第142話 鷹は舞い降りる


「ううう、何だか済まんなぁ。俺が受注した仕事がこんなことになってしまって」


「いいんですよ。せっかくの異世界転移じゃないですか。しかも、チート付与バージョンの。イベントはあった方がいいです。それがちょっとくらい刺激的でも。千尋藻さんが気にすることではありませんよ」と、ケイティが言った。


ここは防塁の上。商人との飲み会から戻ってきたケイティから報告を受ける。


彼女らは、ウルカーンからスイネルまでお酒を運んでいるらしいが、それにしては軽装な荷馬車だったらしい。どういった種類のお酒か、スイネルのどの商会に卸すのか、などの込み入った話も色々と聞けたらしいが、話がスマート過ぎてやはり怪しいと思ってしまったようだ。

それに、あの男女は夫婦という説明だったらしいのだが、ケイティ的にそういう雰囲気は感じなかったそうだ。


「それに彼女、耳が尖っていました。最初ハーフエルフかと思いましたが、どうもエルヴィン出身ではないようなのです。別の種族とのハーフでしょう。そして、彼女にはチャーミングな八重歯が生えています。ただの歯並びなのかそれとも、噛みつく為のものなのか……」


そもそも犬歯は噛みつくためのものだとは思うが、八重歯ちゃんだったのか。54歳のロリババア八重歯耳尖り属性か。髪は薄紫のショートで明るい感じの女性ではあるが、胸は小さいが無い訳では無い感じと。


さて、どうしたものか。


俺は、ケイティと会話しつつ、千里眼で件の商人を覗く。


例の男女が何やら作業をしている。こんな夜中にとは思うが。服装も寝間着ではなく普通の格好だ。鞘に入った剣を腰にぶら下げている。


まさかあの格好で眠るのだろうか。まあ、彼女らは俺達と違い、二人パーティだ。交代で休憩し、二人とも武装したまま眠るのが普通なのかもしれない。


『きゃぁああ!』


「何!? どうした」


今のは女性の叫び声。誰だ?


俺は、ケイティと目線を合わせ「ケイティ、様子を頼む」と言った。ケイティはすぐさま叫び声の方に走って行く。


俺は、千里眼で辺りを俯瞰しながら、叫び声の主を探した。



・・・・


人がわらわらと集まる中心、特段慌てた様子はみられない。というか、なんとなく既視感デジャヴ……


騒ぎの中心地、水魔術士達が、何事かと寄って来る男連中を、苦笑いしながら追い返している。まさかとは思うが、これはお漏らし……様子からハルキウ坊やではない。おそらく、|あのお嬢ちゃんだろう。彼女も努力の人だったようだ。


全く人騒がせな。ここは無視でいいかと思い、千里眼を上空まで上げようとしたその時、一瞬だけ千里眼の画像が真っ暗になった。まるでまばたきをしたみたいに。


何だ? 俺の千里眼は瞬きなんてしない。


いや、これはまさか、俺の目の前を何かが通った?


今は夜だぞ? 鳥なんか飛んでいない。


フクロウかミミズクの鳴き声などもしない。


いや、待て。これはひょっとして……


「空だ! 空を警戒しろ!」


俺は、どうしてそれを見逃していた? 相手が地下迷宮の組織だからって、空を利用しない理由にはならない。


俺はファンデルメーヤさんがいる荷馬車の上面に巨大インビジブルハンドを展開させ、因幡の白うさぎ作戦で仲間の元に急ぐ。


水魔術士達が、地面にぶっ刺しておいた大盾を持ち上げる。


さらに、上空にまばゆい閃光が発生する。誰かが照明弾的な魔術を使ったのだろう。


そして、俺達の上空があらわになる。


例えるなら、グライダーだろうか。真っ黒い三角形の何かが大量にいる。間違いない。これは敵の襲撃だ。しかも空からの。


ドゴォン・・・


爆発!


