える。あれが、国家も注目する地下組織のボスか。エルフというだけあって、金髪のイケメンだ。


「そそ。私はこの変なおっさんと遊んでおくよ。終わったら合図してね」と、レミィが応じる。


「千尋藻さん、ホークとやらは、私が抑えておきます」と、ケイティが言った。不安だけど任せるか。こいつは不死身だからな。


俺は、「分かった」と言って、女の方に向き直る。


速攻で終わらせる。こいつらは、危険な気がする。


貧相なロリババアに向けて猛ダッシュしつつ、人一人をつつめるサイズのインビジブルハンドで掴む。


相手はびっくりしつつも、逃げられない。まさに所見殺し。


覚えたての頃は、ゴンベエやエリオンくんに見破られたりしたが、それは最初にインビシブルハンドを出して、そしてそれを動かしていたから。不可視とはいえ、それだと周りの空気は動くから、達人だったら気付くのだろう。まあ、エリオンくんは魔力の動きがどうとか言っていたから、別の探知スキルとかでも分かったのだろう。だけど、一気に出すとほぼばれない。いや、気付いた時にはもう遅いというやつだ。


多少、プロテクションっぽい抵抗を感じたが、難なくそれらを突破して握り締める。相手が立ったままの状態で。


とどめとばかりにポイズンハープーンを逆手に持ち、相手の鎖骨上から思いっきり突き刺す。


ずぶりと嫌な感覚を感じ、銛が人体を突き進む。ここの下には心臓があるはずだ。そこをしっかりと貫いた。今度のハープーンは普通サイズだから、長さは70センチくらいある。


そのまま真下に毒を噴射!


ずどんという振動が伝わったと思ったら、彼女の内臓が地面に飛び散っていた。相変わらず毒の意味がない武器だ。噴射の威力だけで中身が出てしまった。


俺の目の前には、びっくりした顔のまま固まっているロリババアの姿。当たり前だが、インビジブルハンドは見えないため、両腕を真下に伸ばした状態の体が、宙に浮いているような感じになっている。


どうでもいいことだが、確かに、こいつにはチャーミングな八重歯がある。そして、耳が尖っている。これはあれだ。エルフではなくて、多分、魔族とかその辺だ。でも、まあ、どうでもいいか。


俺はそのまま、飛び散った毒を操り、それをケイティの方にいるホークに向かわせる。やつはすばしっこそうなので、接近戦は挑まない。


毒耐性はありそうだが、俺の猛毒と勝負だ。


「む!?」


ケイティと対峙していたホークがこちらに反応する。


操る毒を、地面すれすれで移動させ、足元から顔射!


顔射の毒はステップで避けられるが、すでに、インビジブルハンド飽和攻撃が完了している。

要するに、ヤツの周りには、逃げる隙間がないくらいに大量のインビジブルハンドを展開させている。


「ケイティ、離れろ! ニルヴァーナだ!」


ニルヴァーナの欠点は、近くにいるものも巻き込んでしまうことだ。


ケイティがバックステップしたタイミングでニルヴァーナを発動。大量のインビジブルハンドの中にいるホークにポケェとなる毒ガスを噴霧させる。ついでに、操っていたポイズンハープーンの毒も顔射する。


普通ならこれで死ぬ。だが、ヤツには耐性系のスキルが沢山あるようだ。


「まだ油断するなよ」


「はい。彼はまだ死んでいません。彼の耐性スキルはあらゆる分野に及ぶようです」と、ケイティ。


俺は、そのままホークを思いっきり握り締める。何か固いものがパリンと弾け、中身の柔らかいものをぶちぶちと潰す。これは、死んだか瀕死だろう。後のことはケイティに任せよう。


