第141話 来訪者


ここに向かう荷馬車がいる。


俺は、直ぐに千里眼を発動させ、それをウルカーン方面の街道に向けて飛ばす。


移動中の馬4頭引きの中型荷馬車がそこにいた。俺達のマシンとほぼ同じくらいの大きさだろうか。


その荷馬車は、この開拓村跡に通じる道を、こちらに向かって進んでいると思う。方向的にウルカーン方面からやってきている。この時間帯なら、おそらく野営地は俺達と同じ開拓村跡ここだろう。



このナイーブな時に、あまり来て欲しくは無いのだが。とはいえ、こういった安全な野営スポットはみんなのものだ。基本的に早い者勝ちではあるものの、排他的に使用してよいものではないらしい。


千里眼で彼らの荷馬車近くまで舞い降りて、様子をチェックする。御者席に男性一人と、屋根上に胡坐をかいて座っている小柄な人、おそらく女性だろう。フード付きのマントを被っていて、姿はよくわからない。


二人とも帯剣しており、屋根上の人は弓も持っているが、これくらいの武装はこの世界では普通だ。荷馬車の中も箱やら樽やら飼葉やらが積まれている。怪しいところはない気がする。問題は、スキルだな。人数が少ないからといって、安心はできない。少なくとも、国内移動とはいえ、護衛も付けずに荷馬車を走らせているやつらだ。それなりに実力があるのだろう。


彼らが本当に俺達と同じ開拓村跡で野営するつもりなら、一応念のためケイティあたりに挨拶に行かせてみよう。ヤツは鑑定スキル持ちだからな。


「荷馬車一台接近中」


ひとまず、監視任務についてる水魔術士達に伝える。いつもの監視任務要因であるネムは仮眠中だし、ヒリュウは地下迷宮探索に出かけている。


そんなこんなで、千里眼でその荷馬車を見張っていると、吸い込まれるように真っすぐここへやってきた。そんな気はしていたが。


その荷馬車は防塁跡に近づくと速度を落とし、俺達の存在に気付いたのか、結構離れたところに馬を停めて、早速テントを張り始めた。


さて、見た感じ普通の商人の馬車だけど。なお、ケイティはまだ外の偵察から戻ってきていない。


まあ、俺の気にしすぎかもしれない。さすがに、二人で俺達を襲おうとは思わないだろう。

彼らとうちらの間には、水の壁が屹立しているし、かなり物々しい雰囲気で監視員を立てている。狙撃や奇襲も難しいのではないだろうか。


なので、ひとまず彼らの監視は他の人に任せ、しばらく千里眼でこの廃村の周囲を偵察する。接近してくる荷馬車は他になし。誰かが潜伏している様子もみられない。


さらにしばらく経つと、完全に日が沈み、おいしそうな夕餉の匂いが漂ってきた。



・・・・


監視も重要だが、とりあえず交代交代で夕食をとる。今後の作戦会議も兼ねて、代表者クラスの人達と一緒に食べる。お酒は抜きだ。


小田原さんらの地下迷宮探索組も先ほど戻ってきた。魔物がたくさんいたようだが、誰かが潜伏している様子はなかったそうだ。魔物は少し間引いて来たらしい。


暖かいご飯を食べつつ、「さて、ここまでは無事に来れた。後は、とりあえずの目標『ナナフシ』まではどれくらいだ?」と、俺の隣に座るマツリに聞く。


「今日並みに飛ばしても、どうしてもあと2泊は必要ですね。ナナフシまで着くことができればバッタ男爵の私兵が守る屋敷が利用できますから、襲撃のハードルはさらに上がります」と、マツリが答える。


いくら犯罪組織でも男爵家の荘園ごと襲いはしないだろう。それをするには同等規模以上の軍隊が必要になる。暗殺の報酬がいくらか知らないが、相当コストパフォーマンスが悪いと思う。狙うなら移動中のはずだ。


「ところで、ハルキウの方はどんな感じ?」


奴はファンデルメーヤさんにさんざん殴られてかなりへこんでいたらしいのだが。


「今は学生三人と仲良くお食事しているわ」と、ファンデルメーヤさん。


ふむ。なかなかメンタルが強い子らで良かった。俺も子を持つおっさんだから、15歳の少年少女が心に傷を負うのは忍びないと思っていた。


その時、のそりとケイティが帰ってくる。ナハトと一緒に。彼らは、お隣さんに挨拶に行ってもらっていたのだ。


「どうだった?」


ケイティは、「あそこに居たのは二人。一人がハキハキした快活女性で、もう一人は影が薄い感じの男性です」と言った。だが、何か言いよどんでいる感じがする。


「どした?」


「女性の方のスキルは、交渉、俊敏、感度アップ、格闘レベル5、盾レベル3、スカウトレベル6、生活魔術、プロテクションレベル6、怪力、そして、ドレインタッチです」と、ケイティが言った。