場所は俺達の荷馬車上空だ。空爆だろうか。危機一髪、インビジブルハンドが間に合っている。


スレイプニール達が音と振動に興奮している。


さらに続けて爆発音。パンパンと連続で爆発が起きる。


こいつら……好き勝手しやがって。だが、向こうも発見されたのが想定外だったのか、攻撃が散発的で雑だ。この程度で、俺のインビジブルハンドは破れない。


暗闇の中、遠近感を取るのが難しいが、千里眼の真下にいるグライダーの一つをインビジブルハンドで鷲掴みにする。手加減はせず、一気に握り締める。


何かが潰れ、指の間からぶりっと中身がはみ出してくる感触がある。中身がヒトなら、生きてはいまい。潰した中身を捨てて、すぐに二つ目に狙いを付けて掴みかかる。


だが、これは外す。


相手のグライダー部隊も、空の異変を察知したのかランダム飛行になる。


その中の一体に目星をつけ、今度はハープーンを乱射する。


そのグライダーは、瞬く間に穴だらけになり、地面に落下していく。こいつらにはこの作戦がいいかもしれない。


俺の千里眼は便利なもので、視界の中だったら任意の場所に、相当の初速でハープーンを射出させることができる。


こんなこともあろうかと、色々と試して、小型で毒無しのハープーンを一気に大量に打ち出す技を開発していたりする。名付けて、ニードルガンだ。


続けざまに別のグライダーにニードルガンを発射。瞬く間にハチの巣になって錐揉みしながら落ちてゆく。


カッ! と、まばゆい閃光が空に発生する。追加の照明弾だろう。この魔術は、どうもケイティのようだ。なお、千里眼は強烈な光で網膜が焼け付き、見えなくなるということはない。


さらに、地上から、お返しとばかりに炎やら氷やらの魔術や、弓矢が放たれる。特に、氷系がものすごい。水魔術士が11人もいたらこうなるのだろう。直径10メートルくらいの氷の竜巻が、5,6本立ち上がり、ランダムに放出する向きを変える。


だが、高速で動き回る飛行物体にはなかなか当たらない。しかし、牽制にはなるようで、相手もうちらの真上は取れていない。


これで、一方的な空爆は避けられるだろう。


地上の俺らの荷馬車群は、元々の防塁と水の壁で周囲を囲っている。便利口のため2箇所ほど通過できるような場所があるが、このまま防御を固め、俺が一匹ずつ敵を潰していけば、十分しのげるだろう。


俺は、一旦グライダーハントを中止し、仲間の所に降り立つ。


「サイフォン、無事か?」


俺は水魔術士の中心にいるサイフォンの真横に降り立ち、声を掛ける。


「何とかね。数名、耳をやられた程度。護衛対象は荷馬車に押し込んだ」と、サイフォン。


「サイフォン様、魔力が足りなくなるかも」と、ライラが言った。彼女はライラ隊というサポーター的な部隊を率いているリーダーだ。


「水壁造りで使い過ぎたか。旦那様、補給お願い」


「分かった」


俺は、サイフォンやベルらが握りしめている魔道具に水魔力を補給していく。


今は、俺が単独遊撃するよりも、弾幕を優先させよう。


水魔術士達は、俺が補給している間にも、上空を飛び回る敵に向けて氷系の魔術をぶっぱなしている。魔力が大量にあるから、みんな使いまくっている。今回の彼女らの戦法は、どこかで見たアイス・サイクロンという冷凍系の水魔術だ。射出速度は遅いが、一旦発動すると、その空域にははいり込めなくなるため、弾幕効果が高い。


「千尋藻、地上から敵が入ってきた!」と、ケイティの側にいたモンスター娘のナインが言った。


何?


空と地上からの襲撃か?


見ると、遠くの水壁の出入り口から四つん這いの何かが入って来ており、それをムーとギランが迎え撃っている。


「こっちにも来たぞ!」


この声はガイだ。ガイが弓を放つも、敵には当たらない。


「ニードルガン!」


ドガガガガと、入って来た敵に小型のハープーンが連続で激突する。敵さんも何かの防御魔術を使ったようだが、その障壁を削りながら吹き飛ばして行く。


「部隊を分ける! 弾幕班にフレイス隊、地上にケナウ隊が当たって。ライラ隊は魔術の補給と伝令、ベルは荷馬車前で最終防衛に!」と、サイフォンが叫ぶ。


サイフォンが直ちに作戦を立て、各々に指示をしていく。自分自身は、水壁の隙間を虎口にするべく、新しい水壁でバリケードを造っていく。


「地上は自分とヒリュウとジェイクが付く。ネムはベルと一緒に荷馬車を守れ」と、小田原さんがネムに言った。


「私はナインと対空戦を」と、ケイティ。


空は、アイス・サイクロンとサンダー系で遊撃するようだ。ここは任せよう。


さて、俺はどうしよう。ここの縄張りは、半分が土壁で残りに水の壁を立てている。壁の出入り口は2か所。モンスター娘の方と、俺達の方だ。


俺は、魔道具に魔力を供給しながら、千里眼で戦域全体を俯瞰する。


敵は、その大部分がいつの間にか地上に降り立っているし、どこから沸いたのか変な生き物もいる。

地上の敵は、7割ほどが俺達の方、残りがモンスター娘の方の入り口に向かっている。


モンスター娘らは、前衛にムーとギランのコンビ、中距離にセイロンとナハトが槍を持って遊撃している。後衛にはピーカブーさんとウマ娘が弓をつがえており、ジークが中心にいて指示を出している。そこに、炎の宝剣メンバーがサポートとして入っている感じだ。シスイとシュシュマはお留守番のようだ。


