第140話 開拓村跡とピーカブーさん
小休止を挟みつつ、途中のハンティングなどは全て自粛し、およそ二時間かけてマツリ提案の旧開拓村跡地に辿り着く。
確かに、高さ2.5メートルほどの防塁があり、その中に廃屋などが確認できる。今のところ他の商隊はいない。
俺達は、防塁に近い広めの空き地に荷馬車を停める。俺のインビジブルハンド輸送の馬車も適当な場所に下ろす。
「よし! 探索班は4人1組で付近の捜索。非戦闘員は野営の準備だ。マツリとヒリュウと小田原さんらは、迷宮の方を頼む」
そう、この元開拓村は、内部に地下迷宮の入り口があるらしいのだ。いや、だからこそここに開拓村を造ろうとしたのだとか。だけど、周囲の土壌が悪く、農作物の育ちがいまいちで、地下迷宮の利益もいまいちなことが分かり、開拓が赤字経営になり、しばらく後に放棄されたのだとか。未開拓の土地が有り余っているこの世界なら、そういう村跡があってもおかしくはない。
「分かった。ナハトも連れて行くぜ」と、小田原さんが応じた。
地下迷宮の確認は、場所を知っているマツリと、シャインという体の一部が光るスキルを持っている小田原さんと、夜目が利くメンツで行ってもらう。
そうこうしているとケイティが、「私は少し遠くまで探索に。イタセンパラとララヘイム組を数名連れて行きます」と言った。俺の千里眼は表面しか見えないから、迷彩柄で隠れられたら見逃してしまう。確実に確認するためには、結局は近接目視が一番信頼性があるのだ。
「了解。気を付けてな」
ケイティは「大丈夫ですよ」と言って、にこりと笑った。
「スカウト組は今のうちに休憩を取れ。おいネム、剣を研ぐのは後にして寝ろ」
ネムは、実は毎晩剣を研いでいるようなのだ。武器に愛着があるのは良いことなのだが……
今回、強行軍でここまで来たから、スカウトを休ませていない。これから夜になる前までに、少しでも体力を回復させておくべきだ。おっさんのガイなんかは、さっさと自分のスレイプニールの横で寝袋に入って仮眠を取っている。モンスター娘らの護衛、『炎の宝剣』らも半数が仮眠に入っている。さすがプロだ。
なお、今回は特別に、防塁の無い側面には、水の壁を立てることにした。完全に覆うと外の様子が分からないため、出入り口を2箇所ほど造る。水の壁というと、あの時の汚いヤツを思い出すが、それと同じヤツだ。もちろん、新品だから汚くはない。なんとなくこれがあると安心してしまう。
……そういえば、あの時の水壁って、結局どうなったんだっけ……まあ、いいや。
俺は防御を固めつつ、他の非戦闘員らも急いで食事と寝床の準備を行う。
今回、お酒は無しだ。交代交代で睡眠を取る。
その時、俺の通信用インビジブルハンドに反応がある。トントンと叩かれている。
そして、『千尋藻さん、地下迷宮は魔物だらけだぜ。間引いておくから少し戻るのが遅くなる』と、小田原さんの声が聞こえる。ふむ。放置されていたからか、魔物だらけらしい。
とりあえず、『了解』の信号を打つ。周りを見ると、俺の周りには非戦闘員のマルコやマツリ、他2名の水魔術士しか居ないことに気付く。
これだけ人数が居るのに、何とも人手不足感がある。
そう思っていると、「ねえ、何かあれば、私も使ってよくてよ」と、ファンデルメーヤさんが言った。
「いやいやいや、それは本末転倒ですが……まあ、料理手伝ってあげてください」と応じる。俺達は、食事には気を使っていて、毎回生鮮食品を調理している。モチベーションの維持もそうだが、
ファンデルメーヤさんは、「分かった。料理なんて、学生の時の迷宮探索以来よ」と言って、料理場の方に行く。あそこには、アイサとステラ、それからミリンがいる。良きに計らってもらいたい。
そんなこんなでドタバタが続く。途中、ハルキウ坊やとカルメン嬢が何か仕事をしたいと言って来たから、寝てろと返したり、サイフォンから水魔力の補充依頼が来たり、セイロンさんとセック○したりする。
そして、野営準備のゴタゴタが一息つき、俺はと言うと、防塁の上に行くことにする。
あそこは見晴らしが良いようだし、アンモナイト娘のピーカブーさんが一人でドシリと構えているからだ。
何となく、座れるように椅子を持って行き、ピーカブーさんの横にどかりと座った。
俺の方を振り向いたピーカブーさんは、「いよ! 今日も男前。お仕事順調?」と言った。相変らず巨大な巻き貝から顔を覗かせている。
「順調というか、何だか巻き込んでしまった感があるんで申し分け無いな」と、答える。
「いやいや。その地下組織は、おそらく私らも目当てなんだと思う」
「かつて、モンスター娘を拉致った組織のリーダーと同じ名前のやつって聞いた。今回動いている地下組織」
「ホークってやつでしょ? 多分そう。私らってね、色んな素材になるから」
「素材? いや、素材ってなに?」
「私だったら貝殻と粘液、それから猛毒。モンスター娘は、体の至る所が高値で取引される」
「まじかぁ」