ドレインタッチだと? そのスキルは、確か最初に遭遇した悪鬼が使っていたものだ。触れたものの魔力を吸い取るというかなりの強スキルだったはずだ。あの時は、それでジークが苦戦していたのだ。


それに、その女性のスキルレベルが高すぎる。商人とは思えないスキルだ。いや、それは俺の偏見なのかも知れないが……


「あの、旦那様、お隣の商隊の方がこちらに歩いてこられています」と、見張りに立てていた水魔術士のケナウが言った。ケナウは、ケナウ隊という三人組の隊長さんだ。他に、フレイス隊とライラ隊という同じく三人組の隊がある。なお、ベルが副官でサイフォンが長官だ。


「まじか。こっちに来てんのか。お断りするべきだ。ここは秘密主義がいい」


「千尋藻さん、情報の続きですが、女性の種族は、年齢は54歳です。男性の方は、御者レベル5、動物会話、生活魔術、剣術レベル3、プロテクションレベル3、鞭レベル5で、人間の35歳です」と、ケイティが口早くちばやに言った。ケイティの鑑定はスキルだけではなく、実は種族と年齢が分かる。


しかし、ハーフヒューマン? 男の方はともかく、女性の方はただ者では無い気がする。というかかなりのおばさんだった。若い女性と思っていたのに。俺の目は節穴だったようだ。


「ごめん、断ってきて」


俺がそう伝えるか否かのタイミングで、ケナウの後ろに見慣れぬ人物が現われる。


「おや、連れないなぁ。せっかくご挨拶の返礼にと思ってお酒持って来たのに。高いんだよ? これ」


げっ、勝手に入って来やがった。


手にお酒を持った小柄な女性がすたすたと入ってくる。こいつは……だけど、これくらいで手を出すのもためらわれる。護衛対象のファンデルメーヤさんとハルキウは、まだ食事中で野外にいる。夜はインビジブルハンドで防護された荷馬車かテントで休んで貰う予定だが。


というか、いや、待て待て待て……こいつが54歳だって?

目の前の女性は、どう見てもロリだ。腰つきはしっかりしているようだが、いくらなんでも童顔過ぎるだろう。胸もあまりない。


そのロリババアは、「どう? 私と一杯やらない?」と言って、ばちこんとウインクをした。多分、俺に向かって。


さて、どうしよう。可愛くはあるのだが、年齢聞かなければ良かった……


俺は、思いっきり精神にダメージを負った。


ぐうう。ドレイン持ちの謎種族ロリババアとは……怪しい。絶対に怪しすぎる。


思わずニルヴァーナを使いたくなる衝動に駆られるが、ぐっと我慢する。俺達は犯罪集団ではないのだ。見ず知らずのお姉ちゃんをいきなり昏倒させて良いわけはない。


だけど、護衛対象の方がもっと大事。


「お姉さん、入るのはここまでだ。今はちょっとナイーブなんだ。察してくれ」


「おやそう? 何かの護送か護衛なのかな? ふうん。まあいいや。飲みたい人はうちに来なよ。あ、私はレミィ、よろしくね」


ロリババアは、そう言って自分の荷馬車の方に帰って行く。


歳を知らなければ微笑ましく思えるが、12歳ほど年上だと分かると、どうにも構えてしまう。しかし、ロリババアが襲撃者だとして、わざわざ挨拶に来た理由は何だろうか。もし彼女が犯罪集団の一員なら、有無を言わさず仕事に取り掛かるだろう。いや、それとも今のは偵察だったのだろうか。俺達が本当にファンデルメーヤさんらを連れているのか確認したかったとか?