「では、俺は荷馬車の方に……」


そこまで言ったところで、異変に気付く。


。下半身血みどろだけど。先ほど、俺に心臓を貫かれ、内臓が肛門を突き抜けて地面にばしゃりと落ちたはずだ。


そしてロリババアは、「あんた、酷いことするね」と言った。真っ青な顔をして。少し怖い。


俺は、もう一度インビジブルハンドを展開させた。



◇◇◇


おっさんらが敵ボスと戦っている頃、各陣で各々が自分らの役目を果たすべく、奮闘していた。


「ヒリュウさん、危ない!」


ジェイクがそう叫び、ヒリュウの後ろから飛びかかろうとしていた四つん這いの襲撃者に、メイスをフルスイングする。


彼のトゲトゲメイスは、うまく四つん這いのお尻に激突する。


ヒリュウは、「ありがと!」と返し、メイスでダメージを負った敵の首を、自分の単槍で切り裂く。


「でも、さっき一匹通しちゃった」と、ヒリュウ。


「縄張りの中には千尋藻さん達がいます。僕らは僕らの仕事をしましょう」と、ジェイク。


「言うじゃない。でも、この虎口はさっきのお父さんの攻撃でほぼ鎮圧。代わりに敵さん、迂回して壁を登って来てる」と、ヒリュウ。


「ここはケナウさんに任せて、荷馬車の防衛に回りましょう」と、ジェイク。


「そうね。あそこさえ守り切れたら、私達の勝ちよ」と、ヒリュウ。


「そうです。敵を倒すのは千尋藻さんに任せましょう」


ヒリュウは、「ケナウさん、そういうことで!」と言って、縄張りに入って来ている四つん這いの元に走る。


水の大盾を構えるケナウは、「目の前を倒したら、この虎口は閉じます。その後、私達はサイフォン様の元へ」と応じた。


現在の水の壁は、水魔術士11人衆なら誰でも操れるようになっていた。これまでの特訓の成果である。用済みとなった虎口、すなわち殺し間は、完全に塞いでしまうことにしたようだ。


「了解です!」


ヒリュウとジェイクは、残敵排除を急ぐ。



◇◇◇


「気持ち悪いのがきた~」


2メートルを越す身長のムーが、四つん這いの何かに大斧をスイングする。


それは当たらなかったが、追撃でギランが相手の手首を切り付ける。


たまらず後ろに飛び退いた敵の着地点に、弓矢が飛んできて頭を貫通させる。さすがにその四つん這いは、それで倒れて動かなくなる。


「くそ! 舐めるなよ。モンスター娘風情が」と、最初に商人としてやってきた男性が言った。


「お前ら、狙いは私らか?」と、剣を構えたジークが応じる。


今現在、モンスター娘10人と炎の宝剣5人に対し、相手は7名ばかりの寡兵になっていた。


「手榴弾を使え!」と、男が叫ぶ。


「何!? 手榴弾だと?」


それは、異世界の兵器。いや、この世界でも、その設計思想を知っていれば、誰にでも作成できる兵器である。


それは、爆発系の魔道具の周りを、尖った金属片を混ぜた粘土で固めた物体であった。大きさはソフトボールくらいだ。


敵兵が、そのソフトボールくらいの球を、前線の巨女に投げる。


「ムー! 伏せろ」と、ジークが叫ぶ。


ズガン!


ムーの体の真横で、大きな音と閃光が発生し、そして大量の煙が辺りに充満する。


「次々に行け! 無傷捕縛は諦める。多少死んでもかまわん」と、偽商人。


ズガ、ドガ、ドゴン!


ムーの周りに連続で強烈な爆音が起き、パラパラと小さな土塊と金属片が辺りに散らばる。


「ふん。生きている者を手当たり次第にさらえ。何時いつ、ホーク様の仕事が終わるか分からぬぞ」


偽商人の男性がそう言った瞬間、濃い煙の中から、大きな斧がブオンと振るわれる。


「何!?」


「耳が痛ったぁ~い」


煙の中から、全身血まみれの巨女が現われる。だがしかし、その傷は皮膚の表面で止っており、筋肉までは達していないようだ。痛そうにしながらも、普通に動いている。


「手榴弾で死なぬとは、さすがはミノタウロス娘だ。こいつは殺せ! 厄介だ」


ブオンともう一度斧が振るわれるが、偽商人はステップで後ろにかわす。だが、相手ムーの動きが遅かったからか、少し単調な動きで真後ろに跳んでしまう。


「どっ、せい!」


ムーは、隙ありとばかりに、腰を落としつつ一直線に前に出る。


彼女の大きな角付きの頭が、偽商人に迫る。


巨大な角を持つ彼女の、超弩級のぶちかまし!


ぐちゃ……


ムーのおでこが偽商人の鼻の下辺りに激突し、顔の半分くらいまでめり込む。


というか、頭突きを受けた彼の頸部けいぶは、引きちぎれそうになるくらいまで、伸びていた。


そのムーの後ろでは、キラキラと輝く何かの幕に覆われたモンスター娘達が普通に立っていた。その前面には、『炎の宝剣』のリーダーがいた。彼が何かしらのバリアを張ったと思われる。最前線のムーには間に合わなかったようだが……


「ティギー、アレを使って!」と、女スカウト。


「うん、ファイア・ビィーーーム!」


ロリっ子魔術士ティギーが、渾身の、謎の怪光線ビームを放つ。


赤い輝きを放つ光線が、虎口付近にいる四つん這いの敵を襲う。


「よし、一気に畳掛けるぞ!」


ジークはそう言って、孤立している敵兵を殲滅させるべく、仲間達と共に前進した。

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