「私達自身が、困らない範囲で自分の粘液とか毒とかを売る分には良いんだけど、儲けようとして、私達を捕らえて繁殖させて売りさばこうと考えるヤツラがいる。私達は、そいつらとずっと戦ってきた」
「そっか。魔王軍って言ってたな。少し気になって。そもそも、魔王ってどんな存在だったのかな」
「魔王は、タケノコ、かつてのリュウグウに現われた異世界人。
「八紘一宇か……人類皆兄弟的な言葉。一見、綺麗な言葉ではあるけれど、詰まるところは世界征服だよな」
「まあ、そうね。戦争には大義名分が必要だから。彼の言い分としては、戦争が絶えない世界を終わらせるために、剣を手に取ったってこと」
「世界征服か……彼は50年くらい前の人だったっけ」
「そう。私の種族は、両親の記憶の半分くらいを遺伝で引き継ぐから、50年くらい前の出来事なら、口伝と合わせて結構な情報量がある……彼の世界征服の根底には、亜神排除があった」
「ピーカブーさん、先祖の記憶があるんだ……」
一瞬、両親のセック○シーンとかが記憶にあった場合の子供の頃の精神に及ぼす影響などを考察しようと思ったけど、ひとまずスルーした。
「亜神の排除……魔王は、一体なんでそんなことを考えたんだろうね」
「亜神を神とは認めなかったから。いわゆる亜神とは、人智を越えた力を持つ物であり、宗教がうたうところの神ではないというのが魔王の信念だった」
「それで、魔王は亜神を倒すために進軍したと」
「そう。魔王は亜神を偽物の神と断定し、まずは自分の国の守り神を殺した。超巨大チンアナゴである『リュウ』を仕留め、次はララヘイムの海神竜ボーゼルをボコって国を併合した。亜神ララは戦闘系ではないから、ボーゼルを眠りにつかせた段階で最早ララヘイムに抗う術は無かった。そして、その次はエアスランに攻め入った」
「でも、今は魔王が世界征服していない。と、いうことは夢潰えたはず。その辺の
「魔王『タケミナカタ』は、エアスランの雷獣を撃退せしめたあと、次は風竜というところで、神敵に殺された」と、ピーカブーさんが言った。
ふむ。この世の中には、人智を越えた存在の戦いがある。俺なんてちっぽけなもんだ。
「神敵は、なんで魔王を倒したんだろうね」
「私達が『神敵』と呼んでいる存在は何か。それは色んな説がある。単なる山ヒルの化身、神と名の付く存在とひたすら戦っている存在、少女の姿をしている悪魔。ま、私的には、神敵は最終兵器と整理しているよ」
「最終兵器?」
「そ。仮に、この世界に本当の神、いわゆる創造神というものが存在しているとして、神敵とは、創造神が創った、神を殺すための最終兵器。この世界は、そうして均衡が保たれているって思ってる」
妙に哲学的になったな。
そもそも『タケミナカタ』は日本の八百万の神の名だ。諏訪の地に封じられている神の一柱だ。それならば、魔王も日本人だったのだろうか。
それから、問題は神敵だ。名前からくるイメージは置いておいて、世界の均衡を保つための存在ならば、この世界は永遠と統一政府が成立しないことになり、恒久的な世界平和は実現しないことになりはしないか。
それが神の御心なのだろうか。よくわからない。
俺は、聖女の言葉、『 神の箱庭』というワードを思い出す。ここは、神の小さな庭。では、ここに住む人達はペット? いや、そんな愛玩的な存在では無く、どちらかというと実験場……神や魔力というものが実在する世界の実験施設……それは何のため? 例えば蠱毒。毒虫を狭い所に大量に閉じ込め、お互い戦わせて一番強い毒虫をつくるという邪法……もしくは、その実験成果をどこかに適用するための基礎データ取得とか。
俺がそんなことを考えていると、ピーカブーさんがこちらに寄ってきて、俺の肩にコテンと頭を置いた。可愛い。
ピーカブーさんは呟くように、「あなたは、おそらくずうっと生きる。だから私を覚えておいて。私の子孫は、ずっとあなたの事を覚えている。あなたは、孤独じゃないよ」と言った。
じーんときた。
思えば、異世界で最初に会話をしたのはピーカブーさんだ。もちろんケイティは除く。
最初にセック○したのも彼女だ。なので、この世界で一番付き合いが長いのはピーカブーさんだ。俺の子供を欲しがっていたけど……その子が、今の思い出の記憶を永遠と引き継ぐのか。それは何とも壮大な話……
そのまましばらく、ピーカブーさんと防塁の上でまったりと偵察を続ける。
時間を忘れそうだ……ゆっくりと、背中にある太陽が地平線に沈んでいく。
「ん。荷馬車! 近づいてる」
「え?」
ピーカブーさんが言うには荷馬車が居るらしい。恥ずかしながら、俺も千里眼でポケェと眺めていたのに気付かなかった。さすがはプロ。
ピーカブーさんが指し示す先をもう一度千里眼でよく観察すると、確かに小さな荷馬車が見えた。
さて、この時間にどういったお客さんだろうか。
俺は、ほぼ傾いている太陽を背にし、千里眼でその荷馬車に近接することにした。
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