いやしかし、そもそも姿をさらしている時点で不可解だ。ならば、彼女、自称レミィさんは襲撃者ではなく、本当に居合わせただけの商人なんだろうか。


「サイフォンどう思う? 彼女のスキル構成」


「なんとも言えないけど、注意すべきはスキルだけじゃない。種族も大事。一体何の種族なのかで特殊能力が変わるから」と、サイフォン。


ふむ。種族を指す場合、普通は人間を中心に考えるから、エルフとの混血なら『ハーフエルフ』との表現になり、魚との混血なら『半魚人』となる。ハーフヒューマンとは表現しない。ならば、そう呼ばれる所以ゆえんは、おそらくヒューマンではない種族がマジョリティな社会の言葉だと思われる。


そして、サイフォンの言う通り、スキル鑑定で分かるのは、既知の魔術回路で構築されたスキルだけだ。そうではない特殊能力や魔術を身に付けていたとしたら、その能力はスキル鑑定では分からない。


「監視目的でしたら、私があちらにお邪魔して飲んできましょうか?」と、ケイティが言った。


ううむ。ケイティは酒も強いし、女性にも強い。


不死身だし、ずっと千里眼で監視するより、そちらの方がいいかもしれない。俺は俺で周りの地上を見張るか。



・・・・・


ケイティをお隣さんのロリババアの所に送り出し、俺達は夕食を早めに済ませ、交代で睡眠を取りながら監視を続ける。


俺はというと、馬車の近くの防塁の上に椅子を置いて、地平線を見つめながら千里眼で鳥瞰図的に周辺を俯瞰する。防寒のため、大きめのマントを羽織りながら。


「何黄昏てんのよ」


後ろからギランが近づいて来て言った。武装している。今の夜警番はこいつらしい。


しかし、今回活動しているのは、かつてモンスター娘を攫った組織のボスかもしれない人物だ。


一瞬、モンスター娘に夜警をさせること自体が問題ではと思ったが、基本的に俺達とモンスター娘は別組織だ。ちゃんと護衛も雇っている。人事シフトに口を出すのも憚られる。


「もう、何か言ってよ」


ギランはそう言って、俺のマントをめくって膝の上に乗ってくる。


寒いのだろう。


「ふう~。私って、寒さに弱いのよねぇ。種族的に。これから冬がくるし、やだやだ」


懐炉かいろの魔道具があるんだろ?」


ギランは、「あるけど、寒いものは寒い」と言って、マントの中の俺の体をまさぐり、いいポジションを見つけてぎゅーとする。


俺は、めくれたマントをギランの背中まで回してやった。



・・・・


そのままギランをお腹で暖め、千里眼で開拓村跡地を眺めていると、ケイティが戻ってくるのが見える。縁もたけなわになったのだろう。


もう結構遅い時間だ。それにしても、あちらの商人は不用心だ。スキルが優秀とはいえ、二人旅だとは。


『千尋藻さん、戻ってきました。彼女ら、やっぱり少し怪しいです。本当にまっとうな商人なのかという意味で』と、ケイティに取り付けているインビジブルハンドから声が聞こえる。


俺は、了解の意味でトントンと手の甲を叩く。


『今は防塁の上ですよね。そちらに向かいます』


俺は俺の上に載っているギランに、「ギラン、ここにケイティが来る。サボっているのがばれるぞ」と言った。


ギランは、「ふへぇ。仕方がないか。仕事に戻る」と言って、マントから抜け出した。さっぶ~とか言いながら。


とりあえず、ケイティの報告を聞くか。


俺は、ギランがいなくなって少し寂しくなった膝の上に、マントをかけなおした。



◇◇◇


ケイティが去った商人のキャンプ地、二人の人物が話し合う。


「さてと、あいつらどう思う? それに、」と、小さな女性が言った。


「ネオ・カーンで登録された冒険者ということだが、変なスキルを持っている以外は大した障害になるまい。この、辿のは、偶然としか言いようがないな」と、御者の男性が返した。


「まあいいか。楽でいいわ。暗殺はともかく、モンスター娘の拉致は面倒だもの。だから、ここの近くがうちらのアジトなのは僥倖ぎょうこう


「他に、何か気付いたことは無いか?」


「私的に要注意なのは、やっぱリーダーの変なおっさんかな。スキルは無いくせに、底知れない不気味さを感じるよ。水魔術士11人も地味に厄介だけど」と、女性。


「レミィ、お前が底知れないというのなら、相当不気味なんだろう。最初にやるのか?」


「そうね。私が変なおっさんに当たり、無害化させておいた方が無難かもね。読めない戦力というのは、それだけで厄介」と、レミィと呼ばれた女性が言った。


「頼めるか。では、総員配置につくとするか」


「分かった。今日は新月の曇天どんてん。襲うにはいい日ね」


「そうだな。漆黒の空こそ我らにふさわしい。。総員配置につけ。襲撃は各々の判断で開始、目標はターゲットの殺害。数名は、私についてこい。。そして、撤収の合図を聞いたら散開せよ。集合場所は地下迷宮のアジトだ」


男性がそう言った後、荷馬車の床下から、何かがわらわらと這い出て来る。四つん這いで進む、人の形をした何かが……

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