なお、デンキウナギ娘のナインは、ケイティと一緒に対空砲火に加勢している。


対してうちらの方は、水壁の出入り口に小田原さんとヒリュウとジェイクが詰め、ガイが弓を構えてサポートに入っている。それから、水の大盾を構えて魔術を放つケナウ隊の3人が当たっている。


対空班のフレイス隊は、大盾を構えながら、飛び回るグライダーに上空を取らせないように必死で魔術を放つ。


さらに、本丸である荷馬車にネムとベルが付き、残りの水魔術士達は、水魔術の備蓄装置を持って、忙しく動き回っている。


ふむ。とりあえず、虎口の外側にわらわらと集まっている敵兵をクリアしたい。それには、ニルヴァーナという生ぬるい方法は使わない。アレは本来、捕食相手を生で美味しくいただくための技なのだ。


今回の敵対者は、殺すことを優先する。相手に明確な殺意を感じるからだ。


虎口、すなわち水壁の出入り口付近に集まる敵兵に、狙いも付けず、大量のポイズンハープーンの雨をお見舞いする。


ズドドドッ! と、一瞬でもの凄い音と土煙を立てる。ぱらぱらと砕けたハープーンや土砂が舞い落ちる。ほんのりと、ここまで土の臭いが漂ってくる。


今ので、かなりの敵を面的に仕留めたと思う。阿鼻叫喚すらない。当たった者は即死、完全に初見殺しだ。


ドム! パパパパパン!


少し遠くで強烈な炸裂音。


しかも、こっちの陣地内だ。可能性は空からだ。どこかで弾幕を抜けられたのか?


何!? 


味方を見ると、フレイス隊の水魔術士の何人かが、血まみれになっている。


これまでの攻撃とは、殺傷力が違う気がする。


「小田原さん!」


小田原さんは、「ああ、ダルシィムを借りるぜ。前線は任せた」と言って、虎口の防衛から後方に下がっていく。


彼は、回復に専念してもらう。この世界の回復魔術は凄い。頼むぞ小田原さん!


俺が、小田原さんが抜けた虎口の方に行こうとした瞬間、空から人が降ってくる。しかも数名だ。最後まで空に留まっていたやつらだろう。ニードルガンは、この乱戦では使用できない。


「早く! こっちも持ちそうにない」


前線からヒリュウが叫ぶ。小田原さんが抜けたから辛いのだろう。しかし、相手もあれだけ毒針をぶち込んだのに、まだやるのか。


「無理なら通してもいい! 頃合い見て荷馬車に行け」


敵の数は無尽蔵ではない。さっき、外にいた敵兵には毒銛を乱射したから、もうあまり数がいないはずだ。虎口を守るがために、ヒリュウとジェイク、それから水魔術士3名をそこに張り付かせているのも戦力の無駄だ。頃合いを見て、本丸の防衛に転進してもらう。


虎口の後ろにいたサイフォンが、「フレイスは治療中の防御を! ライラ隊は分割、ミリンが補給継続、他は戦闘に回って」と行った。


3つに分けていた部隊のうち、フレイス隊は二人が怪我を負ったようだ。残ったフレイスに治療中の防御を任せ、伝令と補給担当だったライラ隊を解散させて2つにし、一部を戦闘班にしたようだ。サイフォンは、慌てず冷静に指示を出せているようだ。


「千尋藻さん、侵入者は私が」と、ケイティが言って、空から降ってきた敵と相対する。


「分かった。俺はヒリュウの加勢に」


とりあえず、ヒリュウとジェイクを荷馬車の防衛に動かしたい。


俺が一歩だけ水壁の出入り口、すなわち虎口に歩を進めたその時、背中に何かの衝撃を受ける。まさか切られた!?


カウンターでバックブローを振り回すが空振る。なかなか素早いやつだ。なお、俺の背中は切れていない。襲撃者の斬撃は効かなかったようだ。


そこには、貧相な体付きをしたあの女性がいた。いつの間にか虎口を抜けて来たのか。


「遅いぞレミィ」と、空からの侵入者が言った。男性の声だ。真っ黒なローブを頭からすっぽりと被っている。


「毒針痛かったぁ~死ぬかと思ったよ」と、レミィと呼ばれた女性が言った。貧相な体つきをしている。


あの女はやっぱり敵だったか。というか、俺の毒針食らって死ななかったのか? あの時のは小さめの針にしたから、毒の量も少ないが、それでも相当猛毒のはずだぞ? 毒耐性とかそういったものなのだろうか。


レミィと呼んだ女性に対し、「死んでいないならよし。しかし、意外や意外、こいつら結構やるな。すでに後悔中」と、空からの男性が言った。


敵陣で無駄口とは、大した自信だな。


ケイティが、「彼がホーク、200歳のエルフです」と言った。


出たなエルフ。


その男性エルフは、外套を頭からすっぽりと羽織っており、くだんの長い耳は拝見できない。


俺達は、この戦場において、暢気のんきに会話する二人に相対する。

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